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東日本大震災を乗り越えて、石巻・墨廼江酒造酒蔵見学

旅行・地域
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 赤城山の翌週は、山登り以外の予定がいろいろとありました。まず9日は会社関係者のOBの先輩たちと囲碁を打ちました。いい歳、りょうちゃんの成績は5勝2敗で優勝しました。前回も5勝0敗で優勝したので、2回連続での優勝となりました。優勝したからといって、何か貰えるわけではありません。最後は先輩方のお話しを聞いての会食でお開きとなります。037.gif
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 写真は熱戦を繰り広げる先輩方。お年寄りの囲碁を見ても全く勉強になりません。私が写真を撮ると、顔を大写しに撮ると年寄りであることがバレるから、次回は集合写真を撮って、顔を小さく写すように言われました。写り具合の大小にかかわらず、お年寄りの顔を若く見せることはできません。037.gif
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 そして、今週、来週はお馴染みの葛西臨海公園や、若洲海浜公園でダイヤモンド富士が見えるはずです。2月17日、葛西臨海公園でのダイヤモンド富士を狙っていましたが、残念ながら、雲が多く断念しました。その前の2月10日、ダイヤモンド富士を見るにはまだ20日ほど早いですが、幕張海浜公園に行ってきました。幕張海浜公園はJR京葉線の海浜幕張駅から徒歩で20分くらいです。058.gif
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 2月10日は風がなく、浜辺はとても穏やかでした。そして、今日もパラグラーダーでおじさんが空を飛んで遊んでいました。
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 浜辺には結構、人が来ていました。
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 このダイヤモンド状の太陽が富士山の真上にかかってくるとダイヤモンド富士になります。058.gif
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 建物に反射したダイヤモンド。058.gif
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 これから空へ飛び立ちます。
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 波打ちぎわに鳥が集まっていました。
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 太陽が徐々に空と海を赤く染めていきます。
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 遥か向こうに東京ゲートブリッジが見えます。
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 日が沈むにつれて、見えなかった富士山が炙り出されてきました。
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 20日後のダイヤモンド富士が楽しみです。ただし、快晴であることが条件です。058.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 西行は、本名佐藤義清(のりきよ)、代々藤原氏の一門で、鳥羽院を警護する左兵衛尉(さひょうのえじょう)という北面の武士でした。

 それが突然、23歳の若さで出家して、仏道と花道に専念するようになりました。一説によれば、ある高貴な人妻にほのかな恋をして、その失恋の結果だともいわれます。

 これは高山樗牛の名作『滝口入道』が、この義清をモデルにして描かれたと伝えられるからでしょう。また別の説によりますと、ある日前日まで一緒に仕事をしていた友人が、一晩でポックリ死んでしまったのがショックで、人間の生命のはかなさ、世の無常を感じて出家したとも言われています。

 西行を名のり、諸国をまわって、好きな歌を詠みながら、血なまぐさい戦乱無常の世を生き抜きました。西行の自然を愛し、物のあわれを主題にした作風は、後年の芭蕉の俳句に引き継がれて行きました。

  心なき 身にもあわれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ

  年たけて また越ゆべしと 想いきや 命なりけり 小夜の中山

 新古今集に収録されている歌です。西行は晩年、自分の死を予感したのでしょうか、

  願わくは 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月のころ

 と歌いましたが、その希望通り、建久元年(1190年)2月16日、現在の大阪府南河内郡河南町にある弘川寺で亡くなりました。72歳でした。希望する季節に死ねる人は幸福ですね。 

