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桜の渚 妙義山中間道を行く&第85回おしきせの会ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 4月22日はアミューズの初心者クラスの妙義山中間道へ行ってきました。その前夜、浦安の湯屋、大井町湯屋の面々でおしきせの会を大井町のイタリアンの名店「アレグロピアット」でやりました。024.gif
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 浦安湯屋からは、あきちゃん、あやちゃん、千吉良さん、ベジー太宮崎さん、中島さん夫妻、森ちゃん、みうらっち、ハニー羽入さん、かとたつさん、大井町湯屋からはよしこさんといい歳、りょうちゃん、そしてアミューズのトップガイドの白砂さんの13名が集まってくれました。038.gif
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 タコのマリネ。
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 ペンネ。
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 エビのピザ。エビは頭から尻尾まで食べられます。038.gif
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 前沢牛のリゾット。
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 トマトと茄子のパスタ。
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 エビと野沢菜のパスタ。
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 アレグロピアットの手作りパン。このパンに料理のソースをつけて食べます。
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 森ちゃんの奥様の「上からマリコさん」はお仕事で来ることができませんでした。それだけで森ちゃんは上機嫌。「上からマリコさん」がいるといないとでは、同じ人とは思えないくらいの変わりようです。普段、森ちゃんが「上からマリコさん」に虐(しいた)げられているか容易に想像できます。しかしながら、りょうちゃんは「上からマリコさん」の般若のような顔も見たかったです。037.gif038.gif
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 一人一枚顔写真。皆さんから掲載の許可を得ております。セントラルの年寄りどもは黙っていてください。まずはその森ちゃん。終始笑顔。今日は牛乳寒天を買わなくてもういいようです。037.gif
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あきちゃん。山に行けば、いい歳、りょうちゃんといつもしんがり争いをするライバル。カレーライスを6杯食べられます。倉持さんは4杯、りょうちゃんは3杯です。038.gif
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 チギ千吉良さん。意外、この面構えでお酒が飲めません。いつも山ではりょうちゃんが持っていくお饅頭を喜んで食べてくれます。038.gif
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 中島さん夫妻。これの恰好はあのハーフのまねでしょうか。038.gif
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ハニー羽入さんとベジー太宮崎さん。共通点のある二人です。038.gif
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 みうらっち三浦さん。早く身を固めたらいかがでしょう。037.gif
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 大井町湯屋のNo.2、よしこさん(No.1は以前紹介したおばあさんの佐藤さんです)。AKB48で言えば、大島優子にあたる地位の人です。038.gif
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かとたつさん。今回、大井町でのおしきせの会に初参加。また来てくださいね。
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 アミューズトラベルのトップガイド、白砂さん。名前とはちがい色が黒いので仲間からは「黒砂(くろすな)さん」と呼ばれているそうです。前日までウズベキスタンへ行っていました。くらすなさんはカメラを向けるといつも変顔をします。ツアーでも倉持さんとお客の前で変顔をやってください。038.gif037.gif
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 今日の主役はこの方でした。今は山にはあまり顔を見せなくなった、あやちゃん。しかしおしきせの会には欠かさず来てくれます。この日サプライズでお誕生日祝いをさせてもらいました。実年齢は存じておりますが、推定年齢23歳としておきます。038.gif067.gif
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 おしきせの会の最後は、店の前で記念撮影。第85回おしきせの会、お開きです。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 ケインズは、第1次世界大戦から、第2次世界大戦が終わるまで活躍をした、イギリス生まれの世界的な経済学者です。
 彼は1882年に生まれ、故郷のケンブリッジ大学を卒業後、一時期役所づとめをしましたが、間もなく退官、その後は生涯、母校の経済学教授として過ごしました。

 彼は1936年、世界大不況の経験を基礎に、名著『雇用・利子および貨幣の一般理論』を出して、一躍脚光を浴びました。

 従来の非マルクス経済学に大きな転換を引き起こす新しい理論大系を発表したのです。いわゆる“ケインズ革命”と呼ばれるものです。

 資本主義経済は、個人の自由な活動にまかせておくと、需要と供給の調節がとれなくなり、やがて大量の失業者を生んで社会的混乱をまき起こす。したがって、これからの新しい時代には、金利の操作とか、輸出入の制限とか、総需要の調節に、国家が介入し、国家による管理経済政策を行うべきである。そうすれば、少しばかりインフレになっても、それを吸収し、失業者も出さずに、経済は発展の道をたどる―――こういう理論です。

