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忘年おしきせの会&谷川・西黒尾根雪上訓練

旅行・地域
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 今年は、年明けの雪山・蓼科山からはじまり、10月末の恵那山まで日本百名山は24座を加え、山登りを開始した2010年8月から数えて、53座まで到達しました。そして、歩みの会への入会を許諾していただいたことにより、剱岳へも行くことができたと思っています。剱岳にはしばらくは毎年行きたいと考えています。
 「来年のことを言えば、鬼が笑う」と言いますが、来年は裏銀座の鷲羽岳・水晶岳から槍ヶ岳へと向かうコースと、早月尾根から行く剱岳が最大の目標であり、数では80座を目指したいと考えています。

 さて12月22日(土)は浦安湯屋のメンバーと忘年おしきせの会をやりました。山行でご一緒している皆さんです。今年の忘年おしきせの会は大井町の名店「じゃんけんぽん」でやりました。「おしきせ」とは甲州弁で「晩酌」という意味です。写真は「じゃんけんぽん」の店内です。
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 今年10月1日、東京都は改正条例の施行でふぐ調理師がいない店舗でもふぐ料理を出せるようになりました。じゃんけんぽんでは10月から要予約でふぐ料理のコースを一人前4000円で始めています。今日のおしきせの会でもふぐ料理を出していただきました。写真はふぐ刺しです。
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 ふぐの唐揚げ。
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 ふぐ鍋。
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 前菜。
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 この肉はどうなるのでしょうか。
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 羽入さんとあきちゃん。あきちゃんはりょうちゃんより年下であることを今回も強調していました。037.gif
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 羽入さんとタッキーおじさん。タッキーおじさんは雨の中、高尾山を歩いてきて、その帰りに「おしきせの会」にやってきました。安藤さんとあやちゃんも雨の高尾山に同行したそうです。038.gif
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 お酒もたくさん飲みました。参加者11名で、1名お酒を飲まなかったので、10名で3升飲んだそうです。後日、はるさんから聞きました。計算上では1名3合なので、このメンバーでは少なかったほうだと思います。037.gif
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 誰かが仮装道具を持参し、皆さん酔っ払って悪ふざけのたいへんなおしきせの会になってしまいました。仮装したほうが、もとの顔を隠せて、いい顔になった人もいます。037.gif
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 一番奥でよしこさんが泣いています。羽入さんとタッキーが泣かせたのでしょうか。037.gif
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 仮装をしたまま、ぐいぐい飲んでいます。038.gif
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 まだまだ飲みます。隣の和さんが心配そうに覗き込んでいます。038.gif
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 お面をかぶったまま、飲んでいます。038.gif
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 ついに壊れてしまいました。もうお嫁には行けませんね。041.gif037.gif
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 こちらのグループは割とまともです。038.gif
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 最後はみんなで記念撮影をしました。第88回忘年おしきせの会は大盛況のうちにお開きとなりました。来年もどうぞよろしくお願いします。 038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 「吾人は須く現代を超越せざるべからず」(高山樗牛)

 この言葉で知られる高山樗牛(たかやまちょぎゅう)は、山形県鶴岡の人、父が転勤で福島県庁に勤務した関係から、郡山市にある旧制安積中学校を卒業しました。

 明治の生んだ天才的文明批評家といわれましたが、今なお読まれているのは、彼が最初に書いた歴史小説『滝口入道』のほうだと思います。これは読売新聞の募集に応募して当選したもので、東京帝国大学在学中、23歳で書いたものです。

 物語は、治承3年(1179年)春、平清盛の花見の宴からはじまります。重盛の家臣で滝口の侍斎藤時頼が、この夜の宴で舞った横笛に魅せられます。父に妻にしたいと申し出ますが許されません。失意と世の無常を感じて時頼は出家して仏門に入ってしまいました。

 それから6年、この噂を聞いた横笛は、心を動かされ、仲秋の名月の夜、中宮を抜け出して、時頼が隠棲している嵯峨の奥にある往生院をたずねました。
 しかし、世を捨てた時頼は、横笛とわかっても戸を開けません。終夜戸外にいた横笛も、また世の無常を感じて世を捨ててしまいます。

 時は流れ、ある日、時頼は深草の里で、路傍の老婆から、横笛のはかない一生を聞かされました。さすが、滝口入道と名のった時頼の心も・・・・・・・

 樗牛はこの作品を書き上げ、卒業と同時に雑誌「太陽」を舞台に、華々しく文芸批評、文明批評の論戦をくりひろげました。かつて『滝口入道』の選者であった坪内逍遥、尾崎紅葉、幸田露伴などを相手に論陣を張るのですから皮肉なことです。

