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カタルーニャの夏の都、蒼き眺めのバルセロナを行く

登山

旅行・地域
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 前回報告の晴天の五竜岳から日本百名山を次々と制覇し快進撃を続けるつもりでしたが、不運にも仕事の都合で9月28日の赤岳、10月5日の平ヶ岳は残念ながらキャンセルしました。トミーさんのブログによれば、赤岳も平ヶ岳も快晴で、いい歳、りょうちゃんは雨男なのではと悪いウワサをしているようです。031.gif
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 私にとって、とくに赤岳は縁がなく、行くことができなくなったのは今回で3回目です。この手ごわい赤岳を日本百名山100座目にしてやろうかともたくらんでいます。今後のいい歳、りょうちゃんの確定している予定は以下のとおりです。

10月25日(土)~26日(日) 両神山(山旅クラブ)
11月 1日(金)~ 4日(月) 石鎚山、剣山、伯耆大山(トラベルギャラリー)
11月17日(日)      あづみの歌声喫茶第100回記念大会
11月23日(土)      研究室の同窓会
11月24日(日)      囲碁の会
11月30日(土)~12月2日(月) 韓国岳、高千穂峰、開聞岳(トラベルギャラリー)
12月23日(月)      クリスマス会

 年内は新しい日本百名山を4座登頂し、今年は75座までということになります。剣山と開聞岳はすでに登っています。

 残りの25座は、大雪山、十勝岳、羊蹄山、大朝日岳、蔵王山、西吾妻山、会津駒ケ岳、平ヶ岳、巻機山、燧ヶ岳、苗場山、妙高山、火打山、高妻山、鹿島槍ヶ岳、薬師岳、黒部五郎岳、奥穂高岳、赤岳、甲武信ヶ岳、木曽駒ケ岳、聖岳、光岳、白山、荒島岳になります。まだまだ時間がかかりそうです。038.gif
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 さて赤岳と平ヶ岳をキャンセルした期間、9月28日(土)~10月5日(土)は仕事で急遽スペインのバルセロナに行くことになってしまいました。私たちの仕事に関係がある学会がバルセロナで開催されたためです。第一三共製薬のお姉さんに、学会は遊びに行くのと同じだと、バッサリと切り捨てられてしまいました。なんて失礼な人でしょうか。第一三共製薬では学会は遊びなんでしょうが、私たちはそうでありません。仕事のことは書きませんが、日曜日などの休日にバルセロナの見物をしましたので、その模様の報告をします。
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 今回の海外渡航は14年ぶり3回目で、海外渡航にはまったく慣れておりません。成田からバルセロナへの直行便はなく、往きはヘルシンキ経由で行きました。ヘルシンキはフィンランドの首都になります。気温は9 ℃、出発時の東京は30 ℃前後ありましたので、20 ℃の気温差があります。成田からの飛行時間は約11時間でした。
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 ヘルシンキ空港にはムーミングッズがたくさん売っていました。ムーミンはこの日までカバだと思っていましたが、妖精なんだそうです。写真はムーミンショップの様子です。店頭にはフィンランド版のケモンパス、ニョロニョロが置いてありました。
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 こちらはスナフキン。
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 ムーミンの置物。
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 かごにいっぱいに入ったムーミンのぬいぐるみ。
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 ヘルシンキ空港の様子。
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 トランジェット待ち約2時間で、バルセロナ空港行きの飛行機に乗って目的地バルセロナ空港へ2時間で到着しました。写真はバルセロナ空港内の様子です。かなり大きな空港で、21時近かったので、店のほとんどは閉まっていました。気温は27 ℃あり、かなり蒸し暑く感じました。東京の7月、8月に相当する陽気です。
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 バルセロナ・サンツ駅まで電車で移動して、宿泊するホテルまでスーツケースを引きずって歩きました。
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 一夜明けて29日(日)、この日は夕方に学会のレジストレーションとウェルカムパーティーがありますが、それまではフリーです。市内の見物をすることにしました。
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 まずはグエル公園に行きました。グエルは人物名で、実業家です。1900年~1914年にかけてイギリス式の住宅庭園をつくる予定だったそうですが、資金面で建設が失敗して公園にしてしまったそうです。ほとんどが観光客でしょうか、たくさんの人が訪れていました。
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 アントニオ・ガウディもグエル公園の一角に住んでいたそうです。そのガウディが作ったとされるトカゲのオブジェがありました。
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 神殿のような建物もあります。
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 グエル公園の屋上から見たバルセロナ市内。地中海が見えています。
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 サグラダファミリアも見えました。
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 バルセロナの空は飛行機雲ケムトレイルでいっぱいでした。
