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北アルプスに響く歌声とともに、第100回あづみ野歌声喫茶

登山
旅行・地域
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 今年も残すところわずかになりました。11月に行った歌声喫茶の報告をします。2013年11月17日(日)、第100回あづみ野うたごえ喫茶に行ってきました。特急あずさ号に乗り、松本まで行き、そこから大糸線に乗り換えて穂高駅まで向かいます。
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 車窓から見た白峰三山。
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 甲斐駒ケ岳も見えました。
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 大糸線の車窓から見た常念岳。
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 穂高駅には12時46分に着きました。前回のうたごえ喫茶をに参加したのは1年以上も前のことでした。今回もこのお店でお昼ご飯を食べました。
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 1日10食限定のトンテキ定食を食べました。
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 穂高神社ではそば祭りをやっていました。
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 ゆるキャラが神社内を練り歩いていました。
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 安曇野の野菜をたくさん積んだ山車。
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 嬉しいことに日本酒の試飲会もやっていました。歌う前に一杯飲んでしまいました。
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 このどぶろくが一番美味しかったです。
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 一杯やったところで、会場のホワイトトークハウスに向かいました。
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 少し早めに会場に行ったつもりでしたが、記念すべき第100回目ということもあり、会場はほぼ満席状態でした。80名以上の方が参加されていたそうです。
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 オープニングはいつものようにテーマソング「さあ みんなで 歌おう」から始まります。この歌の作詞作曲者はあづみ野うたごえ喫茶の生みの親、大森隆さんで既に故人となっています。現在は奥様、息子さんが遺志を引き継いで、ついに第100回を迎えています。038.gif
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 その記念すべき第100回あづみ野うたごえ喫茶にオペレ歌手の向野由美子さんが特別ゲストとして招かれていました。
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(Time To Say Goodbye)


(お菓子と娘)


(喝采/ちあきなおみ)
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 約3時間にわたって繰り広げられた第100回あづみ野うたごえ喫茶は無事に閉幕し、東京までの長い長い家路につきました。東の空には満月が浮かんでいました。072.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 ”碁”が日本に伝来したのは、正倉院の御物に、豪華な碁盤と碁笥(ごけ)があるところから、奈良時代と見られています。『源氏物語』にも出てきますが、平安時代はまだ貴族の人たちに限られていました。室町から戦国時代にかけては武士と僧侶の間に普及し、江戸時代に入って、庶民のものになりました。

 江戸時代は、歴代“碁”を保護し、本因坊、井上、安井、林の四家を家元に任じ、五百石の知行を与えて、諸制度の整備をはからせました。毎年1回、11月17日を将軍上覧の「御城碁」と決めて、四家を争わせ、技を競わせました。そしてその勝者を“名人碁所”の地位につけました。名人とは九段の意味で、手合制として七段上手に向先、八段準名人に向
先で打つ資格です。碁所というのは、棋界の統括をする職名です。

 したがって“名人碁所”とは、将軍の碁の指南役であり、御城碁の采配、段位の認定、免状の発行など、碁に関するすべてをとりしきる、最高栄誉、尊称と富を集める最高の役職でした。その意味では江戸時代の囲碁史は、“名人碁所”をめぐる棋院四家の抗争史であったといえます。

