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紅葉舞う西国の百名山を行く、石鎚山・剣山・大山

登山
旅行・地域
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 11月1日(金)~4日(月)までトラベルギャラリーで石鎚山・剣山・大山に行ってきました。いつものようにいい歳、りょうちゃんが写っている写真は倉持さんのブログ「山においでよ!!!」からもらいました。
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 トラベルギャラリーで行くのは9月の五竜岳以来です。1日目は移動日で、羽田空港から松山空港へ行き、バスに乗車し、宿になる石鎚観光白石ロッジへと向かいました。参加者はわずか7名で、添乗員の倉持さんとガイドさんを合わせて9名でした。
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 15時に松山空港につき、白石ロッジについたのは18時近くでした。写真は車窓から見た石鎚山。きれいに晴れていれば、白石ロッジから石鎚山が見えるそうです。
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 白石ロッジの食堂。
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 白石ロッジの夕飯。
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 これは岩茸いといって、断崖絶壁にしか自生していないキノコの一種です。これを食べると1年間は風邪をひかないと言われており、中国では皇帝が食した不老長寿の食べ物だそうです。038.gif
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 岩茸の説明をする白石ロッジのご主人、白石さん。食堂にあるテレビで岩茸を採取しているビデオを見せてくれました。俳優の渡辺裕之がロープをつけて懸垂下降しながら岩茸を採取していました。
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 この岩茸で50年のもので、30回以上、手でゴシゴシと揉み洗いをして、湯がかないと食べることはできないそうです。
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 石鎚山の麓には、あの有名な石鎚酒造があり、白石ロッジでも銘酒「石鎚」をたくさん売っていました。白石さんは、石鎚酒造の越智さんとお知り合いだとおっしゃっていました。今回は石鎚酒造に寄る猶予はありませんでしたが、次回、一人旅のときにでも立ち寄りたいと思います。
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 食堂のおばちゃんたちが食べていたまかないの餃子。美味しそうです。
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 今回の9名の参加者のうち、男性はいい歳、りょうちゃんと埼玉県の山岳会に所属する57歳のO澤さんの2名でした。こちらのO澤さんは、みんなが知っているお酒が飲めない小沢さんとちがって、お酒を飲める方で23時過ぎまでお酒を飲んでしまいました。それでも翌朝5時に起床し、2日目は石鎚山に登りました。
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 いつもの準備体操。相変わらず、倉持さんの柔軟性は衰えを知りません。038.gif
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 駐車場から見た白石ロッジ。
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 午前7時00分に出発しました。よく知られているロープウェイからの登山ではなく、白石ロッジ前の土小屋から鶴の子の頭を通過して二の鎖小屋から鎖場は登らずに巻道で山頂を目指します。
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 石鎚山登山口。
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 この日の天気は今ひとつです。
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 ほとんど平坦といってもよいなだらかな道を進みます。
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 徐々に勾配が増してきます。
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 二の鎖小屋前まで来ました。午前8時45分。写真は下山時に通る夜明け峠方面の登山道。
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 二の鎖小屋前、山頂に頭を垂れる登山者。
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 私たち中高年グループは鎖場を回避し、巻き道の階段で山頂に登ります。
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 巻き道を登り始めて、わずか30分で山頂小屋に到着しました。午前9時20分。
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 山頂の御神体に頭を垂れる登山者。
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 山頂で記念撮影。標高1974 m。いい歳、りょうちゃん、日本百名山73座目になりました。
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 持っていった御朱印帳に御朱印を書いてもらっているところです。
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 今日はここで終わりではありません。石鎚山最高点の天狗岳まで登ります。
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 振り返ると、片側は断崖絶壁。NHKの日本百名山ではそのフチに沿って下を撮影しながら歩いていましたが、とてもマネできません。
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 天狗岳山頂が見えました。
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 天狗岳山頂で記念撮影。
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 登ってきた道を戻ります。
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 山頂の神社が見えます。
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 鎖場をひと上がりして山頂に戻ります。
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 山頂にはたくさんの人で賑わっていました。
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 山頂小屋の中はとてもきれいです。
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 山頂小屋でクリームシチューを食べました。
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 一瞬、雲が切れて天狗岳が見えました。
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 巻き道をたどって下山を開始。夜明け峠方面の登山道が見えます。
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 朝見ることができなかった天狗岳が見えました。
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 その天狗岳を背景に記念撮影。
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 ロープウェイ方面からたくさんの登山者が登ってきました。中には中学生か高校生と思われる若いお嬢さんたちも数多くいて、私たちのグループとは華やかさがちがいました。振り返ると二の鎖を登っている登山者が見えました。037.gif
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 しばらくして一の鎖が脇に現れました。
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 ここの平坦な場所は夜明け峠でロープウェイがなく下から登ってこなければならない時代はこの場所で夜を明かしたそうです。
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 前に見えるのは試しの鎖。今回案内をしてくれたのは地元の女性のガイドさんで、試しの鎖には1度も登ったことがないとおっしゃっていました。
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 紅葉の中を石鎚山神社の成就社へと向かって下山を続けます。
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 すみれが咲いていました。
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 ツルリンドウの実がなっていました。
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 遥拝の鳥居。山頂まで行けない人はここで山頂を拝みます。ガイドさんのお話では最近はロープウェイで上がってきた登山したことがない人が登っていくことが多く、たいへん危険だとおっしゃっていました。
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 13時00分、石鎚神社の成就社に到着。翌日の11月3日に法螺貝の大会があるらしく、たくさんの人が法螺貝の練習をしていました。
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 奥の窓からも山頂を拝むことができます。
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 今回は山頂に雲がかかってしまいました。
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 このおじさんは法螺貝の師範代だそうです。
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 ロープウェイに乗って、下まで下山し、次の剣山の麓の宿へと向かいました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の 雨が降る (北原白秋『城ヶ島の雨』)