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 次に地下鉄に乗って、カタルーニャ駅まで行き、カテドラルからピカソ美術館、地中海まで行くことにしました。
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 カタルーニャ広場の噴水。
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 バルセロナツアーの2階建ての赤いバス。
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 カタルーニャ通り。
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 ピカソの壁画がありました。ピカソ美術館は長蛇の列で入ることを諦めました。かわりに壁画を見ることができました。建築士会館の設計者がピカソに依頼したそうです。
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 カテドラル。1298年に着工、1448年に完成しました。散策の目印になっています。
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 王の広場。1493年に航海から帰ったコロンブスが時の女王イザベルに謁見した場所です。
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 ピカソ美術館は入館するまでかなり時間がかかりそうだったので、そのまま海に向かって歩きました。
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 海岸は海水浴客でいっぱいでした。気温は28 ℃あります。バルセロナの降水量は年間通して少なく、毎月の降水量は1月の東京よりも少ないそうです。
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 オリーブオイルの専門店。
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 散策を終えて、ホテルに戻る途中で事件がありました。地下鉄に乗ると、5~6人の男たちが私が動けないように取り囲み、後ろで60歳以上のばあさんが私のポケットから財布を抜こうとしていました。思わずポケットを抑えると、財布をすれなかった、そのばあさん一味は次の駅で降りていってしまいました。私はそのばあさんの腕をつかもうかとも思いましたが、つかまなくてよかったそうです。スペインは銃社会ではありませんが、ナイフを持っていることが多く、刺されていたかもしれません。それから地下鉄に乗るたびに、全員泥棒に見えました。037.gif
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 日本とは習慣がちがうと感じたのは、夕飯がとても遅いことです。夜の8時にお店は開店しているのですが、まだ準備が整ってなく、店の人たちがまかないを食べていました。9時からが正式な開店時刻のようであり、9時になると客が来店するようになります。写真は有名なパエリアです。美味しそうに見えますが、日本の米には及びません。
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 昼間の仕事は普通に朝8時から9時までの間に始まり、13時まで働きます。しかしながら、昼時間は15時までの2時間もあり、大半の方は13時で帰宅してしまうそうです。18時まで働いたとしても、夕飯が21時からというのは日本の感覚から言うと遅すぎます。18時から21時までの間、スペイン人は何をして過ごしているのか知りたいところです。写真はバルセロナのスーパーマーケットの中の模様です。
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 うどん屋もありました。ローマ字でUDONと書いてあります。店に入った人がただのカップヌードルだとおっしゃっていました。
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 学会の3日目にはバルセロナツアーが有り、サッカースタジアムの見学がありました。このような写真を見せると遊びに行っていると誤解されそうです。037.gif
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 学会主催のバルセロナツアーが終了したのは18時でした。そしてこの日はウェルカムディナーがありました。このディナータイムも21時からでそれまでやることがないので、ホテルに帰って、余計な荷物を置いてきました。
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 ディナーの食事。写真は春巻きのお化けです。
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 たぶん闘牛場で仕留められた牛のステーキでしょうか。ただしバルセロナでは闘牛の習慣はなく、マドリードで闘牛が行われているそうです。バルセロナにある闘牛場は劇場など、すべてほかの目的に使われていました。
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 チーズケーキでしょうか、デザートが出てきたときは23時を回っていました。夜遅くにこんなものばかり食べているので、スペイン人の体は大きくなるのだと思います。女性もとてもキレイな顔立ちの人が多いのですが、体が京塚昌子のようでした。まあ、自分の周辺を見渡せば、顔立ちですらキレイでない人ばかりであることを考えると、スペインは美女が多い国と言えるでしょう。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 寛永20年(1643年)10月2日、徳川3代にわたる政治顧問、政僧天海大僧正が遷化しました。107歳という天寿を全うしました。朝廷では700年ぶりに「慈眼大師」の大師号を追贈しました。

 彼は、天文5年(1536年)、陸奥国大沼郡、現在の福島県大沼郡高田町で生まれました。母方が会津藩主芦名家の一族であったため、芦名の移封とともに常陸に移り。のち川越の喜多院の豪海和尚に師事して天海と名のりました。

 家康と親しくなったのは、家康が大御所になって駿府に退いてからといいます。家康はかつて三河で、一向一揆に手こずった苦い経験を持つだけに、全国の神道、仏教の各宗派を、政治的に掌握しておきたく、それで天海を起用したものと思われます。いわゆる政治顧問として任命したのです。

