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いい歳、りょうちゃん、休日出勤前夜の鯨飲馬食ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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今週の日曜日も晴れて、6週間連続の晴天になりました。私は今週の日曜日もまた会社へ出勤で、5週間連続で日曜日の大井町湯屋へ行くことができませんでした。休日出勤はいつまで続くのでしょうか。014.gif
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 土曜日の夜は中丸家に御招待されました。中丸さんは大井町湯屋仲間であり、飲み仲間でもあります。お料理を用意していただきましたが、食べること、飲むこと、話すことに夢中になり、写真を撮り忘れてしまいました。037.gif
 3人でお酒をどのくらい飲んだでしょうか。かなりの量のお酒を戴きました。
 食前酒として持参した獺祭のにごり酒は、中丸さんの御主人が栓を開けた途端、お酒が勢いよく噴き出して半分くらいに減ってしまいましたが、その後、お正月に持って行った久保田紅寿がまだ手つかずで取ってあり、3人でその一升を平らげ、さらにお土産に差し上げた角館のお酒もほとんど、なくなってしまいました。
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 お酒をたくさん飲んだので、何を話したかよく覚えていませんが、どうやら中丸さんは私が雨男であると勘違いしているようです。

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昔の大師橋
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 国立公園十和田湖は、いまでこそ風光明媚な景勝地、奥入瀬の渓流と美しい紅葉、神秘な湖とヒメマスの養殖で知られますが、明治38年(1905年)の秋までは、魚一匹棲まない“魔の湖”でした。その十和田湖にヒメマスを放し、湖のほとりでに旅館をたて、道路を改修して交通の便をはかり、案内書をつくって全国に配布し、国立公園指定の働きかけをするなど、生涯をこの十和田湖開発に尽くした恩人とも呼ぶべき功労者がいました。和井内貞行(わいないさだゆき)という人です。
 彼は安政5年(1858年)、秋田県毛馬内町に生まれました。26歳の時、小坂鉱山から十和田鉱山へ転勤になったのが、この湖との出会いでした。

“こんなきれいな湖に、どうして魚がいないのだろう”と疑問を抱き、明治17年(1884年)の秋、自分の月給をさいて、600匹のコイを放流したのが最初の魚との取り組みでした。
 明治17年(1884年)から21年間に、コイ5万匹、マス159万匹、サケ5万匹、フナ、イワナ3000匹という膨大な量の稚魚を放しましたが、思うように魚が育ちません。
 退職金は使い果たし、借金をしながら最後の望みを北海道の“カバチョッポ”に託しました。“カバチョッポ”とはアイヌ語のヒメマスのことです。

 明治38年(1905年)9月、放流3年目にして、ついにヒメマスが大きく育ってもどってきました。彼の伝記の標題『われ幻の魚をみたり』は、このときの感激を表したものだと思います。
 これに自信を得て積極的に十和田湖開発に乗り出したのです。
 大正11年(1922年)5月16日、65歳で亡くなりましたが、その遺骨は十和田湖の神社に祀られ、昭和8年(1933年)、社号は和井内神社と改修されました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)
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(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif
あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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5月29日(土)は麻布十番にある串焼き屋さん『あべちゃん』に行ってきます。024.gif
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今日の日曜日も湯屋に行けませんでしたが、帰宅途中、大師橋から夕焼けを見ることが出来ました。太陽は地平線の雲に隠れてしまい、最後の沈むところまでは見ることはできませんでしたが、夕陽を関東で見るのは久しぶりでした。日曜日は連続6週間の晴天だったそうですが、夕方には雲が垂れこめてきて、夕陽らしい夕陽を見ることができなかったと思います。
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陽が沈むと、西の空に光る三日月が現れました。したがって、今日は旧暦では4月3日です。新月から数えて3日目なので、三日月になります。昔は月を見るだけで日にちがわかるので、太陰暦の方が便利だったかもしれません。

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by ryott-ryott | 2010-05-17 00:15 | おいしい

いい歳、りょうちゃん、吉祥寺へ行くヽ(^o^)丿

グルメ
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今日の大井町湯屋のレッスンは、高島梓インストラクターのエアロでした。ご本人はレッスン前に何度もコリオを確認していました。先週は会社の業務で参加できませんでしたが、3週目の今日の参加者は20名程度。初回に比べるとだいぶ人数が減っていましたが、なかなか考えを凝らしていることを感じました。今後の成長が楽しみです。
そして、レッスン前に参加者へインフォメーションがありました。明日4月21日(水)「銀座プランタン」でセールがあり、10 %ほど商品の値引きがあるそうです。あの有名な田中小夜子さんも販売員としてお店に出ているとのこと。田中小夜子さんほど有名なインストラクターでさえ、販売員をしなければならないということを聞いて少し驚きました。それほど日本の経済状態は疲弊しているのでしょうか。

