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雪國・東京から山形・赤湯へ、日本酒酒蔵見学「中沖酒造」

登山
旅行・地域
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 昨年の12月2日に開聞岳に登って以来、2ヵ月半も山歩きには出かけておりません。今年で山登りを初めて4年目になりましたが、こんなに長いブランクは初めてです。山歩きに出かけないと、写真を撮ることもあまりなくて、ブログを更新する回数も減少気味です。最近は手頃に行ける大田区の城南島海浜公園に日の出を撮りに、千葉県美浜区の幕張海浜公園に夕景を撮りに行くことはすでに報告したとおりです。
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 先日の1月13日の成人の日の朝に撮った写真がFacebookの「空の写真館」にシャアされました。024.gif
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 その後も天気がよいときを見計らって、城南島海浜公園に出かけていきます。夕景に比べると、日の出は東の空を見れば、日の出を見れるかどうかは大体判断できます。空がきれいな朝焼けに染まっていれば、ほぼ見ることができます。日の出時刻の30分前になっても空が朝焼けに染まらず暗い朝であれば、曇で見ることができません。それに対して、夕日は、日中よく晴れていても、日没の直前に雲が広がって夕日を見ることができないことはよくあります。夕日は現場に行って、その直前まで見れるかどうかわからないというのが正直なところです。
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 写真は1月18日(土)、幕張海浜公園での夕景です。日中よく晴れて、丹沢山系の稜線に沈む夕日が見れるだろうと思い、出かけましたが、残念なことに下に待ち構えていた雲の中に沈んで行きました。
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 1月25日(土)、東の空が朝焼けに染まっていたので、城南島海浜公園に出かけました。この日は水平線上に太陽1つ分くらいの鈍色の雲が広がっており、鈍色の雲の中にうっすらと太陽の姿が見えました。
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 太陽が徐々に雲の中から姿を現しました。
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 この日は対岸の工場群の煙突は鈍色の雲の中に隠れて見えず、船の航行があまりなく、殺風景な日の出です。
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 そして上空にも雲が待ち構えており、その雲の中へと入っていきました。
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 翌週の2月1日(土)、この日も朝焼けにつられて、城南島海浜公園へと出かけました。しかしながら、先週よりも分厚い鈍色の雲がベッタリと水平線上に広がっており、太陽が見える空間は、わずかな隙間しかあいていませんでした。まるで雲に空いた窓から太陽を見ているようです。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

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 2月8日(土)、積雪20 cm、東京は45年ぶりの大雪となりました。
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 大井町阪急前の平和の女神像、本当に雪化粧をしています。
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 下神明駅前のタコ公園。
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 折角なので文庫の森公園、戸越公園にも行きました。文庫の森公園も真っ白です。
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 子どもたちが雪だるまを作っていました。
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 文庫の森公園の池、寒いのに結構人が遊びに来ています。
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 戸越公園の北口正門。
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 戸越公園も子どもが雪だるまを作っていました。
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 桜の木に雪の白い花が咲いていました。
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 戸越公園の池にばあさんがパンを投げ入れており、それにカモが群がっていました。
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 品川中央公園にも行きました。となりのトトロの雪だるまがありました。
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 強風でくそ寒いのに、雪合戦をしている若者がいました。暑がりのいい歳、りょうちゃんも寒さに耐え兼ねて、そうそうに帰宅しました。
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(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(NHK日本名曲アルバム/銀色の道)


(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

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 2月9日(日)は年に一度の酒蔵見学がありました。今回は山形県赤湯にある中沖酒造です。「一献」で有名な酒蔵です。前日の大雪の影響で、新幹線は遅れ気味でした。新幹線は予定の時刻を23分遅れて東京駅を発車、大宮から乗車する山仲間の小澤さんも在来線が遅れて、乗るべき新幹線にあわや乗れなくなるところでした。
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 関東は徐々に雲が切れて、青空がのぞき始めていました。写真は新幹線の車窓から見た男体山。
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 那須連峰も見えました。
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 新幹線に乗ること約2時間半で、山形県の赤湯駅につきました。こちらは本当の雪國です。山形県の降雪量を見れば、東京の雪なんか大したことはありません。037.gif
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 山形県のハトバス、やまばと観光ハイヤーに乗って、中沖酒造へ向かいました。
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 約20分で山沖酒造に到着しました。
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 試飲するお酒が用意されていました。早く飲みたいところですが、その前にお酒の製造工程の見学があります。
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 中沖酒造の説明をする社長と若社長。
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 お米を洗米しているところです。
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 この蒸し器で最大700 kgの酒米を蒸すことができます。
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 麹室。この上で麹米を熟成させます。麹菌がコメの中心部に浸透するに従い、酵母が生成するそうです。
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 麹米。温度管理が非常に重要だとおっしゃっていました。
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 酒母を作る部屋で、分析もしているそうです。アルコール度数は密度の測定により、酸度は中和滴定により測定します。りょうちゃんにもできそうです。
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 熱心に若社長の説明を聞く小澤さん。しかし、早くお酒を飲みたくで、心中おだやかではありません。037.gif
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 仕込みの容器の上に登り、発酵中のお酒を飲ませてもらいました。
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 長い説明は終わり、ようやく「一献」を試飲します。
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 これは南極の氷で南極観測隊から譲り受けたそうです。南極の氷は雪が何万年も積もって出来たものであり、氷に含まれている気体は何万年も前の太古の地球の空気であるとのことです。夏にこの南極の氷を日本酒に浮かべて飲む企画があり、太古の地球の空気を日本酒に溶かして飲むと宣伝されていました。
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 西山さんと社長、若社長の記念撮影。
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 見学と試飲が終了し、近くの三桝屋さんで昼食をとりながら、再び試飲をしました。
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 最後にワイナリーにも立ち寄り、ワインもいただきました。相当に日本酒を飲んだので、ワインが新鮮に感じられ、美味しかったです。
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 たっぷり日本酒を飲んで、東京へ帰ってきました。
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本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

 

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by ryott-ryott | 2014-02-11 15:48 | 酒蔵見学、中沖酒造 | Comments(2)