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三寒四温、弥生の桜

旅行・地域
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 3月25日は休暇を取って、3月23日(土)~25日(月)まで雪山の赤岳に山旅クラブで行く予定でしたが、25日の休暇が取れなくなり、今回の赤岳挑戦は取りやめることになりました。赤岳は昨年の夏に参加を断られてから、どうも縁がないようです。夏山での挑戦を考えます。

 大井町湯屋の中丸さんから最近またブログの更新がないとのお叱りを受けました。山登りを始めてからは、このブログのほとんどは山歩きの記事ばかりになっているので、山に行かないとブログも更新されない状態になっています。4月以降気温が上がってくれば、山歩きの回数も増えていくと思います。

 4月以降のおもな予定は次のとおりです。

 4月 6日(土) 囲碁大会
 4月13日(土) 原田さんの変わったご主人とおしきせの会
 4月14日(土) 焼酎試飲会
 4月20日(土) ワイン試飲会&山歩き(ジョイフル観光)
 4月24日(水) 歩みの会・高鈴山(休暇が取れれば)
 4月27日(土)~29日(月) 雪山・至仏山(山旅クラブ)
 5月 3日(金)~ 6日(月) 雪山・燕岳~大天井岳~常念岳(山旅クラブ)
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 前回、歩みの会で古賀志山に行ってからは、山歩きをしておりませんが、ここ2週間は幕張海浜公園の夕日や、近所の桜を見に行きました。056.gif
 まず3月16日(土)はまたも夕方に幕張海浜公園に夕日を見に行きました。気温が高くなるにつれて雲が出やすくなり、冬と比べると朝日・夕日を観ることができる機会は減ってきます。この日も春霞がかかっていました。
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 海の中に入って釣りをしている人がいました。写真には取れませんでしたが、海面にはたくさんの魚が跳ねていました。
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 夕暮れの散策。
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 犬が海で泳いでいました。
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 夕日が空と海を赤く染めながら落ちてきます。058.gif
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 翌日17日(日)はあづみ野うたごえ喫茶に行く予定でしたが、花粉症の症状があまりにもひどいため、行くことを取りやめました。夕方は近所の品川中央公園に花を見に行きました。写真は寒緋桜です。
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 コブシの花。このコブシの花が咲き始めると、農家では畑に種まきを始めます。
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 ハクモクレンが咲いていました。
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 ハクモクレンの下から見上げると月が浮かんでいました。
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 帰りに日曜日も営業している勇才に行きました。勇才さんは木曜スペシャル的なお話をしてくださいますが、誰にでもお話してくれるわけではないそうです。例の日航ジャンボの事故の話や、原発マフィアの話をして店に来なくなった人もいるそうです。037.gif
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 茶碗蒸し。
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 鶏肉のさっぱり煮。
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 ホタルイカ。
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 蒸し牡蠣。
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 シーフードグラタン。
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 マグロ。
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 鴨鍋。
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 スリランカカレー。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 スペインの生んだ画壇の巨匠として知られるゴヤの生誕は、1746年3月30日です。
 彼は画家を志望し、若くしてマドリードに出て、30歳のとき王宮付属つづれ織り工場の下絵制作に従事しました。
 
彼はこの仕事がきっかけでで、マドリードの上流階級の人々に近づくようになり、彼の絵の天分も認められ、特に社交界の花形である王妃、貴婦人に引き立てられました。そのお陰もあって50歳で、カルロス4世の首席宮廷画家の地位につきました。
 
彼の作品は、ベラスケスとともに、マドリードのプラド美術館の目玉になっています。 ゴヤの作品は、宮廷画家として仕えた『カルロス4世とその家族』、ナポレオンのスペイン侵入を記録した『1808年5月2日の変』など、たくさん展示されています。しかし、話題はなんといっても彼の描いた『裸体のマハ』と『着衣のマハ』の2点です。

 マハとは伊達女という意味ですが、それだけに、このモデルがだれで、なぜ同一人物の裸体と着衣の同じポーズの絵を描いたのか、興味があるでしょう。
 この作品のモデルは、その豊かな黒髪、豊満な肉体、奔放な気性の顔だちから、当時スペイン貴族の筆頭であったアルバ公爵夫人と噂されました。
 ゴヤとアルバ公爵夫人との関係は、わずか7年の付き合いでしたが、いろいろ憶測されました。
 
