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奥大雪の奥座敷、トムラウシを行く

登山

旅行・地域
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 8月24日(土)~26日(月)、トラベルギャラリーで北海道のトムラウシ山に行ってきました。参加者8名、ガイド2名、総勢10名で、いい歳、りょうちゃん以外の7名の参加者はすべて大先輩のお姉さん、いわゆる、おばちゃんでした。そして、ガイドは地元のガイドさんと白砂さんでした。白砂さんに会うのは3月の蔵王以来でした。
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 初日8月24日(土)は移動のみです。飛行機で千歳空港へと向かい、そこから道南の十勝を経由して目的地の東大雪荘までの行程になります。
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 お昼ご飯は千歳空港で炉端焼きの焼き鳥と炙り帆立丼を食べました。もちろん生ビールを飲みながらです。
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 千歳空港には美味しそうな誘惑がたくさんありました。かわった大福が売っていたので、買い求め、バスの中で頬張りました。037.gif
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 また今の時期は北海道はトウモロコシが最盛期であり、どこに行ってもトウモロコシが売られていました。北海道はトウモロコシの生産量がダントツの日本一です。写真は白いトウモロコシ、ピュアホワイトです。
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 千歳空港から東大雪山荘への行程はバスでの移動になります。ほぼ4時間かかりました。九州からの参加者を乗せた飛行機が1時間以上も到着が遅れたため、国民宿舎の東大雪荘には19時過ぎに到着しました。福岡は大雨だったそうです。写真は東大雪山荘のロビーで、とてもきれいな宿でした。白砂さんによると昔はとても汚くて、食事も今ひとつだったそうです。リニューアルしたのは最近のようです。
ロビーには千葉県から来たというおじちゃんの登山客がくつろいでおり、「今日トムラウシ山に登ってきたが、尾根に落雷があり、慌てて撤退してきた。」とおっしゃっていました。
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 到着してすぐに夕飯を食べて、入浴し、明日に備えて就寝しました。翌日は午前3時45分に宿を出発予定です。写真は東大雪荘のレストランと夕飯です。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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1974年8月26日、ハワイでひっそりと一人の老人が亡くなりました。かつて、大西洋横断飛行の快挙を成し遂げて、一躍世界の英雄として栄光の輪に包まれた、アメリカの飛行家、あのリンドバーグでした。

新聞も、若い読者はその名前も知らなくなっていると思ってか、「翼と、あれが・・・・」「悲劇の英雄飛行家・・・・」リンドバーグ逝くと、小さく報じていました。

リンドバーグが、愛機「スピリット・オブ・セントルイス」号を駆って、ニューヨークとパリの間を33時間半乗り続けて、大西洋横断に成功したのは、1927年5月21日のことでした。当時としては、宇宙飛行士が生還したのと同じように、画期的な出来事でした。

世界の多くの国々は、争って彼の偉業を称えて勲章を贈り、彼の自伝の映画化は、『翼よ、あれがパリの灯だ!』と題されて、世界的に大ヒットしたそうです。

 名声と富を双方の手に収めた彼は、世界の有名人として、社交界の花形として君臨します。日本にも1932年(昭和7年)にやってきて大歓迎を受けています。
しかし、20年も過ぎると彼を見知る人も次第に少なくなってきました。それから10年、紹介されても、解説をしないとうなずかなくなりました。さらに10年が過ぎると、この老人があの時の人かという顔つきで人々は彼に接するようになりました。それから先は、リンバーグは一切のパーティに出席しなくなりました。

 いつの間にか彼は死んだものと考えられていました。人生のはかなさ、無情ということを考えさせられる話です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 2日目、8月25日(日)、短縮登山口からトムラウシ山までをピストンします。午前3時45分に宿を出発し、バスで短縮登山口まで向かいます。宿から約30分です。この短縮登山口ができるまでは、トムラウシ山は山中で1泊しなければならない山だったそうです。トムラウシ温泉から沢を通って行かなければならず、増水による水難事故が何度も発生したため、短縮登山口からのルートが開拓されたそうです。
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 今日の天気予報は曇りのち雨でしたが、出発時は月が出ていました。このまま天気がもってほしいと願いつつ、ストレッチを済ませて、午前4時43分に歩き始めました。
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 午前5時18分にトムラウシ温泉への分岐につきました。ここで衣服調整をしました。いい歳、りょうちゃんは最初から半袖なので衣服調整の必要はありません。途中で、地元の尾崎ガイドから、エゾマツとトドマツのちがいの説明がありました。どうでもよい話だったので内容を忘れてしまいましたが、ダケカンバの話は役にたちそうでした。尾崎ガイドがダケカンバの皮にライターで火をつけると、たちまち炎をあげて燃え上がりました。ダケカンバの皮には、油分が多く含まれており、多少雨で湿っていても容易に火をつけることができるそうです。山中でビパークしなければならなくなってしまった時に、ダケカンバの皮をしたに敷きつめ、その上に木の枝を積み上げて、火をつければ容易に暖をとることができると教えてくれました。
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 ここから急登を少し登ってカムイ天上へと向かいました。途中、ついに雨が降りだし、雨具を着なければなりませんでした。カムイ天上に午前6時21分に着きました。往きの行程では、雨が降ったり止んだりの繰り返しでした。
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 またいい歳、りょうちゃんが昭文社の地図で行程を確認していると、おばちゃんが地図を持って来ていることに感心していたので、「地図を携帯することは山歩きする基本ですよ!」と偉そうに言ってやりました。尾崎ガイドも、ガイドが途中で命を落としてしまうことも考えられ、その場合はひとりで下山するために地図は必需品だとおっしゃっていました。トミーさんと同じことを言っていました。トミーさんが言うことはウソではないようです。037.gif

