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イザナミとイザナギ、神話の百名山を訪ねて、秋天燃ゆる両神山を行く

登山
旅行・地域
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 ブログがなかなか実態に追いつきませんが、両神山の報告の前に、中国整体の先生から多摩川の夕日スポットを教えてもらいましたので、その写真を何枚か掲載します。058.gif
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 場所は東急目黒線の多摩川駅です。大井町から大井町線に乗って大岡山まで行き、目黒線に乗り換えます。駅から橋のほうへ歩いていき、橋を渡らずに多摩川沿いに遡っていきます。橋から10分ぐらい歩くと右手に子どもたちが野球をしているグランドが現れます。その川岸から夕日を見ることができるというのです。近くの公園にキンモクセイの花がたくさん咲いていました(10月12日(土)に撮影)。
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 「月の昇りに日の降り」という言葉がありますが、この日は半月が出ていました。
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 比較的広い河原を男女が歩いていましたが、その河原まで降りてしまうと「日の降り」がよく見えません。
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 この河原からもう少し、ほんの1~2分歩いてグラウンドを背にしたところがベストポジションのようです。
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 ベストポジションと言いましても、夕日は木の中に沈んで行きました。
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 うえの雲から日が降りてきました。
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 何かの眼のようです。
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 太陽は対岸の木の中へと消えていきました。
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 日が沈むと子どもたちは練習を終えて、帰り仕度をしていました。
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 その日は久しぶりに勇才さんに行きました。7月以来3ヵ月ぶりです。最近、TBSの朝ズバにみのもんたが出ていないことに気がつきましたが、次男が窃盗で逮捕されたことにより責任を取って朝ズバを降板したということをS藤さんに昨日教えていただきました。勇才さんを訪れた時にも、「権力に対して言いたいことを言って、握りつぶされた典型がみのもんただ。」とおっしゃっていたことを思い出しました。一旦、当局側に目をつけられると足元をすくうために家族を含めて全員が監視されて、その顛末がみのもんたの次男逮捕からみのもんた自身の番組降板だったというのが勇才さんの解釈です。この次男の逮捕のきっかけになった事件に近いことをおそらくは多くの人がやっているに違いないが、大きな犯罪ではなく不起訴処分程度のものであっても、吊るし上げられて口を封じられると勇才さんはお話していました。写真は茶碗蒸しと刈穂。
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 ピリ辛の揚げ出し豆腐。
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 まんさくの花、別誂(べつあつらえ)。
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 三百年の掟破りとスミイカ。
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 焼き鯖。
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 繁桝。
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 生牡蠣。
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 龍力。
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 東力士。
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 獺祭、最近は手に入りにくいとおっしゃっていました。
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 焼いた鯛。
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 鯛の刺身。
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 鯛のあら汁。
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 栗ご飯。
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 カレーライス。
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 40年前、学生時代の勇才さんのお写真を見せていただきました。頭に髪の毛がしっかりと乗っています。そう言えば、つい最近、現在の髪型とは全く違う写真をガイド証に使っている人がいたような気がします。037.gif
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 そして、次のお休みの日、大井町の名店「じゃんけんぽん」で常連さん限定のメニューを出していただきました。これからお見せする写真の料理はすべて右側の男性が作りました。普通の人に見えますが周囲からは変態と呼ばれているので、私は変態シェフと命名しました。「じゃんけんぽん」は変態シェフと変人シェフの二人の変わり者料理人が客として出入りしているお店です。037.gif
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 まずは前菜です。これはイベリコ豚です。
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 パンとレバーペースト。
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 ポルチーニ。
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 名前を忘れてしまいました。鶏肉の料理です。
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 今日のメインディッシュは牛タンのシチューでした。どれもおいしいのですが、この料理が一番美味しかったです。牛タンは特にタン元の柔らかい部分を使っているとのことでした。038.gif038.gif038.gif
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 牛肉のしゃぶしゃぶも出ました。
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 普段、肉を食べたことがないような喜びようです。037.gif
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 美紀おばちゃんと洋子おばちゃん。顔に自信がないためか、二人ともピースをして顔を隠しています。また二人ともお利口でない犬の飼い主で、そういう犬の飼い主はろくな人がいません。037.gif
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 相変わらず人相が悪い近藤さん。髪が少ないことを坊主頭にしてゴマかしています。041.gif
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 後ろの男性は石井ちゃんの職場の方のご子息で学生さんだそうです。年老いた女王は若い男性の手をずっと握っていました。年をとるとみさかいがなくなり、みっともないですね。041.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 明治の元勲伊藤博文は、現在は夏目漱石に変わりましたが、戦後長いあいだ「千円札」の肖像に使われていましたので、何となく親近感がわきます。

 彼は長州藩の足軽の子として生まれましたが、吉田松陰の松下村塾に学び、はじめ木戸孝允に従って尊王攘夷の運動に奔走しました。文久2年(1862年)、藩から外国の軍備を探る密命を受け、井上馨ら青年5人でイギリスに密航、ロンドンに留学しました。彼の尊王攘夷の思想が、外国の生活文化を見聞するに従い、幕府打倒、開国の思想に変わっていったのは当然でしょう。

 たまたまロンドンで、日本の長州藩を攻撃するため、米英仏蘭の四国連合艦隊が出発するニュースを耳にしました。彼は驚き、あわてて帰国し、藩に外国の事情を説明し、四国との和解を説得し、危機を救いました。

 その後彼は、高杉晋作の下で倒幕運動に参加し、明治新政府の樹立とともに、外国事務局判事になりました。明治4年(1871年)、岩倉大使の随員副使として欧米を視察、明治14年(1881年)には、憲法制定の準備で再度外遊しました。

 外国通である彼は、木戸孝允や大久保利通などの重臣が次々亡くなったこともあって、次第に政府の中心的人物となり、明治18年(1885年)には内閣制度を作って、ついに初代総理大臣になりました。帝国憲法を制定したのも彼の業績の1つでしょう。