アルバ公爵家では、この噂を気にしたとみえて、夫人が亡くなったあと40年も過ぎた1845年、夫人の棺をあけ、その骨格や、胴と足のプロポーションの違いを示し、モデルは彼女ではないと否定したりしました。ですから、なおさらこの絵に興味が集まるのです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 今年は桜の開花が早く、3月22日には上野の桜は満開になるとの予報でした。赤岳に行くことを取りやめたので、23日(土)、私は近所の戸越公園で桜を見たあと、隅田川まで足を伸ばしました。写真は戸越公園です。
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 黄色いレンギョウの花も咲いていました。
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 隅田川越しに見た東京スカイツリーと金色の雲のビル。
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 橋の上から見た風景。桜の下にはたくさんの人がいるのがわかります。
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 染井吉野。
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 ビルの写ったスカイツリー。
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 隅田公園、桜の間から見た東京スカイツリー。
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 隅田公園の奥に牛島神社があります。
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 牛島神社で結婚式が行われていました。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度






新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


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 今年は桜の開花が早くて、今月末には桜がすべて散ってしまうと思っていましたが、桜が咲いてから気温の低い日が続き、3月30日でも桜を十分に楽しむことができました。気温が低いと桜がほころぶスピードが遅くなるそうです。先週隅田川に行ったので、今週の30日(土)は新宿御苑に桜を見に行きました。新宿御苑はアルコールの持ち込みが禁止されており、入口のところでカバンの中をチェックされます。
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 もの凄い数の人が桜を見に新宿御苑に詰めかけていました。これで空が青空であったら言うことはありません。
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 これは山ぶどうの実でしょうか。
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 八重桜も咲いていました。イチョウという名前の八重桜です。
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 この桃色の八重桜は「カンザン」という名前で桜漬けの桜に使われているそうです。
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 枝垂れ桜も八重桜でヤエベニシダレという名前です。
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 ヤエベニシダレとイチョウの共演。
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 池のそばも桜が満開でした。
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 橋の上から見た桜。
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 桜の中にいるようです。
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 山歩きする人にはお馴染みの、ミツバツツジも咲いていました。
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 この白い花は利休梅といいます。
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 桜のピンクの絨毯。
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 新宿御苑には温室もあり、ランが花を咲かしていました。
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 バナナもありました。
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 カカオの実。
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 ミッキーマウスの木になっていた実。アフリカ原産で黄色い花を咲かせます。
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 ベンケイソウの仲間。
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 新宿御苑で十分に桜を楽しんだあと、夕方は新装開店になった、じゃんけんぽんに行きました。場所はアレグロピアットの2軒ほど隣で、コンビニの目の前です。038.gif
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 今日は来福酒造さんを招いての試飲会を兼ねたじゃんけんぽんのお披露目会です。
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 お酒は愛山、桜の酵母をつかった「さくら」、8%の精米でつくった贅沢なお酒が振舞われました。
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 お料理もたくさん出されました。
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 居酒の説明をする来福酒造の藤村さん。20 kgのダイエットに成功したそうです。038.gif
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 貴醸酒も出されました。水のかわりに純米酒を使って発酵させたお酒です。
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 スマイルで記念写真、左から西山さん、トントンさん、藤村社長。
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次回の山は歩みの会になります。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-03-31 16:05 | 桜が満開