 カムイ天上からはしばらくはほぼ平坦なコースを歩くことになります。しかしながら、その登山道は足首が浸かってしまうほどの泥んこ道で、コマドリ沢までの3時間半以上も悪路を歩かなければなりませんでした。
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 途中で見えたこの山並みは日本二百名山のニペソツ山です。この山は深田久弥が百名山にするかどうか迷った山であり、百名山になりそこなった山とのことです。その後、深田久弥がニペソツ山に登頂し、その素晴らしさに触れて、百名山に選ばなかったことを大変悔やんだと言われています。
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 午前8時20分、コマドリ沢分岐に着きました。ここからはようやく泥道から解放されます。皆さん、沢でドロドロになった靴を洗っていました。帰りも、あの泥道を通らなければならないことを忘れてしまっています。
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 コマドリ沢にはたくさんの花が咲いていました。写真はお馴染みのシナノキンバイ。
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 ミヤマキンポウゲ。
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 チシマフウロ。
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 皆さん、花の写真を取りながらの登山です。
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 コマドリ沢を登りきると、岩稜帯を横切らなければなりません。雨も上がり、岩稜帯のあちらこちらからナキウサギの鳴き声が聞こえてきました。ただし姿は見えません。
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 岩稜帯を横切り、しばらく登ると前トム平に到着しました。午前9時32分でした。歩き始めて、約4時間50分が経過。この前トム平では風があり、暑がりのいい歳、りょうちゃんでさえ、寒く感じました。りょうちゃんが寒く感じていたので、おばちゃんたちは凍死寸前だったのではないでしょうか。037.gif
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 次は前トム平からトムラウシ公園へと向かいます。再び岩稜帯を横切ります。トムラウシ公園まで大きな岩が堆積する岩稜帯を通過していきました。その先にトムラウシ公園が見えました。
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 トムラウシ公園に午前10時16分に到着しました。トムラウシ公園にもたくさんの花が咲いていました。写真はタカネトウウチソウ。
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 バイケイソウ。コバイケイソウではありません。
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 ニシキツガザクラ。北海道の固有種です。
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 エゾコザクラ。
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 キバナシャクナゲ。
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 チングルマ。
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 ヨツバシオガマ。
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 ウラシマツツジ。
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 ヒメクワガタソウ。
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 エゾツツジのつぼみ。
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 イワヒゲ。
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 コケモモの実が真っ赤になっていました。おばちゃんたちがコケモモ畑で人目をはばからず、花摘みをしているのが見えてしまい、とてもコケモモの実を頬張ることができませんでした。041.gif
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 トムラウシ公園から山頂まではコースタイムで約90分です。南沼分岐まで登っていきます。
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 一瞬、青空を覗くことができました。
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 山頂までもう少しです。
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 午前11時55分。ついにトムラウシ山の山頂に到着しました。今日は白砂ガイドと記念撮影を撮りました。いい歳、りょうちゃん、日本百名山67座目になりました。038.gif
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 頂上に到着し、しばらくして大粒の雨が降りだしました。展望もないため、すぐに下山を開始しました。下山時は雨が降っていたので、記録以外の写真はほとんど撮りませんでした。
 雨が強くなってきたので、ひたすらに下山を続け、再びトムラウシ公園に到着。写真はマルバミツバチがニシキツガザクラの蜜を吸っているところです。
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 前トム平。14時8分。やはり前トム平は風があり、下山時も寒く感じました。
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 コマドリ沢分岐。15時15分。
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 そして再び泥んこの悪路が登山口まで続きます。おばちゃんたちは、何とか泥道を回避するため、登山道の脇の畝のようなところを通っていましたが、外傾しているため何度も滑って転倒していました。いい歳、りょうちゃんは泥道を小さい歩幅で転倒することなく走破することができました。
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 カムイ天上。17時11分。コマドリ沢分岐からこのカムイ天上までコースタイムで1時間25分であり、1回休憩を取りましたが、かなり時間を要しました。この泥んこの悪路のためだと思います。
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 ついに登山口に戻って来ました。18時10分でした。午前4時43分に歩き始めたので、13時間37分、おおよそ14時間の行動時間でした。周辺はすでに夕闇に包まれており、日帰りピストンの最長記録でした。すぐにバスに乗り、東大雪荘へ戻りました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 最終日、8月26日(月)、今日は東京へ帰ります。朝7時に朝食を済ませて、8時30分に東大雪荘に別れを告げて、出発しました。写真は東大雪荘の朝食です。
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 高速道路入口のドライブインのお土産物屋さんによりました。
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 トウモロコシにはいろいろな種類があるようです。
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 スープカレーのスティック。
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 ほくろ大福。
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 いい歳、りょうちゃんは白いトウモロコシ、茹でたてのピュアホワイトを買って、バスの中で食べました。1本300円でした。
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 また飛行機の時間まで猶予があるということで、ウトナイ湖に寄りました。「ウトナイ」とはアイヌ語で「骨の川」という意味です。千歳川は支笏湖を水源としています。以前は支笏川とも言われていましたが、支笏湖の「しこつ」という音が「死骨」とも聞こえて縁起が悪いことから、毎年飛来してくる縁起のよい「ツル」にちなんで、「千歳」という名称に変更しました。白砂さんが教えてくれました。038.gif
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 ウトナイ湖畔で記念撮影。
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 ウトナイ湖畔にも花が咲いていました。
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 ここ苫小牧はホッキ貝が名産だそうです。ホッキ貝をタコの代わりに入れた北寄玉を食べました。
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 東大雪荘を出発すること4時間以上、千歳空港に到着しました。ここで地元ガイドの尾崎さんともお別れです。また福岡と大阪から来たおばちゃんたちともお別れです。東京組と白砂さんとで千歳空港でスープカレーを食べ、居酒屋で出発時刻まで日本酒を飲み、羽田に戻ってきました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
明日は仙丈ヶ岳へ行ってきます060.gif

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by ryott-ryott | 2013-08-30 23:17 | トムラウシ山 | Comments(0)

青穹・星躔の空路、裏銀座コースを歩く、水晶岳~鷲羽岳~槍ヶ岳

登山

旅行・地域
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 8月11日(日)~16日(金)、夏休み第3弾は北アルプスの裏銀座コースに山旅クラブで出かけてきました。裏銀座とは高瀬ダムをスタートし、日本3大急登のブナ立尾根を登り、烏帽子岳(烏帽子小屋)~三ツ岳~野口五郎岳~真砂岳~水晶岳(水晶小屋)~ワリモ岳~鷲羽岳~三俣山荘~三俣蓮華岳~双六岳~双六小屋~樅沢岳~西鎌尾根を通り、槍ヶ岳がゴールとなる行程で、下山する上高地までGPSによる水平総歩行距離は64 kmに及ぶ超ロングコースです。いつものように、いい歳、りょうちゃんが写っている写真のほとんどはトミーさんのブログからもらいました。
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 8月11日(日)は信濃大町への移動日になります。東京駅から長野新幹線に乗って長野まで行きます。長野から特急しなのに乗り換えて松本へ行き、さらに大糸線に乗って終点・信濃大町に行きました。今日の宿は七倉荘です。信濃大町は連日30 ℃を越える猛暑でした。七倉荘は昔は冷房はなかったそうですが、最近は3部屋だけ冷房を設置したそうです。冷房をつけたまま就寝し、ちょうどよいくらいでした。
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 写真は七倉荘の屋上で、夕方は涼しい風が吹いていました。明日からの裏銀座コース走破の無事を祈り、トミーさん夫妻、A柳さん、いい歳、りょうちゃんの4名で乾杯しました。
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 七倉荘の夕飯。
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 8月12日(月)、いよいよ裏銀座コースに一歩を踏み出します。朝5時に七倉荘をタクシーで出発し、登山口がある高瀬ダムへと向かいます。標高1270 mの高瀬ダムは、ブナ立尾根から風が吹き降ろしてくるせいか、信濃大町の猛暑がウソのように、涼しい風が吹いていました。
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 不動沢トンネルを通り、不動沢の吊り橋をわたって、登山口に向かいます。
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 これから、ブナ立尾根を登ります。烏帽子小屋の標高は2551 mなので、標高差1281 mの3大急登を登ることになります。日本3大急登だけあって、いきなりきつい急登が延々と続きます。向こう側に見えているのは船窪岳~七倉岳の船窪新道の七倉尾根ですっかり崩れ落ちています。
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 大きな荷物を背負った山岳部の高校生が私たち中高年グループを追い抜いていきました。
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 午前11時、今日の宿、烏帽子小屋につきました。
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 とりあえず烏帽子小屋でカップヌードルを注文し、お昼ご飯としました。1杯500円です。
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 今日はこれで終わりではありません。これから日本二百名山の烏帽子岳に登ります。烏帽子小屋から見える山は烏帽子岳ではなく、ニセ烏帽子と呼ばれる前烏帽子岳です。
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 このニセ烏帽子を越えると烏帽子岳が姿を現します。標高2628 mの岩峰です。
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 直下の取り付きまで行くと、鎖が打ち込まれており、岩肌に沿って頂上へと向かいます。落ちたら命はありません。この裏銀座コースの山旅に行く前は、トミーさんは裏銀座コースは危険なところはひとつもなく、とても安全だとおっしゃっていましたが、うそであることがわかりました。041.gif
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 女性陣は危険な烏帽子岳の岩峰にスイスイと登っていきました。いい歳、りょうちゃんはとてもまねすることはできませんでした。042.gif
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 烏帽子岳の上から見た四十八池。
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 恐ろしい烏帽子岳はさっさと降りて、四十八池のほうへ行きました。真ん中に見える岩峰は針の木岳です。
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 チングルマの花。
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 チングルマの穂先。
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 燕岳からの表銀座コースが見えます。
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 烏帽子小屋での夕飯。
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 烏帽子小屋前から見た夕景。
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 童謡・歌謡作詞家の大御所であった詩人西条八十が、早稲田大学仏文科の教授であり、「アルチュール・ランボー」研究の第一人者であったことは、あまり一般の人には知られておりません。