 惜しいことにこの天才批評家も、明治35年(1902年)12月24日、32歳の若さで亡くなりました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌日、12月23日(日)も同じ「じゃんけんぽん」で忘年会がありました。今日は「じゃんけんぽん」の常連さんの忘年会です。準備をするはるさん。
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 お刺身。
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 ラーメンサラダ。
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 大山地鶏。
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 ハムカツサンド。
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 焼豚。
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 今日のメインディッシュ。タラバガニ。
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 トントンさんがカニを持ってくると、みんなが写真を撮り始めました。
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 先ほどのカニはバラされて、こうなってしまいました。
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 世捨て人の岸さん(左)、と宇田川さん(右)。宇田川さんはご自身のフェイスブックでもご家族を紹介されていますが、その容貌からは想像できないほど、きれいな奥様と可愛いお子さんがいらっしゃいます。お子さんたちに、「本当に宇田川さんの子どもなの?」と大変に失礼なことを聞いてしまいました。037.gif
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 その宇田川さんの奥様とお嬢ちゃん。
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 宇田川さんの息子さんとお嬢ちゃん。私は今日の忘年会にケーキを持って行きましたが、ケーキを食べてくれた二人はそのあとできちんとお礼を言いに来てくれました。これは宇田川ご夫妻がお子さんを立派に育てている証拠です。容貌だけはお父さんに似ないように育っていってくださいね。038.gif
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 岩崎医院の院長先生と、許嫁の千恵ちゃん。いつも下品なことばかり言うので「淫長先生」と呼ばれています。037.gif
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 淫長先生は年齢は関係ないようです。相手が50歳でも見境がありません。ある意味では博愛主義と言えるでしょう。037.gif
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 バーディーのマスターとママさん。最近、週末は山登りばかりでお店に行っておらず、生きているのか心配しておりましたが、お元気そうで何よりです。038.gif
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 洋美ちゃんと石井ちゃん。こちらの方たちは仮装で顔を隠したほうがいいかもしれません。037.gif
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 下から岡田ママさん、咬みつき犬の飼い主のみきちゃん、岡田パパさんの会社の体格のいい25歳男性。3人とも酔っ払った顔をしています。こちらの方も仮装で顔を隠したほうがいいかもしれません。岡田ママさんは仮面をつけると、本当にプロレスラーになってしまいそうです。037.gif
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 中丸さんと桑野さんの写真を撮るのを忘れてしまいました。三人の写真を撮ると遺影になってしまいそうなので、撮らなくてよかったかも知れません。桑野さんは最近大病をされて、2回も入院されたとのことです。私の親が同じ病気にかかったときは、病院から食事についてうるさく言われましたが、桑野さんは何を食べてもいいと言われたそうです。お医者さんからさじを投げられたのではないでしょうか。この写真の後ろに、桑野さんと中丸さん夫妻がいます。037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 2日連続の忘年会で少しお疲れ気味ですが、3連休最終日は山旅クラブで雪上訓練に行きました。午前7時8分、上越新幹線とき号に乗り、上毛高原まで行きました。
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 東京は雲一つない青空で、新幹線の車窓からは富士山が綺麗に見えていました。058.gif
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 高崎を通過して、トンネルを抜けると雪景色が広がっていました。
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 今日の参加者は全員で7名です。上毛高原駅からタクシーに乗車し、谷川岳ロープウェイ駅まで向かいました。トミーさんからロープウェイで上がらなくても、雪が十分あるので、下から西黒尾根を途中まで登り、雪上訓練をすることになりました。写真は車道を歩いているところです。
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 西黒尾根入口。
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 私たちが登ろうとしていたとき、下山者がいました。頂上へ行くことは断念し、この雪の中でビパークしたそうです。
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 ここから登っているところの写真は一枚も撮っていません。心配していたことですが、足が雪に沈んでしまい、雪に足を取られて、もがきながらの雪山登りとなり、写真を撮る余裕は全くありませんでした。私の前後を歩いていたベテランのお姉さんに歩き方を丁寧に教えていただきましたが、それでも体が雪に埋まってしまいました。写真はトミーさんのブログからもらいました。
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 順番に先頭を交代しながら約60分近くで休憩場所の鉄塔まで辿りついた時には、汗ビッショリで相当に疲れてしまいました。やっぱり、夏山のほうがはるかに登りやすいです。042.gif
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 それぞれカンジキとスノーシューをつけて斜面を登りました。私はスノーシューをつけましたが、斜面は滑って、さらに歩きにくく、またも疲労を蓄積しました。
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 カンジキとスノーシューでちょっとした雪庇の上まで登って、ここでいよいよアイゼンとハーネスをつけて、滑落停止、対空姿勢の練習をしました。写真は雪の斜面をわざとらしく転んで、滑落停止の練習をしているところです。
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 滑落停止のお手本を見せるトミーさん。ピッケルを胸前に引き寄せて、斜面に突き刺し、足は写真のように膝を曲げます。
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 登山開始の時にビパークしたという人たちに会いましたが、ビパークするときの雪洞のつくり方についても説明を受けました。
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 二人などで登山したときは、緊急時には膝を抱えて座れるくらいの広さの雪洞を作るとのことです。
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 この雪洞はいい歳、りょうちゃんには狭すぎました。037.gif
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 最後は雪の斜面を懸垂下降して降りる練習をしました。日和田山のトレーニングの時にやりましたが、グローブをつけてロープをATCに通すことは大変に難しかったです。
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 一通りの雪上訓練を終えて、下山を開始。登りに比べるかなり楽ですが、それでも雪に足が埋まってしまい、抜けなくなって悪戦苦闘しました。
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 車道まで降りてきて、ロープウェイを見たときにはホッとしました。上毛高原駅の近くの温泉で入浴を済ませて、帰路につきました。雪上訓練とはいえ、雪との格闘の連続の一日であり、かなり体力を使ったためか、帰宅後は午後10時過ぎには寝てしまいました。来年、浅間隠山・鼻曲山と、赤城山・黒檜山の雪山を申し込んでいますがとても心配です。雪が積もっていないことを祈ります。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は新年山行・観音山に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-12-26 17:19 | 谷川岳・西黒尾根、雪上訓練 | Comments(0)