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 そして翌週、2月16日(土)は年に一度の日本酒の酒蔵見学に行ってきました。今日の酒蔵見学会は石巻の墨廼江酒造です。墨廼江酒造は3年前の2010年の3月にも行きました。今回は2回目になります。前回は東日本大震災の1年前で、仙台から仙石線に乗って、石巻に向かいましたが、あの地震で仙石線が寸断されてしまい、古川駅から小牛田駅を経由して石巻へと向かいました。
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 JR古川駅は仙台の次の駅で、ここで陸羽東線に乗り換えますが、アクシデントが発生しました。私たちが乗るはずの10時50分発の電車が車両故障で運休になってしまい、その次の電車は1時間後の発車です。ただでさえ、古川駅で50分待つ予定であったので、小牛田駅までタクシーで行くことになりました。写真は古川駅の吊るし雛です。
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 小牛田駅前。
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 小牛田の名前の由来。
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 小牛田駅では鉄道写真家の武川さんが個展を開いていました。鉄道と陽の光を取り入れた見事な写真を展示しており、写真の設定などひとつひとつ丁寧に説明してくれました。
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 小牛田駅から石巻までは石巻線に乗って約40分ほどです。今回の参加者は全員で12名でした。めずらしく、女子大生と、そのお友達と若い女性が2人も参加しており、いい歳、りょうちゃんはとても嬉しくなりました。前回のように聞かなくてもいい質問ばかりする質問おばさんや、寒風吹きすさぶ石巻の街を裸足で歩いている人は参加していませんでした。041.gif038.gif
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 石巻の駅構内は、石ノ森章太郎のチャラクターが展示されています。
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 石巻駅まで墨廼江の澤口社長が出迎えてくれ、墨廼江酒造までブラブラと歩いて行きました。この日の石巻もどんより曇り、風があり、寒い一日でした。
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 まずは事務所に案内されて、東日本大震災当日のお話しを伺いました。墨廼江酒造さんがある通りから東側に通りを2つ隔てて、川があります。その川が津波で増水し、石巻の街を急襲しました。墨廼江さんも約1.5 mほど浸水したそうです。澤口社長のお話では川から距離が明暗を分け、墨廼江酒造は川から離れていたため、まだ被害が少ないほうであったとおっしゃっていました。川に近い通りでは、家も人も流されて600人の命が犠牲になりました。津波に流されまいと電線をつかんだために感電死し、津波が引いたあとに電線に何人ものご遺体が吊り下がっている悲惨な光景や、流されていく人と目が合ったが、助けることができなかったという哀しいお話しを伺いました。あの地震から2年近く経っていますが、がれきも片付けられて、以前の街並みに戻りつつあるのは最近になってからだそうです。
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 これから酒蔵の中を見学させていただきます。地面のコンクリートはうち直したそうです。震災後はヘドロで覆われて、水洗いを何回しても、乾燥すると塩分が浮き出てしまったそうです。
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 入口に積んでった酒米も泥水に浸水し、約4.5 トンの酒米を廃棄処分したとおっしゃっていました。
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 酒米の洗浄機。
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 洗浄された酒米は蒸し器へとベルトコンベアで運ばれ、釜で蒸し上げられます。
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 蒸し上げられた酒米は麹室へと運ばれます。酒米に麹菌を植え付けて、デンプンをブドウ糖へと分解していきます。この麹室では余分な水分を乾燥させるため、空調管理されていますが、地震後は2週間ライフラインが止まってしまい、麹もダメかと思ったそうです。しかし、たまたま気温が低い日が続き、麹は無事だったとおっしゃっていました。この時、日本酒は強い酒であると認識されたそうです。
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 麹室で糖化させた酒米に酵母、水、蒸した酒米を加え、アルコール発酵をさせていきます。酵母菌はブドウ糖を食べて、アルコールを放出していきます。この最初の段階のものを酒母と言います。酒母室の中はとてもいい香りがたち込めていました。
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 酒母に雑菌が入って増殖しないように添加するのが乳酸です。お酒の酸味のほとんどは乳酸、クエン酸だそうです。この乳酸を作り出す乳酸菌が酒蔵の中に生息しており、自然に発酵させる方法が山廃仕込みだと教えていただきました。
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 酒母と水と蒸した酒米を大きなタンクに移して、発酵を進めて日本酒を作っていきます。
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 これが搾られて、日本酒が出来上がります。搾って、最初に出てくるのが「あらばしり」、次は中汲み、この中汲みが日本酒として一番品質が高いものです。そして、圧力をかけて搾りだしたものが「せめ」といいます。
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 酒蔵の分析室。酸度、糖度を測ります。
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 墨廼江さんの中にある八幡神社。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 墨廼江酒造さんで一通りの工程を見学したあとは、石巻のお店で墨廼江さんのお酒を試飲しました。
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 お店に行くまで、石巻の商店街の中を歩いていきます。つい最近までがれきが散乱していたそうです。
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 更地になっている場所はかつて家が建っていたそうです。すべて津波で流されてしましました。
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 地震当時の写真が貼られていました。
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 八幡家さんで日本酒を試飲します。
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 日本酒を試飲しながら、食事をいただきました。
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 女将さんの地震当日のお話を聞きました。このお店は川のそばであり、地震当日は2階寸前まで水に浸かったそうです。地震から2年近く経って、ようやく店の修繕費をもらうことができたそうです。しかし、役人から「2階は水に浸かっていないのに、なぜ修繕するのか」とか、「建て直す前は断熱材が入っていなかったはずなのに、なぜ入れるのか」と、言われたそうです。役人は血も涙もありません。
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 試飲が終わり、澤口社長と記念撮影。038.gif
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 浦安湯屋の和さんが、若い女性陣との写真を撮ってくれました。038.gif
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 この川を津波が逆流し、石巻の街と人を襲いました。
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 石ノ森萬画館。石ノ森萬画館は工事のため、お休みでした。
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 川のそばにマガモが歩いていました。勇才さんがいたら、しめていたでしょう。037.gif
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 笹かまを買いましたが、帰りの石巻線と新幹線の中でみんなで食べてしまいました。
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 さて来週23日(土)は浦安湯屋のメンバーと新年おしきせの会を開催します。参加者は、和さん、ともちゃん、千吉良さん、ハニー羽入さん、あきちゃん、はせやん、よしこさん、ベジータ宮崎さん、いい歳、りょうちゃんの9名で、森ちゃんは間に合ったら参加します。