 神奈川県三浦市城ヶ島遊ヶ崎海外に、この詩を刻んだ、帆かけ舟を形どった白秋の詩碑が建っています。白秋は九州福岡柳川に生まれました。早稲田大学在学中から詩を書き、明治42年(1909年)、詩集『邪宗門』、44年(1911年)『思い出』の2冊で、詩壇にデビューしました。その出版記念会に出席した“山のあなたの空遠く・・・・・”の名訳で知られる上田敏は、「若き天才詩人」と、白秋を絶賛したといいます。

 大正7年(1918年)、鈴木三重吉が雑誌「赤い鳥」を創刊し、子どもたちのために、いい童謡をつくる運動を起こしたことに共鳴し、自らも数々の動揺・歌曲の名作を残しました。『あわて床屋』『雨』『からたちの花』『この道』『砂山』・・・・・みんな白秋の作品です。

 白秋は詩のほかにも短歌にも力を注ぎ、晩年は多磨短歌会を結成して、短歌雑誌「多磨」を発刊し、新人の養成につとめました。白秋門下からは、詩人としては室尾犀星、萩原朔太郎、大手拓次、歌人では宮柊二(しゅうじ)、木俣修など、すぐれた人材を輩出しています。

 昭和17年(1942年)11月2日、58歳で亡くなりましたが、臨終を前に子息に窓を開けさせ、「あゝ、蘇った。今日は何日か。11月2日か。新生だ、新生だ。この日をお前たちよく覚えておき、私の輝かしい記念日だ。新しい出発だ。窓をもう少しお開け・・・・・あゝ、素晴らしい」そう話して息を引きとったといいます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 ほぼ一車線しかない道路をどちらかがバックしながら対向車とのすれ違いを何度も繰り返し、ようやく山奥の剣山麓の宿に到着しました。バスの運転手さんは、さぞ大変なことだったと思います。本日の宿はラフォーレ剣山といい、こんなオシャレなホテルがこんな山奥にあるのかと思うくらいきれいなホテルでした。これからのシーズンはスキー客で賑わうようです。
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 くしくもこの日は日本シリーズ第6戦、田中マー君が投げるとあって、誰もが楽天の日本一を確信しながら、豚しゃぶを食べました。しかしながら、田中マー君はペトスという外人選手にホームランを打たれて、次々と失点を重ね、160球も投げて負けてしまいました。この敗戦でマー君の1年以上の連勝記録もストップし、野球に全く興味のないいい歳、りょうちゃんも、双葉山の69連勝にツチがついたのと同じくらい大変なことが起こったしまったと察しました。日本シリーズ第6戦で終わるよりも、第7戦までやることになり、楽天の三木谷社長は喜んでいたのではないでしょうか。
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 豚しゃぶを頬張る年老いた女王様たち。
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 翌朝は6時30分に宿を出発し、登山口のある神社へと向かいまた。天気予報では雨の予報で、起きたときは雨が降っていましたので、雨具を着て出かけましたが、この日は運良く雨に降られることはありませんでした。
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 剣山に登るのは、今回で2回目です。2011年8月に来たときはリフトで上がりました。リフトは午前9時まで動きません。
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 午前8時に剣山神社に着きました。しかしまだ営業していません。後ろに見える大きな岩が御神体です。
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 山頂が近づくと、笹原が広がり、山頂小屋が見えました。
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 山頂小屋のとなりに剣山神社本宮があります。
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 神社の脇の階段を上がり、木道を歩くこと10分ほどで山頂に到着しました。写真は一等三角点です。
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 いつものように山頂で記念撮影。剣山は2度目なので、日本百名山は73座のままで、数の更新はありません。同じ日本百名山に2回登ったのは、谷川岳、筑波山、剱岳につづいて4座目で、通算77座目になります。
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 年老いた女王様たちは元気です。037.gif
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 記念撮影後は、展望もなく気温も低いので、さっさと下山しました。
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 この場所は次郎ぎゅうが見えるはずですが、今日は何も見えません。
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 晴れていれば、次の写真のように見えるはずです。2010年8月7日撮影。058.gif
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 山頂小屋で小休憩をとって、刀掛けの松まで降りてきました。刀掛けの松は、平家とともに逃げてきた安徳天皇が刀を立てかけたという伝説がある松の倒木です。安徳天皇が壇ノ浦で波間に消えていったのは元暦2年(1185年)3月24日ですので、その頃の松の倒木は既に朽ち果てて、現在の倒木は何代目か代替わりしていると倉持さんが教えてくれました。
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 こんな天気でも元気のいい年老いた女王様たち、雨具の色だけは鮮やかです。041.gif
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 ロープウェイを使わずに、下山を続けます。
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 下山後は讃岐うどんを食べに行きました。
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 店主さんがうどんを打っているところです。