師走の陽だまりハイク、赤城山・鍋割山&第95回あづみ野歌声喫茶

旅行・地域
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 12月15日(土)、山旅クラブで赤城山・鍋割山に行ってきました。この日は週間天気予報では曇り時々雨で、冷たい雨の中の山行になるとの予測で、トミーさんからも16日に変更したほうがよいのではという連絡を頂きましたが、16日はあづみ野歌声喫茶に行く予定であったので、15日に行くことになりました。
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 朝、自宅を出るときは夜中に降った雨で地面が濡れており、空もどんよりした鈍色でしたが、東京駅に着いた頃には遥か遠くの空は雲が切れて青空が見え始めていました。そして新幹線の発車とともに、その青空はみるみる広がり、東の空から太陽の日差しが差し込み始めました。幸先の良いスタートです。新幹線の中はスノーボードを抱えた若者客でほぼ満席でした。058.gif
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 今日は上越新幹線で高崎まで行き、高崎からJR両毛線に乗り、前橋駅でトミーさんと待ち合わせになります。前橋に到着しても青空は続いており、天気予報は良いほうへとハズレてくれました。いつものようにトミーさんの高級リムジンカーで登山口に向きます。しかしながら、今日は来る予定であったトミーさんの奥様は関節痛で山行に来ることができず、いい歳、りょうちゃんの個人ガイド状態になりました。038.gif
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 赤城山は、榛名山、妙義山とともに上毛三山と呼ばれ、「裾野は長し赤城山」と言われるように、その裾野の広さは富士山に次ぐ日本第2位です。赤城山という名称のピークはなく、黒檜山、長七郎山、駒ケ岳、荒山、地蔵岳、鍋割山、鈴ヶ岳などの総称です。
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 「赤城山」という名称は「赤き山」に由来します。その昔、赤城山と男体山の神様がムカデとヘビに化身して戦場ヶ原で戦い、傷ついて帰ったムカデの血で山が赤く染まったという伝説があります。私はこの伝説を小学校6年生のときに日光移動教室で習いました。004.gif
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 鍋割山の登山口に到着。ここから鍋割山の山頂を目指し、尾根伝いに荒山高原を経て、最後は林道を歩いて、再びこの登山口に戻ってきます。
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 振り返ると上毛三山の榛名山が見えました。
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 草原から見た鍋割山山頂部。
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 空を見上げると雲が流れていました。
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 青空と日差しと南風の中、陽だまりハイクとなりました。058.gif
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 山頂部に到達するには、この急登を登らなければなりません。いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 急登を登り終えると、平坦な道になります。生えている樹々はすべてツツジであり、見頃の時はお花の登山道になるそうです。056.gif
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 今、登ってきた急登が獅子ヶ鼻です。ここから見ると切れているような気がします。
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 獅子ヶ鼻からこの階段を登り切ると鍋割山の山頂に到達です。
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 午前11時過ぎに鍋割山の山頂に到着。標高1332 m。
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 頂上は結構風があり、南風といえども寒く感じました。気温が低いためか、私たちを追い抜いて登っていった人たちは既に頂上にはいませんでした。
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 山頂で昼食をさっさと食べて、下山を開始しました。緩やかな下り道で、ところどころ雪が残っていました。
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 下山の尾根道から雪化粧した日本百名山の谷川連峰、苗場山、上州武尊山が見えました。
 谷川連峰。
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 苗場山、山頂部は真っ平らです。
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 上州武尊山。白い縦筋はスキー場だそうです。今年、山頂に行けなかった山です。
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 正面に見える山は右が荒山(標高1572 m)、左が地蔵岳(標高 1674 m)。向こうから登山者が登ってきています。赤城山系、最高峰の黒檜山(標高1828 m)はここからは見えません。2月2日(土)に行く予定です。
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 下山を続けて、荒山高原に到達しました。
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 空を見上げると青空に日差しが眩しく、昨日までの天気予報は完全にハズれました。058.gif
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 この実はマユミの実だそうです。
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 13時20分に林道に降りてきました。
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 林道から見た鍋割山。林道を30分間歩いて登山口まで戻ってきました。林道歩きでは、前回のブログに掲載した勇才さんに教えてもらった日航機の話やマヤ暦最終日の話しをしました。登山口には中型のバスが停車しており、団体のツアー客が鍋割山に登っていったようです。
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 再びリムジンカーに乗り、富士見の湯温泉へ向かいました。今日の山行には参加できなかったトミーさんの奥様も温泉に関節痛の治療でいらっしゃいました。
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 入浴後はビールで乾杯しました。運転をするトミーさんと奥様はもちろんノンアルコール飲料です。
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 この富士見の湯の駐車場にさきほど登山口に停車していたバスが駐車していました。トミーさんが言うには「新ハイキングクラブ」のツアーのバスだそうです。「新ハイキング」という雑誌を発行しており、毎月多くのマニアックな山行を開催しているようです。家に帰って、本棚を見ると、「新ハイキング」の雑誌が1冊積んでありました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 アメリカ西海岸を旅行すると、観光客、新婚さんはもとより、多くの方々がロサンゼルス近郊の「ディズニーランド」を訪ねます。