 たしかに第2次世界大戦後、世界の多くの国々は、ケインズ理論を信奉して、戦後の経済復興を成功させてきました。

 しかし、突然の“石油ショック”で経済の様相は一変してしまいました。各国とも経済は停滞し、失業者は増大、国家財政は赤字に転落です。ケインズ理論がそのままでは適用しなくなりました。

 ケインズは、そのことを知らず、1946年4月21日、63歳で亡くなりました。経済は生きものです。理論通りには行きません。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 さて、おしきせの会がお開きになり、謡いの会へ行きたいという方だけで大井町の歌謡道場「バーディー」さんへ行きました。何時までいたのか、まったく覚えておりません。白砂さんが大井町駅前であわててタクシーに乗ったのを覚えています。翌日は初心者山歩き教室の妙義山中間道に行くことにしていましたが、この状態ではとても行けないと思い、キャンセルすることを決めていました。しかし、当日は朝5時前に目が覚めてしまい、体の調子もいいので予定通り、妙義山中間道へ行くことにしました。4月22日は午後から雨が降るとの予報。じゅんやさん夫妻は天候悪化を察知して早々とキャンセルし、いい歳、りょうちゃんは一番後ろの席にポツンと一人でさびしい山行きとなりました。038.gif
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 車窓から見た妙義山。どんよりと曇っています。何とか雨が降らずにもってもらいたいものです。
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 今日は妙義山に行くといっても、頂上へ行くわけではありません。整備された中間道を妙義神社から中之嶽神社まで歩いていきます。参加者は全員で25名、ガイドさんは中野さん、向笠さん、高橋恵里香さん、総勢28名のツアーです。
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 中間道といっても写真のような山道で、アップダウンもありました。私はいつものようにしんがりから写真を撮りながら歩きます。最後尾を歩いていたのは高橋恵里香さんで、昨年末から私が雪山を始めたこと、上州武尊山で泉田ガイドに終始怒られながら下山したこと、川上ガイドからお饅頭を持ってこないように倉持さん経由で言われたこと、北岳で木村カエラに会ったことなどお話ししながら山歩きしました。恵理香さんから木村カエラの本名は木村カエラ理恵ということを教えてもらいました。038.gif
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 第一見晴らし台に登って、景色を楽しみました。
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 正面に見えるのは白雲山、妙義山系最高峰。今回のツアーでは登りません。
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 中間道中間点に本読みの僧が座っています。
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 本読みの僧の前を通過し、四阿があるところでお昼ご飯を食べました。鶏飯。アミューズで出されるお弁当にしてはおいしいほうでした。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 雨に降られずに、お昼を済ませて「関東ふれあいの道」を進んでいきます。
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 途中、痩せ尾根にかかっている鉄の階段を登って行きます。
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 鉄の階段の両側は断崖で切れています。この階段がなければ、恐ろしくて登ることはできないでしょう。038.gif
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 鉄の階段が終わると、このような岩がせり出した場所を進みます。
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 今回は頂上へ行かないので、ここで記念撮影。
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 この岩の道を通りぬけると、ついに雨が降って来ました。使いたくなかった雨具とザックカバーを取り出しました。この向こうに有名な大砲岩があります。
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 第4石門に到着。14時43分。歩き始めて4時間40分ほど経過していました。雨足は徐々に強くなっていました。この第4石門の前で集合写真を撮りました。
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 中間道最後の下りを降りていきます。
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 中之嶽神社に到着。
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 この階段を下りれば、中間道終了です。
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 日本一大きい大黒様。
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 この後、さくらの里で桜を見る予定でしたが、桜はまだ三分咲きでした。
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 しかし入浴施設の前の桜は満開でした。入浴後、向笠さんからアミューズのことをいろいろと教えていただきました。038.gif
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 曇る妙義山に桜。目の前には桜の渚が広がっていました。056.gif
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次回は大台ケ原、大峰山の報告をします。060.gif