 彼が、神道と仏教を結合する手段の一つとして、家康が死んで久能山に葬られたあと、“東照権現”なる神号をもらって、日光に東照宮を造営したのもその政策の表れの1つでしょう。西の比叡山延暦寺に対し、東の比叡山といわれる東叡山寛永寺(現・上野公園内)を創建したのも、かなりの政治的意図が含まれています。

 政僧というととかく悪いイメージで考えられますが彼はいい意味での“政僧”であったようで、木版活字による天海版『大蔵経』を刊行したり、広く書籍を収集して「天海蔵」と呼ぶ、今でいう図書館を建てたり、かなりの治績を残しています。

 ともあれ、彼が本格的に活躍したのは、80歳になり、大僧正になってから約20年間といいますから驚きます。その時分には、まだ“老害現象”という言葉はなかったのかもしれません。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 学会最終日、学会が終了してからサグラダファミリア大聖堂を見に行きました。サグラダファミリアとは、ヨセフ、マリア、イエスからなる聖なる家族を意味します。1882年に着工してわずか1年、翌年の1883年にガウディに引き継がれました。1926年にガウディが死去後も、現在もなお建設が続いています。写真は前の公園から見たサグラダファミリアです。
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 サグラダファミリアを見る前にカサ・ミラとカサ・バトリョの前を通過しました。入場料が高いことと、すぐに入ることができないほど行列が出来ていたので、入るのをやめました。写真はカサ・ミラ。
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 カサ・バトリョ。
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 闘牛場跡、現在は劇場になっているようです。
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 周辺を一周して、サグラダファミリアに戻ってきました。東の門、生誕のファサード。ガウディが存命中に完成しています。
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 西の門、受難のファサード。1990年に彫刻が設置されました。
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 聖堂内部は森をイメージして作られています。
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 西陽が差して、ステンドグラスがとてもきれいでした。
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 エレベーターで上に登り、小窓から見た風景。エレベーターで上がったところは、とても狭いらせん階段の途中でした。
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 上から工事をしているところが見えます。
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 らせん階段に沿って下に降りながら、テラスからの風景を楽しみました。
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 サグラダファミリアを見たあとは、スペイン村へ行き、フラメンコを見ました。フラメンコを見たのは西郷輝彦の「星のフラメンコ」以来でした。写真はスペイン村の様子です。
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 フラメンコはタパスという日本で言う「つまみ」を食べながら見物しました。
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 フラメンコは4人のダンサーが一人ずつ順番に踊ります。踊り終わったダンサーは舞台の上で息が切れていました。後ろに座っている太ったおじさんは踊りません。038.gif
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 スペイン最終日は飛行機に乗るまで少し時間があったので、オリンピックスタジアムとミロ美術館を見ました。
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 カタルーニャ美術館。雨が降りだしていました。雨のバルセロナは珍しい光景のようです。
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 バルセロナ空港からパリ経由で日本に帰ってきました。帰ってきて、じゃんけんぽんに行って、日本のご飯を食べました。やはり日本が一番いいですね。038.gif037.gif
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 日本に帰ってきた翌日、焼酎試飲会に行ってきました。
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 芋焼酎の原料、さつまいも。これは黄金千貫です。芋焼酎を作る場合はさつまいもだけではなかなかうまくいかないそうです。お米を20%入れたほうが上手に作れるとのことでした。これはさつまいもだけでは麹菌がうまくくっつかないためだそうです。
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 国分酒造の芋焼酎「芋」はさつまいもだけでつくられた焼酎です。かつては米も入れなければ作れなかった芋焼酎を、さつまいもだけでつくることができるようになったのは技術革新の賜物です。
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 各酒蔵にはその土地のおつまみも置かれていました。
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 焼酎に手を合わせるはるさんと美紀おばさん。037.gif
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 西山さんのお嬢さんと記念撮影。私の周辺の方たちは年をとるとどんどんと汚くなっていきますが、西山酒造のお嬢さんは会うたびにおきれいになっています。038.gif038.gif
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 昭和生まれと平成生まれ。昭和が年寄りすぎます。また顔に自信がないせいでしょうか、ピースで顔を隠しています。041.gif
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これから両神山に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-10-26 10:04 | バルセロナ