 とにかく童謡の名作『かなりあ』『かたたたき』『まりと殿様』から、叙情詩、歌謡曲、果ては戦後ヒットした『芸者ワルツ』『トンコ節』にいたるまで、実に幅広い分野で活躍しました。

 それだけに誤解された面もありましたが、自著『わが歌と愛の記』(白凰社)、長女・西条嫩(ふたば)子が書いた『父西条八十』(中央公論社)を読みますと、なるほど誤解があったことがわかります。

「父は死の瞬間まで、歌にも自分の人生との対決をやめない人だった。花びらが美しいままはらりとおちたように、死顔は気高く若々しかった。
 昭和45年(1970年)8月12日、人知れぬ夜明に父はいつもと同じ寝姿で長い眠に入って行った。夜中、私がいちど寝室を見まわりにいった時、喉の痰をを拭いて散らばっていたちり紙の屑はきちんと片づけられていた。そして、清潔な下着のままで。」

 その人柄がにじみ出ています。78歳で東京世田谷成城の自宅で亡くなりました。

 お墓は千葉県松戸市の八柱霊園にありますが、その墓碑銘はいかにも西条八十らしいものです。

   われらふたり楽しくここに眠る
   はなればなれに生れ めぐりあい
   短かき時を愛に生きしふたり
   悲しく別れたけれど また こゝに
   こころとなりて とこしえに 寄り添い眠る