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by ryott-ryott | 2012-05-01 22:16 | 桜の渚・妙義山中間道 | Comments(0)

秋田県の旅・最終話、桜の角館へヽ(^o^)丿

旅行・地域
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5月3日(祝・月)憲法記念日。秋田の旅・最終日。
この日の朝もホテルサンルーラルの屋上で朝日を待ちました。午前4:30に受付へ行き、当直の方に屋上を開けてもらいました。昨日とは違い、東の空には厚い雲はなく、朝日を見ることが出来そうです。
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ホテルサンルーラル大潟の屋上で朝陽を撮った後、ひと風呂浴びてから朝食。最終日はどこへ行くべきか、考えあぐねていました。秋田駅から奥羽本線に乗って1時間ほどの象潟(きさかた)へ行き、九十九島でも見ようかと考えていましたが、前日、第一タクシーの中西さんからこの時期に行っても田んぼに水を張っていないので仕方がないとのアドバイスを受けました。
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 5月に入ってから晴天が続いたため、角館の枝垂れ桜が見ごろになっているとの情報を得ました。1回の旅で同じ場所に3回も行くのは初めてでしたが、折角なので、再々度、桜を求めて角館へと足を延ばしました。
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(兵庫ケンイチ/わすれない~約束~)


「憲法は、革命うあクーデターの決算書である」
 こんな言葉がありますが、たしかにいずれの国でも、一国の政治的支配体制が変革をすると、新しい支配体制の意向を受けた、法的総括として憲法がつくられます。
 明治憲法も、明治維新を成し遂げた明治政府の意向を入れた憲法です。
 戦後の「平和憲法」と称される現行日本国憲法も、昭和22年(1947年)5月3日に施工されました。
 当時の吉田茂首相は「われわれ国民の自由な総意によって確定された・・・・」と談話の中で強調していますが、それはタテマエ論であって、実際は新しい政治体制の支配者、アメリカ占領軍の意向を尊重してつくられたものです。
 現在、憲法“第9条”が問題になっていますが、マッカーサー司令部が最初に示した草案は、次のようなものでした。

  国家主権の発動として戦争は廃止される。日本は、紛争解決の手段としての戦争のみならず、自国の安全を維持する手段としての戦争をも放棄する。日本は、その防衛と保全とを、今や世界を動かしつつある崇高なる理想を委ねる。
 日本が陸・海・空軍を維持する機能は将来共に許可されることがなく、日本軍に交戦権が与えられることもない。

この起草者が、実はチャールズ・ケーディス陸軍大佐でした。彼は昭和3年(1928年)に批准されたパリの不戦条約をモデルに、理想的な“第9条”を書きあげたのです。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif
あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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秋田駅から新幹線に乗って、角館へ40分。途中の大曲駅で新幹線の進行方向が逆になるのですね。九州の日豊本線の小倉みたいです。
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5月3日は連休真っ只中。気温も今までの寒さが嘘のように20 ℃を超える陽気。そして、角館は大変な人で賑わっていました。角館の枝垂れ桜は見ごろの予報、それから桧木内川のソメイヨシノは3分咲き。しかし、4月29日の状態に比べたら、桜並木は満開に近い咲きっぷりでした。056.gif
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 角館は大変な人出で、食事するところはどこも満席であり長蛇の列でした。空いているなぁと思うと、すでに食べ物は完売状態でした。私は再度、駅前の地酒屋さん「地酒のふじた」さんで試飲をしました。私のお隣に腰かけた方は盛岡から来たという方で、この角館にはよく来るとのこと。桜の咲く時期よりも、9月7~9日の角館のお祭りの方がずっと人が多いとのことでした。人口15000人の角館に40万人の人が押し寄せ、3日3晩お祭り騒ぎが続くと言います。このお祭りの見どころは、自分たちの町の山車を他の町の山車とぶつけ合い、闘うというかなり激しいお祭りだそうです。そして、その間の角館の宿泊施設は2~3年前から予約で一杯であり、なかなか取れないとのことでした。