 昭和58年(1983年)、日本にも千葉県浦安に、アメリカに優るとも劣らない立派な「ディズニーランド」が誕生しました。たしかに施設内容は大同小異ですが、あのカルフォルニアのまぶしい太陽と、世界各国の民族見本市のような国際色がかもしだす、独特な雰囲気は、残念ながらみられません。

 この世界的な遊園施設をつくったのが、あのウォルト・ディズニーです。彼はシカゴに生まれ、農夫、列車新聞売子、郵便配達、救急車運転など、次々と職を変え、最後は広告会社の画工になりました。ここで有名な“ミッキーマウス”を生み出すのです。やがて“ミッキーマウス”“白雪姫”などの漫画映画の製作で巨万の富を得て、その資金でディズニーランドの建設に着手しました。

 彼は創設にあたっての抱負をこう述べています。「子どもだけを相手にしていない。人はいつから子どもでなくなるんだ。大人の中に、子どもの要素は十分残っている。娯楽というものは、老いも若きも、だれにでもアピールするものだ。」

 その彼も、壮大な夢のすべてを果たすことなく、1966年12月15日65歳で亡くなりました。

 世界中の人々が驚きと悲しみに包まれたことはいうまでもありません。各国の国王、元首、大統領から哀悼のメッセージが寄せられました。“魔法の筆を持った現代のイソップ”“カラー写真を持ったアンデルセン”“世界中の子どもを喪に服させた男”・・・・・・・
 新聞の見出しも賛辞に満ちていました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 赤城山・鍋割山の翌日、16日(日)は1年ぶりにあづみ野歌声喫茶に行ってきました。あづみ野歌声喫茶は安曇野市穂高のホワイトトークハウスで2ヵ月に1度開催されています。次回は3月17日(日)だそうです。
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 特急あずさ9号に乗り、終点の松本まで行き、そこから大糸線に乗り、穂高駅で下車します。
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 16日はとても天気がよく、車窓から富士山、白峰三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)、そして甲斐駒ケ岳が見えました。写真は真っ白に雪化粧した富士山で、八王子付近からの光景です。甲府付近からも見えますが逆光でうまく写真が撮れませんでした。
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 白峰三山。甲府付近からの光景です。
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 そして甲府を過ぎたあたりから甲斐駒ケ岳も見えました。摩利支天もはっきりと見えました。
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 進行方向に向かって西側に甲斐駒ケ岳が見え、東側にも大きな山が見えました。地図から判断すると八ヶ岳でしょうか。
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 新宿から松本までは特急あずさで約3時間です。ここから大糸線に乗ります。
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 この電車は上高地へ向かう上高地線です。
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 大糸線のドアは手動で開閉します。
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 大糸線に乗ること24分で目的地の穂高駅に着きました。12時35分。
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 駅前の道祖神。
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 観光案内所のクマさん。
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 ちょうどお昼時であったので、駅前のお店でお昼ご飯を食べました。
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 1日10食限定の“トンテキ”です。038.gif
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 穂高駅前から会場のホワイトトークハウスまでは約15分です。
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 あづみ野歌声喫茶では、童謡から歌謡曲まで幅広いジャンルの歌を参加者全員で歌います。そのあづみ野歌声喫茶は95回を迎え、来年の11月には第100回を迎えます。
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 歌は生の伴奏にのせて、何名かの歌唱誘導の先生が皆さんを文字通り誘導して大合唱します。
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 ときには参加者も前に出て、歌います(歌わされます)。037.gif「夜霧の第二国道」「霧にむせぶ夜」を歌っているところです。
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 この日は「寒い朝」「いつでも夢を」吉永小百合の歌が2曲ほどありました。現在、吉永小百合主演の「北のカナリアたち」が上映されていますが、ホワイトトークハウスの方も見に行かれたようです。ただ穂高付近では映画館がなく街まで出かけなければならなかったそうです。私も出張などで少しのどかな場所へ行くと映画館がないという経験はよくあります。また私が住む場所から一番近い繁華な街・大井町にも現在は映画館がありません。しかし、子どもの頃は現在のイトーヨーカ堂の駐輪場入口の場所に日活、東映、東宝の3つの映画館がありましたし、さくら不動産の近くのマンションが建っている場所にも「大井武蔵野館」という映画館がありました。よくゴジラ、ガメラシリーズや東映まんがまつりなどを見に行ったものです。次の写真は「大井武蔵野館」前の写真であり、「品川WEB写真館」から引用しました。奥に見える高い建物は広町の国鉄アパートです。
 大井町も臨海高速鉄道りんかい線が停車するようになり、高層マンションも建ち、ずいぶん繁華な街になった印象がありますが、映画館がないという点ではまだ繁華な街からは後退しているかもしれません。
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 久しぶりにあづみ野歌声喫茶を楽しんで、東京に帰ってきました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度