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 8月13日(火)、今日は野口五郎岳を通って、水晶小屋まで歩きます。烏帽子小屋まで記念撮影。午前6時に烏帽子小屋を出発しました。
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 広い砂礫帯を周囲の山並みを見ながら歩いていきます。
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 振り返ると烏帽子岳の向こうに立山連峰が見えます。
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 赤牛岳~薬師岳。
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 大きく横たわっている野口五郎岳の向こうに槍ヶ岳が見えます。
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 野口五郎岳へと続く登山道は大きな岩塊が堆積していました。
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 野口五郎小屋で小休止。
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 午前9時56分、日本300名山の野口五郎岳に到着。標高2924 m。この野口五郎岳の「五郎」とは人名ではなく、岩礫が積み上がった状態の「ゴーロ」に由来します。黒部五郎岳も同様です。
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 明日登る双児峰の水晶岳。
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 野口五郎岳の山頂を越えていくと大きな岩塊が堆積した道が続きます。東沢乗越から見た真砂岳方面。黒部川からの沢を上がってきている人たちの姿が見えました。
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 今日の宿、水晶小屋へ行くためには、崩れているザレ場を通らなければなりません。今回の裏銀座コースの中で最も危険な場所であったと思います。片側は切れており、ザレ場に足を取られたら、奈落の底へと落ちていき命はありません。おそらくは、あと数十年という時間幅で見れば、このザレ場の道も水晶小屋も崩れて消失してしまうのではないでしょうか。私の後ろで、この危険なザレ場の道を見たトミーさんの奥様が「これは面白い!」とツィートしていました。夫婦揃っての変わり者のようです。041.gif
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 13時30分、最も危険なアプローチの水晶小屋に到着しました。
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 水晶小屋は定員30名です。この日は30名の定員に対して、50名が泊まることになっており、2人で1枚の布団に寝なければならないということでしたが、17時以降、予約客6名が来てないとうことで、布団の幅に少し余裕が出来ました。トミーさんが「10人くらいキャンセルしてくれないか」という願いが通じたのでしょう。私は、来なかった6名は崩れ落ちているザレ場で転落してしまったのではないかと推測しています。037.gif
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 水晶小屋の夕飯はカレーライスでした。
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 8月14日(木)、今日は水晶岳~ワリモ岳~鷲羽岳~三俣蓮華岳~双六岳を歩いて、双六小屋まで行きます。写真は水晶小屋前から見たご来光。058.gif
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 朝日を受けた水晶岳。午前5時40分に水晶小屋を出発しました。水晶岳の頂上まではコースタイムで40分になります。
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 黒部五郎岳と雲の平。
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 三角錐の笠ヶ岳も見えます。
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 水晶岳の頂上に向かう登山道も外傾したザレ場になっており、油断をすれば、すぐに奈落の底に落ちて命はありません。私は剱岳よりも、この水晶岳のほうが危険であり、水晶小屋へのアプローチも含めて最も危険な日本百名山だと思いました。
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 午前6時28分、水晶岳の山頂に到着。標高2986 m。山頂での記念撮影の顔は笑っていません。いい歳、りょうちゃん、日本百名山64座目になりました。038.gif
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 影水晶を見ることができました。
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 危険な水晶岳をさっさと降りて、水晶小屋に戻りました。次の百名山、鷲羽岳へと向かいます。写真はワリモ岳分岐から見える祖父岳です。
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 ワリモ岳から見た鷲羽岳。
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 午前9時44分、鷲羽岳に到着。標高2924 m。山頂で記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山65座目になりました。038.gif
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 鷲羽岳山頂から見た鷲羽池と槍ヶ岳。鷲羽岳は12万年前に大爆発した火山です。
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 鷲羽岳山頂で十分に景色を楽しんだあと、三俣山荘へ向かいました。標高差約400 mも降りることになります。
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 晴天続きで、三俣山荘ではカラマツの上に布団を干していました。
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 三俣山荘で小休憩したあと、三俣蓮華岳から双六岳への稜線ルートを歩きました。写真は三俣蓮華岳の山頂で、今日歩いてきた水晶岳から鷲羽岳までが見えます。
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 三俣蓮華岳山頂から見た槍ヶ岳。
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 標高差が小さいほぼ平坦で長いコースを双六岳まで歩いて行きました。
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 双六岳の山頂で記念撮影。
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 双六岳の真っ平らな稜線。
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 双六岳を下山したところに双六小屋があります。双六小屋は沢筋にあるためか水が豊富で、広くて、今回の山行で一番よい山小屋でした。
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 おでんと生ビールで乾杯。テン場も満席のようであり、テン場の若者たちと一杯やりました。
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 双六小屋の夕飯は天ぷらでした。
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 8月15日(木)、今日はいよいよ裏銀座コースのゴールである槍ヶ岳へと向かいます。写真は双六小屋前でのご来光です。昨日、一緒に飲んだ若者たちと別れを告げて、双六小屋を出発しました。
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 樅沢岳に登っている途中、ヘリコプターが双六小屋の前に飛んでいきました。急病人が運ばれていったようです。
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 樅沢岳の山頂。
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 トリカブトが咲いていました。
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 朝は槍ヶ岳に雲がかかっていましたが、徐々に雲が切れて、今日もその勇姿を見ることができました。
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 樅沢岳を抜けると徐々に岩場が多くなり、いよいよ西鎌尾根へと踏み出していきます。
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 千丈乗越までは外傾した痩せ尾根の登山道が続きます。西鎌尾根は鎖が打ち込まれていたため、水晶岳に比べると安全な登山道でした。しかし、油断はできません。
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 槍ヶ岳が眼前に迫ってきます。左から小槍、孫槍、槍ヶ岳。
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 午前11時20分、長い長い裏銀座コースを歩き終えて、槍ヶ岳の肩に到着しました。昨年は快晴だったにもかかわらず、大行列の待ち時間の長さに断念しました。今年は同じく快晴でしたが、昨年よりは行列は短く、荷物を槍ヶ岳山荘にデポして、穂先へと向かいました。
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 行列に並んで、トミーさんの指示に従い、一歩一歩登っていきました。
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 そしてついに昨年踏めなかった槍ヶ岳の穂先に到着しました。頂上で記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山66座目になりました。双六小屋から歩き始めて、槍ヶ岳が66座目とはなんという奇遇だったしょうか。038.gif
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 下りも慎重に。早く、平らな場所に立ちたいです。穂先の登下山には90分を要しました。
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 キッチン槍のカレーと生ビールで66座目登頂を祝い乾杯しました。実はキッチン槍のカレーはレトルトであることがわかってしまいました。カレーを頼むと、お兄さんがご飯を皿によそい、鍋から取り出したレトルトパックをハサミでカットして、ご飯の上にかけていました。私の前に、服装がとてもキレイな山ガールのお姉さんが頼んでいた照り焼き丼もレトルトでした。山の上では鍋で煮炊きするよりもレトルトが早くて効率的なのかもしれません。
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 小槍を見上げると登っている人たちがいました。8000円でハーネスを初めて付けるような初心者でも小槍の上に連れて行ってくれるそうです。いい歳、りょうちゃんは遠慮しておきます。
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 槍ヶ岳山荘の夕飯。今回の槍ヶ岳山荘もかなり混雑していましたが、日本人以外のアジア人、特に韓国人が多くいたことに驚きました。山荘前のベンチで飲んでいても、周囲から聞こえるのは日本語よりもハングルのほうが多かった気がします。また夕飯の案内の放送では、日本語の案内のあとには英語ではなく、ハングルの案内が流されていました。
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 最終日、8月16日(金)。この日は槍沢を通って、上高地まで下山します。午前5時15分、槍ヶ岳の東側からのご来光を見ることができました。ご来光とともに歓声が上がっていました。やはり日本人はご来光が大好きですね。
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 そして槍ヶ岳山荘と槍ヶ岳に別れを告げて、槍沢へと下山を開始しました。写真は槍ヶ岳山荘正面から見た常念岳です。私が「甘食に形が似ている。」というとトミーさんは不可解な顔をされていました。037.gif
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 昨年登った大喰岳(おおばみだけ)が見えています。
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 槍沢のほうへ毎日新聞の団体さんが一足先に下りていきました。その後、私たち4名と抜きつ抜かれつしながら、団体さんは時間がないと言って、横尾で先に行ってしまいました。
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 槍沢から見た槍ヶ岳。今年は穂先を踏んでいるので、槍沢から見た槍ヶ岳は感慨深いものがありました。
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 あとは昨年の秋に辿った登山道をひたすらに下山していきます。写真は槍沢ロッジです。
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 二の俣、一の俣を通過して、今年も横尾山荘でお昼ごはんを食べました。いい歳、りょうちゃんはチキンカレーを頼みました。やはりキッチン槍のカレーのほうが一枚上手です。しかしながら、槍の穂先を踏んだあとに食べる横尾のチキンカレーの味は格別でした。
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 横尾大橋から見た穂高連峰。9月の3連休に奥穂高に来る予定です。
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 徳澤山荘のソフトクリーム。今年も食べました。穂先を踏んだあとのソフトクリーム味は格別でした。
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 午後2時、ようやく上高地に着きました。川では行水をしている人たちがたくさんいました。何しろ5日間も入浴していなかったので、私たちもはやく入浴したいと思いました。
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 上高地からタクシーに乗って、せせらぎの湯に立ち寄り、5日ぶりに入浴しました。そして、松本駅まで送り届けてもらい、無事に東京に帰ってきました。
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来週はトムラウシに行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-08-21 22:31 | 裏銀座コース | Comments(0)