日露戦争後、初代朝鮮総監となり朝鮮併合の基礎をつくりましたが、明治42年(1909年)に辞職し、枢密院議長として満州視察と日露関係改善のため満州に向かいました。その年の10月26日、ハルビン駅、朝鮮人の愛国主義者・安重根によってピストルで撃たれ亡くなりました。68歳でした。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 10月25日(土)~26日(日)、山旅クラブで両神山へ行ってきました。いつものように、いい歳、りょうちゃんが写っている写真はすべてトミーさんのブログからもらいました。
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 山に行くのは9月2回目の3連休に行った五竜岳以来、1ヵ月ぶりでした。しかも土曜日は明け方に関東の南海上を通過することが予測されており、待ち合わせの場所に行けるのかも心配でした。
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 午後には台風は抜けて、西武池袋線に乗って終点の西武秩父まで行きました。いつものようにトミーさんが乗り心地抜群のリムジンを駅前に配車してくれて、本日の宿、国民宿舎両神荘へと向かいました。今日は年老いた女王様たちは一人もおらず、お客はいい歳、りょうちゃんだけでした。038.gif
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 両神荘に到着し、すぐに入浴を済ませて、夕飯にありつきました。
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 11月3日はふるさとまつりで両神荘に小柳ルミ子が来たようです。
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 翌朝、7時に朝食を食べて、8時に両神荘を出発しました。山に来たほうがよく眠れる感じです。今日は白井差登山口から山頂を目指します。この白井差登山口からは山中さんという方の個人の所有地であるらしく、昭文社の地図にも「駐車スペースは少ない、事前に山中宅へ電話すること」「白井差~両神山頂までのこのルートは入山規制が行われている。入山の祭は事前予約、環境整備料として1000円が必要。問合せ先:山中豊彦 TEL ○○○○-○○○-○○○○」と朱書きで書いてあります。トミーさんがおっしゃるには、先着30名までしか登山できないとの認識でしたが、私たち2名以外にはクラブツーリズムなど20人以上のパーティーが4つ、山中さん自身も10人ほど連れて登山されていましたし、全員で100名前後の登山者が山中さん宅の登山口から登っていました。写真は山中さんのお宅の前です。
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 その山中さんと記念撮影。トミーさんが撮ってくれました。ザイルの束と安全環をたくさんぶら下げて、胸には山岳救助隊との刺繍が施されておりました。また山中さんの奥さんが登山者に手作りの地図でコースについて丁寧な説明がありました。
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 このコースは沢づたいに、林道~大又~オオドリ河原~水晶坂~ブナ平~夢見平を経て山頂へと至るルートです。写真は林道終点から入山していく山中さんのパーティーです。
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 いくつか木製の橋で沢を渡ります。前日までの台風で水量は多いそうです。また金曜日の台風の真っ只中でも登山を決行したツアー会社があったそうです。山中さんは「ツアー代金を返すのが嫌だったんだろう。」と笑いながらおっしゃっていました。037.gif
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 沢に陽射しがあたり、小さな虹が出ていました。写真には写りませんでした。
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 昇竜ノ滝。
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 オオドリ河原。
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 ブナの樹林帯をしばらくは進みます。
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 山ぶどうがたくさんなっていました。トミーさんはうまいと言っていましたが、酸っぱくて決して美味しいものではありません。
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 標高が上がるに従い、樹々が色づき始めました。
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 ブナ平の立派なブナの木。
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 台風一過の青空の下で、緑や黄色の葉が陽射しをあびて、輝いていました。
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 表参道の下にあるのぞき岩がチラチラと見え始めました。緑と赤や黄色の紅葉のパッチワークがとてもきれいです。
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 向こうのほうに目をやると武甲山も見えます。
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 遠くで見るときれいな紅葉も、まじかで見るとシミがあってそんなにきれいではありません。おばさんにも紅葉みたいな人をよく見かけます。037.gif
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 しかし遠目で見るととてもきれいです。
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 この真っ赤な紅葉はヤシオツツジの紅葉だそうです。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 紅葉を楽しみながら、山頂まであと100 mというところまで来ました。
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 ちょっとした鎖場を上がって、山頂です。標高1723 m。歩き始めてから3時間ほどで山頂に到着しました。午前11時30分。
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 トミーさんと記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山72座目になりました。
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 山頂は10人程度で一杯になるスペースです。最も高い場所から撮った写真です。
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 富士山も見えました。
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 八丁尾根の方面。
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 とてもいいお天気なので結構山頂部に長くいました。12時10分に下山を開始。表参道からの登山客も加わり、鎖場も渋滞してきました。山中さんも鎖場の途中にいらっしゃいました。しかしながら、山中さんのパーティーの大半の方は鎖場の手前の分岐あたりで待機しており、山中さんが「もうこれ以上は行けません。」と連絡されていました。こんなにいい天気にもかかわらず、目前の山頂を踏むことなく下山ということは、メンバーの足色を見て鎖場を登るには危険であるとの厳しい判断をしたのではないかとトミーさんは推測していました。
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 登ってきた道を下っていきます。紅葉のパッチワークののぞき岩、12時40分。
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 夢見平~ブナ平、13時00分。午後は光の加減が変わって、朝とは紅葉が変化して見えました。
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 狭くなっているところをゴルジュというそうです。
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 教科書に出てくるような地層。
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 昇龍ノ滝、14時00分。
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 14時10分過ぎに山中さんのお宅に戻ってきました。手作りの地図を奥様にお返し、入山料の1000円を支払うと、両神山のバッチをくれました。
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 ふたたびトミーさんのリムジンに乗って、薬師の湯で入浴して、東京まで帰ってきました。
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 車窓から見た武甲山。 
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は石鎚山・剣山・大山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-11-05 18:10 | 両神山

第80回日本ダービー馬を考える&夏山に向けて減量を開始する

旅行・地域
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 大小山の模様は次回報告します。今日は来週5月26日(日)に行われる第80回日本ダービーの予想から書きます。024.gif
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 結論から言うと、2013年の日本ダービー馬はロゴタイプにします。ロゴタイプの戦績は、かつてのダービー馬、ミホノブルボン、ナリタブライアンのものと瓜二つです。500万下、朝日杯FS、スプリングSを1着で通過した皐月賞馬は例外なく日本ダービー馬になっています。3年前のローズキングダムは朝日杯FS馬でありながら、スプリングSは3着、皐月賞は4着であったため、日本ダービーは2着に甘んじたと考えます。今年の私の日本ダービー馬はロゴタイプです。

 相手は青葉賞を勝ったヒラボクディープにします。ミホノブルボンのときの2着は同じ7枠のライスシャワーで、もう一頭の同枠馬は青葉賞を勝ったゴールデンゼウスでした。ナリタブライアンのときは2着は青葉賞を勝ったエアダブリンでした。

 また5月の東京競馬場で行われるGⅠは出目が連動する傾向があります。第1週のNHKマイルCは4枠の馬が勝ちました。2週目のヴィクトリアマイルは4枠の馬が2着でした。今週のオークスで4枠が連対すれば、来週の日本ダービーでも4枠が連対する可能性が高くなると思います。

