<   2014年 04月 ( 1 )   > この月の画像一覧

今年も新宿御苑に桜を見に行きました

登山
旅行・地域
b0190242_11501630.jpg


 4月も終わろうとしています。久しぶりにブログを更新します。まだ山には出かけていません。最近、生協の宅配、パルシステムを始めました。パルシステムは食料品だけでなく、本やCD、服、靴、花などいろいろなものが売っていますね。花や植木の中に、スズメウリというツル科の植物が売られており、成長すると緑のカーテンになって、暑さ対策になると書いてあったので、早速買いました。写真は届いたスズメウリの苗です。
b0190242_11505219.jpg

 プランタに植え替えました。夏に花が咲き、秋には2~3 cmの実をつけるそうです。実も緑から黄色、赤へと色付き、とてもキレイだそうです。このブログでもときどき成長日記を報告することにします。ただし、スズメウリの実は毒があるため、食べられないそうです。
b0190242_11511431.jpg

 昨日は久しぶりに勇才さんに行きました。勇才さんは昨日は予定外の釣りに行き、東京湾でアジを100匹も釣ったそうです。アジフライを2枚もいただきました。
b0190242_11514837.jpg

 勇才さんに行くと必ず時事問題の話しを聞かせてもらいます。4月23日にアメリカ大統領が来て、日本にTPPを妥結するように迫りましたが、妥結しなかったことについて、勇才さんは本当によかったとおっしゃっていました。このTPPの裏にはアメリカ企業のたくらみが隠れており、そのことについては一切報道されていないというのです。TPPにもし妥結すると、アメリカ企業が遺伝子組み換えでつくった稲を日本人は買わされ、食べさせられるだけでなく、その後、日本がアメリカ企業のつくった稲を買わないと言った場合には、日本国が途方もない賠償金を請求されて、その賠償金はすべて日本国民が収めた税金で支払わされることになるカラクリがあのTPPの中に潜んでいることを、どの報道機関も言わないことに憤りを感じるとともに、アメリカ企業の手先ではないかとおっしゃっていました。アメリカ企業の稲が入ってきたら、日本のおいしいお米はすべて淘汰されてしまうことになり、しかもそのアメリカ企業の稲は、同じ企業が作った農薬を使わないと発芽しないように改良されており、何をやってもアメリカ側に金が行く仕組みになっているとのことです。オバマは、そのアメリカ企業の使い走りとして日本にやってきました。今回TPPが妥結しなかったのは、優秀な日本人がアメリカ側の企みを見抜き、必死にブレーキをかけていたからだそうです。あのTPPにはアメリカの支配階級が日本国を乗っ取るための隠された仕組みが入っており、TPPを絶対に妥結してはいけないというのが勇才さんの意見です。いい歳、りょうちゃんもこの意見に賛同します。
b0190242_11522079.jpg

b0190242_11541385.jpg

 TPPが妥結したら、この高育54号も飲めなくなってしまうでしょう。
b0190242_11524138.jpg

b0190242_1153466.jpg

 TPPが妥結したら、この野菜も食べられなくなってしまうでしょう。
b0190242_11525652.jpg

b0190242_1153202.jpg



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

b0190242_11543825.jpg

 
 いつもこの欄では小学館「一日一話人物歳時記」から引用していますが、今日はこれまで何回か掲載した「村田英雄伝説」を載せます。この村田英雄伝説は2012年10月に九州の日本百名山に行ったときに浦安湯屋のともちゃんから聞いた話を文字に起こしたものです。年末に勇才さんに行ったときに、隣に座っていた年配の女性と歌謡曲の話になり、私が話した「村田英雄伝説」に大変な興味と感動を示して下さいました。再度、村田英雄伝説を掲載します。

 その昔、終生のライバルと言われた二人の浪曲師がいました。村田英雄と三波春夫です。三波春夫は1923年7月19日に現在の新潟県長岡市に生まれ、1939年16歳のときに浪曲師としてデビューします。その後、戦況悪化により三波春夫自身も1944年に陸軍に入隊し、満洲へ渡ります。三波春夫は満州で敗戦を迎え、ハバロフスクの捕虜収容所に送られて、4年間のシベリア抑留生活を送ることになりました。1949年に帰国し、浪曲師として再び活躍をはじめます。

 一方、村田英雄は1929年1月17日、現在の福岡県うきは市に生まれ、その後、唐津市へ移り、5歳のときに浪曲師酒井雲に弟子入りします。その後、村田英雄は13歳で真打に昇進し、14歳で酒井雲坊一座の座長も務め、九州の地方公演で活躍を続けます。
二人の浪曲師、三波春夫と村田英雄は浪曲の全国大会でたびたび激突することになります。しかし、いつも1位に輝くのは村田英雄であり、三波春夫は常に2番。三波はどうしても村田に勝つことはできませんでした。

 浪曲の世界では村田に勝つことが出来ないと悟った三波は、1957年に芸名を「三波春夫」と改めて、新規一転し歌謡界へとデビューします。するとどうでしょう、出す歌はすべて大ヒット。飛ぶ鳥を落とす勢いです。「お客様は神様です!」という有名なフレーズでも知られる通り、三波の天性の明るさが多くのファンを魅きつけました。