日本百名山あと30座、後立山の雄峰、五竜岳を行く

登山

旅行・地域
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 海外出張から帰ってきて2週間が経ちましたが、時差ボケによるものか、真夜中に目が覚めて、昼間ひどい睡魔に襲われます。今日、かかりつけのお医者さんで睡眠導入剤をもらってきました。
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 また先週は台風26号が日本列島を襲い、大島では甚大な被害が出ています。今週も台風27号が日本に接近することが危惧されています。1年間の台風発生個数の平均値は25.6個だそうで、平均値を超えた数の台風が発生したとニュースで騒いでいました。平均値が25.6個なので、それよりも多い年はあったはずなので、27号で終われば例年並みということでしょう。
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 しかしながら、昨年の同時期と比較しても、今年の山行は雨が多く、ほとんど雨具を手放すことはできませんでした。8月の最終週のトムラウシから前回報告した焼岳まで4週連続の山頂での展望なしでした。雨の山行記録更新になるかと心配する中、9月2回目の3連休、9月21日(土)~23日(月)はトラベルギャラリーで五竜岳に行ってきました。倉持さんに会うのは6月の歩みの会鹿俣山以来でした。いい歳、りょうちゃんが写っている写真は全て倉持さんのブログ「山においでよ!!!」からもらいました。038.gif
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 初日21日(土)は宿までの行程になります。参加者13名、ガイド、添乗員合わせて15名です。新宿駅西口に集合し、バスでテレキャビン近くの温泉宿、細野館へと向かいます。今日からの3連休の天気予報はすべてお日様マークが入っており、先週までのうっぷんを晴らしてくれそうです。写真は新宿西口にある東京モード学園のユニークな建物。
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 新宿は今日からお祭りをやるようでした。
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 初日は大町山岳博物館に寄りました。いい歳、りょうちゃんはこれで3回目です。
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 入口を入って、左側に特別展、右側に木製のピッケルが展示してあります。いずれも近くでの写真撮影は禁止です。峯岸ガイドによれば木製ピッケルは特許の問題があるため、写真撮影禁止なのだろうとおっしゃっていましたが、現在木製のピッケルを使っている人はいないのではないでしょうか。
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 一般展示はいつも同じで代わり映えしません。このような雰囲気の山小屋もないと思います。
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 昔の装備。左側のマネキンは全面マスクをしています。
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 2階の動物の剥製の展示。これも代わり映えしません。
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 ライチョウの剥製。
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 3階の展望台からの風景。左から爺ヶ岳、鹿島槍、そして今回登る五竜岳と並んでいます。
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 鹿島槍ヶ岳。
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 山岳博物館の前には花壇があり、まだ駒草が残っていました。
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 今晩は温泉宿の「細野館」に泊まります。最上階の5階にお風呂があります。写真は細野館での夕飯。
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 待ちきれずに夕飯にかぶりつく、年老いた女王様たち。037.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 静岡県焼津港の漁船「第五福竜丸」は、昭和29年(1954年)3月1日、マーシャル群島ビキニ環礁付近で操業中、「水平線上にかかった雲の向こう側から、太陽が昇るときのような明るい現象」を眺め、そのあと白い灰が船体一面に降りそそいてきたのを、たいして気にもとめず、14日には焼津港に帰って来ました。

 しかし、筒井船長以下乗組員全員が異常を訴えるので、診断してもらったところ、原爆実験による原爆症であることがわかりました。それも原子爆弾ではなく、その訳1000倍の破壊力を持つ水素爆弾の実験であることが判明しました。人々に与えた衝撃は大きなものでした。

 3月末、折から三崎港に帰ってきたマグロ漁船が実験海域にいたということで、すべての廃棄処分にさせられ、人々はさらに不安つのらせ、魚ばなれの現象も引き起こしました。このような騒ぎのなかで、9月23日、第五福竜丸の無線長であった久保山愛吉(40歳)がついに“死の灰”による原爆症で亡くなりました。