 結論は、ロゴタイプからヒラボクディープの馬番、出目を考慮すればロゴタイプから4枠の2頭、ロゴタイプが4枠に入った場合は(4-4)の揃い目、ロゴタイプの入った枠の揃い目も抑えたほうがいいでしょう。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 安政4年(1857年)5月26日、この日幕府はアメリカの下田領事館ハリスとの間に、第二下田条約を結び、和親条約の一部を改正しました。

   かごでいくのはお吉じゃないか
   下田港の春の雨
   泣けば椿の花が散る・・・・・

 世にいう“唐人お吉”は、実はこの条約の交渉中に起こってきたものです。交渉の途中でハリスから、身のまわりの世話をする女を出せと、要求されたからです。つまり“おめかけさん”の提供です。
 奉行所は、普通の家の娘さんでは親が承知しないだろうと、芸妓のなかから選考することにし、無理矢理お吉に承諾させました。

 お吉は下田の船大工の娘として生まれ、7歳のとき下田の芸妓置屋に養女として出されていました。
 ここで遊芸の道を仕込まれ、14歳で芸妓になりましたが、唄が上手で“新内明烏のお吉”ともいわれ、気っぷもよく評判の芸妓だったといわれます。
 それだけに、異人さんのおめかけ“洋妾”(ラシャメン)になったことは、下田だけでなく、江戸でも話題になりました。だれいうとなく“唐人お吉”の名前がつけられました。

 お吉は安政6年(1859年)5月に、下田の領事館閉鎖とともに横浜に移り、ラシャメンもやめて、女髪結として明治4年(1871年)に、故郷下田にもどってきました。
 しかし、世間の風は冷たく、彼女も恋人鶴松と別れ、深酒に浸り、職も転々として、晩年は中風で倒れ、明治23年(1890年)3月27日、稲生沢河畔に身を投じて死にました。享年50歳でした。
 
この薄幸なお吉の墓は下田の宝福寺にあり、訪れる観光客のたむける香華が絶えないそうです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


 虎ノ門にこんな神社があるのを発見しました。072.gif
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 今年のGWはすでに報告したとおり至仏山と常念山脈へ出かけ、10連休のうち6日間も山歩きしていました。連休の最終日はじゃんけんぽんへ行きました。
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 5月から徐々に山歩きを開始しています。トミーさんのご忠告を真摯に受け止めて、今後負担なく山歩きをするべく、減量していくために、トントンさんには野菜中心で高タンパク低脂肪の料理をお願いしました。写真は高タンパク低脂肪の茶碗蒸しです。037.gif
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 日本酒も飲みました。このGWはじゃんけんぽんは2日間しかお休みしなかったそうです。038.gif
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 高タンパク低脂肪のお刺身。
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 トマトが入った野菜サラダ。トマトのリコピンは脂肪を燃焼してくれるそうです。
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 私の高タンパク低脂肪の要望に応えてくれ、今日は鶏肉の焼肉をつくってくれました。せせり、もも、胸肉になります。
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 焼きあがり。いくらでも食べられます。038.gif037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 高タンパク低脂肪の食生活はまだまだ続きます。5月9日(木)は勇才さんで日本酒の試飲会があるというので山歩き仲間の森ちゃんとはせやんの3人で参加しました。この日は島根県安来市の吉田酒造の日本酒試飲でした。森ちゃんは安来市に出張でよく行ったそうで、ご存知のようでした。
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 トマト。リコピンが脂肪を燃焼してくれます。
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 高タンパク低脂肪の鶏肉。
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 野菜の煮物。
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 今日は立食での試飲になります。店内は大賑わいでした。024.gif
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 吉田酒蔵の蔵元さん。
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 試飲会の挨拶をする勇才さん。
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 カツオの干物だそうです。
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 いつもの蒸し牡蠣。
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 今日、試飲した吉田酒造の月山ラインナップ。
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 試飲会では大抽選会があり、森ちゃんと私は誰も買わない勇才Tシャツが当たってしまいました。勇才Tシャツを着て、蔵元さんと記念撮影。037.gif
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 外でも大賑わい。
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 最後は勇才さん定番の筍ご飯のカレーライス。高タンパク低脂肪ではありませんが、カレーの中のクルクミンなどのスパイスは脂肪を燃焼し、代謝をアップするそうです。しかしながら勇才さんは、自分が作った料理を食べるお客が太っていくのを見ると、とても嬉しいそうです。悪い人です。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


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 5月16日(木)、先週の試飲会からちょうど1週間後、同じく山歩き仲間のタッキー瀧本さんが会社の懇親会を大井町の勇才を貸し切ってやるとのご連絡をいただき、タッキー瀧本さんの会社とは全く関係のない私も誘っていただきました。040.gif
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 茶碗蒸し。
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 マグロの漬け。
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 サザエさん。
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 鮎。
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 日本酒を次から次へと飲みました。
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 これからタイのグリーンカレーを作るという勇才さん。
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 出来上がったグリーンカレー。今日も勇才さんは料理を食べた客が太っていくのを見るのが楽しみだとおっしゃっていました。勇才さんは私をもっと太らせたいようです。037.gif
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 タッキー瀧本さん、会社のご同僚の方と一緒に記念撮影。お話を伺うと、私が勤めている会社のすでに退職された先輩方と実懇の間柄であったと聞き、とても懐かしく思いました。タッキー瀧本さん、どうも有難うございました。また、おしきせの会をやりましょう。038.gif
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次回、大小山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-05-19 11:02 | 第80回日本ダービーを考える

りょうあしの会、おしきせの会

旅行・地域
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 4月に入ってから、まだ1回も更新しておりません。私自身が山行に行っておらず、山行に関する報告の記事が書くことができないからです。3月の歩みの会のときに、倉持さんから浦安・上野特配グループの名称を考えてほしいとの依頼がありました。特配グループも、歩みの会のように会員制にし、会費をとって、会則を定めて運営していくとのことでした。

 私が所属している「歩みの会」という名称がとてもいい名前だけに、これに寄り付けるような名前を考えることは容易ではありません。何事でも名前はとても大事なものであり、ほかの名前の模倣のない独創性と、山行の特徴をあらわす名前の由来がなければなりません。「歩みの会」の歩は、将棋の「歩」で敵陣に入ると「金」に変わることから、山に入れば「金」の歩きを見せるという考えから、「歩みの会」という名称にしたと浅場会長から教えてもらいました。038.gif