 いい歳、りょうちゃんの今後の予定です。

 2月23日(土) 新年おしきせの会(アレグロピアット)
 2月24日(日)来福酒造試飲会(川崎)
 3月 2日(土)・3日(日) 蔵王山スノーシューハイク(倉持さんたちと)
           日本百名山55座目
 3月 9日(土)・10日(日) 雪山・日光白根山(山旅クラブ)
 3月11日(月)休暇を取って古賀志山(歩みの会)
 3月17日(日)あづみ野うたごえ喫茶
 3月23日(土)~25日(月)雪山・赤岳(山旅クラブ)、日本百名山56座目
 4月27日(土)~29日(月)雪山・至仏山(山旅クラブ)、日本百名山57座目
 5月3日(金)~6日(月)雪山・燕岳~大天井岳~常念岳(山旅クラブ)
           日本百名山58座目

 いままで長年(約10年間)、ドコモのガラケーを使っていましたが、ついにiphone5に乗り換えてしまいました。メールアドレスが変わっています。おもなメンバーには連絡したつもりですが、まだ聞いていないという方はお知らせください。

 iphone5を買ってきて、自宅で電話帳をダウンロードするのですが、なかなかうまく行きませんでした。10年前にドコモで新しい機種にしたときは電話帳のコピーなどすべて店でやってくれたと思いましたが、個人情報保護法で店の人はできないとおっしゃっていました。
 Apple Storeにアクセスして、「電話帳かんたんコピー」というアプリで電話帳のダウンロードを行うのですが、Apple Storeにアクセスしても検索キーをタップしても機能できず、ダウンロードができませんでした。
Facebookのお友達に聴いたり、最後はカスタマーセンターに電話をして、ようやくできました。できなかった理由を教えてもらうと、とても、つまらないことでした。アプリをいくつも立ち上げていると、メモリ不足になってiphoneがフリーズしてしまったとのことです。いくら容量の大きい機種でも、メモリは512MBしかなく、注意が必要とのことです。
 このようなことはやはり説明書に書いておいてもらわないと、原因が全くわかりません。これからのiphone生活は前途多難です。写真はiphone5の画面。
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付録のiPad。iphone5を買ったら付いてきました。しかし、電話代からしっかり引かれるようです。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
3月初めに蔵王に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2013-02-19 23:50 | 石巻・墨廼江酒造 | Comments(0)