 これを聞いた焼津市をはじめ、全国各地、広島、長崎に続く第三の被災ということで、婦人会を中心に「原水爆禁止運動」が澎湃(ほうはい)としてわき起こって来ました。

 “杉並アピール”と呼ばれる、東京杉並の主婦たちの呼びかけに応じて、「原水爆禁止の署名運動」は、国内3300万人の署名を集めて、運動の輪は大きく発展していきました。
翌年8月6日、広島で第一回の原水爆禁止世界大会が開かれたのも、このときの運動の成果といってよいでしょう。でも、この大会も政党に利用され、3つに分裂していることは残念です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 2日目、22日(日)はテレキャビンに乗り標高1530 mのアルプス平まで上がって、遠見尾根づたいに五竜山荘まで向かいます。細野館を午前7時に出発し、7時30分、テレキャビンに乗りました。
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 いよいよ出発になります。その前にアルプス平で準備体操。相変わらず倉持さんの柔軟性に衰えはありません。038.gif
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 アルプス平にはお花畑があり、秋の花がたくさん咲いていました。写真はマツムシソウ。
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 アサマフウロ。
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 アザミの仲間でしょうか。
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 花に見送られながらの出発です。午前8時05分。
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 白馬鑓ヶ岳が見えました。
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 正面の山塊がまだ行っていない高妻山、戸隠山です。
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 30分も歩かないうちに、地蔵平につきました。午前8時30分。
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 このお地蔵様は風きり地蔵と呼ばれ、山行の安全を祈願して建てられました。
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 風きり地蔵があんなに遠くに。
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 これから遠見尾根に入っていきます。ナナカマドが鮮やかでした。
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 紅葉と五竜岳。
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 遠見尾根を進んでいきます。
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 歩き始めて1時間30分ほどで、小遠見山に着きました。標高2007 m。午前9時40分。
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 正面には五竜岳がそびえています。
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 遥か向こうに槍ヶ岳も見えました。
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 午前10時16分、中遠見山。標高2037 m。
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 午前11時00分、大遠見山。標高2106 m、そばに大遠見池があります。
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 徐々に霧が出てきました。
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 キイチゴがなっていました。
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 午前11時40分、西遠見山につきました。標高2268 m、ここでお昼ごはんとなりました。
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 この西遠見山から傾斜がきつくなり、ちょっとした岩場も出てきます。
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 下に見える道は唐松岳からの縦走路です。
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 目の前にライチョウが現れました。正面を向いてほしかった。
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 下のほうに五竜山荘が見えました。13時43分。
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 13時50分、五竜山荘に到着。中も外も人で溢れています。この混雑ぶりでは2人で1つの布団のようです。部屋は私たち15人が寝るにはとても窮屈で、押入れと廊下に別れて寝ました。暑がりのいい歳、りょうちゃんと、すみおばちゃんは廊下に寝ることになりました。しかしながら、混雑のせいか廊下も暑く感じました。すみおばちゃんが、若くてキレイでカワイかったら、どんなに嬉しく思ったことでしょう。あり得ないことでした。041.gif
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 テント場もいっぱいでした。
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 すぐに部屋に入りストレッチ。危ないカルト集団のように見えます。041.gif
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 足の踏み場もないほど混んでいます。
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 山荘の裏側のせまい幅の場所にもテントがびっしり張られていました。
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 五竜山荘の名物Tシャツ。「山が好き、酒が好き」Tシャツ。りょうちゃんも1枚買いました、3000円。すみおばちゃんは「山が好き、酒が好き、男が好き」Tシャツがほしいようです。037.gif
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 夕飯まで部屋でドリンクタイム。1本の缶ビール350 mlが500円、500 mlが800円、日本酒が500円でした。相当にお金を使いました。ドリンクタイムのあとは写真の撮影会になりました。心霊写真に限りなく近い人もいますが、心霊写真ではありません。041.gif
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 死んだように眠っているK室さん。この日はK室さんの65歳のお誕生日でした。みなさんが、死んでしまったのかと、酒を飲みながら笑いながら心配していました。041.gif
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 山荘到着後の14時から18時まで飲み通しで、ようやく18時過ぎに夕飯に呼ばれました。五竜山荘の夕飯はいつもカレーライスだそうです。真ん中にのっているのはホタテではなく、たまごの天ぷらです。たくさん飲んだためか、20時前には指定された廊下で寝てしまいました。037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村