 初代“名人碁所”も就任し、その制度の基礎を築きあげたのは、本因坊一世算砂です。算砂は、京都寂光寺の僧侶で、その住居としている塔頭名をとって本因坊を名乗りました。ちなみにに、今日まで正式に名人の地位についた人は、本因坊家では一世算砂、四世道策、五世道知、九世察元、一二世丈和、一九世秀策、二一世秀哉の7人。井上家は元祖中村道碩、四世因碩の2人。安井家は二世算和の一人。合計10人だけで、林家からは一人も名人が出ていません。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 12月の韓国岳・高千穂峰・開聞岳以来、山歩きには出かけておりません。毎年のことですが年末年始は朝日と夕日を見に出かけています。出かけると言いましても遠方へ出かけるわけではありません。朝日は住んでいる品川区内の城南島海浜公園で、夕日はおもにJR海浜幕張駅の幕張海浜公園に見に出かけます。11月から翌年の2月にかけて、冬の晴天率は関東が群を抜いています。関東の沿岸で見る冬の朝焼け、夕景を何枚か掲載します。058.gif
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 11月16日(土)歌声喫茶の前日に幕張海浜公園に出かけました。夕日を見るためです。写真は堤防のはしから見た夕日です。前に夕日を見ている若い女性がシルエットになっています。シルエットでみると誰でも美しく見えます。041.gif
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 この日は雲が多くて、雲の中に太陽が沈んで行きました。
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 振り返ると東の空には月が浮かんでいました。
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 12月7日(土)同じく幕張海浜公園に行きました。砂浜には2つの堤防があり、今日は南側の堤防越しに夕日を見ることにしました。写真は堤防の先端に家族連れが向かっているところです。
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 この日も雲の中に太陽が沈んで行きました。
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 海にたくさんの渡り鳥が浮かんでいました。
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 あきらめて砂浜を歩いて帰ろうとしていると、雲の下から太陽が再び現れました。
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 12月14日(土)、この日の幕張海浜公園は雲がなく、山の稜線に沈んで行きました。
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 12月21日(土)、雲の切れ間から太陽が落ちるように沈んていき、雲に反射して、空が燃えるようでした。
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 12月28日(土)、12月は毎週土曜日4週連続で幕張海浜公園に来ることになりました。この日も南側の堤防越しに見ることにしました。若い女性が堤防の上を歩いています。堤防から落ちるところを写真に撮りたいと思いました。041.gif
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 今日は富士山もきれいに見えました。
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 朝日は城南島海浜公園に見に行きます。城南島海浜公園に行くにはバスしかありませんが、早朝は動いていないのでタクシーか徒歩になります。タクシーで行く場合は大井町駅から約20分で城南島海浜公園の正門にたどり着くことができます。徒歩だと、いい歳、りょうちゃんの足で約2時間かかります。
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 毎年、元旦は初日の出を見るため多くの人が城南島海浜公園の浜辺を訪れます。しかしながら、元旦以外はほとんど人がおりません。浜辺は通常は施錠されていて入ることができませんが、管理人のおじさんによっては、元旦以外の日でも開けてくれ入ることができます。写真は12月14日(土)の様子。人が一人もいません。
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 船で漁をしている人がいました(12月28日)。
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 朝焼けに染まる羽田空港。
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 東京湾は大きな船が行き交います。
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 12月30日(月)も初日の出の下見に行きました。とてもいい写真を撮ることができ、T中さんから「初日の出を見に行かなくても、もうこれでいいじゃないですか!」と言われてしまいました。037.gif
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 このおじさんは海に向かって歌を歌っていました。037.gif
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 朝日を見る男女のシルエット。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
元旦は初日の出を見に行きます060.gif

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by ryott-ryott | 2013-12-31 10:42 | 第100回あづみ野うたごえ喫茶