 この1ヵ月あまり、いろいろと考えましたが、「歩みの会」により付けることができる名前はなかなか思いつきませんでした。ここは初心に帰って、登山の「登」という字の成り立ちを調べて、ヒントを得ようと考えました。漢字はある姿を象形し、成り立っています。「登」の豆の上の文字は部首名「はつがしら」といい、両足を左右に開いたさまを描いており、「両足でしっかり立って登っていく」という意味があります。また「はつがしら」には「はねる」という意味もあり、「発展」「発達」「発育」「発起」「発想」など前進をあらわす言葉につながっていきます。「はつがしら」のもととなる「両足」を平仮名にして「りょうあしの会」という名称を考えました。これからの特配グループの前進を「発願」(祈願すること)し、「りょうあしの会」という名称を提案します。038.gif
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 先週の4月13日(土)は蔵王でご一緒した原田さんのご主人と勇才さんに飲みに行きました。原田さんの奥様はときどき特配でご一緒するのですが、ご主人は蔵王で初めてお会いしました。以前、原田さんの奥様がお酒を召し上がりすぎて、はせやんが奥様をご自宅まで送っていったことがあり、その後しばらく奥様は特配の山行に参加されませんでした。倉持さんのお話では、原田さんのご主人はたいへんに厳格な方で、奥様に「そんなになるまで酔っ払うのなら、今後、山に行ってはいけない」とおっしゃっていたとのことです。037.gif
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 蔵王に行くバスの中で初めてその姿を見たときは、進藤英太郎を思わせる、とても怖そうなカミナリ親父に見えましたが、お酒を飲んだら、ほとんどが女性の話のていたらくで、厳格という言葉とは程遠い72歳のおじいさんでした。写真は店内での記念撮影、一番奥の白いヒゲのおじいさんがその人です。037.gif
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 毛ガニの山。
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 智則。5月9日(木)に勇才さんでこの酒蔵の試飲会があり、はせやんと森ちゃんと一緒に申込みました。
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 勇才名物の茶碗蒸し。
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 刈穂。
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 酔鯨。これだけお酒があるのに、おじいさんは焼酎ばかり飲んで日本酒には口をつけませんでした。そして、お酒を飲まないであれだけ人の悪口が言える小沢さんは本当に悪い人だとおっしゃっていました。041.gif
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 筍ごはん。
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 おじいさんは次回はアレグロピアットに行きたいそうです。よしこさんに任せます。041.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 夏目漱石の弟子で、唯美主義の小説を書き、名随筆、名紀行文の作者として評判の高かった”百鬼園” 内田百聞は、昭和46年(1971年)4月20日、東京麹町の自宅で老衰のため81歳で亡くなりました。

 百聞は、小説も書きましたが、それよりは『百鬼園先生言行録』『百鬼園随筆』『百鬼園日記』など、一連の“百鬼園もの”など、あるいは、全国の主要鉄道を乗りまくった紀行文、いわゆる“阿房列車もの”のほうが人気が高く、広い固定読者層をもっていた一風変わった作家であったと思います。

 百聞の生家は岡山市の造り酒屋。旧制岡山中学校、近所の百間川という、昔岡山城下の大水を救う放水路として作られた空川でよく寝そべって本を読んだところから、百聞の号をとったといわれます。

 百聞が文筆への道を志したのはこのころで、漱石の『吾輩は猫である』を読んで、すっかり漱石崇拝者になり、自作の原稿を送って、漱石から好意的な返事をもらったのを機会に、漱石の弟子入りを決意、たまたま東大に入学したこともあって、毎週一回、漱石邸の面会日には欠かさず訪問して、師事することを許されました。

 大学卒業後、職がなく、しばらく浪人しているときには、漱石の著書の校生を手伝ったりして、経済的援助も受けていました。漱石や門下の芥川竜之介の世話で、陸軍幼年学校、陸軍士官学校、海軍機関学校の教官、法政大学教授などもつとめたのですから、作家の経歴としては変わっているほうです。

 百聞の随筆は、謹厳そうな文章のなかにも、独特のユーモアが光るのは、師の漱石から学んだものと、もうひとつは、この教官、教授時代につちかわれたもののような気がします。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌日4月14日は例年この時期にある焼酎の試飲会があり、渋谷のシダックスビルまで行ってきました。
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 バラのエキスの入った焼酎。ピンク色は瓶の色で、焼酎自体は無色透明です。飲み終わると、ほんのりバラの香りがします。056.gif
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 黒さそり。
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 サインをする黒瀬安光さん。以前の風貌とすっかり変わっていたので、本人だとわかりませんでした。037.gif
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 黒瀬安光さんと記念撮影。
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 大井町のじゃんけんぽんがおつまみを出店していました。
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 おつまみ作りが忙しくて、トントンさん、はるさんは今回はそんなに飲めなかったのではないでしょうか。私は出店された酒造をすべて周り、飲みすぎてしまいました。037.gif
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 左から宇田川さん、すっかり年を取った美紀ちゃん、岸さんの前のパートナー。宇田川さんはダイエット中と伺いましたが、効果はあったのでしょうか。
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 試飲会でいつもお会いする試飲会マニアの方たち。
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 西山さんのお嬢さん。若くて、かわいいひとはいいですね。将来、誰かさんのようにアル中おばさんにならないでくださいね。038.gif
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 沖縄民謡の披露がありました。試飲会が終了し、トントンさん、はるさん、美紀ちゃんと焼き鳥を食べに行きました。037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 4月20日は都合で山行に行くことができませんでした。この日は朝から気温が低く、つい先日、暑かったのがウソのようです。午後から冷たい雨も降りだしました。
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 私は久しぶりに大井町湯屋へ出かけました。今年3回目です。夕方は新装のじゃんけんぽんへ行きました。移転後、しばらくは土曜日も営業するそうです。写真はじゃんけんぽんの玄関です。
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 トントンさんのお話では、移転して客層が変わったとのことです。前の店舗ではサラリーマンがほとんどだったそうですが、こちらの店では近所の人が来店するとのことです。この日も銭湯帰りのおじいさんが私の隣に座っていました。歯がないので、柔らかいものしか食べられないそうです。037.gif
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 じゃんけんぽんのラベルの日本酒。来福酒造さんが開店祝いに作ってくれたそうです。
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 そらまめ。
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 お刺身。
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 生牡蠣。
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 鳥の唐揚げ。
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 牛すじ。
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 焼き筍。
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 最後にカツオの漬け丼をいただきました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地




 
水曜日、歩みの会に行ってきます。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-04-21 12:34 | おしきせ

三寒四温、弥生の桜

旅行・地域
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 3月25日は休暇を取って、3月23日(土)~25日(月)まで雪山の赤岳に山旅クラブで行く予定でしたが、25日の休暇が取れなくなり、今回の赤岳挑戦は取りやめることになりました。赤岳は昨年の夏に参加を断られてから、どうも縁がないようです。夏山での挑戦を考えます。