新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は谷川岳に雪上講習へ行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-12-21 19:36 | 赤城山・鍋割山 | Comments(0)

日和田山3点確保トレーニング&亀戸ホルモン

旅行・地域
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 12月4日(火)に倉持さんからアミューズトラベルが自主廃業するとの連絡をいただきました。その翌日、アミューズトラベルから電話があり、廃業するため、現在申し込んでいるツアーの入金分を返却したいので口座を教えてほしいと連絡がありました。浅場会長からは歩みの会の忘年登山を実施するということを聞いていたので、来年度以降の歩みの会についてどうなるのか尋ねると、別会社に営業を譲渡して、ツアーを継続するとのことでした。

 いままで何度も書きましたが、アミューズの参加基準はとてもいい加減で、山登りをさせても歩くことができない年配者を、お得意様であるという馴れ合いだけで参加させ続けていました。マナーも悪く、尊敬するには価しない年寄りたちです。白馬岳での滑落事故は、本来は参加させてはいけない年配者をなあなあ主義で参加させてたために起こってしまったと思っています。アミューズが2回目の死亡事故を起こすのは時間の問題だったかもしれません。
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 写真は10月末にアミューズで行った伊吹山と恵那山の集合写真です。私が参加したアミューズの最後のツアーになりました。廃業を決めたアミューズから伊吹山と恵那山の集合写真が送られてくるとは思いませんでした。その最後のツアーのガイドは一番右に写っている怖い顔をした泉田さんでした。登山中はたいへんに厳しく、少しでも危険につながる行動があれば大きな雷が降ってきます。たぶんアミューズに参加しているほとんどのツアー客、特に年配女性の大半は嫌煙していたのではないでしょうか。飯豊山のツアーでも、次回の塩見岳を泉田さんが担当するとわかった時に、婆さんどもがひどく文句を言っていたのを覚えています。しかし私は泉田さんのようなガイドさんがもっとたくさん居れば、なあなあ主義のアミューズが廃業する事態にはならなかったのではないかと思っています。
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 「安全」の「安」とは本来どう言う意味があるのか、ご存知のことと思いますが、値段が安いという意味でだけではありません。「宀」(べん)は祖先の霊を祭っている廟(みたまや)の屋根を示し、「安」は廟の中に女の人が座っている形を表しています。嫁いできた新婦が廟でお参りをしている姿です。夫の家の人になるための儀式を行っており、その家の人となることこそ、「安らかに暮らせる」という意味が込められています。「安全」の「全」は全身全霊の意味です。全身全霊でその家の人になる儀式を行っていることが「安全」の語源です。

 いつも厳しく注意喚起してくれた泉田さんは安全に山登りすることを常に教えてくれていたと思います。その泉田さんにもうお会いできないのはとても残念でなりません。
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 さて12月8日(土)は山旅クラブで日和田山に3点確保のトレーニングへ行ってきました。日和田山は7月以来、2回目です。朝7時35分、西武池袋線に乗って、高麗駅へと向かいました。「快速急行」西武秩父行きは「高麗」に停車してくれるとはわからず、飯能駅で降りてしまいました。快速急行が発車してしばらくして、そのことに気がつき、あわてて飯能からタクシーに乗って、高麗駅に駆けつけました。トミーさん、奥様、青柳さんと茂来山以来の再会になります。そして配布された名簿には、トミーさんにいつも酷いことを言われているキノピー木之下さんの名前もありましたが、いらっしゃいませんでした。トミーさんが確認したところ、前日に飲みすぎ、泥酔して家の玄関でお休みになってしまったようです。トミーさんは何でもばらしてしまいます。037.gif
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 私たちは高麗川に沿って登山口まで行き、7月と同じく高さ数 mの子供岩で3点確保のトレーニングを行いました。
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 子供岩の前でハーネスとヘルメットを装着し、ハーネスの前に通した安全環2つにロープをつけて、3点確保しながら、子供岩を登り、クライムダウンで岩場を降ります。クライムダウンとはホールドを探しながら、3点確保で自力で降りることを言います。写真は準備をするトミーさん。
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 青柳さん、いい歳、りょうちゃんと順番にトレーニングを進めていきました。
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 そしてトミーさんの奥様が私たちにお手本を見せてくれました。難しいルートを身軽にスイスイ登り降りしていました。こういう時は動画を撮るべきでした。
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 私たちが3点確保の登りとクライムダウンの練習を何回か済ませて、休憩していると、前日泥酔して朝来ることができなかったキノピー木之下さんが子供岩のところに現れました。その後、ATCという治具を使って、懸垂下降の練習をしました。写真は懸垂下降の姿勢について説明するトミーさん。左手前のおじさんが泥酔していたキノピー木之下さん。
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 懸垂下降の姿勢を練習するため、ロープをたわませて少し体を持ち上げて岩を登ろうとしましたが、なかなか登ることができず、本日の練習の中で一番難しかったです。写真は懸垂下降を難なくこなし、私たちにお手本を見せてくれているトミーさんの奥様。
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 昼過ぎまで子供岩で練習をしたあと、お昼を済ませて、男坂から鳥居のある頂上を目指しました。トラバースはせずに、岩場を3点確保で登っていく実践を行いました。
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 鳥居の場所に到着。ここは山頂ではありませんが、山頂より見晴らしがいいそうです。
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 巾着田。
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 遥か遠くには東京スカイツリーが見えました。
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 富士山は見えませんでしたが、丹沢の山並みが見えました。
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 鳥居の場所で記念撮影(トミーさんのブログからもらいました)。
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 鳥居の場所から下山を開始しますが、岩場で懸垂下降の練習をしました。懸垂下降で登るのは大変ですが、下降するのは比較的容易にできました。これならば源治郎尾根恐れるに足らずです。038.gif
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 男岩の裏。
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 男岩ではたくさんのクライマーが練習をしていました。
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 15時すぎに高麗駅前に戻ってきました。ここで皆さんともお別れ。次回は赤城山・鍋割山になります。
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 高麗駅のホームから見た日和田山。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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  明治の文豪のなかで、今も一番広く読まれているのは、やはり夏目漱石です。高校生・大学生が、電車の吊り皮につかまりながら読んでいる文庫本をみると、『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『草枕』が多いようです。