春を迎えに、陽だまりハイク、歩みの会・古賀志山を行く

旅行・地域
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 3月9日(土)~10日(日)は山旅クラブで雪山の日光白根山に行く予定でしたが、家の都合で行けなくなってしまいました。ごめんなさい。3月の第2週くらいから、花粉症の症状がひどく、3月17日(日)のあづみ野歌声喫茶へ出かけることも取りやめにしました。040.gif
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 現在、東急大井町線の高架下は耐震強化工事をしており、高架下にあったお店はすべて立ち退きを強いられたようです。最後まで立ち退かなかった「福万食堂」も昨年末をもって営業終了したとの貼り紙がされていました。
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 東急社員による立ち退きの悪いうわさはたくさん聞きました。立ち退き料130万円で立ち退きを迫り、「これでは新しい住居も探せない」と立ち退きできないことを懇願する住民に一切取り合わなかったという話を聞きました。
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 写真は高架下の福万食堂で、昔は歩道の右側にも小さな商店街があり、店が軒を連ねていました。第一京浜から大井町にかけて、道路を繋いでおり、その商店街もなくなって20年近く経ち、ようやく道路が出来つつあります。この道路は私が小学生のことから大地震が起こったときのための避難道路としてつくる話がありました。それから40年以上経った今でもまだ完成していません。
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 写真は昭和3年(1928年)頃の大井町駅付近の大井町線高架(郷土出版社「目で見る品川区の100年」p.75から引用)。高架下は何もありません。
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 昭和28年(1953年)頃の大井町駅西口広場(郷土出版社「目で見る品川区の100年」p.141から引用)。現在イトーヨーカ堂が建っている場所に居住地域が見えます。この居住地域は昭和38年(1963年)に解体されています。
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 また荏原第三中学校は大間窪小学校と合併し、小中一貫の「豊葉の杜学園」という名前で、今年の4月からスタートするそうです。豊葉の「豊」は豊町、「葉」は二葉町から取り、「ほうよう」と読みます。新しい校舎で勉強できる子どもたちは羨ましい限りです。038.gif
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 大間窪小学校正門、昭和28年(1953年)(品川WEB写真館から引用)。
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 上空から撮影した大間窪小学校、昭和29年(1954年)(品川WEB写真館から引用)。
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 荏原第三中学校校舎、昭和22年(1947年)(品川WEB写真館から引用)。
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 荏原第三中学校朝礼の風景、昭和47年(1972年)(品川WEB写真館から引用)。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 武田勝頼は、父信玄の「3、4年は父の死を秘し、国内の備えを堅めよ」という遺言に背き、老練な家老たちの諫言もきかず、父の死後10ヵ月にして、早くも美濃、駿河に攻め入りました。

 幸いこのときは勝利をおさめましたが、その余勢をかって、天正3年(1575年)5月、こんどは三河長篠城を攻めました。しかし、前回と違い今回は決定的な大敗北を喫しました。
 勝頼はこの戦いで、信玄以来歴戦の有力な武将の大半を戦死させ、無敗を誇った虎の子の武田騎馬隊を壊滅させてしまいました。信長の技術革新の戦略、3000挺呈の鉄砲という新兵器の前に、もろくも崩れ去ってしまったのです。
 一族、家臣どもの多くは、勝頼に見切りをつけて、次々と斜陽の武田家を離れていきました、

 巻き返しをはかろうとしても、もはやかつての武田軍団の姿はなく、結局、天正10年(1582年)3月11日、木曾義昌との戦に敗れ、天目山で自刃してしまいました。享年36歳でした。

 名門甲斐の武田家を、父信玄死後10年にして滅亡させてしまった勝頼は、いつも暗愚の2代目という歴史的評価を与えられておりますが、なかにはこれと反対の説を唱える学者がいます。
 つまり、勝頼は、若き日の信長と同じような気性を持ち、軍事的には非凡な才をもった武将であった。

 信玄の遺言といわれるものは、家臣団の老臣たちの作である。したがって、あのとき信玄が死んでも、そのまま上洛を続ければ、信長も浅井、朝倉との戦いで苦戦をしていたときだけに、勝頼が天下をとることができたであろうという見解です。