 大井町湯屋の中丸さんから最近またブログの更新がないとのお叱りを受けました。山登りを始めてからは、このブログのほとんどは山歩きの記事ばかりになっているので、山に行かないとブログも更新されない状態になっています。4月以降気温が上がってくれば、山歩きの回数も増えていくと思います。

 4月以降のおもな予定は次のとおりです。

 4月 6日(土) 囲碁大会
 4月13日(土) 原田さんの変わったご主人とおしきせの会
 4月14日(土) 焼酎試飲会
 4月20日(土) ワイン試飲会&山歩き(ジョイフル観光)
 4月24日(水) 歩みの会・高鈴山(休暇が取れれば)
 4月27日(土)~29日(月) 雪山・至仏山(山旅クラブ)
 5月 3日(金)~ 6日(月) 雪山・燕岳~大天井岳~常念岳(山旅クラブ)
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 前回、歩みの会で古賀志山に行ってからは、山歩きをしておりませんが、ここ2週間は幕張海浜公園の夕日や、近所の桜を見に行きました。056.gif
 まず3月16日(土)はまたも夕方に幕張海浜公園に夕日を見に行きました。気温が高くなるにつれて雲が出やすくなり、冬と比べると朝日・夕日を観ることができる機会は減ってきます。この日も春霞がかかっていました。
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 海の中に入って釣りをしている人がいました。写真には取れませんでしたが、海面にはたくさんの魚が跳ねていました。
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 夕暮れの散策。
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 犬が海で泳いでいました。
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 夕日が空と海を赤く染めながら落ちてきます。058.gif
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 翌日17日(日)はあづみ野うたごえ喫茶に行く予定でしたが、花粉症の症状があまりにもひどいため、行くことを取りやめました。夕方は近所の品川中央公園に花を見に行きました。写真は寒緋桜です。
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 コブシの花。このコブシの花が咲き始めると、農家では畑に種まきを始めます。
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 ハクモクレンが咲いていました。
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 ハクモクレンの下から見上げると月が浮かんでいました。
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 帰りに日曜日も営業している勇才に行きました。勇才さんは木曜スペシャル的なお話をしてくださいますが、誰にでもお話してくれるわけではないそうです。例の日航ジャンボの事故の話や、原発マフィアの話をして店に来なくなった人もいるそうです。037.gif
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 茶碗蒸し。
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 鶏肉のさっぱり煮。
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 ホタルイカ。
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 蒸し牡蠣。
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 シーフードグラタン。
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 マグロ。
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 鴨鍋。
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 スリランカカレー。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 スペインの生んだ画壇の巨匠として知られるゴヤの生誕は、1746年3月30日です。
 彼は画家を志望し、若くしてマドリードに出て、30歳のとき王宮付属つづれ織り工場の下絵制作に従事しました。
 
彼はこの仕事がきっかけでで、マドリードの上流階級の人々に近づくようになり、彼の絵の天分も認められ、特に社交界の花形である王妃、貴婦人に引き立てられました。そのお陰もあって50歳で、カルロス4世の首席宮廷画家の地位につきました。
 
彼の作品は、ベラスケスとともに、マドリードのプラド美術館の目玉になっています。 ゴヤの作品は、宮廷画家として仕えた『カルロス4世とその家族』、ナポレオンのスペイン侵入を記録した『1808年5月2日の変』など、たくさん展示されています。しかし、話題はなんといっても彼の描いた『裸体のマハ』と『着衣のマハ』の2点です。

 マハとは伊達女という意味ですが、それだけに、このモデルがだれで、なぜ同一人物の裸体と着衣の同じポーズの絵を描いたのか、興味があるでしょう。
 この作品のモデルは、その豊かな黒髪、豊満な肉体、奔放な気性の顔だちから、当時スペイン貴族の筆頭であったアルバ公爵夫人と噂されました。
 ゴヤとアルバ公爵夫人との関係は、わずか7年の付き合いでしたが、いろいろ憶測されました。
 
アルバ公爵家では、この噂を気にしたとみえて、夫人が亡くなったあと40年も過ぎた1845年、夫人の棺をあけ、その骨格や、胴と足のプロポーションの違いを示し、モデルは彼女ではないと否定したりしました。ですから、なおさらこの絵に興味が集まるのです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 今年は桜の開花が早く、3月22日には上野の桜は満開になるとの予報でした。赤岳に行くことを取りやめたので、23日(土)、私は近所の戸越公園で桜を見たあと、隅田川まで足を伸ばしました。写真は戸越公園です。
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 黄色いレンギョウの花も咲いていました。
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 隅田川越しに見た東京スカイツリーと金色の雲のビル。
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 橋の上から見た風景。桜の下にはたくさんの人がいるのがわかります。
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 染井吉野。
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 ビルの写ったスカイツリー。
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 隅田公園、桜の間から見た東京スカイツリー。
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 隅田公園の奥に牛島神社があります。
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 牛島神社で結婚式が行われていました。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度






新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


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 今年は桜の開花が早くて、今月末には桜がすべて散ってしまうと思っていましたが、桜が咲いてから気温の低い日が続き、3月30日でも桜を十分に楽しむことができました。気温が低いと桜がほころぶスピードが遅くなるそうです。先週隅田川に行ったので、今週の30日(土)は新宿御苑に桜を見に行きました。新宿御苑はアルコールの持ち込みが禁止されており、入口のところでカバンの中をチェックされます。
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 もの凄い数の人が桜を見に新宿御苑に詰めかけていました。これで空が青空であったら言うことはありません。
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 これは山ぶどうの実でしょうか。
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 八重桜も咲いていました。イチョウという名前の八重桜です。
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 この桃色の八重桜は「カンザン」という名前で桜漬けの桜に使われているそうです。
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 枝垂れ桜も八重桜でヤエベニシダレという名前です。
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 ヤエベニシダレとイチョウの共演。
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 池のそばも桜が満開でした。
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 橋の上から見た桜。
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 桜の中にいるようです。
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 山歩きする人にはお馴染みの、ミツバツツジも咲いていました。
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 この白い花は利休梅といいます。
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 桜のピンクの絨毯。
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 新宿御苑には温室もあり、ランが花を咲かしていました。
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 バナナもありました。
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 カカオの実。
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 ミッキーマウスの木になっていた実。アフリカ原産で黄色い花を咲かせます。
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 ベンケイソウの仲間。
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 新宿御苑で十分に桜を楽しんだあと、夕方は新装開店になった、じゃんけんぽんに行きました。場所はアレグロピアットの2軒ほど隣で、コンビニの目の前です。038.gif
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 今日は来福酒造さんを招いての試飲会を兼ねたじゃんけんぽんのお披露目会です。
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 お酒は愛山、桜の酵母をつかった「さくら」、8%の精米でつくった贅沢なお酒が振舞われました。
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 お料理もたくさん出されました。
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 居酒の説明をする来福酒造の藤村さん。20 kgのダイエットに成功したそうです。038.gif
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 貴醸酒も出されました。水のかわりに純米酒を使って発酵させたお酒です。
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 スマイルで記念写真、左から西山さん、トントンさん、藤村社長。
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次回の山は歩みの会になります。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-03-31 16:05 | 桜が満開