標高差2259 mの果てに、早月尾根・剱岳を行く

旅行・地域
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 夏休み第2弾は、8月3日(土)~6日(火)まで、早月尾根から行く剱岳に出かけてきました。剱岳は昨年、別山尾根のカニのたてばい、よこばいを通るルートから登り、今年は別ルートから2度目の登頂になります。いつものように、いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 初日、8月3日(土)は富山地方鉄道の上市駅まで移動し、馬場島荘に宿泊します。いつもはガラガラで誰も利用しない上越新幹線は、夏休み中の土曜日ともあって、大変な混雑でした。その上越新幹線に乗って、越後湯沢駅に向かいます。乗り継ぎまで少し時間があったので、日本酒の試飲をしました。500円で5種類の日本酒をお猪口で1杯ずつ試飲できます。朝10時30分であるにもかかわらず、朝から試飲している人が結構いました。069.gif
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 こんなになるまで一度は飲んでみたいですね。037.gif
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 ついでにお昼ご飯も越後湯沢の駅ナカで食べました。コシヒカリの地ビールとタレカツ丼です。
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 いよいよ特急はくたか号に乗って、糸魚川~滑川まで行き、滑川から富山地方鉄道に乗り換えて、上市(かみいち)まで向かいます。新幹線は大変な混雑でしたが、はくたか号はガラガラでした。新幹線の乗客の半分くらいは越後湯沢で降りているはずですが、一体どこへ行ってしまったんでしょうか。
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 糸魚川で各駅に乗り換えて滑川まで約2時間30分、さらに富山地方鉄道に乗り換えます。その滑川駅は無人駅で最初どこにあるのかわかりませんでした。写真は無人駅に富山地方鉄道の電車が入線してくるところです。
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 滑川から約20分(上市まで400円)で上市駅に到着しました。いつものようにトミーさんが乗り心地抜群の高級リムジンカーを駅の駐車場に配車してくれて、馬場島荘まで向かいます。
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 馬場島荘も普通のホテルのような作りで、お風呂もあり、山小屋とは思えない贅沢な作りでした。ただし、おつまみは売っていませんでした。剱岳せんべいは売っています。馬場島荘にはクラブツーリズムの団体さん8名が私たちとほぼ同じ日程で来ており、食堂でハーネスを装着し、カラビラの付替えの練習をしていました。写真は馬場島荘の夕飯です。
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 2日目、8月4日(日)。いよいよ日本一長い早月尾根を登っていきます。今日は早月小屋までの行程になります。東京の自宅で見た週間天気予報ではお陽さまマークがついていたのに、空を見上げると鈍色の曇り空でした。そして雨もザーザーと降り出し、またもや雨具を着る羽目になりました。山の天気予報はあてになりません。写真は有名な「試練と憧れ」の碑です。
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 いよいよ「試練」の始まりです。午前6時30分に登山口から登り始めました。馬場島荘の標高は740 mなので剱岳山頂2999 mまで標高差2259 mの高みへの出発になります。
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 登り始め、標高1000 mまでは急登で、ところどころに周長8 m以上はあると思われる大きな杉がありました。このへんでは立山杉というそうです。標高1000 m付近はしばらく平坦な松尾平が続きます。
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 ツルリンドウでしょうか。
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 桃色のシモツケソウが咲いています。
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 宝石のような赤い実がところどころなっていました。
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 標高1200 mを越えると、急登が現れ始めます。しかしながら青空は現れませんトミーさんがオコジョがいると指差すので、見ると登山道をちょこちょことこちらを見ながら草むらに消えていきました。残念ながら写真は撮れませんでした。
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 こんなところに雪渓が残っていました。
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 雪渓の周辺にはショウジョウバカマやキヌガサソウが咲いていました。写真はショウジョウバカマ。
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 キヌガサソウの大輪も花を咲かせています。
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 チングルマ。
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 12時20分、早月小屋のヘリポートにつきました。
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 早月小屋の玄関。しばらくして、クラブツーリズムの団体さんも到着しました。クラブツーリズムのツアーでは、4泊5日予備日がついて、一人16万円だそうです。
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 小屋に到着すると、青空が広がってきました。早月小屋の標高は2240 mですが、日差しが照りつけると暑さから免れません。058.gif
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 小窓尾根が見えます。左の小さい四角い岩峰はマッチ箱、右側の大きな岩峰は小窓の頭だそうです。
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 小屋の前では明日の天気がよくなることをみんな祈っていました。
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 雲が切れてきて、ようやく早月尾根の果てに獅子頭とその左側に剱岳の山頂が見えました。昨年、剣沢小屋から見た剱岳とは随分と違います。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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「悩殺女優」「セックス・シンボル」「モンロー・ウォーク」など、全世界の女性を悩殺したアメリカ・ハリウッドの映画女優マリリン・モンローは、1962年8月5日の朝、ロサンゼルスの自宅で亡くなりました。34歳の若さでした。
 
自宅のヘッドの上で全裸で、電話の受話器を握りしめたままだったといわれています。睡眠薬を飲みすぎたための事故死か、それとも自殺か、あるいは他殺か、その死因はさまざまに取り沙汰されていますが、今だにその真相は謎に包まれてわかりません。

トニー・シャッカの書いた「誰がマリリンを殺したか」。またノーマン・メラーの作品「マリリン」など読むと、ジョン・F・ケネディ大統領との醜聞の秘密を暴露されるのを恐れて、ホワイトハウス筋の手によって殺されたような暗示があります。
 
 日本では、彼女が米兵たちのためのピンナップ・ガールの出身であることもあってか、やや頭の弱い、白痴美の肉感的女優というふれこみで売り出されました。ですから、モンローといえば、映画「七年目の浮気」のスティール写真、地下鉄の通風孔から吹き上げる風でスカートがまくれるのをおさえる、お色気たっぷりな彼女を思い出します。

 真紅の口唇をなかばあけて白い歯をのぞかせ、陶酔したお色気をただよわせるなかば閉じた目、豊かな胸、すばらしいプロポーション。「モンロー・ウォーク」と呼ばれた腰を振る歩き方。その姿態、その魅力はモンロー以外にはありません。
 
彼女は生涯に3回結婚に失敗していますが、実像としての彼女は、頭もよく、やさしく、人に尽くす、誠実な女優であったと言います。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 3日目、8月5日(火)。この日は明け方に雨が降ったり止んだりのはっきりしない空模様で、名ガイドのトミーさんも登攀を決行するかどうか考えあぐねていましたが、雨が上がり、12時まで曇の予報になっていたこと、翌日の朝も決して良い天気の予報でないこともあり、頂上に行くことになりました。クラブツーリズムの団体さんも同じ判断をして出発することにしたとおっしゃっていました。写真は小屋前から見た富山湾の様子で、街は晴れているようです。
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 午前6時過ぎに早月小屋を出発。まずは小窓尾根を見ながらの登攀になります。
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 森林限界を超えて徐々に岩峰の勾配が現れはじめました。
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 こんなところに恐ろしい雪渓。雪がついていない場所を歩きました。
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 標高2600 mあたりでついに雨が降りだしました。雨具とハーネスを装着しました。私たちの前後を歩いていた単独行の人は断念して撤退していきました。後で聞いたところ、クラブツーリズムの団体さんはこの雨が降ったところで撤退されたそうです。
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 この先に見えるのはカニのハサミでしょうか。昭文社の地図には2万5000分の1のページには、獅子頭の先にカニのハサミと記載されていましたが、カニのハサミの片方が崩れて何十年も前からハサミ型のカニのハサミは存在していないと伺いました。
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 ここからが本格的な核心部になります。7月の敬老会のときに浦安湯屋のエロいおじいさんの原田さんから「早月尾根は楽勝だよ。」と伺っていましたが、この早月尾根の岩場も油断をすれば奈落の底へと吸い込まれて、命はなくなってしまうような場所でした。本当にいい加減なおじいさんです。037.gif
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 一瞬、雲が切れてかけて早月尾根から別山尾根が見えました。天候がよくないにもかかわらず、多くの人が登っているのが見えました。
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 別山尾根との合流点。
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 午前10時17分、剱岳の山頂に到達しました。昨年あった祠はなく、雷で焼失してしまったそうです。
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 山頂で記念撮影。名ガイドのトミーさんとガッチリと握手を交わしました。昨年に引き続き2度目の登頂になります。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 午前10時37分、下山を開始。下山も油断できません。
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 何とか難所の岩場と雪渓を乗り越え、早月小屋まで下山できました。写真は途中に咲いていたダイモンジソウです。
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 クルマユリ。
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 シシウド。
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 コバイケイソウの成れの果て。
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 小窓尾根に虹がかかっていました。
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 先週も今週も山頂を降りてくると青空が広がります。
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 早月小屋で登頂を祝って乾杯しました。写真は早月小屋の夕飯です。この日は牛丼とおでんが配膳される豪華版でした。
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 最終日、8月6日(火)。この日の朝も雨が降るはっきりしないお天気でした。結局、クラブツーリズムの団体さんは劔登攀を断念し、下山することを決定したとのことでした。私たちも標高差1500 mを馬場島まで下山しました。早月小屋に別れを告げます。
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 今朝、小窓尾根ははっきりと見えていました。
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 岩の上に生えた巨大な立山杉。
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 左から赤谷山(あかたんやま)、赤はげ山、白はげ山。
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 シャジンが咲いていました。
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 下山時の松尾平が長く感じました。
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 ウワミズザクラが咲いていました。恐ろしい大きなハチもたくさん飛んでいました。
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 午前10時37分、登山口に戻ってきました。
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 その後、馬場島荘でアイスを食べたあと、上市駅の近くの「アルプスの湯」に入浴しました。とても広くて綺麗なお風呂でした。「アルプスの湯」で昼食を食べて、帰路につきました。
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来週は裏銀座コースへ行ってきます060.gif