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 そして秋田まで戻り、秋田駅前で一杯やってから、秋田空港へ向かいました。
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今回は4泊5日の秋田県の旅でした。前半は悪天候と低温でどうなってしまうのかと思いましたが、5月に入ってようやく晴れて、桜とお日様を見ることができました。
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by ryott-ryott | 2010-05-10 00:36 | 秋田県の旅 | Comments(0)

秋田県の旅・第3話 秋田千秋公園と八郎潟桜並木をゆくヽ(^o^)丿

旅行・地域
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秋田の旅・第3話。このシリーズは第5話まで報告します。
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5月1日(土)の朝も田沢湖は雨でした。しかも昨夜は稲光を伴なう激しい雷雨でした。湖から龍が現れるのではないかと思うほどでした。
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この日で田沢湖には別れを告げて、第2の本拠地である八郎潟へと向かいました。田沢湖から終点・秋田まで秋田新幹線で向かいました。田沢湖では悪天候でしたが、秋田へ近づくにつれて雲が薄くなり、日差しと雲の間から青空が顔を覗かせる空模様でした。

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秋田から奥羽本線で八郎潟へと向かう予定ですが、秋田駅で寄り道をしました。秋田の千秋公園は4月29日(祝・木)の時点で桜が満開との情報。千秋美術館へ立ち寄った後に、満開の桜の千秋公園へ行きました。

やはり秋田の千秋公園も例年に比べると桜の開花は遅れており、桜が満開であるにもかかわらず、桜祭りは終わっていました。しかしながら、千秋公園の桜は見事なもので、桜の下にはたくさんの花見客で賑わっていました。


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(まんが日本昔話「五郎兵衛淵」)

5月1日は労働者の祭典、メーデーです。
メーデーの起こりはは、1886年5月1日、アメリカのシカゴで、53万人の労働者が団結し、ゼネストを実施して8時間労働を勝ち取ったことが発端です。
そして、この勝利はヨーロッパの労働者にも刺激を与え、それから3年後の1889年、パリで開かれた国際社会党大会で、この日を記念し、世界的な労働者の連帯をはかるため、毎年5月1日、世界各地でメーデーを開くことが決められました。
 日本でメーデーがはじめて行われたのは、大正9年(1920年)です。5月1日が土曜日だったので5月2日の日曜に実施されました。上野公園に5000人の労働者が集まったと記録されています。
 戦前のメーデーは昭和11年(1936年)の第13回メーデーを最後に、戦争のため中断。戦後は昭和21年(1946年)に11年ぶりに復活して今日に及んでいます。
 ところで、メーデーを扱った文学作品はいくつかありますが、代表的なものは、昭和27年(1952年)5月1日、皇居前広場で”血のメーデー”といわれた、第23回のメーデーを描写した阿部知二の『日月の窓』ではないでしょうか。デモ隊6000人、警官5000人が大乱闘の末、2人が射殺された事件です。
 阿部知二は、明治36年(1903年)岡山県に生まれ、姫路中、八高、東大英文科を卒業した小説家、評論家、英文学者として知られた人です。
 彼は戦後、従来の自由主義的立場から、次第に革新陣営に近づき、進歩的知識人として、種々の社会活動に参加して活躍しました。
 昭和48年(1973年)4月、70歳で亡くなりました。『阿部知二作品集』全5巻(河出書房)、『阿部知二全集』全13巻(河出書房新社)があります。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif
あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに


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千秋公園で満開の桜を見た後、奥羽本線に乗り、八郎潟駅へ。第2の本拠地、ホテルサンルーラル大潟へ向かいました。駅から車で約20分のところ、大潟村にあります。男鹿半島での夕景を写真に撮影したくて男鹿半島の宿泊先を探していたのですが、すべて満室であり、唯一、空室があったのがサンルーラル大潟でした。しかし、この日のサンルーラル大潟も連休中とあって、満室だったそうです。
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八郎潟のほぼ真ん中を突っ切って、10 kmにも及ぶ桜並木・菜の花ロードには圧倒されました。地元の方の話では、今年は気温が低いため、桜も菜の花も花の粒が小さいとおっしゃっていました。しかし、はじめて見る私にとっては、とても感動的な風景でした。
千秋公園でも、八郎潟の桜並木・菜の花ロードでも感じたことは、桜には香りがあるということです。東京での花見の時にはわかりませんでしたが、満開の桜の下、桜にはあの独特な香りがあることがわかりました。桜餅や桜湯の匂いです。あの香りは人工的につくられたものかと思っていましたが、実は桜そのものの香りでした。