忘年おしきせの会&谷川・西黒尾根雪上訓練

旅行・地域
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 今年は、年明けの雪山・蓼科山からはじまり、10月末の恵那山まで日本百名山は24座を加え、山登りを開始した2010年8月から数えて、53座まで到達しました。そして、歩みの会への入会を許諾していただいたことにより、剱岳へも行くことができたと思っています。剱岳にはしばらくは毎年行きたいと考えています。
 「来年のことを言えば、鬼が笑う」と言いますが、来年は裏銀座の鷲羽岳・水晶岳から槍ヶ岳へと向かうコースと、早月尾根から行く剱岳が最大の目標であり、数では80座を目指したいと考えています。

 さて12月22日(土)は浦安湯屋のメンバーと忘年おしきせの会をやりました。山行でご一緒している皆さんです。今年の忘年おしきせの会は大井町の名店「じゃんけんぽん」でやりました。「おしきせ」とは甲州弁で「晩酌」という意味です。写真は「じゃんけんぽん」の店内です。
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 今年10月1日、東京都は改正条例の施行でふぐ調理師がいない店舗でもふぐ料理を出せるようになりました。じゃんけんぽんでは10月から要予約でふぐ料理のコースを一人前4000円で始めています。今日のおしきせの会でもふぐ料理を出していただきました。写真はふぐ刺しです。
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 ふぐの唐揚げ。
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 ふぐ鍋。
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 前菜。
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 この肉はどうなるのでしょうか。
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 羽入さんとあきちゃん。あきちゃんはりょうちゃんより年下であることを今回も強調していました。037.gif
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 羽入さんとタッキーおじさん。タッキーおじさんは雨の中、高尾山を歩いてきて、その帰りに「おしきせの会」にやってきました。安藤さんとあやちゃんも雨の高尾山に同行したそうです。038.gif
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 お酒もたくさん飲みました。参加者11名で、1名お酒を飲まなかったので、10名で3升飲んだそうです。後日、はるさんから聞きました。計算上では1名3合なので、このメンバーでは少なかったほうだと思います。037.gif
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 誰かが仮装道具を持参し、皆さん酔っ払って悪ふざけのたいへんなおしきせの会になってしまいました。仮装したほうが、もとの顔を隠せて、いい顔になった人もいます。037.gif
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 一番奥でよしこさんが泣いています。羽入さんとタッキーが泣かせたのでしょうか。037.gif
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 仮装をしたまま、ぐいぐい飲んでいます。038.gif
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 まだまだ飲みます。隣の和さんが心配そうに覗き込んでいます。038.gif
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 お面をかぶったまま、飲んでいます。038.gif
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 ついに壊れてしまいました。もうお嫁には行けませんね。041.gif037.gif
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 こちらのグループは割とまともです。038.gif
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 最後はみんなで記念撮影をしました。第88回忘年おしきせの会は大盛況のうちにお開きとなりました。来年もどうぞよろしくお願いします。 038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 「吾人は須く現代を超越せざるべからず」(高山樗牛)

 この言葉で知られる高山樗牛(たかやまちょぎゅう)は、山形県鶴岡の人、父が転勤で福島県庁に勤務した関係から、郡山市にある旧制安積中学校を卒業しました。

 明治の生んだ天才的文明批評家といわれましたが、今なお読まれているのは、彼が最初に書いた歴史小説『滝口入道』のほうだと思います。これは読売新聞の募集に応募して当選したもので、東京帝国大学在学中、23歳で書いたものです。

 物語は、治承3年(1179年)春、平清盛の花見の宴からはじまります。重盛の家臣で滝口の侍斎藤時頼が、この夜の宴で舞った横笛に魅せられます。父に妻にしたいと申し出ますが許されません。失意と世の無常を感じて時頼は出家して仏門に入ってしまいました。

 それから6年、この噂を聞いた横笛は、心を動かされ、仲秋の名月の夜、中宮を抜け出して、時頼が隠棲している嵯峨の奥にある往生院をたずねました。
 しかし、世を捨てた時頼は、横笛とわかっても戸を開けません。終夜戸外にいた横笛も、また世の無常を感じて世を捨ててしまいます。

 時は流れ、ある日、時頼は深草の里で、路傍の老婆から、横笛のはかない一生を聞かされました。さすが、滝口入道と名のった時頼の心も・・・・・・・

 樗牛はこの作品を書き上げ、卒業と同時に雑誌「太陽」を舞台に、華々しく文芸批評、文明批評の論戦をくりひろげました。かつて『滝口入道』の選者であった坪内逍遥、尾崎紅葉、幸田露伴などを相手に論陣を張るのですから皮肉なことです。