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by ryott-ryott | 2013-08-08 19:56 | 早月尾根・剱岳 | Comments(0)

南アルプスに響くシェナンドーの音色、荒川三山・赤石岳を行く

旅行・地域
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 いい歳、りょうちゃんは7月27日(土)から8月18日(日)まで24連休の夏休みです。この夏休みのあいだに、3回の山旅に出かけます。第1回目は荒川三山と赤石岳、第2回目は早月尾根から行く剱岳、第3回目は裏銀座コース(鷲羽岳、水晶岳、槍ヶ岳)です。
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 7月27日(土)~31日(水)、山旅クラブで荒川三山と赤石岳へ出かけてきました。例によって、いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。

 今回の予定は、初日は椹島(さわらじま)までの移動、2日目は千枚小屋まで標高差約1500 mを登り、3日目は核心部の荒川三山と赤石岳を登攀、最終日は赤石小屋から下山になります。

 初日、静岡駅でトミーさんと待ち合わせをして、乗り心地抜群の高級リムジンに乗り、畑薙第一ダムのバス停を目指します。通常ならばJR静岡駅からしずてつジャストラインのバスに乗って、約3時間30分の行程になりますが、トミーさん自慢のリムジンでは3時間4分でバス停につきました。途中通行止めもあったので、引き返した時間も考えれば、相当な短縮でバス停につきました。写真は峠にあるJAで、ここでそばを食べました。他に店らしき店はありません。
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 このバス停から東海フォレスト送迎のバスに乗り換えて、約1時間で南アルプスの登山基地の椹島へと向かいます。東海フォレストの送迎バスは往復で3000円ですが、東海フォレストが経営する椹島ロッジ、千枚小屋、荒川小屋、赤石小屋に宿泊すれば、バス代の3000円は差し引いてくれます。
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 14時36分に椹島ロッジに到着。大きな宿泊施設でなかなかきれいです。038.gif
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 椹島ロッジの売店とレストラン。
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 キャンプ場。高校生の若者たちがテントを張っていました。高校生は赤石から聖岳へ行くそうです。
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 今回の参加メンバー。この春にめでたく定年退職されて、自由人になった浦安湯屋の千吉良さんが一緒に同行してくれました。いい歳、りょうちゃんも早く自由人になりたいです。038.gif
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 2日目、7月28日(日)、今日はとてもいい天気です。午前6時、いよいよ椹島を出発し、千枚小屋へと向かいます。標高差1500mを登っていきます。
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 神社に登山の無事を祈願しました。
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 釣り橋を渡り、樹林帯の中の登山です。
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 小石下。
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 途中、清水平で飲んだ湧水は冷たくて美味しかったです。038.gif
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 蕨段。標高2073 m。ちょっとした平坦になっています。
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 樺段。白樺がたくさん生えています。
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 見晴らし台から見た赤石岳。
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 見晴らし台から見た荒川三山。真ん中が百名山の悪沢岳です。日本百名山にもかかわらず、どうしてこんなヒドイ名称になってしまったのか、深田久弥の「日本百名山」の中には案内の猟師が山の名前を尋ねられて、「この山からの渓流は険悪で悪沢と言う。」と回答したことから、この悪沢岳という名称が定着してしまったようです。明治39年(1906年)のことです。
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 樺段からはたんちょうなで長い登りが続きます。昔は馬が伐採木を運んだ馬車道だったそうです。
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 標高2413 mの駒鳥池を通過し、約1時間で千枚小屋に到着しました。13時15分。
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 千枚小屋の周りにはたくさんの花が咲いていました。写真はシナノキンバイ。
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 フウロ。
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 イブキトラノオ。
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 カラマツソウ。
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 千枚小屋前から見た風景。双児峰の笊ヶ岳が見えます。
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 千枚小屋の夕飯。明日の荒川三山と赤石岳登攀に備えます。068.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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オランダのアムステルダムに、「炎の画家」と言われたファン・ゴッホの美術館があります。昔から「天才と狂人は紙一重」と言いますが、ゴッホもその一人です。

1853年3月30日、ゴッホはオランダの北ブラバンド地方の牧師の子として生まれました。父と同じく牧師を志しましたが、その異常な性格と行動が禍して、牧師の資格を取り上げられ、その後、転々と職を変えましたが、全てうまくいきません。

弟のテオに励まされて、画家として生きることを決意して絵の勉強をはじめ、みるみるうちに才能を発揮していきました。代表作「馬鈴薯を食べる人」はこのころの作品です。女性関係も複雑でした。子どものある寡婦のケイに求婚し、拒絶されると、ランプの炎で自分の手を焼き、気絶する一幕もありました。

1886年、33歳のとき、ゴッホはパリに移りました。モネ、ドガ、ピサロなど印象派の画家の影響を受け、オランダ時代に見られない、明るい大胆な色彩が使われるようになりました。

1888年、パリの生活に疲れたゴッホは、南フランスのアルルに移りました。南の太陽は彼を喜ばせ、ゴッホの絵はここで完成します。彼は病気であった友人のゴーガンをパリから招き、共同生活を始めましたが2カ月で失敗し、ゴーガンを殺そうとしますが果たせず、逆に自分の耳を切落としてゴーガンに送りました。