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 いい歳、りょうちゃんは3杯食べました。めずらしく、あの倉持さんがお替りをしませんでした。
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 うどんを頬張る年老いた女王様たち。037.gif
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 うどんを食べて、途中の道の駅で焼き鳥を食べて、次の宿へと向かいました。写真は大山の麓の宿の夕飯です。クラブツーリズムも来ていました。そして、この日は日本シリーズ第7戦、野球に興味のないいい歳、りょうちゃんも日本一の行方を見届けようとテレビのチャンネルをひねりましたが、なんと鳥取県では日本シリーズの放映はありませんでした。ホテルの人に「日本シリーズはテレビでやらないのですか?」と聞いても、「申し訳ありません!」としか回答がありませんでした。あきらめて寝ようと思っていると、すみおばちゃんがBSで放送していると教えてくれました。楽天は美馬、則本と総力戦で、最後はマー君が投げて逆転されてしまうのではと視聴者を心配させながらも、巨人を破ることができました。巨人の敗北を見届けた、巨人ファンのO澤さんはふて寝していました。037.gif
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 最終日11月4日(月)は鳥取の日本百名山、大山に登ります。この日の天気予報も雨の予報でした。朝おきてみると、雨がしとしと降っていました。帰りの飛行機の時間があるので、4時に宿を出発し、大山の頂上を目指します。宿を出発するときには雨が止んでいましたが、雨具を来て、ヘッドランプをつけての真っ暗な中を登っていきます。いい歳、りょうちゃんにとって、この大山には大きな落とし穴がありました。登山口から9合目近くまで、階段が延々と続きます。しかも段差がひざ以上の高さのところもたくさんあり、ついに疲労困憊し、年老いた女王様たちからも大きく引き離されてしまいました。倉持さんにも背負ってきた2リットルの水を持ってもらい、ほうほうのていでようやく、山頂にたどり着けることができました。写真は大山6合目、周囲も明るくなりここでヘッドランプをしまいました。042.gif
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 煙っていた大山の稜線が見えてきました。
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 7合目から下のほうを見ると紅葉が広がっています。
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 8合目を過ぎると大山の天然記念物であるダイセンキャラボクの木が登山道の両側に広がっていました。いつもならばこの時期は赤い甘い実が成るそうですが、今回は実はなっていませんでした。
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 ようやく憎っくき階段は終了し、なだらかな木道になりました。
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 大山頂上避難小屋。
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 午前7時26分、ようやく山頂に到着しました。今回の大山の山登りはとても苦しく、こんなに苦しいと感じたのは一昨年の男体山の急登以来でした。042.gif
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 どうにかこうにか山頂に辿り着き、いつもの記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山74座目になりました。037.gif038.gif
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 男性陣3名で記念撮影、左は地元のガイドさんです。
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 久しぶりに倉持さんと記念撮影。
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 展望もなく、風も強いので、さっさと下山しました。しかし一瞬だけ太陽の光が差しました。
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 避難小屋の中で小休止。この避難小屋の脇に昔は風力発電の風車があったそうですが、強風で壊れてしまったそうです。そのくらい、大山は風の強いところなんだそうです。
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 6合目まで降りて来たときに青空が見えてきました。
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 憎っくき階段。
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 日が昇り、すっかり明るくなって、登りでは見ることができなかった紅葉を楽しみながらの下山となりました。
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 どんよりした天気でしたが、雨にも降られずに、途中で雨具を脱いでしまいました。しかしながら、大山寺に到着する直前に土砂降りの雨が降ってきて、入浴するホテルまで雨具を着て歩きました。写真に雨粒が写るほどの大雨でした。
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 日本シリーズを放映しないホテルで入浴を済ませて、その食堂でお昼ご飯をいただきました。
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 車窓から見た大山。山頂部は雲がかかっています。
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 帰りは道の駅のよって、皆さんお土産を購入して、東京に帰ってきました。りょうちゃんは烏骨鶏の卵を買いました。
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来週は九州に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-11-24 14:36 | 石槌山・剣山・大山