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いつもの土曜日ですが、今週は会社の業務があり、午前中の大井町湯屋のレッスンには参加できませんでした。会社の業務は、半年に1回、上層部の方の話を聞くというものであり、その後、懇親会がありました。会社に限った事ではありませんが、懇親会の最後に「三本締め」がありました。「タタタン タタタン タタタンタン」を3回手打ちするというものです。実はその前日に、私が所属している会社の部門の懇親会があり、その最後に「一本締め」がありました。その「一本締め」は「タンッ」と手を1回だけクラップするというものでした。三本締めが「タタタン タタタン タタタンタン」を3回手打ちするのだから、一本締めは「タタタン タタタン タタタンタン」を1回手打ちするのが正しいのではないかと思うのですが、何故か、「タンッ」と1回だけクラップするのが定着してしまっています。一本締めは「タンッ」と1回クラップするのではなく、「タタタン タタタン タタタンタン」を1回手打ちするのが正しいのです。
 そう言えば、3月まで火曜日のレッスンを担当していた人気インストラクターの最後のレッスンで、差配師の様な男が前にしゃしゃり出てきて、「一本締め」と称して、ワンクラップする偽物の「一本締め」をしていました。最近の大井町湯屋では無教養な連中が幅を利かせています。

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太平洋戦争当初の連合艦隊司令長官山本五十六元帥は、昭和18年(1943年)4月18日、南太平洋上で敵戦闘機に撃墜され、名誉の戦死を遂げました。55歳でした。

アメリカ軍は、このころすでに日本海軍の暗号電報を解読していましたから、簡単に迎撃できました。山本五十六は気の毒な提督でした。自分の志とはいつも異なる方向に物事が決まってしまいました。

日独同盟も、日米開戦にも反対し、海軍の大艦巨砲主義から航空決戦の時代への移行を主張しても受け容れられず、真珠湾攻撃成功後にすぐに和平提案すべきであることを進言しましたが、これも聞き入れられませんでした。その意味では悲運の提督でしたが、戦後の世界海軍史の中では日本を代表する名提督として、彼の識見、戦略に高い評価が与えられています。

「ヤッテミセ イッテキカセ サセテミテ ホメテヤラネバ 人ハ動カジ」
山本五十六流の人間操縦術は見事だったそうです。

偉くなってからも宴会は賑やかで、酔うと佐世保の町をチャップリンの真似をして歩いたり、芸者をおぶって駈け出したり、茶目っけたっぷりでした。
賭けごとは頭の体操だと言って何でもやりました。「海軍をやめたら、モナコへ行ってバクチ打ちになるんだ」と常々、よく冗談を言っていたそうです。
連合艦隊司令長官室で、平気で好きな芸者に手紙を書いていたのも語り草です。
部下思いも人一倍で、着艦に失敗してオーバーランする飛行機を見て、艦長自ら走り出して止めようと尾翼にしがみついたエピソードなど、枚挙にいとまがありません。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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日曜日は焼酎の試飲会で吉祥寺へ出かけました。昨年までは渋谷の駒場エミナースの会場で行われていましたが、駒場エミナースが会場として使用できなくなってしまったため、今年は吉祥寺の東急インで行われました。
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 会場に向かうため、京浜東北線に乗ると何処からともなく、「りょうちゃん。」との呼び声。同じ車両に春さん、トントンさん、よしえちゃんが乗っていました。そのまま、4名で吉祥寺へと向かいました。
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 吉祥寺に着いて、昼食に「麻辣商人(マーラーショウニン)」で坦々麺を食べました。辛いのが足りない場合は、カウンターに置いてあるラー油や山椒をかけて食べます。この山椒はとても香りがよいのですが、舌が痺れるような辛さでした。
 試飲会会場の東急インのエレベーターの中にいた人が、山椒で舌が痺れたという話をしており、この人たちも麻辣商人で山椒をかけて坦々麺を食べたんだなということがわかりました。

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麻辣商人の店頭
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かき混ぜると辛いタレが絡みます。山椒かけ過ぎは注意、舌が痺れます。
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 試飲会会場は大勢の人で賑わっていました。すべてで32の酒蔵さんが出品していました。端から順番に行こうと思ったのですが、人気の酒蔵はたいへんな人だかり。空いている場所を探して、周って行きました。「不二才」の佐多宗二商店、銀座で飲むと1杯5000円は下らない「佐藤」の佐藤酒造、本来は日本酒が有名な八海山、いつも飲む順番を指導してくれる「春雨」の宮里酒造所、「百年の孤独」「中々」の黒木本店、私が好きな「宝山蒸撰綾紫」の西酒造、「もぐら」「黒さそり」のさつま無双、「道中」の常徳屋、「やきいも黒瀬」の鹿児島酒造などなど。枚挙にいとまがありませんでした。070.gif
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西山さん親子と記念撮影。056.gif
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酔っ払いの方々と。037.gif
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最後は記念撮影ですが、アルコールがまわって、ピンボケになりました。
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八海山の焼酎は、酒粕300 kgを蒸留して、50 Lの「宜有千萬(よろしく千萬あるべし)」をつくっているそうです。また国分酒造の「蔓無源氏」はさつまいもの昔の品種の名前で、わざわざ、その芋を復活させて焼酎をつくっているという話を聞きました。試飲をしながら、酒蔵の人から聞く話がまた勉強になり、いいものです。004.gif