精神病院で一年を過ごしましたが、1890年5月にパリ近郊のオーベールに移り、7月29日、「苦しみは生きているものだ」という言葉を残して、ピストル自殺しました。37歳でした。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 3日目、7月29日(月)午前5時に千枚小屋を出発しました。今日は荒川三山から赤石岳を経て、赤石小屋へと向かいます。しかしながら、昨日とは打って変わっての雨模様。千枚小屋の前からは展望は何も見えませんでした。
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 樹林帯を抜けると強い風と雨が私たちを見舞いました。すぐに雨具を着ての登攀になります。写真は標高2880 mの千枚岳山頂。風と雨は強くなっていきました。057.gif
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 風雨の中を進みます。他にも危険な岩場がありましたが写真を撮る余裕はありませんでした。私たちを抜かしていった若者2人組も危険との判断から引き返してきました。トミーさんからもこれ以上に風が強まれば引き返すと伝えられました。
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 幸いにして悪沢岳に近づくにつれて風が弱くなったので登攀を続けることになりました。午前7時30分、悪沢岳山頂に到着。標高3141 mで、槍ヶ岳に次ぐ日本第6位の高さです。いい歳、りょうちゃん、日本百名山62座目になりました。038.gif
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 悪沢岳を下って、中岳へと向かいましたが、再び風雨が強くなってきました。写真は中岳避難小屋です。雨具を着ていますが皆さんずぶ濡れで、顔に当たる雨粒が痛いくらいでした。今日は赤石小屋まで行く予定でしたが、この時点で荒川小屋止まりに軌道修正しました。
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 中岳を降りていくと見渡す限りの広大な花畑が広がっていました。シナノキンバイ、ハクサンイチゲ、黒百合、イワベンケイ、ハクサンチドリなど様々な花が咲き乱れていました。暴風雨のなかで一時はどうなることかと思いましたが、神様は最後に素晴らしい光景を用意してくれていました。024.gif056.gif
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 黒百合の花。雨に濡れた黒百合も綺麗です。
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 シナノキンバイ(信濃金梅)。この花が一番咲いていました。強い花のようです。
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 ハクサンイチゲ(白山一華)。
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 イワベンケイ(岩弁慶)。
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 ハクサンチドリ(白山千鳥)。
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 峯桜も咲いていました。
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 午前10時12分に荒川小屋に到着。間断なく降り続く雨の中の山歩きは危険との判断で、今日はここで泊まることになりました。
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 荒川小屋の食堂。荒川小屋もとても綺麗な小屋でした。
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 荒川小屋で荒川丼なるものを食べました。目玉焼きとチャーシューがのっていました。1人前1000円。
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 ここは静岡県、静岡の銘酒、磯自慢が置いてありました。お昼前に小屋についしまったので、何杯も飲んでしまいました。小屋のご主人から「お酒、強いですね!」と言われたので、「ガイドさんがたくさん飲むんです!」と答えておきました。041.gif
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 荒川小屋の夕飯。今日はカレーライスでした。どおりでお昼ご飯を注文するときにカレーは頼まないほうがいいと言っていたわけです。
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(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 4日目、7月30日(火)。今日は昨日の残りの行程、赤石岳から赤石小屋までを歩きます。雨は上がったものの、はっきりしない天気です。午前5時45分に荒川小屋を出発しました。
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 大聖寺平から小赤石岳を経由して赤石岳を目指します。
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 途中、一緒に同行しているA柳さんのカメラがバッテリー切れで作動しなくなったため、ご指定の花を撮って差し上げました。写真はチングルマで、花が少し疲れています。037.gif
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 この花はなんという花でしょうか。
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 ヨツバシオガマ(四葉塩竃)。
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 アオノツガザクラ。
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 イワウメでしょうか。
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 午前8時ちょうど、標高3081 mの小赤石岳山頂に到着。
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 分岐を超えて、赤石岳へと向かいます。何も見えません。
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 午前8時40分、日本百名山の赤石岳に到着。標高3120 m。日本第7位の高さです。千吉良さんに教えてもらいました。038.gif
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 展望もないので、さっさと記念撮影をして赤石避難小屋でコーヒーを飲むことにしました。
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 赤石避難小屋では、ちえこさんがコーヒーを入れてくれ、ハーモニカで演奏してくれました。山小屋での演奏は、燕山荘の赤沼オーナーのホルンの演奏依頼です。ちえこさんに曲名を尋ねると、「シェナンドー」という曲でアメリカ西部劇の主題歌になっており、YouTubeでたくさんの歌手が歌っているとのことでした。038.gif038.gif038.gif
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シェナンドー

矢野顕子のシェナンドー


 ちえこさんの「シェナンドー」に送られて、赤石岳を下り、赤石小屋へと向かいます。赤石岳を降りた富士見台へと続く北沢のカールにもお花がたくさん咲いていました。
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 ミヤマキンポウゲ(深山金鳳花)。
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 イブキジャコウソウ(伊吹麝香草)。
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 シナノキンバイ。
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 黒百合。
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 このカールから富士見平へのトラバース路が最も危険に感じました。片側は切れており、木の根っこも多く、あまりいい道とは言えませんでした。このトラバース路でため息がたくさん出てしまいました。昨日の雨の中、11時間の長時間をこのトラバース路を歩いていたらと思うと、荒川小屋泊まりにして名ガイドの判断は本当に賢明でした。038.gif
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 午前11時28分、富士見平に到着。晴れていたら、360°の展望が望めます。今日は無理でした。
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 富士見平から赤石小屋が見えました。
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 富士見平を下って、午前12時10分に赤石小屋の到着。皮肉なもので赤石小屋に着く頃に、雲が切れて、周囲が見え始めました。千枚小屋、荒川小屋と同様に赤石小屋もとても綺麗な小屋でした。山旅クラブ常連のY口さんから南アルプスの山小屋はひどいものだと聞かされていましたが、ひどいどころか、すべての山小屋がとても快適でした。ひどかったというのは戦後直後の話ではないでしょうか。037.gif
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 赤石小屋前から見た赤石岳。
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 赤石小屋前から見た聖岳。
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 赤石小屋のヘリポートから見た悪沢岳。
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 言うまでもなく、夕飯まで赤石小屋でビールと日本酒を飲みました。トミーさんも明日も仕事だと言いながらも、結構召し上がっていました。写真は赤石小屋の夕飯です。
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 最終日、7月31日(水)。赤石小屋から椹島に下山して、帰路に着きます。赤石小屋から見上げた空は星でいっぱいでした。朝は真っ赤な朝焼けで空が染まっていました。
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 朝日に照らされた赤石岳。
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 朝日に照らされた聖岳。
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 午前5時40分、椹島まで標高差約1500 mの下山を開始。
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 途中、富士山が見えました。
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 この下山道も木の根が多く、転ばないように足を踏ん張っていたため、足の太ももがパンパンになりました。
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 8時50分、ついに椹島に到着。4泊5日の荒川三山&赤石岳の旅は終了しました。
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 無事に下山できたことを神社にお礼の報告をしました。
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 東海ファレストの送迎バスに乗って、畑薙第一ダムの駐車場までバスに揺られていきました。白樺荘で入浴し、帰路につきました。
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 白樺荘で食べた鹿肉定食。
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次回、早月尾根・剱岳を報告します。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-08-07 13:26 | 荒川三山&赤石岳 | Comments(0)