イザナミとイザナギ、神話の百名山を訪ねて、秋天燃ゆる両神山を行く

登山
旅行・地域
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 ブログがなかなか実態に追いつきませんが、両神山の報告の前に、中国整体の先生から多摩川の夕日スポットを教えてもらいましたので、その写真を何枚か掲載します。058.gif
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 場所は東急目黒線の多摩川駅です。大井町から大井町線に乗って大岡山まで行き、目黒線に乗り換えます。駅から橋のほうへ歩いていき、橋を渡らずに多摩川沿いに遡っていきます。橋から10分ぐらい歩くと右手に子どもたちが野球をしているグランドが現れます。その川岸から夕日を見ることができるというのです。近くの公園にキンモクセイの花がたくさん咲いていました(10月12日(土)に撮影)。
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 「月の昇りに日の降り」という言葉がありますが、この日は半月が出ていました。
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 比較的広い河原を男女が歩いていましたが、その河原まで降りてしまうと「日の降り」がよく見えません。
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 この河原からもう少し、ほんの1~2分歩いてグラウンドを背にしたところがベストポジションのようです。
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 ベストポジションと言いましても、夕日は木の中に沈んで行きました。
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 うえの雲から日が降りてきました。
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 何かの眼のようです。
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 太陽は対岸の木の中へと消えていきました。
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 日が沈むと子どもたちは練習を終えて、帰り仕度をしていました。
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 その日は久しぶりに勇才さんに行きました。7月以来3ヵ月ぶりです。最近、TBSの朝ズバにみのもんたが出ていないことに気がつきましたが、次男が窃盗で逮捕されたことにより責任を取って朝ズバを降板したということをS藤さんに昨日教えていただきました。勇才さんを訪れた時にも、「権力に対して言いたいことを言って、握りつぶされた典型がみのもんただ。」とおっしゃっていたことを思い出しました。一旦、当局側に目をつけられると足元をすくうために家族を含めて全員が監視されて、その顛末がみのもんたの次男逮捕からみのもんた自身の番組降板だったというのが勇才さんの解釈です。この次男の逮捕のきっかけになった事件に近いことをおそらくは多くの人がやっているに違いないが、大きな犯罪ではなく不起訴処分程度のものであっても、吊るし上げられて口を封じられると勇才さんはお話していました。写真は茶碗蒸しと刈穂。
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 ピリ辛の揚げ出し豆腐。
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 まんさくの花、別誂(べつあつらえ)。
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 三百年の掟破りとスミイカ。
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 焼き鯖。
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 繁桝。
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 生牡蠣。
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 龍力。
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 東力士。
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 獺祭、最近は手に入りにくいとおっしゃっていました。
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 焼いた鯛。
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 鯛の刺身。
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 鯛のあら汁。
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 栗ご飯。
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 カレーライス。
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 40年前、学生時代の勇才さんのお写真を見せていただきました。頭に髪の毛がしっかりと乗っています。そう言えば、つい最近、現在の髪型とは全く違う写真をガイド証に使っている人がいたような気がします。037.gif
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 そして、次のお休みの日、大井町の名店「じゃんけんぽん」で常連さん限定のメニューを出していただきました。これからお見せする写真の料理はすべて右側の男性が作りました。普通の人に見えますが周囲からは変態と呼ばれているので、私は変態シェフと命名しました。「じゃんけんぽん」は変態シェフと変人シェフの二人の変わり者料理人が客として出入りしているお店です。037.gif
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 まずは前菜です。これはイベリコ豚です。
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 パンとレバーペースト。
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 ポルチーニ。
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 名前を忘れてしまいました。鶏肉の料理です。
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 今日のメインディッシュは牛タンのシチューでした。どれもおいしいのですが、この料理が一番美味しかったです。牛タンは特にタン元の柔らかい部分を使っているとのことでした。038.gif038.gif038.gif
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 牛肉のしゃぶしゃぶも出ました。
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 普段、肉を食べたことがないような喜びようです。037.gif
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 美紀おばちゃんと洋子おばちゃん。顔に自信がないためか、二人ともピースをして顔を隠しています。また二人ともお利口でない犬の飼い主で、そういう犬の飼い主はろくな人がいません。037.gif
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 相変わらず人相が悪い近藤さん。髪が少ないことを坊主頭にしてゴマかしています。041.gif
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 後ろの男性は石井ちゃんの職場の方のご子息で学生さんだそうです。年老いた女王は若い男性の手をずっと握っていました。年をとるとみさかいがなくなり、みっともないですね。041.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 明治の元勲伊藤博文は、現在は夏目漱石に変わりましたが、戦後長いあいだ「千円札」の肖像に使われていましたので、何となく親近感がわきます。