 惜しいことにこの天才批評家も、明治35年(1902年)12月24日、32歳の若さで亡くなりました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 翌日、12月23日(日)も同じ「じゃんけんぽん」で忘年会がありました。今日は「じゃんけんぽん」の常連さんの忘年会です。準備をするはるさん。
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 お刺身。
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 ラーメンサラダ。
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 大山地鶏。
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 ハムカツサンド。
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 焼豚。
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 今日のメインディッシュ。タラバガニ。
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 トントンさんがカニを持ってくると、みんなが写真を撮り始めました。
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 先ほどのカニはバラされて、こうなってしまいました。
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 世捨て人の岸さん(左)、と宇田川さん(右)。宇田川さんはご自身のフェイスブックでもご家族を紹介されていますが、その容貌からは想像できないほど、きれいな奥様と可愛いお子さんがいらっしゃいます。お子さんたちに、「本当に宇田川さんの子どもなの?」と大変に失礼なことを聞いてしまいました。037.gif
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 その宇田川さんの奥様とお嬢ちゃん。
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 宇田川さんの息子さんとお嬢ちゃん。私は今日の忘年会にケーキを持って行きましたが、ケーキを食べてくれた二人はそのあとできちんとお礼を言いに来てくれました。これは宇田川ご夫妻がお子さんを立派に育てている証拠です。容貌だけはお父さんに似ないように育っていってくださいね。038.gif
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 岩崎医院の院長先生と、許嫁の千恵ちゃん。いつも下品なことばかり言うので「淫長先生」と呼ばれています。037.gif
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 淫長先生は年齢は関係ないようです。相手が50歳でも見境がありません。ある意味では博愛主義と言えるでしょう。037.gif
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 バーディーのマスターとママさん。最近、週末は山登りばかりでお店に行っておらず、生きているのか心配しておりましたが、お元気そうで何よりです。038.gif
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 洋美ちゃんと石井ちゃん。こちらの方たちは仮装で顔を隠したほうがいいかもしれません。037.gif
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 下から岡田ママさん、咬みつき犬の飼い主のみきちゃん、岡田パパさんの会社の体格のいい25歳男性。3人とも酔っ払った顔をしています。こちらの方も仮装で顔を隠したほうがいいかもしれません。岡田ママさんは仮面をつけると、本当にプロレスラーになってしまいそうです。037.gif
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 中丸さんと桑野さんの写真を撮るのを忘れてしまいました。三人の写真を撮ると遺影になってしまいそうなので、撮らなくてよかったかも知れません。桑野さんは最近大病をされて、2回も入院されたとのことです。私の親が同じ病気にかかったときは、病院から食事についてうるさく言われましたが、桑野さんは何を食べてもいいと言われたそうです。お医者さんからさじを投げられたのではないでしょうか。この写真の後ろに、桑野さんと中丸さん夫妻がいます。037.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 2日連続の忘年会で少しお疲れ気味ですが、3連休最終日は山旅クラブで雪上訓練に行きました。午前7時8分、上越新幹線とき号に乗り、上毛高原まで行きました。
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 東京は雲一つない青空で、新幹線の車窓からは富士山が綺麗に見えていました。058.gif
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 高崎を通過して、トンネルを抜けると雪景色が広がっていました。
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 今日の参加者は全員で7名です。上毛高原駅からタクシーに乗車し、谷川岳ロープウェイ駅まで向かいました。トミーさんからロープウェイで上がらなくても、雪が十分あるので、下から西黒尾根を途中まで登り、雪上訓練をすることになりました。写真は車道を歩いているところです。
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 西黒尾根入口。
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 私たちが登ろうとしていたとき、下山者がいました。頂上へ行くことは断念し、この雪の中でビパークしたそうです。
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 ここから登っているところの写真は一枚も撮っていません。心配していたことですが、足が雪に沈んでしまい、雪に足を取られて、もがきながらの雪山登りとなり、写真を撮る余裕は全くありませんでした。私の前後を歩いていたベテランのお姉さんに歩き方を丁寧に教えていただきましたが、それでも体が雪に埋まってしまいました。写真はトミーさんのブログからもらいました。
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 順番に先頭を交代しながら約60分近くで休憩場所の鉄塔まで辿りついた時には、汗ビッショリで相当に疲れてしまいました。やっぱり、夏山のほうがはるかに登りやすいです。042.gif
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 それぞれカンジキとスノーシューをつけて斜面を登りました。私はスノーシューをつけましたが、斜面は滑って、さらに歩きにくく、またも疲労を蓄積しました。
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 カンジキとスノーシューでちょっとした雪庇の上まで登って、ここでいよいよアイゼンとハーネスをつけて、滑落停止、対空姿勢の練習をしました。写真は雪の斜面をわざとらしく転んで、滑落停止の練習をしているところです。
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 滑落停止のお手本を見せるトミーさん。ピッケルを胸前に引き寄せて、斜面に突き刺し、足は写真のように膝を曲げます。
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 登山開始の時にビパークしたという人たちに会いましたが、ビパークするときの雪洞のつくり方についても説明を受けました。
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 二人などで登山したときは、緊急時には膝を抱えて座れるくらいの広さの雪洞を作るとのことです。
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 この雪洞はいい歳、りょうちゃんには狭すぎました。037.gif
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 最後は雪の斜面を懸垂下降して降りる練習をしました。日和田山のトレーニングの時にやりましたが、グローブをつけてロープをATCに通すことは大変に難しかったです。
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 一通りの雪上訓練を終えて、下山を開始。登りに比べるかなり楽ですが、それでも雪に足が埋まってしまい、抜けなくなって悪戦苦闘しました。
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 車道まで降りてきて、ロープウェイを見たときにはホッとしました。上毛高原駅の近くの温泉で入浴を済ませて、帰路につきました。雪上訓練とはいえ、雪との格闘の連続の一日であり、かなり体力を使ったためか、帰宅後は午後10時過ぎには寝てしまいました。来年、浅間隠山・鼻曲山と、赤城山・黒檜山の雪山を申し込んでいますがとても心配です。雪が積もっていないことを祈ります。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は新年山行・観音山に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-12-26 17:19 | 谷川岳・西黒尾根、雪上訓練

いい歳、りょうちゃんの蜂退治と富士登山準備ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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「網走番外地 道東編」の旅から帰った今週は普通の生活を送りました。先週の記事にも書いたとおり、北海道では大きなハチに随分脅かされましたが、家の窓からアシナガバチが何匹も飛んでいる姿を目撃しました。旅から帰宅した時はまったく気がつきませんでしたが、家の洗濯機の上の軒先に、こぶし大のハチの巣がありました。北海道へ行っている間にアシナガバチが巣を作ってしまったようです。すぐに業者さんへ電話をして、駆除のお願いをしましたが、すぐには来てもらえないとのこと。このままだと洗濯できない、実際には気がつかずにやっていましたが。042.gif



(みなしごハッチ/主題歌)060.gif


どうやらハチは昼間の間だけ活動し、陽が沈むと巣で大人しくしているようです。夜、ハチが寝ている間に洗濯を済ませ、イトーヨーカ堂で買ってきたバルサンを洗濯機の上で焚きました。買ってきたバルサンは水に薬剤が入った缶を落とし込み、発煙するタイプのものです。外でバルサンを焚いて、うまくハチを駆除できるかどうかわかりませんでしたが、洗濯機の上に水を入れた容器を置き、その中に缶を投入。すぐに窓を閉めて、煙が出るのを待ちました。数秒後、缶から激しく発煙。直接見ることできませんが、ハチの巣は煙に巻かれ、10匹以上と思われるアシナガバチが明かりのついた窓に向かって飛んできました。042.gif




(映画「みつばちハッチ~勇気のメロディ」予告編)