いい歳りょうちゃん、九州の日本百名山完全踏破、南国の百名山を行く

登山
旅行・地域
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 11月30日(土)~12月2日(月)、トラベルギャラリーで韓国岳・高千穂峰・開聞岳に行ってきました。まず初日は飛行機で鹿児島空港まで行き、霧島山に登りました。JALの搭乗口の近くには握り寿司のカウンターがありました。結構美味しそうなものもたくさん売っており、カレー、そば、ラーメンしかないANAの搭乗口とはエライ違いです。ANAにも見習ってもらいたいです。037.gif
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 天気もよく飛行機の中からは富士山、北アルプス、南アルプスが見えました。写真は南アルプスのようです。
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 鹿児島空港には足湯がありました。
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 鹿児島空港から霧島が冠雪していることがわかりました。ここ数日、寒気が入って高い山には雪が降ったようです。霧島山は鹿児島県と宮崎県の火山一帯を指しており、標高が最も高い場所が日本百名山として選ばれています。また山頂から遠く韓国を望めるというウワサから韓国岳という別名もついています。実際には韓国を見ることはできません。日本百名山で名前に「山」と「岳」の2つが付けられているのはこの霧島くらいでしょう。
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 バスの中で羽田空港のJALのほうで買ったお昼ご飯を食べて、これから日本百名山の霧島山に登ります。
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 登山道の両側には雪がしっかりと残っています。
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 登っていくに従い、雪も増えて、ついに軽アイゼンを付けるようにとの指示がありました。
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 軽アイゼンを装着した場所から見た白鳥山と白紫池、六観音御池。大阪から来たおばさんのお一人が軽アイゼンを自分で装着することができず、ガイドさんと添乗員さんに手伝ってもらって10分以上もかかって、ようやく軽アイゼンをつけることができました。その間、他の人たちは待たされていたわけですが、暑がりのいい歳、りょうちゃんもさすがに寒く感じ、中間着を着てしまいました。痩せている他の人たちはもっと寒く感じたにちがいありません。もし荒天時に10分以上も待たされていたら、いい歳、りょうちゃん以外の脂肪のない人たちはおそらく低体温症で死んでしまっていたことでしょう。軽アイゼンに限らず、身につけるものは自分の手で速やかに装着できるようにしておかなければならないと思いました。他人に付けてもらうような人は山に登る資格はありません。な~んて。041.gif
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 木が真っ白に雪化粧しています。
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 五合目から見た白鳥山方面。
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 五合目から見た山頂方面。人が降りてくるのが見えました。
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 霧島山五合目。天気もよく、多くの人が登山を楽しんでいました。
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 7合目を過ぎて、有名な大浪池が見えました。
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 山頂が間近に迫ったところで、あんなに天気がよかったのに、空は鈍色の雲に覆われてしまいました。
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 大浪池の表面が風でさざ波がたっています。そのくらい風があり、寒い登山でした。
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 山頂にたくさん人が集まっています。
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 山頂で記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山75座目になりました。この霧島山登頂で九州の日本百名山はすべて山頂を踏破したことになります。曇って展望もないので写真撮影後はさっさと下山しました。今年の登山は「展望なしのさっさと下山」がとても多かったと思います。
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 エビの尻尾。これだけを見ていると「雪の富士山に来ています!」と言ってもわかりません。
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 皮肉なことに下山を開始すると日が差してきました。今年は下山をすると日が差してくるパターンもたくさん経験しました。
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 正面に見えるのは硫黄山。
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 登山口まで降りてきました。ピストン往復で所要時間は3時間15分でした。
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 今日の宿は「ホテル霧島キャッスル」でした。トラベルギャラリーにしてはいいほうです。
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 玄関にはいも焼酎がたくさん置いてありました。夕飯後は男性陣の部屋にガイドさんと添乗員さんが来て、国分酒造の焼酎を飲みました。本来ならば、倉持さんが添乗員としてくる予定でしたが、ガイド研修を受講するため、池田さんが添乗員として同行しました。倉持さんは60歳を目前にしてガイドの資格取得を目指しているようです。この池田さんという方は、たった一人でいわくつきの場所に行くことがお好きなようであり、武田信玄が花魁(おいらん)たちを淵に沈めたという花魁淵に行ったときに、花魁の幽霊たちに手足をつかまれたという体験談や、ご自宅に赤い着物を着た女性の幽霊が出てたために、同じ赤い着物を買ってきて燃やして、その灰を川に流して供養したところ、幽霊が出なくなったという、いわゆる怪談をお話してくださいました。倉持さんではこのような怪談を話してくれることはなかったでしょう。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 気球のゴンドラに人間が乗り、気象観測の機器をつめこんで、人類初の高層気象の観測に成功したのは、1784年11月30日のことでした。アメリカ人医師ジェフリーズ博士が、ロンドンの広場から飛揚したものです。高空の気圧、気温、湿度、風速など、高層気象の観測が、世界各国とも、この気球を利用するようになったのは、このとき以来です。

 気象衛星が打ち上げられ、雲の流れがテレビの画面でみられるような世の中になっても、“ラジオゾンデ”と呼ばれる、係留気球による、定点・定時の無線電波による無人気象情報の送信は、現在でも絶え間なく続けられています。では、このへんで私たちの生活に役立っている気球の歴史をふりかえってみましょう。

 世界最初の熱気球は、1783年11月、フランスのモンゴルフィエ兄弟の手によってベルサイユの広場からあげられました。人間のかわりに、アヒル、ヒツジなど小動物を吊り籠に入れて実験しましたが、無事成功しました。それから1ヵ月後、同じフランス人ピアートル・ド・ロージュ(2年後気球の事故で死亡します)が、この兄弟の気球を使って大空にあがりました。翌年、水素気球ができました。

 1785年1月7日、ジャン・ピエール・ブランシャール(フランス人)と、ジョン・ジェフリーズ(アメリカ人)博士の二人が水素気球を使ってドーバー海峡の横断に成功しました。1870年、プロイセン・フランス戦争中には、包囲されたパリから、内務大臣ガンベッタが、気球で脱出する一幕もあって話題になりました。