 勝頼の才能を家臣たちが見抜けなくて、失したためというのですが、どうでしょうか。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 3月9日(土)の夕方は花粉の嵐の中、再び幕張海浜公園に夕日を見に出かけました。058.gif
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 夕日が沈んでくると、富士山が炙り出されてきますが、この日は春霞で富士山を見ることができませんでした。
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 今回は夕日を見に来ている人たちを入れて撮ってみました。
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 実際には堤防の上でこのように人が夕日を見ていました。
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 夕日を見に行った帰りに、久しぶりに勇才さんに行きました。
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 勇才さんからはまたもや木曜スペシャル的なお話しを聞くことができました。先日、ロシアで隕石が落下し、周辺の建物の窓ガラスなどが破損したというニュースがありました。その時に隕石をUFOが追跡し、隕石が落下寸前にUFOからミサイルが発射されて隕石を破壊したと言うのです。YouTubeの動画にはっきり写っているとおっしゃっていましたが、私は見つけることができませんでした。もし隕石がUFOに破壊されなかったら、地球の被害は甚大となり、それを食い止めるために銀河連合なる宇宙人の集団が隕石を撃墜したとおっしゃっていました。
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 また自民党に政権交代し、現在株価も上がって、景気回復の兆しが見えているような錯覚になっていますが、必ずその反動が来るともおっしゃっていました。かつて消費税増税を絶対にやらないといっていた野田佳彦が、民主党のトップになると消費税を上げることに方向転換したのは、影の首相と呼ばれる財務省前事務次官の勝栄二郎が民主党議員を買収したためだと言います。増税することに成功した勝栄二郎はその後IT会社の社長に天下り、増税成功のご褒美にIT関連事業に500億円の予算が計上されました。前年度の予算は5800万円と比較すると桁外れで、こういうことを平気でやっている自民党は今に大きな失敗をすると勇才さんはおっしゃっていました。
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 のれそれ。穴子の稚魚。ニンニクの芽を擦りおろした酢味噌で食べました。
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 ミンク鯨。
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 毛ガニ。
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 白子焼き。
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 白子のグラタン。
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 あさりのペスカトーレ。
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 三色丼。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 3月11日(月)は休暇を取って、歩みの会で古賀志山に行ってきました。今回は24名が参加で、先週蔵王でご一緒しました兵藤さんが歩みの会にテスト入団として参加しました。蔵王と同じく、ガイドは白砂さん、添乗員は倉持さんでした。038.gif
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 新宿を7時15分に出発し、9時30分には古賀志山の駐車場に到着しました。杉が真っ赤な花粉をつけています。誰か焼きはらってください。037.gif
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 出発前にいつもの準備体操をします。倉持さんは、相変わらず体が柔らかいです。038.gif
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 赤川ダムから見た古賀志山です。
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 ここは自転車レースのJapan Cupのコースにもなっているそうです。
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 空は雲一つない青空です。058.gif
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 いよいよ登山口から登山開始です。9時57分。北コースから登り、古賀志山山頂、御岳を経由して、南コースを下山する予定です。
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 26名の大行列で進みます。038.gif
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 歩くこと約30分、斜度が上がって行きます。
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 古賀志山の稜線に出る手前の登り、両側が崖になっている岩場を登ります。10時54分。
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 この岩場を登りきったところで小休止、みんなでお饅頭を食べました。
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 この急登を登れば、古賀志山の山頂に辿り着きます。
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 午前11時37分。古賀志山の頂上に到着しました。標高583 m。
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 記念撮影後、お昼ご飯を食べました。ほかの登山者の方から、「大勢なのに静かですね」と言われました。食べているときは皆さん静かです。037.gif
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 山頂からの田園風景。
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 古賀志山の山頂からは、男体山は木に阻まれてよく見えません。昼食を済ませて、男体山がよく見える御岳のピークに向かいました。
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 御岳のピークに行くためには、ちょっとした岩場を越えていきます。巻道もあり、巻道を行ったグループのほうが早く御岳に到着しました。
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 はしごもありました。
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 御岳に到着。12時26分。御岳から見た日光の峰々。
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 昨年登った雄大な男体山。男体山の左に見える白いピークは赤城山だそうです。地元の人が教えてくれました。
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 古賀志山の山塊の向こうには鶏頂山があり、その右側に茶臼岳が見えました。
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 真ん中の三角のピークは皇海山だそうです。この写真は兵藤さんにもらいました。
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 御岳のピークは歩みの会で大賑わいです。024.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地



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 風景を十分に楽しみ、下山を開始しました。12時38分。
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 先ほど登ったはしごを降りて、分岐まで戻ると、あとは単調な下りになります。
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 林道歩きもありました。林道では地面がコンクリートであり、スギ花粉で一気に目がかゆくなりました。
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 地面が土であると割合に花粉症は平気です。
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 赤川ダムの展望台で記念撮影。13時50分。
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 赤川ダムのところまで戻ってきました。赤川ダム越しに見た古賀志山を再び撮影。
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 サンピアで入浴を済ませ、ビールで一杯。昨年、歩みの会でお天気山に来た時に立ち寄った入浴施設です。068.gif
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 バスでお蕎麦屋さんまで移動し、鹿沼名物のニラそばを食べました。
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 バスの車窓から見た男体山、兵藤さんから写真をもらいました。いつものようにバスの中で乾杯をしながら新宿まで戻ってきました。今回歩みの会にテスト入団した兵藤さんは、帰りのバスの中で歩みの会への入会が満場一致で承認されました。038.gif038.gif
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来週、赤岳に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2013-03-16 22:07 | 歩みの会・古賀志山