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 最終日、23日(月)はいよいよ五竜岳の山頂にアタックします。前日は雲が多くて最後は五竜岳が隠れてしまい、天気が心配されましたが、満天の星空と月明かりに私たちの心配は杞憂に終わりました。五竜山荘から山頂までピストンでコースタイム1時間40分を要します。日が昇る5時前に山頂を出発し、帰ってきてから山荘で朝食をとることにしました。
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 午前5時前、ヘッドランプをつけて、山荘を出発しました。山道は月明かりで照らされています。
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 日の出が近づき、周囲が明るくなっていきました。もうヘッドランプは必要ありません。
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 まだ行っていない鹿島槍ヶ岳がキレイに見えました。双児峰の姿が鬼の角のように見えて、森ちゃんの奥様、上からマリコさんを思い出しました。今頃また夫は早朝からシバかれているのでしょうか。041.gif
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 五竜岳の山頂に人影が見えます。
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 振り返ると途中のピークに人が立っていました。
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 午前5時47分、雲海からのご来光を見ることができました。
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 朝焼けに染まる五竜岳。
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 午前6時5分、ついに五竜岳山頂に到着しました。今日は倉持さんと記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山71座目になりました。038.gif038.gif038.gif
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 なんと朝に照らされて、影五竜を見ることができました。先週までの4週間連続の展望なしがウソのようです。
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 今年、2回目の登山をした剱岳。
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 方角を転じると白馬岳も見えます。手前に唐松岳があり、その間に不帰キレットがあると聞き、大酒を飲んで山荘で眠っているトミーさんたちが見えるようでした。041.gif
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 五竜岳山頂から見た鬼の角のような鹿島槍ヶ岳。
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 4週間分の山頂からの展望を楽しんで五竜山荘に戻ってきました。午前7時23分。
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 あんなにあったテントもほとんどありません。
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 朝食を済ませて、午前8時過ぎに山荘を出発しました。五竜山荘前で記念撮影。
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 雲海に出ている枝尾根が島のように見えました。
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 白岳から見た唐松岳。
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 下山をしながら五竜岳に別れを告げます。
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 昨日のちょっとした岩場を下ります。
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 遠見尾根に入っていくと雲海に入ってしまい、もう五竜岳を見ることはできませんでした。
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 西遠見山、午前9時30分。
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 大遠見山、午前10時00分。
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 中遠見山、午前10時37分。
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 紅葉の道を進みます。
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 リンドウもありました。
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 小遠見山手前の尾根道を歩きます。午前11時00分。
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 地蔵平、午前11時50分。
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 アルプス平までお花を見ながら歩いて行きました。写真はキバナニガナ。
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 ヒメシャクナゲの実。リンゴのようです。
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 アサマフウロ。
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 マツムシソウ。
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 オミナエシ。
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 シナノナデシコ。
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 エンビセンノウ。
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 五竜山荘で配布されたのり弁当。
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 リンゴのソフトクリーム。
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 年老いた女王様たち抜きで記念撮影。しかしながら全員50歳前後。いい歳、りょうちゃんが一番末っ子です。038.gif
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 テレキャビンに乗って、下まで降りてきました。この栽培種の花はなんという名前でしょうか。
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 このあとはいつものように入浴し、ビールを飲んで、バスの中で大宴会で新宿まで戻ってきました。やはり山行は晴天が一番です。058.gif
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次回はバルセロナの模様を報告します。

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by ryott-ryott | 2013-10-19 17:34 | 五竜岳