 最近、熱気球は若者のスポーツとして愛好され、国際大会が開催されるほど発展しています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 2日目、12月1日(日)は高千穂峰に登りました。午前7時30分にホテルを出発し、バスで登山口に向かいました。高千穂峰は坂本龍馬が妻お龍さんと新婚旅行で登山した山です。山頂には龍馬とお龍が引き抜いたという青銅の剣が祀られています。
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 この登山口から山頂を目指します。
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 ムラサキシキブ。
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 山頂まで火山灰のザレ場が延々と続きます。火山灰が靴の中に入ってしまうのでスパッツを付けての登山となりました。昨日軽アイゼンを自分で着けられなかったおばちゃんはスパッツは着けることができたようです。041.gif
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 このザレ場はうまく足を置かないと、ズルズルと後退し、とても登りにくい山でした。雪山よりはだいぶマシではあります。
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 火山灰のザレ場ではなく、なるべく岩場を選んで登ります。
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 お鉢のフチまで登り、高千穂峰の山頂が見えました。
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 お鉢の中。落ちたら、アリ地獄のように這い上がれないと思います。
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 他の登山者もザレ場を次々と登ってきて、中高年の私たちを抜かしていきました。
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 昔、この場所に霧島神宮があったそうです。大噴火により炎上し、現在の場所に移転しました。
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 もう少しで山頂です。
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 山頂に到着。坂本龍馬夫妻が引き抜いたとされる青銅の剣は周囲に柵が設けられており、近づくことができませんでした。
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 風が強かったので、記念撮影後はまたもやさっさと下山しました。
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 下山時にお鉢全体が見えました。
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 約3分の1のお鉢めぐりをして馬の背を歩いて、お鉢のフチに向かいます。
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 写真に写っている向こうの山並みの黒い部分は雲の影です。
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 お鉢のフチまで戻ってきました。
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 ここから一気に火山灰のザレ場を駆け下りていきます。スパッツの本領発揮です。かかとから踏み込むとザクザクと火山灰の上を滑り出し、もう止まることはありません。30分分かけて登った火山灰のザレ場を8分で駆け下りてしまいました。池田さんによると、富士山の須走は世界遺産に指定されてから立ち入り禁止になってしまったそうです。これからは、須走を体験するには高千穂峰まで来るしか方法はありません。
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 霧島神宮古宮跡。
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 近くのホテルでお昼ご飯を食べたあと、霧島神宮に立ち寄りました。紅葉が見事でした。
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 御朱印をもらいました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 最終日、12月2日(月)は日本百名山の開聞岳に登ります。いい歳、りょうちゃんは2010年11月に3座目に既に登っているため、百名山の数の更新はありません。写真はホテルのベレンダから見た錦江湾で、対岸の大隅半島から朝日がまさに昇ろうとしていました。鹿児島の日の出時刻は東京に比べると遅くなります。
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 3年前と同じく、ツアブキの花がたくさん咲いていました。そして朝日を見て、今日もいい天気だと誰もが信じていましたが、登山口のふれあい広場に到着した途端、大粒の雨が降りだしました。降り止む様子もなく、ザックの奥深くにしまっていた雨具を取り出しました。開聞岳は既に登っているので、バスでお留守番をしようかと思いました。041.gif
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 雨雲で開聞岳山頂部は全く見えません。
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 ふれあい広場の登山口は2合目になります。
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 ガイドさんによると開聞岳のある指宿市の年間の平均気温は19 ℃だそうで、雨具を来て登っていると熱くて熱中症になるかと思いました。5合目まで登ってきた時に雨が止んできたので、雨具を脱いでしまいました。写真は5合目から見た長崎鼻です。
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 7合目を過ぎると、足元は岩場が多くなってきます。
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 8合目をすぎたあたりから見た風景。開聞岳は周回しながら登っていくため5合目とは全く景色が違います。
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 9合目の手前で唯一の梯子とロープが出てきます。
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 登山口から登り始めて約3時間30分、山頂に到着しました。いい歳、りょうちゃん、2回目の開聞岳登頂になりました。同じ日本百名山に登ったのは、谷川岳、筑波山、剱岳、剣山と今回の開聞岳が5回目なので、通算で数えると日本百名山は80回目になりました。
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 山頂から見た池田湖。オオウナギが生息しています。
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 山頂から見た長崎鼻。開聞岳の山頂は半分が樹林があるため、180°の展望しか得られません。
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 山頂でお弁当を食べて、さっさと下山です。
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 ところどころ紅葉がありましたが、ほとんどは常緑樹です。
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 仙人洞。
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 得体の知れないキノコがたくさんありました。食べることはできないでしょう。037.gif
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 13時40分に登山口に戻ってきました。
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 すっかり雨も上がり、朝見ることができなかった開聞岳全容をふれあい広場から見ることができました。
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 近くの「レジャーセンターかいもん」で入浴を済ませました。330円。しかしながらシャンプーなどの備え付けはなく、風呂から上がっても缶ピールの販売もありませんでした。068.gif
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 「レジャーセンターかいもん」の前の砂浜から見た開聞岳。
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 池田湖から見た開聞岳。
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 これで2013年の山行はすべて終了しました。今年登った日本百名山は2回目も含めて全部で26座、日本百名山以外の山は12の山頂を踏みました。出かけて行って山頂を踏むことができなかったのは蔵王と鼻曲山の2つだけで、まあ上出来の1年だったと思います。これもすべてトミーさん、倉持さん、白砂さん、歩みの会、一緒に山行を共にした皆さんのおかげです。来年もどうぞよろしくお願いします。それでは皆さん、よいお年をお迎えください。038.gif038.gif038.gif060.gif


新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 

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by ryott-ryott | 2013-12-15 11:26 | 霧島山・高千穂峰・開聞岳