翌朝、地面に何匹かのアシナガバチの死体が落ちていました。巣を見るとまだ数匹のアシナガバチがおり、意を決っして、その巣に向かってスプレー式殺虫剤を吹きかけると、アシナガバチの残党は何処かへ飛んで行ってしまいました。アシナガバチがいなくなった後に、業者さんがやって来て、主がいなくなったハチの巣を掻き取って行きました。写真を撮っておけばよかったですが、ハチに刺されたら大変なので、やめました042.gif




(映画「昆虫物語みつばちハッチ~勇気のメロディ」主題歌/新垣結衣 /Walk)060.gif



昨日も歯医者さんで大井町湯屋仲間の湯浅さんに、ハチの毒は「ギ酸」(蟻酸、化学式はHCOOH)が主成分であると尤もそうなことを言ってしまいましたが、ホームページでちゃんと調べてみると、違うようです。ヒスタミン、セロトニン、ドーパミンなどのアミン類やハチ毒キニンなどの低分子ペプチド、酵素類が主成分であり、ギ酸は含まれていないようです。ハチは蟻の仲間でもあるため、毒の主成分がギ酸であると誤解されているようです。027.gif

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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そして今週の木曜日は大井町湯屋が休館日であったため、ABCマートへトレッキングシューズを買いに行きました。実は、大井町湯屋仲間の吉田さんの奥様から今月末に富士登山に行くことを誘われ、優柔不断な私は「YES」の返事をしてしまったようです。私自身はいつも履いているウォーキングシューズとジーパンと大井町湯屋に持っていているリックサックで行けばよいと気軽に考えていましたが、適した装備なしに富士登山は無理なんだそうです。遠目からなだらかに見える富士山も、登山道は岩場が多く、ウォーキングシューズでの登山は不可能であるとのこと。仕方なく、トレッキングシューズを買うことにしました。また伸縮性がないジーパンではとても3776 mを昇りきるのは困難であり、体力を消耗してしまうため、登山用の伸縮性のあるズボンも用意しました。昨年、ダイヤモンド富士を高尾山に撮りに行った時はジーパンをはいて行きましたが、No Problemでした。

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 シューズ以外はOUTDOOR SHOPのDAVOSお台場店で買いました。お店では富士登山キャンペーンを刊行中であり、はじめて1泊で富士登山することを店員さんに言うと、親切にもいろいろなことを教えてくれました。まず富士山でのトイレはすべて有料であり、トイレットペーパーは用意されていないため、自宅から持っていくことを勧められました。また岩場が多いところを通るため、軍手を用意しないと怪我をするとのこと。そして水を1から2 リットルくらい持って行った方がいいそうです。富士山でも水は売っているそうですが、たいへん値段が高いそうです。着替えの下着、Tシャツなど用意すると、とても大井町湯屋へ持って行っているリックサックでは容量が足らないそうです。1泊ならば、せめて30 リットル以上の容量のリックサックが必要になり、32 リットルのリックサック、レインコート、ヘッドライト、ステッキ、酸素缶も勧められるまま買ってしまいました。

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 装備はこれで万全でしょうか、あとは体力を温存して、無理をしないということでしょうか。何しろ、富士山の頂上の酸素濃度は13 %程度らしいのです。普通、労働安全衛生法で定められている酸欠職場の酸素濃度は18 %未満、それを5 %も下回っているので高山病や心不全になってしまうことも理解できます。これから約3週間、ヨガで腹式呼吸を練習して、酸素をたくさん取りこむ練習をしなければと思っています。果たして、どうなることでしょうか、成功した暁には、この土曜日歳時記でご紹介したいと思います。

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「悩殺女優」「セックス・シンボル」「モンロー・ウォーク」など、全世界の女性を悩殺したアメリカ・ハリウッドの映画女優マリリン・モンローは、1962年8月5日の朝、ロサンゼルスの自宅で亡くなりました。34歳の若さでした。
 自宅のヘッドの上で全裸で、電話の受話器を握りしめたままだったといわれています。睡眠薬を飲みすぎたための事故死か、それとも自殺か、あるいは他殺か、その死因はさまざまに取り沙汰されていますが、今だにその真相は謎に包まれてわかりません。

トニー・シャッカの書いた「誰がマリリンを殺したか」。またノーマン・メラーの作品「マリリン」など読むと、ジョン・F・ケネディ大統領との醜聞の秘密を暴露されるのを恐れて、ホワイトハウス筋の手によって殺されたような暗示があります。
 
 日本では、彼女が米兵たちのためのピンナップ・ガールの出身であることもあってか、やや頭の弱い、白痴美の肉感的女優というふれこみで売り出されました。ですから、モンローといえば、映画「七年目の浮気」のスティール写真、地下鉄の通風孔から吹き上げる風でスカートがまくれるのをおさえる、お色気たっぷりな彼女を思い出します。

 真紅の口唇をなかばあけて白い歯をのぞかせ、陶酔したお色気をただよわせるなかば閉じた目、豊かな胸、すばらしいプロポーション。「モンロー・ウォーク」と呼ばれた腰を振る歩き方。その姿態、その魅力はモンロー以外にはありません。
 彼女は生涯に3回結婚に失敗していますが、実像としての彼女は、頭もよく、やさしく、人に尽くす、誠実な女優であっと言います。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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私がよく利用している居酒屋「じゃんけんぽん」が今度ぐるなびでホームページ作りをするため、プロの写真家が来て、お店の様子や、お料理の写真を撮影するとのこと。その撮影したお料理を食べに来ませんかとのお誘いがあり、お店に伺いました。大井町湯屋の何人かの方にも声をかけましたが、つい先日まで過酷なダイエットを続けていた湯浅さんがご一緒してくれました。
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 「じゃんけんぽん」のホームページ作り撮影は、いつも中国整体の先生が欲しいとおっしゃっているNikon D3のカメラで、行われていました。写真撮影も無事に終了し、お料理をいただいた後、春さん、トントンさん、湯浅さんと久しぶりに、大井町線ガード下にあるモツ焼き屋さん「しげ」に行きました。3時から飲んでいるので、何を話したか全く覚えておりませんが、湯浅さんの奥様が富士登山に付いて行く末っ子の私のことをたいへん心配していただいているとお聞きしました。

いつの間にこんなお店が出来たのでしょうか
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 実は今月末に計画されている富士登山には湯浅さんの奥さまもエントリーされたとのこと。佳子さん夫妻、吉田さんの奥様、阿部ちゃん、湯浅さんの奥様、そして私と、強いお姉さま方の女性所帯の末っ子として参加することになりそうであり、何とか足手まといにならないようにと考えています。037.gif

ホームページ楽しみです。049.gif

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by ryott-ryott | 2010-08-08 14:59 | みつばちハッチ~勇気のメロディ