夏山での再挑戦、ヤマトタケル伝説の上州武尊山を行く

旅行・地域
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 7月20日(土)~21日(日)、上州武尊山へ行ってきました。上州武尊山は昨年3月に今はなくなってしまったアミューズトラベルで雪山山行として参加しましたが、頂上を踏むことはできませんでした。再度の挑戦になります。いつものように、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 上越新幹線に乗り、上毛高原へと向かいます。
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 7月20日(土)は移動日です。宝川温泉に入浴し、照葉峡の滝を眺めて過ごしました。もちろん、乗り心地抜群の高級リムジンカーでの移動です。038.gif
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 宝川温泉は有名な混浴風呂だそうです。私たちが入浴したときは中高年の女性が1名入っていたと思います。あとはすべて男性でした。私たちと一緒に行った先輩女性陣は混浴のところには入ってきませんでした。見ないで済んで、安心しました。037.gif
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 宝川温泉の食堂で食べたダムカレー。味は普通のカレーライスでした。
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 トミーさんによると昔は宝川温泉で飼われているツキノワグマと一緒に入浴できたそうですが、現在では保健所から衛生的によくないということでツキノワグマと一緒に入浴できなくなっています。また夜に行くと若い男女が抱き合って入浴しているそうです。私がFacebookにその光景を見てみたいと書いたところ、洋子おばさんに「ふしだらな!」と叱責されてしまいました。037.gif
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 宝川温泉の入浴後、照葉峡へ移動し、滝を眺めました。照葉峡には11の滝があります。写真は「岩魚の滝」です。
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 山彦の滝。
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 翡翠の滝。
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 今日の宿泊施設はロッジ武尊です。先週の岩木荘とはえらい違いでした。037.gif
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 夕飯はバーベキューです。068.gif
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 夕焼けが鮮やかでした。ロッジに宿泊しているのは、私たち一行以外はいないようでした。若い人が多く、ほとんどキャンプ場の利用をしていました。夜は若者の大歓声、笑い声が響いていました。若者たちの楽しそうな笑い声を聞きながら、私たち一行のM下さんは、「最近笑ったことなんかないわ。テレビを見ても笑うこともないし、主人と話しても怒ることはあるけど、笑ったことはないのよ。」とご家庭のご苦労をお話されていました。041.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 ソビエト空軍の宇宙飛行士ガガーリン少佐が、最初の有人宇宙飛行に成功したのは、1961年4月12日でした。遅れを取ったアメリカは、それから8年後の1969年7月20日、午後4時17分、宇宙船「アポロ11号」から切り離された月面着陸「イーグル号」によって、人類初の月面着陸に成功し、世界を驚かせました。
 
その模様は、はるか彼方の月面から劇的なテレビ中継によって地球に送られ、世界中の人々をテレビの前に釘付けにしました。アームストロング船長が月面に第一歩を踏み出したのは午後10時56分、そしてこう言いました。

「これはひとりの人間にとって小さな一歩に過ぎないが、人類にとって偉大な飛躍の一歩である」20分後、月着陸船イーグル号のパイロット、オルドリン空軍大佐も月面に立ちました。二人は月の土や石を採集し、レーザー光線装置を取り付け、星条旗を立て、記念のペナント(金属板)を置いて、無事地球に帰還しました。

このあと、月に行った飛行士は全部で24人、月に着陸したのはその半分の12人いました。面白いことに、この宇宙空間、わけても月面着陸をしてきた宇宙飛行士たちの、その後の生活、物の見方・考え方、生き様には大きな変化が生じました。

彼らの一人ひとりを訪ね、インタビューをした結果をまとめた、立花隆の「宇宙からの帰還」は、その変化を詳細にレポートしています。精神病院に入った人、政治家、宗教家になった人、その生き方は十人十色でした。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 7月21日(日)、武尊山神社から剣が峰を経由して、山頂を目指します。朝食前にロッジ武尊の周りを散策しました。谷川岳がはっきりと見えました。左から天神平、トマノ耳、オキノ耳、そして円錐形の一ノ倉岳です。
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 ロッジ武尊の裏側はお花畑になっており、一面に紫陽花が咲いていました。056.gif
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 この花は何の花でしょうか。
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 午前7時に朝食を済ませて、武尊山神社の登山口にやってきました。午前7時55分に武尊山神社の前を登山の無事をお願いしながら通り、林道を約30分歩きました。30分歩いたところにも駐車場があり、1台も停まっておらず、30分歩き損をしたと、皆さんがっかりしていました。
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 しばらくは樹林帯のなかを歩きます。
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 ところどころ小川を横切りました。写真は一番大きい二俣の沢になります。
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 この沢を越えると、傾斜がきつくなっていきました。
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 エンレイソウ。
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 中腹から見た関東の山並み。まだ雪が残っています。
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 中腹から見た武尊山頂。
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 直下から見た剣ヶ峰。
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 午前11時22分に剣ヶ峰に到着。標高2020 m。剣ヶ峰は痩せ尾根で、昨年の3月、雪がついていた剣ヶ峰を歩いていたと思うとゾッとします。上州武尊山の雪山はいい歳、りょうちゃんの実力を遥かに超えた難しい山であることが、今回の夏山登山でわかりました。写真は剣ヶ峰での記念撮影。
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 剣が峰から見た玉原湖、手前のピークが歩みの会で行った鹿俣山だそうです。
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 剣が峰から見た榛名山へと続く山並み。
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 6月に行った皇海山も見えました。
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 赤城山系の黒檜山と地蔵岳。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 剣ヶ峰をあとにして、武尊山山頂を目指します。振り返った剣ヶ峰。
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 この日は天気が良すぎて、炎天下の中の稜線を歩いて行きました。
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 頂上直下。今日は暑すぎです。
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 フウロが咲いていました。
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 13時ちょうど、上州武尊山山頂にようやく到着しました。標高2158 m。いい歳、りょうちゃん、日本百名山61座目になりました。038.gif
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 山頂から見た剣ヶ峰。小さく見えます。
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 前武尊、小さく見えるブロンズはヤマトタケルの銅像だそうです。
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 至仏山と燧ヶ岳。
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 剣ヶ峰から山並みが続いています。
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 13時30分に下山を開始。下山は岩場、鎖場、梯子が続きます。
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 16時ちょうどに分岐に戻ってきました。
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 林道から見た武尊山山頂。青空の中に映えています。上毛高原駅近くの温泉に入浴して帰宅しました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地




 
次回は荒川三山&赤石岳の報告をします060.gif

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by ryott-ryott | 2013-08-02 14:16 | 上州武尊山 | Comments(0)