銀華舞い踊る樹氷の高原、蔵王を行く

旅行・地域
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 前回記事を更新してから、だいぶ時間が経ちました。酒蔵見学のあと、翌週は浦安湯屋のメンバーと新年おしきせの会をやりました。お店は大井町のイタリアン、アレグロピアットです。参加者はベジータ宮崎さん、あきちゃん、ハニー羽入さん、はせやん、すみちゃん、かずさん、千吉良さん、ともちゃん、よしこさんといい歳、りょうちゃんの10名でした。
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 ベジータ宮崎さんとハニー羽入さん。宮崎さんは最近、ますます菜食主義に磨きがかかっているようで、今回、帽子をかぶっていましたが、頭も磨きがかかっているそうです。羽入さんは翌日の24日は東京マラソンに出走するにもかかわらず、新年会に来てくれました。東京マラソンでは4時間ちょうどで完走したと連絡をいただきました。038.gif
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 ともちゃんが久しぶりに来てくれました。和さんとうまくいっているのでしょうか。待ち合わせに一緒に来ませんでした。そのお隣りは孤独死まっしぐらになると思われる、すみおばさん。037.gif
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 東京マラソンを完走した羽入さん、あきちゃん、はせやん。はせやんも昨年夏以来、久しぶりに会いました。あきちゃんとりょうちゃんよりも、はるかに年上なのに、はるかに若く見えます。
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 和さんとよしこさん。和さんは先週の墨廼江酒造見学会に引き続き、2週連続のおしきせの会になりました。
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 大井町湯屋組。よしこさんに会うのも久しぶりでした。よしこさんは現在、ご自宅を改築中で池上本門寺の近くに仮住まいしているそうです。お寺の近くなので、繁華街がなく、つまらない毎日を過ごしているとのことです。037.gif
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 千吉良さんは3月3日で御年60歳を迎え、4月から第2の人生を歩まれるとのことです。60歳にはとても見えません。山旅クラブで平日の講習会に申し込まれていることを聞いていましたが、羨ましい限りです。今年8月は山旅クラブで裏銀座に一緒に参加する予定です。038.gif
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 タコのマリネ。
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 ピザ。
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 鳥のサラダ。
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 パスタ。
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 ラザニア。
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 前沢牛のリゾット。
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 最後は店の前で記念撮影。
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 実は2月23日(土)は大井町のじゃんけんぽんは、現在の場所での営業は最終日でした。おしきせの会終了後に、じゃんけんぽんに寄ると、最後の晩餐の真最中でした。そして、大変に珍しい方にお会いすることができました。田町で歯科医院を開業している湯浅先生です。今日は奥様がご不在とのことで、とてもくつろいでいらっしゃいました。写真はじゃんけんぽんが移転する店舗の店頭です。アレグロピアットの2軒隣になります。もうそろそろ、オープンするのではないでしょうか。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 3月3日は桃の節句、ひな祭りの日です。万延元年(1860年)3月3日、江戸は珍しく春の大雪でした。この日、桃の節句のお祝いの言上のため登城しようとした大老井伊直弼は、駕籠が桜田門にさしかかったところを、待ち伏せしていた水戸浪士18人に襲われ、殺されました。世に名高い「桜田門外の変」です。

井伊直弼は近江国(今の滋賀県)彦根藩14代藩主で、13代将軍家定の命令で安政5年4月に、43歳の時に乞われて大老に就任しました。当時の国内情勢は、アメリカの使節ペリーの来航に伴い、開国か鎖国か、勤皇か佐幕か、二つに分かれて対立抗争が続いているときでした。

 大老になった井伊直弼は、これからの日本の進むべき道は開国しかないと判断し、攘夷派の意見は一切聞かず、勅許も待たずに、幕府の責任で早々と日米修好通商条約を結びました。また折柄問題になっていた将軍家定の後継者についても攘夷派の推す水戸藩主徳川斉昭の子・一橋慶喜を退けて、開国派の推す紀州藩主徳川斉順の子・慶福を14代将軍に決めました。