 三波の歌謡界での活躍を見ながら、村田は日本一の浪曲師を夢見て東京へ上京します。そして村田にも転機がやってきます。今や歌謡界のトップにまで上り詰めた三波春夫に歌で勝負できるのは村田しかいないと考えていた人物がいました。その人こそ、あの古賀政男です。古賀政男からの誘いに対して、最初、村田はためらいました。村田はすでに結婚もしており、果たして歌謡界でやっていけるのか迷ったそうです。浪曲の世界では常に自分がトップに君臨し、三波春夫にその座を譲ることがなかった、その三波が今や歌謡界で大活躍していることを目の当たりにし、ついに古賀政男からの歌謡界への誘いを受けることにしました。

 1958年、古賀政男とのコンビで最初に出したのが「無法松の一生」です。しかし、考えていたとおりにはうまくいかないもので、「無法松の一生」はまったくヒットしませんでした。三波春夫とは対照的に、村田英雄はヒット曲には恵まれませんでした。三波春夫が毎年のようにNHK紅白歌合戦でトリを務めているのに、村田英雄は紅白出場すら出来なかったのです。「やはり自分には歌謡界には向いていない、浪曲の世界に戻ろう。」と決心し、歌謡曲の師匠である古賀政男に歌謡界をやめたいと申し出ます。それを聞いた古賀政男は烈火のごとく激昂し、村田英雄を殴り蹴り、破門同然で古賀政男から縁を切られてしまいました。

 村田英雄と古賀政男のやりとりの一部始終を横目で見ていた作曲家がいました。失意の村田に手を差し伸べたのは、美空ひばりの「みだれ髪」でよく知られている船村徹でした。浪曲で鍛え上げた村田の重厚な声は古賀政男の曲調には合わないと、船村は考えていました。その村田に船村から贈った曲があの「王将」(作詞:西条八十)でした。王将は瞬く間に大ヒットします。最終的には300万枚を超え、戦後はじめてのミリオンセラーになったと言われています。しかも、この王将は1961年(昭和36年)と1962年(昭和37年)の2年連続NHK紅白歌合戦で歌われました。この船村徹の「王将」をきっかけに村田英雄は三波春夫と肩を並べる存在になりました。

 歌謡界で成功を収めた村田の公演会に、それを見守るひとりの男性の姿がありました。歌謡界に村田を引き入れた古賀政男です。古賀政男は自分が村田を歌謡界へ誘った責任を感じていたのでしょう。成功した村田の姿を見て、古賀政男は安心して帰って行ったと言います。

(浦安湯屋ともちゃんの「村田英雄伝説」より)

b0190242_11551122.jpg


b0190242_11562279.jpg

 4月5日(土)は桜を見に新宿御苑に行きました。東京駅経由で丸ノ内線に乗って新宿御苑前に行きましたが、東京駅の丸の内南口は多くの人で埋め尽くされており、出口が人の多さで通れなくなっていました。皇居の桜の並木道「乾通り」が公開されており、そちらへ向かう人たちで大混雑していました。桜を見に行く人は皇居のほうに流れるので、新宿御苑は空いているかと思いましたが、こちらも混雑していました。
b0190242_11565386.jpg

b0190242_11572541.jpg

b0190242_1158619.jpg

 スズメバチの巣がありました。新宿御苑に夏は行かないほうがいいようです。
b0190242_11584320.jpg

b0190242_1159145.jpg

 温室にも立ち寄りました。ミッキーマウスの木がありました。
b0190242_11593314.jpg

b0190242_120450.jpg

b0190242_1202965.jpg



(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)
わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(NHK日本名曲アルバム/銀色の道)


(ダーク・ダックス/銀色の道)
銀色の道(作詞:塚田茂、作曲:宮川泰、歌:ダーク・ダックス、ザ・ピーナッツ)


遠い 遠い はるかな道は
冬の嵐が 吹いてるが
谷間の春は 花が咲いてる
ひとり ひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道

ひとりひとり はるかな道は
つらいだろうが がんばろう
苦しい坂も 止まればさがる
続く 続く 明日も続く
銀色の はるかな道

続く 続く はるかな道を
暗い夜空を 迷わずに
ふたりの星よ 照らしておくれ
近い 近い 夜明けは近い
銀色の はるかな道
はるかな道 はるかな道

b0190242_1215991.jpg


 気温も高くなり、雲が出る日も多くなったため、これからの季節は朝日、夕日を見ることができる確率が減っていくことになると思います。写真は3月22日に見に行った幕張海浜公園の夕景です。
b0190242_1225580.jpg

b0190242_1245392.jpg

b0190242_1274253.jpg



本田美奈子/恋のバカンス
作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、歌:ザ・ピーナッツ

ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえに
裸で恋をしよう
人魚のように

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

陽にやけた ほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス

 

b0190242_1283883.jpg

b0190242_129428.jpg

b0190242_1294381.jpg

b0190242_1210647.jpg

b0190242_121272.jpg

b0190242_1213676.jpg

by ryott-ryott | 2014-04-27 12:17 | 新宿御苑