噴煙上げる上高地の前衛、嵐迫る焼岳を行く

登山

旅行・地域
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 最近、またブログが実態に追いついていません。近況をお話しておきますと9月28日(土)から1週間仕事の都合でスペインのバルセロナに出かけており、その間に申し込んでいた赤岳と平ヶ岳は残念ながらキャンセルしました。仕事の合間にバルセロナの名所を観光しましたので、また後日に報告します。
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 さた9月1回目3連休、9月14日(土)~16日(月)は上高地へ行ってきました。山旅クラブで前穂高から奥穂高の縦走をするためです。しかしながら、この週末は台風18号が日本列島に迫っており、今回の山行は中止も仕方がないと思っていましたが、名ガイドのトミーさんからは中止の連絡はなく、特急あずさに乗って、松本駅へと向かいました。台風が迫っているにもかかわらず、3連休の初日の新宿駅は多くの人が行き交い、特急あずさ号もほぼ満席でした。いつものように、いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 松本駅ではいつものように乗り心地抜群の高級リムジンカーが配車され、松本駅から沢渡駐車場へ行き、そこでタクシーに乗り換えて、本日の宿になる上高地アルプス山荘へ向かいました。
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 この山荘は一般の登山客は宿泊することはできません。ガイドさんと同伴でなければ泊まることができません。昔は林野庁の保養所として使われていたそうですが、今年の5月から公益財団法人 日本山岳ガイド協会が経営する宿泊所として開業されました。とてもきれいな宿泊施設で山荘というより上高地の高級なホテルと言ってもいいでしょう。1泊2食付きでガイドさんは7500円、同伴者は11500円です。写真は山荘の中の様子です。
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 アルプス山荘の談話室。
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 アルプス山荘の食堂。
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 山荘の高級感ぶりにも驚きましたが、もう1つ驚いたことがあります。受付でトミーさんが提示しているガイド証の顔写真を見ると、なんとトミーさんの頭には黒々とした髪の毛がたっぷり写っていました。髪の毛の量だけは現在のお姿とはまるで別人でした。その写真は約6年前のものだということですが、わずか6年で小遊三師匠のヘアスタイルになってしまうのかと驚かされました。本人がおっしゃるには、最近、気苦労をかけさせられる客が来るため、髪が焼岳のように後退してしまったそうです。一体、そのお客とは誰なんでしょうか。そして私たちが泊まることになった部屋は「焼岳」でした。037.gif
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 明日以降の天気を気にかけながら、とりあえず初日は上高地の散策を予定通り行いました。お昼ご飯はバスターミナルの食堂で岩魚の天ぷら定食を食べました。
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 美味しそうなお酒も売っていました。散策の帰りに買って、宿で飲むことをたくらんでいました。
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 梓川沿いに明神池を目指して散策しました。
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 穂岳連峰も厚い雲の中に煙っており、明日以降の登山がとても心配でした。
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 台風が来るというのに、かっぱ橋はたくさんの人で賑わっていました。
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 かっぱ橋から見た日本百名山の焼岳。
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 翌日、この登山口から標高差1700 mを登山する予定でした。
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 向こうに明神橋が見えます。
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 明神岳一体は神社になっています。穂高神社で、明神岳は神様が鎮座する場所であり、その神様が降りてくる場所という意味で「神降地」と書き、「上高地」になりました。かつてはこの明神岳の一帯が「上高地」と言われていたようです。
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 上条嘉門次の碑。あのウエストンを案内した日本山岳ガイドの元祖です。
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 明神池。この明神池には40 cm以上の岩魚がたくさんいると聞いていましたが、この日は多くは泳いでいませんでした。
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 あすの登山の無事を祈ります。
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 明神橋から見た明神岳。
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 梓川沿いから見た穂高連峰。
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 焼岳にも雲がかかってきました。
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 散策を終えて、バスターミナルで日本酒を買って、上高地アルプス山荘に戻ってきました。残念ながら上高地アルプス山荘は日本酒を売っていません。宿に戻り、天気予報で天気を確認すると、台風18号の影響で翌日、翌々日は雨の予報でした。風雨の中の前穂高~奥穂高の縦走は大変に危険であるため、奥穂高岳は断念することになりました。上高地にはもうひとつの日本百名山、焼岳があり、コースタイムから日帰りが可能です。幸いにして、いい歳、りょうちゃんも、A柳さんも焼岳にはまだ登ったことがないため、焼岳ピストンに変更になりました。038.gif
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 上高地アルプス山荘の夕飯。とても豪華で、帝国ホテルをライバルとして向こうに回しているそうです。写真は前菜。
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 メインディッシュ。
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 デザートまで出ました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 家康か三成か、天下分け目の関ヶ原の合戦は、慶長5年(1600年)9月15日に行われました。関が原を舞台に、徳川家康率いる東軍と、石田三成指揮する西軍とが衝突し、激闘6時間、ついに東軍が大勝、西軍惨敗の結果に終わりました。

 これにより徳川300年、太平の世の幕が切って落とされたことは、ご承知のとおりです。この戦い、後世の史家によれば、両軍の勢力は、当初東軍7万5000、西軍8万2000で、兵力、地の利とも、状況的には西軍有利の態勢でした。

 しかし、結果は逆でした。理由は総指揮官の統率力の違いです。大合戦になれば、どうしても武官派と文官派では、作戦指導に差が生じます。家康は実戦経験豊富ですし、参戦する武将の心理もよく心得ています。

 治部少輔と呼ばれた石田三成は、13歳のとき小姓として秀吉に仕えた側近内務畑の文官的武将です。戦術については宇喜多秀家にまかせましたが、決断がにぶく、みすみす勝機を逸してしまいました。

 参加した武将たちが、統率者に対する信頼が薄く、お互いが疑心暗鬼の烏合の衆ですから、戦意が上がるはずがありません。三成の人望のなさは、同じ豊臣恩顧の大名の多くが三成につかず、家康についたことでよくわかります。

 敗れたあと三成は捕らえられて六条河原で斬られる寸前に、警護の者が干柿を与えようとしました。三成は「からだに悪い」と断りました。警護の者は「すぐに首をはねられるのに」と笑いました。