春の足音を聞く、早春の雪山ハイク、赤城山・黒檜山を行く

旅行・地域
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 先週の2月2日(土)、山旅クラブで雪山の赤城山・黒檜山に行ってきました。例によって、いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 この日の天候は、天気予報によると低気圧の寒冷前線が通過し、山は強風を伴う雨か雪のはずでした。家を出たときには雨が降っていましたが、上越新幹線に乗って、熊谷を過ぎた頃にはすっかり青空になっていました。12月に赤城山・鍋割山に行ったときも、同じように天候がいい方向にハズレてくれたのを覚えています。どうやら、赤城山とは相性がいいようです。2月の赤城山は厳冬期で、通常、気温は氷点下のはずですが、この日は終始0 ℃以上のプラスの気温で、いい歳、りょうちゃんは汗びっしょりになってしまいました。写真は手前に見えるのが駒ケ岳、左側に写っているピークが黒檜山です。
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 登山口の駐車場に到着し、用意をして、いよいよ登山開始です。今日は駒ケ岳から黒檜山へと縦走し、大沼の脇に降りてくる行程です。今回、黒檜山が3回目になるという赤城山好きの山ちゃんによると、昨年は寒くて仕方なかったとおっしゃっており、今日のように駐車場で日差しの中、のんびりと用意ができるのはとても珍しいそうです。058.gif
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 最初はアイゼンをつけずに、しばらく登りましたが、やはり、いい歳、りょうちゃんはアイゼンをつけないと滑ってしまい集団から引き離され気味になりました。しかし、すぐにアイゼンをつけることになりホッとしました。今回の山旅クラブではじめて有名な山ちゃんに会うことができました。山ちゃんはとてもゆっくりアイゼンをつけており、トミーさんがイッラとしていることがわかりました。037.gif041.gif
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 駒ケ岳の手前で見た風景。風はほとんどなく、陽春の雪山登山という感じです。
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 駒ケ岳へと続く尾根道は雪の回廊になっていました。右側は雪庇があり、切れ落ちています。042.gif
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 1つ目のピーク、駒ケ岳。駒ケ岳山頂で記念撮影、りょうちゃんの後ろに写っている方が有名な山ちゃんです。038.gif
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 駒ケ岳を過ぎると、赤城山系の最高峰、黒檜山を捉えることができます。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 寛文12年(1672年)2月2日―――この日、有名な赤穂浪士吉良邸討入りのモデルとされた、「浄瑠璃坂の仇討ち」が行われました。

 事件の発端は下野国宇都宮城主奥平美作守忠昌の法要の席です。奥平家の老臣奥平内蔵亮(くらのすけ)が、日ごろの遺恨か、突然万座の中で奥平隼人に斬りかかりました。隼人はすぐに斬り返し、内蔵亮に深傷を負わせたところで取りおさえられました。内蔵亮はすぐに自刃しました。

 喧嘩両成敗、両家改易です。おさまらないのは内蔵亮の息子源八です。父の無念を晴らすべく敵討ちを計画、ひそかに同志40余名を集め、江戸市ヶ谷、浄瑠璃坂に住む、隼人の邸を急襲しました。白木綿の揃いの上衣、背中には丸に一文字、雪の夜に手にした松明・・・・・一同は激闘数刻、隼人の父と弟は討ち取りましたが、肝心の隼人は打ち損じました。

 あきらめて引き揚げはじめたところ、幸運といおうか、隼人にとってはふうんといおうか、隼人を先頭に救援の騎馬武者20余名が襲いかかってきました。隼人は、馬から下りるとたん、足をふみはずし、側溝にはまり、あっ気なく討ち取られました。