 それのみならず直弼は、幕府の政策に反対する攘夷派の筆頭、水戸の徳川斉昭をはじめ、攘夷派の大名、公家に隠居謹慎を命じて、攘夷・尊王を説く志士たちを片っぱしから捕えて断罪しました。いわゆる「安政の大獄」です。「桜田門外の変」は、独裁的にふるまう直弼に対する反発です。

 直弼は、茶人として有名で、『茶湯一会集』など茶道に関する立派な著作を残しています。茶道における「一期一会」の精神を強調した人でした。

         雛の日の雪淡く木に触れて降る  今枝蝶人

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌日2月24日(日)はそのじゃんけんぽんのトントンさん、はるさんと一緒に川崎の「かのや」に行きました。この日は来福酒造の日本酒試飲会が「かのや」でありました。
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 「かのや」はふぐ料理の店です。今日の試飲会ではふぐ料理を含めて一人6000円であり、大変にお得だということで、西山さんに声をかけていただきました。そして、先週石巻でご一緒した方たちも参加していました。若い女の子はいませんでした。
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 まずは精米度合8%の純米大吟醸が出されました。精米度合8%ということは酒米92%を削ってしまっているということです。以前に来福酒造では精米度合10%のお酒を作っており、水のような感じでしたが、今回の8%の酒は味がしっかりしていました。値段もよく、1升15000円以上するそうです。はるさんに、じゃんけんぽんで販売するとしたら、どのくらいの値段になるか尋ねると、1合4200円になるそうです。一生に1度か2度、飲めるかどうかというお酒です。069.gif
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 煮凝り。
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 ふぐ皮。
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 ふぐ刺し。西山さんが6000円ではとても食べられないとおっしゃっていました。
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 ふぐの唐揚げ。
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 写真の中の赤い半被(はっぴ)を来ている方は、来福酒造社長の藤村さんです。前にお会いした時に比べて、随分とスリムになりました。この半年間、1日1600 kcalの食事で20 kg減量したそうです。
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 桐の華と愛山。「桐の華」は桐の花酵母で発酵させ、筑波大学との共同研究で作ったお酒だそうです。
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 料理の最後はふぐ鍋になります。
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 鍋を食べ終わったあとは、雑炊を作りました。これだけで一人前1600 kcalはゆうにありそうです。
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 今回の試飲会で出されたお酒です。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 さて3月2日(土)~3日(日)はジョイフル観光で蔵王に行ってきました。ガイドは白砂さんと倉持さんでした。蔵王は日本百名山であるため、昨年の時点から今日の参加を決めていましたが、結論から言うと今回は猛吹雪のため山頂に到達することはできませんでした。日本百名山55座目の登頂は果たせませんでした。
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 予定として、上野駅前からバスに乗車し、1日目は福島県の五色沼周辺をスノーシューをつけて散策します。スノーシューの足ならしです。蔵王の近くに宿泊し、翌日ロープウェイを乗り継いで、山頂駅から地蔵岳、蔵王最高峰の熊野岳山頂を目指すことになります。