 「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。(中略)どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画ができる・・・・・」 ご存じ『草枕』の一節です。

 こんな漱石への親近感、国民の人気が反映して、今回の紙幣の肖像に使われるようになったのでしょう。ヒゲをはやし、どうしても70歳ぐらいにみられますが、実際は、大正5年(1916年)12月9日、50歳で亡くなりました。

 晩年は「則天去私」と、悟ったようなことを言っていましたが、亡くなるとき、“死にたくない!”と叫んで、まわりにいる人を困らせたといいますから、普通の人間と変わりないようです。

 漱石について感心することは、作品は別として、“漱石山脈”といわれる多彩な門下生を育てたことです。

 安倍能成、阿部次郎、和辻哲郎、岩波茂雄、芥川竜之介、久米正雄、松岡譲、鈴木三重吉、森田草平、野上豊一郎、野上弥生子、寺田寅彦、小宮豊隆、松根東洋城・・・・・・戦前のわが国の哲学、科学、文学の分野で、超一流といわれる人物を数多く輩出したことです。普通の作家ではできません。

 人脈の裾野の拡がりというのは、文学の世界に限らず、人物評価の大事な基準の一つだと思います。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 日和田山から帰ったあと、勇才さんに行きました。予約の電話をすると今週も何とか10席目に滑り込むことができました。
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 そしてお隣の席には、先週もお会いした若者二人がいました。お二人は勇才の近くの会社に勤めており、ほぼ毎週勇才に通われている常連さんです。
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 お刺身盛り合わせ。
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 牡蠣入り茶碗蒸し。
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 ウマヅラハギ。
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 今日のメインディッシュは豚しゃぶでした。
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 ほうれん草も豚しゃぶと一緒に食べました。
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 白子鍋。
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 鳥の雑炊。
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 いくら丼。以上のメニューは私一人で食べたわけではありません。若者二人とシェアしました。さすがにこのいくら丼は入りませんでしたが、写真だけ撮らせてもらいました。若者二人はペロリ食べてしまいました。038.gif
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 昭和30年代の勇才さん。038.gif
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 現在の勇才さん後ろ姿、左側です。時の流れを感じます。037.gif
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 さて次の写真は1985年8月12日18時56分に群馬県の御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ機JAL123便のエンジンを回収している場面です。勇才さんがスマートフォンの画面で見せてくれました。写真は「(新)日本の黒い霧」から引用しました。
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 勇才さんに来ると必ず世紀末伝説や事件簿の謎のような「木曜スペシャル」的なお話を聞かせてくれます。ジャンボ機のエンジンならば、直径2 m以上あるはずですが、写真のエンジンは周りに写っている人の大きさから判断しても直径1 mほどにしか見えません。つまり、この写真に写っているエンジンはジャンボ機のものではなくアメリカの軍用機のものだというのです。報道ではB747型機の圧力隔壁、垂直尾翼の損傷が原因で墜落したとされていますが、米国軍によって撃墜されたというのが勇才さんの主張です。どういう形で墜落に至ったかは知る由もありませんが、写真のエンジンは撃墜した側の残骸であると勇才さんは言います。

 では何故JAL123便は撃墜されたのか。この日航ジャンボ機墜落事故からわずか1ヵ月後にプラザ合意が締結されます。このプラザ合意には当時の中曽根政権は前向きではなく、プラザ合意に反対する4人の財界人がJAL123便に乗っていたというのです。プラザ合意に反対する4人の財界人を葬るとともに、プラザ合意になかなか踏み切れなかった中曽根政権への脅しとして、JAL123便は撃墜されたという見方です。