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田沢湖での悪天候が嘘のように、八郎潟では晴天に恵まれました。そして、夕方、ホテルの近くの宮沢海岸へ夕陽を撮りに行きました。晴天といっても、風は強くて、結構、砂まみれになってしまいましたが、今回の旅ではじめて夕陽を撮ることが出来ました。
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ホテルに戻って夕飯後、温泉に入りました。大潟村から出る温泉は海藻が堆積した地層から湧き出ており、茶色いお湯でした。関節部の痛みや美肌に効果があることが、大学の研究者によって立証されたそうです。

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さて、次回、秋田の旅第4話は男鹿半島の周遊記を報告します。

To be continued.

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by ryott-ryott | 2010-05-08 03:26 | 秋田県の旅 | Comments(0)

七福神巡り、桜めぐり。いい歳、りょうちゃん、川越散策ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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先週月曜日に休暇をとって、雨の御殿場へ行ったことを前回報告しましたが、10日土曜日の朝、8:40頃、李先生から突然電話がありました。先生は今、御殿場にいるとのこと。どうやら、土曜日の朝、天気がいいのを見て、御殿場に行ってしまったようです。したがって、本日の施術はキャンセル。他のお客さんにも電話をかけてキャンセルしたのでしょうか。しかし、先生は電話口で「とてもいい写真が撮れた。景色もきれいだ。」とおっしゃっていました。 058.gif041.gif
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 056.gif日曜日に休日出勤を申しつけられていたこともあり、土曜日、湯屋に行くことをやめて、カメラ片手に桜を撮りに、川越に行ってみました。やはり晴れた日の桜が最高です。056.gif
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知る人ぞ知る川越は大井町から臨海線快速で67分、終点の駅です。大宮を過ぎたあたりから、車窓から見る景色には春の花々が散りばめられており、これからの川越散策に期待が膨らむばかりでした。
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 さて、どこからまわろうか。私の目に入ってきたのは、川越の七福神巡り。全長6 km。私の健脚なら1時間で周ることができるな、直感的に思いました。考えてみれば、昨年の今頃は突然に発症した坐骨神経痛に苦しんでいましたが、いまではすっかり平癒して、ダッシュして電車への駆け込み乗車が出来るまで回復した今ならば、6 kmの道のりなど取るに足らない距離なのです。037.gif
 七福神巡りは順番があるようであり、川越駅の東南の位置にある妙善寺からほぼ反時計回りに、妙善寺の毘沙門天、天然寺の寿老人、喜多院の大黒天、成田山の恵比寿天、連馨寺(れんけいじ)の福禄寿、見立寺(けんりゅうじ)の布袋尊、妙昌寺の弁財天を巡っていく行程でした。
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(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif
あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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昭和21年(1946年)4月10日は「婦人の日」、わが国ではじめて婦人参政権が行使された記念の日にあたります。
 婦人の参政権は、外国の例をみてもわかるように、フィンランド、ノルウェーなどは1905年から、イギリス、ドイツなどでは1918年から、かなり早い時期に行使されています。
 日本でも、大正14年(1925年)、男子普通選挙法が成立した前後から、婦人参政権獲得運動が繰り
が繰り広げられましたが、終戦まではその実現をみることができませんでした。
 戦後、占領軍の指導で新憲法が生まれ、男女平等の原則が認められて選挙法が改正され、ようやく第1回の婦人参政権が行使できるようになったのです。
 このときの選挙で、一挙に婦人議員39人が誕生して話題を呼びました。ここにいたるまで戦前から長い間、婦人参政権の獲得、婦人の地位向上のための婦人運動を推進してきた指導者を忘れるわけにはいかないでしょう。その人の名は市川房枝です。
 彼女は明治26年(1893年)、愛知県中島郡明地村(現・尾西市)に生まれました。
 大正7年(1918年)、名古屋新聞(現・中日新聞)の記者をやめて上京。婦人運動の創始者ともいえる平塚らいてうの提唱する“新しい女”の運動に参加して、婦人の参政権獲得に奔走してきました。
 戦後、婦人有権者同盟を組織し昭和28年(1953年)の参議院選挙に初当選、以後連続3回当選。昭和49年の参院選全国区では第2位当選、昭和55年(1980年)の選挙では見事第1位当選を果たしました。
 一生を独身で通し、生涯を婦人運動に捧げ、昭和56年(1981年)2月11日、88歳の米寿のお祝いを目前に、87歳9カ月の生涯を閉じました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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七福神巡りの1番手は毘沙門天の妙善寺。お寺はとても静かな様子でした。お守り売場でご朱印をもらおうと思いましたが人影はなし。境内の中のお宅を訪ねて、ご朱印をもらいました。妙善寺のお母さんが言うには、縁日のある正月1日~7日までと、毎月1日以外はあまり七福神巡りをする人はいないそうです。
 七福神のすべての訪印が押されている色紙と毘沙門天のご朱印を妙善寺で買って、毘沙門天さんとさつまいも地蔵尊にお参りしました。