しかし、あっという間に終了時間の16:00になってしまいました。外はまだ日も高く、吉祥寺で有名なハーモニカ横町へ行きました、そして井の頭公園の近くにある有名な焼き鳥屋「いせや」にも行きました。
いせやで焼き鳥をひとしきり食べて、井の頭公園で大道芸を見て、帰ってきました。024.gif

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ハーモニカ横町

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いせや068.gif
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井の頭公園072.gif
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by ryott-ryott | 2010-04-21 00:43 | おいしい

いい歳、りょうちゃん、中丸家新年会訪問ヽ(^o^)丿

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今週の3連休は家でおとなしくしておりました。もちろん湯屋には出かけましたが。土曜日も日曜日もいい天気。11日の成人式の日はあいにくの曇り空。中国整体院の先生は月曜日がお休みなので、いつも月曜日に写真を撮りに行かれるそうです。しかしながら、11日月曜日は厚い雲が垂れこめており、雲の隙間からわずかに日の出の太陽が見えた時間は30秒だったそうです。先生は「仕事の時はいつもいい天気。」と嘆いておられました。037.gifその先生から別府の日の出の写真の構図として、手前の岩を入れて、太陽が地平線に近い方がよいとアドバイスを受けました。冒頭の写真は、そのようになっている写真を選んでみました。058.gif

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日本で最初の実測地図を作った江戸中期の地理学者で測量家の伊能忠敬は1745年1月11日に上総国山辺郡小関町(現在の九十九里町)に生まれました。
18歳の時に下総国佐原村にあった伊能家の婿養子に入りました。伊能家は代々の名主をつとめる名家で酒の醸造を営んでいましたが、負債で没落しかけていました。
忠敬は江戸に薪問屋を開き、米や雑貨の売買にまで手を広げて、その利益で酒造業も再興させます。養子としての仕事を果たすと、長男の影敬にさっさと家督を譲って。勘解由(かげゆ)と名乗り、隠居して江戸にうつりました。
そして若い時から好きであった数学、地理、天文の学問を学ぶために、幕府の天文方・高橋至時(よしとき)のい門下に入りました。このとき忠敬51歳、至時32歳です。
忠敬は西洋の暦法を学ぶ一方で自宅に新式の測量機を備えて天文測量に励み、いつしか有数の測量家として知られるようになりました。

師の至時は、忠敬の測量技術を高く評価し、幕府に推薦して、北辺防備に必要な蝦夷地の南東沿岸の測量に当らせました。忠敬55歳の時です。
その後16年間、忠敬の測量は日本全土に及びました。そして日本全土の測量が完成し、日本全図の地図の作成が行われているとき、忠敬は惜しくも完成を見ることなく文政元年(1818年)4月13日74歳でその生涯を閉じました。
至時の子・高橋景保が、門人たちと忠敬の測量をもとにして「大日本沿海輿地(よち)全図」、「輿地実測録」を完成させたのは忠敬の死後3年目のことでした。

これは日本初の科学的実測地図で現在の地図と比較しても驚くべき正確さだったと言われています。高橋至時と伊野忠敬は日本地図の父と言われています。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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ピエール・オーギュスト・ルノワール(1841-1919)「船遊びをする人たちの昼食」
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今週の土曜日はいつものように奥山エアロと中国整体と大暴れアクアをやりました。そして夕方、湯屋仲間の中丸さんのお宅での鍋パーティーを兼ねた新年会にお誘いいただきました。024.gif
中丸家で用意された鍋以外にも、皆さんが持ち寄った食べ物で食卓がいっぱいになりました。

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トントンさんが持ってきたカニ011.gif
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よしこさんのお母さんが煮た海老芋011.gif
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吉田さんが持ってきたコロッケ
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ベリル・クック(1926-2008)「ロッキャー・タヴァーン」
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ラウル・デュフィ(1877-1953)「木陰の騎乗者たち」
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ジョルジュ・スーラ(1859-1891)「グランド・ジャット島の日曜日の午後」
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ピエール・オーギュスト・ルノワール(1841-1919)「陽光の中の裸婦」
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最後に記念撮影と思ったのですがいつの間にか皆さんご帰宅されていました。037.gif
エドヴァルト・ムンク「叫び」

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by ryott-ryott | 2010-01-17 14:27 | おいしい