 勇才さんの話はまだ続きます。JAL123便墜落の翌朝に御巣鷹山に登った人が異様な光景を目にしています。JAL123便が墜落した時刻は18時56分ごろですが、目撃者が山に登った翌朝にはすでに自衛隊員100名以上が墜落現場に到着していたといいます。その自衛隊員の腰には長さ40 cmのアーミーナイフが携帯されていたそうです。報道では生存者は女性4名でしたが、目撃者によると指がちぎれた男性の生存者が一人いたそうです。指がちぎれていたほかには、大きな損傷もなく、死亡するようには見えなかったといいます。そして周囲からはまだ生きていると思われる40~50人の呻き声が聞こえたそうです。ところが下山を開始しようとしていた午前5時には呻き声はぴたりと消えたしまったというのです。「(新)日本の黒い霧」のブログではそれ以上のことは書いていません。プラザ合意に反対する財界人4人を乗せたJAL123便は米軍機によって撃墜され、生存者は自衛隊員に扮した何者か(米軍)によって、次々とアーミーナイフで命を奪われていったというのが勇才さんの推測です。その時の生存者4人が、その後、マスメディアで事故について一切証言していないのがいい証拠であるとおっしゃっていました。

勇才さんが信じているマヤ暦最終日2012年12月22日に果たして人類は滅亡してしまうのでしょうか。その日は浦安湯屋のメンバーと忘年おしきせの会をやる日です。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 翌日の日曜日はじゃんけんぽんのトントンさん、はるさんと久しぶりに亀戸ホルモンへ行ってきました。いい歳、りょうちゃんが剱岳登攀が終わったらお祝いに亀戸ホルモンに行こうとお約束していましたが、その後も山に行き続けたため、今日ようやく亀戸ホルモンへ行くことができました。
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 亀戸ホルモンは夕方なので、それまで夕日を見に葛西臨海公園へ行ってきました。
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 水族館にも寄りました。大人一人700円です。
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 日曜日とあって水族館の中は大混雑でした。
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 これは昨日勇才さんで食べたウマヅラの仲間でしょうか。
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 今度、勇才さんでイカの姿造りを食べさせてもらいたくなりました。
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 昼間は太陽が眩しかったのですが、夕方は雲が出てきて、赤く丸い夕日を見ることできませんでした。
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 夕景を撮影したあと、亀戸へと向かいました。それにしても風が強く、寒い葛西臨海公園でした。
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 日が沈むとすぐに暗くなってしまいます。まだ17時前だというのにすっかり夕闇に覆われてしまいました。亀戸に着いたのは17時20分でした。ところが待ち合わせ時間を18時と8時を間違えてしまい、実際の待ち合わせ時刻よりも2時間30分以上も早く亀戸についてしまいました。明るければ、亀戸天神へお参りにでも行くところでしたが、暗くて寒いので、アトレで時間を潰しました。待ちくたびれました。
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 ようやく本当の待ち合わせ時刻になり、岩崎医院の院長先生、将来院長婦人になるかもしれない許嫁(いいなずけ)の千恵ちゃん、院長先生のお友達、トントンさん、はるさん、全員で8名で亀戸ホルモンへ行きました。
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 大村崑のオロナミンC。
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 院長先生、両手に花。普段、下品なことばかり言うので、「淫長先生」と呼ばれています。
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 今日のお目当てはやはり「レンガマックス」です。レンガマックスは横隔膜で、レンガのような塊の肉です。レンガという名前からは想像できないほどのやわらかさです。
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 しかしもっとすごい肉がありました。レンガ武蔵。東京スカイツリーにちなんで命名されているようです。1つの塊で600 gあり、長さは智恵ちゃんの顔の3倍くらいありました。
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 亀戸ホルモンでたっぷり食べてしまいました。
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今週は赤城山・鍋割山と歌声喫茶に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-12-14 00:28 | 日和田山トレーニング | Comments(0)