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妙善寺・毘沙門天
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さつまいも地蔵尊。川越はさつまいもが有名で、さつまいもを使ったお菓子がたくさん売られていました。お地蔵さまは手にさつまいもを持っています。

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2番手は天然寺・寿老人。ここもお守り売場に人影なし。お宅の呼び鈴を鳴らして、お寺の人を呼び出して、ご朱印をもらいました。寿老人像はガラス張りの小屋におさめられていました。光が反射して、写真を撮ることができませんでしたが、天然寺の桜は見事なものでした。056.gif
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056.gif天然寺の桜056.gif
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喜多院の大黒天に行く前に中院に立ち寄りました。

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そして喜多院へ。喜多院が川越で最も大きい寺院ではないでしょうか。境内の中は出店が多数連なっており、あちこちでお花見が催されておりました。喜多院では、徳川家光公生誕の間があり、展示もありましたが、あと4人の神様を周らなければならないため、先を急ぎました。
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喜多院・大黒天
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4人目は成田山・恵比寿天。成田山ではお釈迦様の花まつりも行われていました。お釈迦様像に甘茶をかけました。

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そして5人目は連馨寺・福禄寿。5枚目のご朱印をもらって、本殿のほぼ中央わきに、真赤な銅像「おびんづる様」が安置されていました。おびんづる様は病人を助け、悪人を懲らしめて、心に悩みを持つ人に教えを説いて、多くの人を救った十六羅漢のひとり。この「おびんづる様」をさわってなでると悪いところがすぐに治るとのこと、私もなでさせていただきました。004.gif
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さきを急ぎます。6人目、見立寺(けんりゅうじ)・布袋尊。ここもお寺の中のお宅の呼び鈴を鳴らして、ご朱印を戴きました。布袋様はガラス張りの小さな小屋に安置されていましたが、その前に布袋様の石像が建っていました。
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そして、いよいよ最後は妙昌寺・弁財天。見立寺から地図を頼りに、妙昌寺まで20分以上歩いたでしょうか。何処にあるのか少し迷ってしまいましたが、ついに辿り着きました。弁天様にお参りし、7枚目のご朱印をもらいました。時計を見ると16:30。カメラで写真を撮りながらの散策でしたので、約2時間30分かかりました。
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まだ日はたかかったので、蔵造りの街並みを見ました。しかし、040.gifこの通りは自動車の通行量も多いです。040.gif
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最後は新河岸川沿いの桜を見て、氷川神社に立ち寄って来ました。
今回は短い時間で駆け足で七福神巡りをしたため、見るべきところをかなり省いてしまいました。次回はゆっくり周ってみたいと思います。
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氷川神社。
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024.gifたまたま結婚式が行われていました。024.gif
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056.gif川沿いの桜056.gif
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時の鐘。夕方、6時に暮れ六つの鐘が鳴りました。

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by ryott-ryott | 2010-04-12 10:06 | 散歩 | Comments(2)