 源八たちは大老井伊家の上屋敷に出向き、事情を報告したあとの処置を待ちました。久し振りの仇討で江戸市中は湧きましたが、処分は遠島と決まり、一件落着となりました。

 赤穂浪士の討入りはは、それから30年後です。赤穂浪士の場合は、遠島でなく切腹でした。江戸の町民はこのときのことを知っていただけに、切腹に対して同情的でした。だが、結果論としては切腹したことで、その名が後世に残ったとも言えます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 青空の下、白銀を踏みしめて黒檜山山頂を目指します。
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 振り返ると先ほど通過した駒ケ岳が見えます。
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 最後の急登。この急登がとてもきつく感じました。全くの無風で、暑さとの闘いで、ようやく稜線に辿り着きました。042.gif038.gif
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 この鳥居はまだ頂上ではありません。
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 この鳥居から約3分のところに黒檜山山頂がありました。標高1828 m。いい歳、りょうちゃん、日本百名山54座目になりました。赤城山・黒檜山は過去2回、ツアーに申込みましたが、その2回とも催行にならず、3度目にして黒檜山の山頂に辿り着くことができました。
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 山頂から少し進んだところからがビューポイントになります。
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 真ん中の台形の山が皇海山、その右後ろに男体山が見えます。
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 上州武尊山。
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 谷川連峰は雲に煙っていました。
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 丸い山は赤城山系の鈴ヶ岳、その後ろにかすかに浅間山が見えました。鈴ヶ岳の前の湖は凍結した大沼です。
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 季節はずれの暖かさに山頂は登山者で大賑わいでした。058.gif
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 ビューポイントで景色を楽しんだあと、下山を開始。トミーさんの好きな登山道を外す下り道で、男性陣が先頭を歩き、ラッセルをしながら降りていきました。先頭を行く山ちゃんが、りょうちゃんに前に行ってラッセル車になるように促されました。
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 登りで、このラッセルをしたら、バテてしまったでしょう。038.gif
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 再び登山道に戻り、急勾配の雪道を下って行きます。
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 徐々に大沼が大きく見えてきました。
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 大沼の赤城神社が見えます。
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 午前10時に登山を開始して4時間20分、14時20分に登山口まで下山してきました。
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 大沼の湖畔沿いに駐車場へ向かいました。大沼は一面凍結し、ワカサギ釣の人で賑わっていました。
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 今回も「ふれあいの里」で入浴し、入浴後にビールで一杯やりました。山ちゃんは入浴もゆっくりで、お風呂上がりに牛乳を飲んでいました。私が「ビールを飲まないのですか?」と聞くと、飲むことはできるが好きではないとおっしゃっていました。山旅クラブで、りょうちゃん以外の男性のお客さんはお酒を飲む人は少ないようです。068.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 赤城山の翌日、横浜パシフィコへ行き、CP+の展示会へ行ってきました。
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 最終日の日曜日とあって、結構な人出でした。
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 驚いたことに、各メーカーのブースにはモデルと思われる女性が立っており、カメラを向けると笑顔でポーズを取ってくれます。いかにも「オタク」と思えるようなオッサン達が美女を取り囲み写真を撮っていました。私もその中に混じって、写真を撮ってしまいました。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
来週は石巻の墨廼江酒造へ酒蔵見学に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-02-10 14:44 | 赤城山・黒檜山 | Comments(4)