師走の紅葉、昭和記念公園&勇才開店3周年

旅行・地域
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 まずは連絡です。「なんでもトライアスロン」の掲示板にも掲載しましたが12月22日(土)に恒例の忘年おしきせの会をやります。今年は大井町の名店「じゃんけんぽん」で行います。今のところ、参加の連絡を頂いているのは、あきちゃん、あやちゃん、あやや、安藤さん、かずさん、かとたつさん、じゅんやさん、タッキー滝本さん、チギ千吉良さん、ハニー羽入さん、ベジータ宮崎さん、よしこさん、そしていい歳、りょうちゃん以上アイウエオ順の13名です。まだ有余がありますので、参加希望の方は連絡をください。
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 12月もアミューズトラベルのツアーがなくなってしまったので、12月15日(土)は山旅クラブで赤城山・鍋割山、冬晴ハイクに行くことにしました。また16日(日)はあづみ野うたごえ喫茶に行ってきます。038.gif
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 12月1日も本来ならばアミューズで明神ヶ岳・明星ヶ岳に行く予定でしたが、ツアーが取り止めになってしまったため、紅葉を見に、昭和記念公園に行ってきました。紅葉情報では12月初めは紅葉が見ごろで、コウテイダリアも咲いているとのことです。056.gif
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 昭和記念公園はJR立川駅から徒歩15分です。昭和記念公園は昭和58年(1983年)に昭和天皇の在位50年を記念し、立川基地の跡地に開園されました。入場料は400円です。ただ日曜日などは無料で入場できるようです。今日は土曜日であったため400円の入場料を取られました。
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 天気予報では晴れのはずだったのですが、立川駅に着く直前から雨が降り始めました。雨足も次第に強くなり、昭和記念公園から大慌てで帰っていく人がたくさんいました。おそらく天気予報を見て、傘も持たずに出かけていたのでしょう。この雨で公園の中はほとんど人がいませんでした。057.gif
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 雨の中でも、真っ赤な紅葉が映えていました。038.gif
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 大きなコウテイダリアが咲いていました。寒気で霜が降りると一気に散ってしまうそうです。056.gif
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 イチョウの大木。黄色が鮮やかでした。
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 イチョウ並木。イチョウの葉はほとんど散っていましたが、地面にはイチョウの黄色い絨毯が敷き詰められていました。038.gif
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 もみじの絨毯。歩き始めて30分が経過し、先程まで降っていた雨が上がりました。
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 みんなの広場。雨も上がって、大きな木の周りに人が集まってきました。
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 空を見上げると、雲が切れ、青空が広がってきました。058.gif038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 12月1日は「映画の日」です。明治29年(1896年)、神戸の「新港クラブ」で、わが国ではじめて映画が上映されたのを記念して、昭和31年(1956年)に制定されました。
 この映画の日にちなんでか、この月二人のの偉大な映画人が亡くなっています。

 一人は、昭和38年(1963年)12月12日、60歳で亡くなった日本映画の名監督、芸術院会員でもあった小津安二郎です。彼は明治36年(1903年)、東京深川に生まれ、三重県宇治山田中学校卒業後、大正12年(1923年)に松竹蒲田に入社しました。

 以来、30有余年『東京物語』『戸田家の兄弟』『父ありき』『晩春』『麦秋』『彼岸花』『秋日和』など、庶民の生活を“気品”と“人生味”と“ユーモア”で、国際的にも賞賛された数多い日本映画の名作を残して去りました。

 もう一人は、1977年12月25日、スイスの自宅で88歳で永眠した、世界の喜劇王チャップリンです。『黄金狂時代』『街の灯』『モダン・タイムス』『独裁者』『殺人狂時代』『ライムライト』『ニューヨークの王様』・・・・など。彼の名作は世界の多くの人に見られています。

 映画『ライムライト』で、チャップリンがクレア・ブルーム演じる踊り子を励ます言葉が印象的でした。「この人生は、どんなに辛くても生きるに価する。そのためには三つのことが必要だ。勇気と希望と、そしてサム・マネー(わずかな金)だ。」貧乏人の子として育った彼の根底にあるヒューマニズムとペーソスが言わせた言葉でしょう。
 チャップリンはアメリカで喜劇王の地位を気づいたにもかかわらず、アメリカが嫌いで、それを皮肉って作ったのが『ニューヨークの王様』です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 昭和記念公園内に日本庭園があります。この庭園の紅葉もまた見事でした。写真は地面に落葉したカエデの葉で、赤い絨毯が敷き詰められているようでした。
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 池には逆さの紅葉が写っています。
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 空はすっかり青空です。
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 日差しに照らされた紅葉は燃えるように赤く、見事というしかありません。058.gif038.gif
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 雨上がりで気温は低くかなり寒く感じましたが、高い竹が風に吹かれて美しい情景でした。
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 紅葉と緑の竹。
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 日に透かされたカエデの葉。
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 強風で噴水の水が吹き飛ばされています。
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 イチョウ並木。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)


命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよで
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 最初は雨が降って、紅葉を適当に見て切り上げようと思っていましたが、すっかり晴れて、青空の下で紅葉を見ることができました。
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 大井町駅まで戻ってきて、久しぶりに勇才さんに行こうと思い、電話をすると今日は開店3周年記念で既に9名の予約が入っているとのことでした。なんとか最後の10席目に滑り込むことができました。勇才さんはカウンター10席のお店です。
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 3周年記念のポスター。紅葉を見たあとに、もみじ肉とは出来すぎています。038.gif
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 準備が着々と進んでいました。
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 鹿肉のシチュー。最初は8人の予約だったそうですが、人数が増えたため、分け前が減ってしまったようです。037.gif
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 お隣に座ったご年配のご婦人が持ってきたエビスビール限定の日本酒です。
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 茶碗蒸し。牡蠣が入っていました。
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 鮭の親子。
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 マンボウの腸。
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 ズワイガニ。
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 鹿肉を裁く、勇才さんの腕。
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 この鹿肉は生でも食べられます。
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 鹿肉のステーキ。
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 最後はうどんを戴きました。
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 もちろん日本酒もたくさんいただきました。以前にも紹介しましたが、勇才さんは2時間5000円で、2時間以上は1時間1000円追加になります。今日は3周年記念であるため、全員ひとり6000円でした。038.gif
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 この写真は昭和30年代の勇才さん。髪の毛、ふさふさで今や見る影もありません。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
来週は日和田山に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-12-02 19:18 | 紅葉の昭和記念公園 | Comments(0)