 三成は「大義を志す者は、死の直前まで命を惜しみ、なんとか本意を達したいと思うものよ」と答えたといいます。三成らしい発言です。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 当初は奥穂高に登るため朝食はなく、朝6時に宿を出発しました。まだ雨は降っていませんでした。梓川に沿って焼岳の登山口に向かいます。
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 田代橋から見た焼岳。頭髪が焼岳のようになってしまったトミーさんも写っています。
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 焼岳登山口に6時40分に着きました。いよいよ山の中に入っていきます。
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 しばらくは樹林帯が続きます。
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 木々の間から時々焼岳が見えました。
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 徐々に勾配も上がって行きます。
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 樹林帯の終わりが近づくにつれ、危険そうな梯子が現れ始めました。
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 雲に煙る焼岳の山頂部分が見えます。
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 樹林帯の最後に長い梯子がありました。
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 梯子を登りきると、すぐに焼岳小屋がありました。午前9時00分。焼岳小屋には西穂から来たという大阪のおばちゃんたちがワイワイさわいでいました。
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 焼岳展望台。先週の木曽御嶽山同様、何も見えません。
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 ゴロゴロとした火山弾が転がっている岩場を山頂目指して登っていきます。
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 10時30分山頂直下につきました。ここをひと登りすれば、焼岳の山頂です。山頂の下からは硫黄が吹き出ていました。
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 そして一瞬ですが雲が切れて、登攀禁止の南峰が見えました。焼岳は南峰の標高が北峰より高くなっています。その標高は2455 mです。
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 北峰に登山者がいるのが見えました。
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 10時37分、焼岳の北峰に到着しました。標高2393 m。いい歳、りょうちゃん、日本百名山70座目になりました。
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 台風が迫っているにもかかわらず、山頂には十数人のクラブツーリズムのパーティーがいました。その後も多くの登山者が、この焼岳の山頂を目指して、登ってきました。皆さんも奥穂高から焼岳に変更したのでしょうか。
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 山頂にいたパーティーが下山していきます。大阪のおばちゃんたちがそのあとに登ってきて、山頂で万歳をしていました。
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 私たちも下山しますが山頂直下のちょっとした岩場はすれちがいで大渋滞でした。台風が迫っている山とは思えません。
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 クラブツーリズムの方々は中ノ湯温泉のほうへ下山していきました。
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 焼岳展望台の手前でもたくさんの登山者が登ってきました。
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 コケモモの実。トムラウシ以来食べる気になれません。
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 一面にきれいなコケが生えていました。
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 アザミの花。
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 朝は見えませんでしたが、下のほうに焼岳の噴火でできた大正池が見えます。
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 雲が切れて、周囲の山々も見えました。台風はどこへ行ってしまったんでしょうか。あるいは台風の目の中にいるのでしょうか。
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 ゴゼンタチバナの実。
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 リンドウ。
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 焼岳小屋に戻ってきました。12時10分。
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 天気が回復傾向のようです。奥穂高に行けばよかったかもしれません。
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 焼岳最大の難所、長い梯子を降りていきます。梯子にいるのは、危険なところ、高いところが好きだというトミーさんの変わり者の奥様。
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 大阪のおばちゃんたちも梯子を降りていました。
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 あとはひたすらに下山するだけです。樹林帯まで降りてきました。
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 14時00分、登山口に戻ってきました。
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 下山後、ウエストンのレリーフを見に行きました。イギリス人宣教師ウォルター・ウエストンは上高地を訪れ、地元の山案内人の上条嘉門次とともに北アルプスを開拓し、世界に紹介した人物です。
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 梓川のほとりで記念撮影。焼岳の山頂がはっきり見えています。
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 穂高もはっきり見えています。
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 六百山と三本槍。
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 梓川からの風景を楽しみながら、上高地アルプス山荘に戻ってきました。今日も宿泊で連泊になります。
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 焼岳登頂を祝って、赤ワインでみんなで乾杯しました。069.gif
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 今日の夕飯も美味しいものばかりでした。こんないいものばかりを食べていたら、山小屋での食事はのどを通らなくなります。
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 生ハムとチーズの盛り合わせ。
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 ピカタ。
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 ビーフシチュー。
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 デザート。
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 翌朝の朝食。
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 3連休最終日は夜中から雨が降り始め、出発の頃には土砂降りでした。奥穂高に行っていたら帰れなかったでしょう。前日の夜、NHKニュースで特急あずさが運休するとの報道がありました。長野新幹線は動いていたので、トミーさんに軽井沢駅まで送っていただきました。写真は食堂で台風のニュースに耳を傾けるトミー夫妻。
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 軽井沢駅前も土砂降り。
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 駅のホームも横殴りの雨が吹き付けて、ホームに出ていくことができませんでした。しかしながら長野新幹線はダイヤ通りに軽井沢駅に到着し、東京へと帰ることができました。東京に帰ってきてからは、雨の峠は過ぎていましたが、在来線のほとんどはダイヤが乱れており、迂回路を通って最寄駅まで戻ってきました。あんな土砂降りの雨でもダイヤ通りに運行する長野新幹線は立派だと思います。
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次回は五竜岳の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-10-14 12:50 | 焼岳