 彼は長州藩の足軽の子として生まれましたが、吉田松陰の松下村塾に学び、はじめ木戸孝允に従って尊王攘夷の運動に奔走しました。文久2年(1862年)、藩から外国の軍備を探る密命を受け、井上馨ら青年5人でイギリスに密航、ロンドンに留学しました。彼の尊王攘夷の思想が、外国の生活文化を見聞するに従い、幕府打倒、開国の思想に変わっていったのは当然でしょう。

 たまたまロンドンで、日本の長州藩を攻撃するため、米英仏蘭の四国連合艦隊が出発するニュースを耳にしました。彼は驚き、あわてて帰国し、藩に外国の事情を説明し、四国との和解を説得し、危機を救いました。

 その後彼は、高杉晋作の下で倒幕運動に参加し、明治新政府の樹立とともに、外国事務局判事になりました。明治4年(1871年)、岩倉大使の随員副使として欧米を視察、明治14年(1881年)には、憲法制定の準備で再度外遊しました。

 外国通である彼は、木戸孝允や大久保利通などの重臣が次々亡くなったこともあって、次第に政府の中心的人物となり、明治18年(1885年)には内閣制度を作って、ついに初代総理大臣になりました。帝国憲法を制定したのも彼の業績の1つでしょう。

日露戦争後、初代朝鮮総監となり朝鮮併合の基礎をつくりましたが、明治42年(1909年)に辞職し、枢密院議長として満州視察と日露関係改善のため満州に向かいました。その年の10月26日、ハルビン駅、朝鮮人の愛国主義者・安重根によってピストルで撃たれ亡くなりました。68歳でした。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 10月25日(土)~26日(日)、山旅クラブで両神山へ行ってきました。いつものように、いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 山に行くのは9月2回目の3連休に行った五竜岳以来、1ヵ月ぶりでした。しかも土曜日は明け方に関東の南海上を通過することが予測されており、待ち合わせの場所に行けるのかも心配でした。
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 午後には台風は抜けて、西武池袋線に乗って終点の西武秩父まで行きました。いつものようにトミーさんが乗り心地抜群のリムジンを駅前に配車してくれて、本日の宿、国民宿舎両神荘へと向かいました。今日は年老いた女王様たちは一人もおらず、お客はいい歳、りょうちゃんだけでした。038.gif
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 両神荘に到着し、すぐに入浴を済ませて、夕飯にありつきました。
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 11月3日はふるさとまつりで両神荘に小柳ルミ子が来たようです。
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 翌朝、7時に朝食を食べて、8時に両神荘を出発しました。山に来たほうがよく眠れる感じです。今日は白井差登山口から山頂を目指します。この白井差登山口からは山中さんという方の個人の所有地であるらしく、昭文社の地図にも「駐車スペースは少ない、事前に山中宅へ電話すること」「白井差~両神山頂までのこのルートは入山規制が行われている。入山の祭は事前予約、環境整備料として1000円が必要。問合せ先:山中豊彦 TEL ○○○○-○○○-○○○○」と朱書きで書いてあります。トミーさんがおっしゃるには、先着30名までしか登山できないとの認識でしたが、私たち2名以外にはクラブツーリズムなど20人以上のパーティーが4つ、山中さん自身も10人ほど連れて登山されていましたし、全員で100名前後の登山者が山中さん宅の登山口から登っていました。写真は山中さんのお宅の前です。
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 その山中さんと記念撮影。トミーさんが撮ってくれました。ザイルの束と安全環をたくさんぶら下げて、胸には山岳救助隊との刺繍が施されておりました。また山中さんの奥さんが登山者に手作りの地図でコースについて丁寧な説明がありました。
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 このコースは沢づたいに、林道~大又~オオドリ河原~水晶坂~ブナ平~夢見平を経て山頂へと至るルートです。写真は林道終点から入山していく山中さんのパーティーです。
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 いくつか木製の橋で沢を渡ります。前日までの台風で水量は多いそうです。また金曜日の台風の真っ只中でも登山を決行したツアー会社があったそうです。山中さんは「ツアー代金を返すのが嫌だったんだろう。」と笑いながらおっしゃっていました。037.gif
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 沢に陽射しがあたり、小さな虹が出ていました。写真には写りませんでした。
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 昇竜ノ滝。
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 オオドリ河原。
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 ブナの樹林帯をしばらくは進みます。