滝坂ハイキングコース、首切り地蔵を訪ねて&東大寺

旅行・地域
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 1月27日(日)、奈良修学旅行2日目です。今日の予定は東大寺、唐招提寺、薬師寺をまわって、東京へ帰る予定でした。
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 朝は平城宮跡へ朝日を見に行きました。平城宮跡は私が宿泊した猿沢池のそばからタクシーで15分ほどでした。
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 第一次大極殿の前の平原上場所で朝日が昇ってくるのを待ちました。
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 春日山の上が赤く染まり始めました。058.gif
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 春日山のてっぺんから、太陽が顔を出しました。058.gif
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 この春日山の頂上へ行けばもっときれいな日の出を見れるのではと考えましたが、春日山は原生林で人が入ることは禁じられているそうです。
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 百人一首に「天の原ふりさけみれば春日なる 三笠の山にいでし月かも」(安倍仲麻呂)という歌があります。これは唐の国へ派遣された安倍仲麻呂が、帰国の途で月を見て、吉野の春日にある三笠山に出ていた月であろうと、望郷の思いを詠んだ歌です。この歌の中に出てくる三笠山ですが、春日山と昨晩山焼きをした若草山のどちらであるのか、現在も春日山側と若草山側で論争があるといいます。タクシーの運転手さんに教えてもらいました。
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 寒椿と大極殿。056.gif
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 タクシーの運転手さんから、奈良の観光パンフレットをもらい、朝ごはんを食べながら、ちらちらと見ていると、すぐ近くに滝坂というハイキングコースがあり、多くの石仏があると記載されていました。しかも、あの荒木又右衛門が試し切りしたという「首切り地蔵」があるというのです。荒木又右衛門といえば、仇討ちの助太刀で36人斬りをしたという伝説はあまりにも有名です。急遽、予定を変更し、この首切り地蔵を見に行くことにしました。
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 地図には最寄りのバス停「破石町」から一番遠い「地獄谷石窟仏」まで歩いて70分と書いてあります。その途中に「首切り地蔵」があり、地獄谷石窟仏まで行ったとしても、往復で140分、午前中に充分戻ってくることができる距離です。
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 午前9時過ぎに宿をチェックアウトし、ハイキングコースの滝坂を目指しました。まだ時間的猶予があったため、途中にある南都 十輪院に立ち寄りました。
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 南都十輪院には平安時代に作られた石仏のお地蔵様が安置されています。実は毎月27日と28日は護摩祈祷のため、拝観はお休みだそうですが、「朝はまだ時間があるから」と言って、石仏地蔵を見せていただきました。そして説明までしていただきました。例によって、写真撮影は禁止なので、絵葉書を買って、スキャンしました。
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 この石仏は平安時代につくられ、もともとは露仏(屋外に安置)でしたが、鎌倉時代に写真にあるような屋根囲いがされ、建物の中に安置されるようになりました。このような構造の石仏を石仏龕(せきぶつがん)というそうです。向かって左には釈迦如来、右には弥勒菩薩が彫られています。本尊のお地蔵様はこんなに柔和な顔をしています(平安時代)。038.gif
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 釈迦如来(鎌倉時代)。
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 弥勒菩薩(鎌倉時代)。
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 この石仏龕の前には平石があり、その上に死者の遺骨などを置いて、葬儀を行ったと言われています。「引導を渡す」という言葉がありますが、死者に引導を渡して、向こうの世界に引き導くそうです。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 北原白秋、西條八十とならんで、明治・大正・昭和の3代にわたり、詩・民謡・童謡の世界に、大きな足跡を残した詩人野口雨情は、太平洋の末期、昭和20年(1945年)1月27日、疎開先の栃木県河内郡姿川村(現・宇都宮市)で、64歳の生涯を終わりました。

 この終焉の地には、「詩人野口雨情ここに眠る」の碑が、「あの町この町」の詩碑とともに建てられています。また、生地の茨城県多賀郡磯原町(現・北茨城市)には、土地の名望家で大地主でもあった野口家の生家が保存され、雨情記念館もつくられ、顕彰碑、詩碑が市内6ヵ所に建立されています。

 私たち、昭和の歴史とともに幼少期を過ごしてきた者にとって、雨情の詩は、子守唄であったかもしれません。本居長世、中山晋平という傑出した作曲に恵まれ、雨情の童話は文部省唱歌にも取り入れられ、レコードの普及によって、またたく間に全国の子どもに愛唱されました。

 『赤い靴』『青い目の人形』『七つの子』『兎のダンス』『十五夜お月さん』『しゃぼん玉』『証城寺の狸囃』『あの町この町』・・・・・・・名作は時代を越えて、今の子どもたちにも歌いつがれていることは嬉しいことだと思います。