 今回の参加者は7名でした。浦安湯屋のメンバーと、かつてアミューズでご一緒した小沢さん、兵藤さんです。小沢さんと兵藤さんとは2年前に北海道の斜里岳に行ったときに宿で同じ部屋になったことがあります。
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 午前7時00分に上野を出発し、五色沼には11時40分に到着しました。明日の蔵王でのスノーシュー登山の練習のため、五色沼の周辺でスノシューをつけて足ならしをします。
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 天候は雪、しかも風を伴っています。遠くを見ても真っ白で何も見えません。
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 五色沼は全てが凍結しているわけではなく、水鳥が泳いでいました。
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 沼の周辺は風がなく、結構汗をかきました。
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 約2時間で五色沼を縦断し、再びバスに乗り、蔵王に向かいます。そして今回はとても珍しい方が参加していました。原田さんのご主人です。以前、倉持さんからは原田さんのご主人はとても厳格な人だということを聞いていました。はじめて顔を見ると、口ひげを蓄えた恐ろしい顔つきで、うわさ通りにとても怖そうです。しかし、お酒を口にした途端、のべつ喋っており、お酒を飲まない小沢さんとのおじいさん対決はとても楽しいものでした。037.gif041.gif
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 宿泊は蔵王の山形屋になります。古い旅館で廊下や棚にはたくさんのこけしが飾ってありました。
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 夕飯は山形牛のすき焼きが出されました。ここでも原田さんのご主人の口車は止まりません。原田さんのご主人は「自分はエロい。」ということを絶えずおっしゃっていました。「エロい」ということと、「助平」はちがうというのがご主人の主張です。「助平」というのは犯罪につながる行為であり、「エロい」というのは犯罪にはつながらない行為だというのです。
 きれいな女性がいた場合、「エロい目をして見る」ことはまさに「エロい」行為であり、警察のお世話になりませんが、「助平」な人はイタズラまでしてしまう犯罪行為に至るそうです。原田さんのご主人は、自分は「エロい」人で、お酒を飲まないで、あれだけ人の悪口を言える小沢さんは腹黒い「助平」であると何度もおっしゃっていました。041.gif
 原田さんがご主人を今まで「おしきせの会」に一度も連れてこなかった理由がわかった気がしました。037.gif
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 翌朝、8時に宿を出発して、蔵王ロープウェイに向かいました。これからロープウェイを乗り継いで山頂駅から熊野岳山頂を目指します。麓の天候は曇りで、昨日よりは回復傾向でした。
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 しかし山頂駅につくと、強い風と雪の猛吹雪で何も見えませんでした。それでもスノーシューを装着し、行けるところまで行くことになりました。
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 歩き始めてたったの20分で最初のピークの地蔵岳に到着しました。樹氷のモンスターの間を縫って傾斜を上がっていきましたがほとんど何も見えませんでした。
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 地蔵岳のピークからほんの少し行ったところで、白砂さんの判断で熊野岳山頂は断念することになりました。地蔵岳までは樹林帯であるため、風が弱いのが普通ですが、その地蔵岳でもこれだけの強風が吹いており、その先の樹林帯を抜けたところでは、これ以上の強風に見舞われることが容易に予測されます。残念ながら引き返すことになりました。私たちよりも先に出発したベテランそうなおじさんも強風のため引き返して来ました。
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 巨大なエビの尻尾がたくさんありました。
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 真っ白で何も見えませんが、元来た道をもどり、山頂駅から樹氷高原駅まで樹氷の間を縫って降りることになりました。名前のとおり地蔵岳にはお地蔵様があります。お地蔵様の頭だけが雪から出ています。雪がなければ、3~4 mはあるそうです。
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 お地蔵様の前で記念撮影。倉持さんが撮った写真は人物が小さくて、あまりにも上手ではないので、ほかの家族の写真を載せます。037.gif
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 この人は誰でしょうか。りょうちゃんより年上のすみお姉ちゃん。顔を隠しているほうが綺麗に見えます。041.gif
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 おじいさん三人組。左から兵藤さん、原田さんの「エロい」ご主人、腹黒い「助平」な小沢さん。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


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 両側に巨大な樹氷モンスターがあるのですが、この天候で全く見えません。
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 一瞬、日が差しました。058.gif
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 降りて行くうちに、徐々に視界が良くなってきました。
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 立ち並ぶモンスターの間をひたすらに降りて行きます。
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 倉持さんが転倒しました。
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 降りていくと霧氷も現れます。
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 12時前に樹氷高原駅に到着しました。ここからロープウェイに乗って下山します。
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 皮肉にも下山したら青空でした。次回、蔵王は一人で行けそうです。
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 下山後はお決まりの温泉入浴、ランチビール、帰りのバスの中でのおしきせの会になります。その前に目の前の売店で帰りのバスの中でのお酒を買い、玉こんにゃくでビールを一杯飲みました。
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 入浴はロープウェイの駅からバスで5分ほどの新左衛門の湯に入りました。入浴後は食堂で昼食を食べながら一杯やりました。一番左に写っている白いヒゲのおじいさんが今回のツアーの主役であった原田さんのご主人です。原田さんのご主人は、おしきせの会にかかわらず、飲み会に誘ってくれとおっしゃっていました。よい店には連れていけませんが。037.gif
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 山形から東京までは約6時間の長いバスの旅になります。購入した日本酒を飲みながら、上野まで戻ってきました。068.gif
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来週は歩みの会、古賀志山に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2013-03-06 13:03 | 蔵王に会おう