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 山ぶどうがたくさんなっていました。トミーさんはうまいと言っていましたが、酸っぱくて決して美味しいものではありません。
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 標高が上がるに従い、樹々が色づき始めました。
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 ブナ平の立派なブナの木。
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 台風一過の青空の下で、緑や黄色の葉が陽射しをあびて、輝いていました。
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 表参道の下にあるのぞき岩がチラチラと見え始めました。緑と赤や黄色の紅葉のパッチワークがとてもきれいです。
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 向こうのほうに目をやると武甲山も見えます。
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 遠くで見るときれいな紅葉も、まじかで見るとシミがあってそんなにきれいではありません。おばさんにも紅葉みたいな人をよく見かけます。037.gif
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 しかし遠目で見るととてもきれいです。
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 この真っ赤な紅葉はヤシオツツジの紅葉だそうです。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 紅葉を楽しみながら、山頂まであと100 mというところまで来ました。
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 ちょっとした鎖場を上がって、山頂です。標高1723 m。歩き始めてから3時間ほどで山頂に到着しました。午前11時30分。
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 トミーさんと記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山72座目になりました。
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 山頂は10人程度で一杯になるスペースです。最も高い場所から撮った写真です。
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 富士山も見えました。
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 八丁尾根の方面。
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 とてもいいお天気なので結構山頂部に長くいました。12時10分に下山を開始。表参道からの登山客も加わり、鎖場も渋滞してきました。山中さんも鎖場の途中にいらっしゃいました。しかしながら、山中さんのパーティーの大半の方は鎖場の手前の分岐あたりで待機しており、山中さんが「もうこれ以上は行けません。」と連絡されていました。こんなにいい天気にもかかわらず、目前の山頂を踏むことなく下山ということは、メンバーの足色を見て鎖場を登るには危険であるとの厳しい判断をしたのではないかとトミーさんは推測していました。
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 登ってきた道を下っていきます。紅葉のパッチワークののぞき岩、12時40分。
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 夢見平~ブナ平、13時00分。午後は光の加減が変わって、朝とは紅葉が変化して見えました。
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 狭くなっているところをゴルジュというそうです。
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 教科書に出てくるような地層。
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 昇龍ノ滝、14時00分。
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 14時10分過ぎに山中さんのお宅に戻ってきました。手作りの地図を奥様にお返し、入山料の1000円を支払うと、両神山のバッチをくれました。
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 ふたたびトミーさんのリムジンに乗って、薬師の湯で入浴して、東京まで帰ってきました。
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 車窓から見た武甲山。 
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は石鎚山・剣山・大山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-11-05 18:10 | 両神山