 また、雨情は芸術性豊かな新民謡を提唱し、全国をかけめぐりました。“おれは河原の枯れすすき”―――『船頭小唄』はその代表的作品の一つです。

    からす なぜなくの
    からすは山に
    かわいい 七つの
    子があるからよ

 この名作『七つの子』も“からすなぜなくの、からすの勝手でしょう”と歌われる時代だけに、第2の雨情の出現を待望することひとしおです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 南都 十輪院をあとにして、目的地の滝坂へと向かいます。
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 ハイキングコースの登山口につきました午前10時30分。少し十輪院で時間を取りすぎました。
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 ハイキングコースは能登川という小さな川に沿って石畳のコースを登っていきます。登山の格好をした中高年の方々が歩いていました。私は急遽決めたので普通の街を歩く格好でハイキングコースを歩いて行きました。
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 寝仏。
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 夕日観音。
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 石畳の登り道が続きます。
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 朝日観音。
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 そして、ついに首切り地蔵尊の前に辿り着きました。午前11時00分。確かに首のところに割れ目があります。この首切り地蔵尊は結構大きなもので、自分の背丈より高かったので、2 mはあるのではないでしょうか。
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 折角、ここまで来たので、一番遠い「地獄谷石窟仏」まで行くことにしました。道標では首切り地蔵から1.0 kmとありましたが、これが長く感じました。写真は地獄谷園地の新池。
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 午前11時24分。私は地獄谷石窟仏と春日石窟仏を間違えて、春日石窟仏の前に来てしまいました。春日石窟仏は金網の柵で囲まれていました。春日石窟仏は平安末期1155年8月20日に作られたと、かなり日にちを特定して書いてありました。春日石窟仏は金網の柵で囲まれていました。
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 春日石窟仏から地獄谷石窟仏までは1.1 km。地獄谷石窟仏から少し離れてしまいましたが、地獄谷石窟仏までひたすらに歩いていきました。最後は車道に沿って歩き、残り100 mとあり、ようやく到着したかと思ったら、石窟仏へと続く登山道の入口に着き、ここから600 mとあり、がっかりしました。037.gif
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 ここまで来たら行くしかありません。山道を走るように、石窟仏を目指しました。
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 午前11時46分。最終目的地の地獄谷石窟仏の前に到着しました。この石窟仏も柵に囲われていました。
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 春日石窟仏とはちがい、くり抜かれた凝灰岩の壁に線刻され、着色が観察されました。
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 手を合わせ、写真を撮り、元来た道を急いで引き返しました。宿をチェックアウトした時刻から2時間30分以上もかかっており、東大寺に行くことを考えると、猿沢池に14時までに戻る必要があります。唐招提寺と薬師寺は今回はあきらめました。
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 首切り地蔵、朝日観音、夕日観音、寝仏と来た道を下っていき、12時40分に坂道のところまで戻ってくることができました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 東大寺には14時前に着きました。
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 東大寺に来たのは小学校2年生の時以来なので、40年ぶりの東大寺訪問です。40年前は広く感じました。
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 東大寺の中は写真撮影が自由です。ただし三脚の使用は禁止されています。写真撮影を禁止している他の寺社仏閣に見習ってもらいたいものです。長野の善光寺などは、写真撮影しようものなら、もの凄い形相のおばさんが飛んできて、写真撮影を制止します。写真撮影することで、どんな不都合があるのでしょうか、きちんと説明すべきです。
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 大仏様はいい顔立ちをしています。写真を撮ってくれと言わんばかりのいい顔でした。038.gif
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 子どもたちが柱の穴をくぐっています。いい歳、りょうちゃんも小学校2年生の時は通り抜けることができました。しかし、今はもう真似できません。037.gif
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 おびんづるさま。具合の悪いところを撫でると、治ると言われています。いい歳、りょうちゃんは、腰と腹まわりを撫でて、余分な贅肉が取れるようにお願いしました。037.gif038.gif
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 奈良公園から見た若草山。昨日の山焼き神事で焼け焦げて真っ黒になっています。
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 帰り道、こんなお店があったので、一杯飲んでしまいました。068.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は赤城山・黒檜山の報告をします。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2013-02-03 22:14 | 奈良修学旅行 | Comments(0)