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百人サックス&歩みの会、花の鹿俣山を行く

旅行・地域
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 6月8日(土)は先々週の上智大学の銀祝で25年ぶりにお会いした片岡さんからお知らせいただき、桜木町の横浜にぎわい座に百人サックスを聴きに伺いました。にぎわい座は普段は落語の寄席をやっているようです。
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 少人数のユニットライブから始まり、すべてのユニットのメンバーによる演奏(百人サックス)、プロによるライブの3部構成でした。当初、入場料は500円とのことでいたが、会場に行くと無料になっていました。038.gif
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 演奏の曲目も、本格的なジャズはもちろんのこと、J-POPから演歌まで多岐にわたっていました。写真は「津軽海峡冬景色」を演奏する片岡さん。038.gif
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 トークも面白く、「デスペラード」という曲は「ならず者」という意味だそうですが、その「ならず者」を結婚式で演奏したというトークに会場は爆笑していました。037.gif

 百人サックスでは会場いっぱいに演奏者が並び、自分のすぐ目の前に演奏者がいて、私のために演奏してくれていると錯覚するくらいでした。038.gif

 最後はプロの演奏で、終演時間の17:30を超えての演奏を楽しく観覧しました。片岡さん、ありがとうございます。038.gif038.gif038.gif


 翌日の日曜日は、勇才さんから鯖が釣れたとの連絡が有り、勇才さんに行きました。
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 いつもの茶碗蒸し。今日は本蛤が入っていました。
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 鯖を塩につけて水分を抜いています。
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 鯖を酢でしめて、〆鯖を作ります。
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 刺身の様な〆鯖でした。
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 〆鯖の炙り。
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 首を折って、血抜きした鯖を持つ勇才さん。今日は鯖づくしです。
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 鯖の味噌煮。
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 勇才農園の茄子の炒め物。
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 うつぼの干物。
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 最後は桜えびとマグロの漬け丼。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 ある雑誌が、「6月10日は何の日か知っていますか」とインタビューを試みたことがあります。「梅雨入りの日かな」「父の日と違う」「時の記念日?わかった、日本人がはじめて時計をつくった日じゃない」こんな答えがかえってきました。

 「時の記念日」は、天智天皇(671年)が、はじめて水時計(漏刻)を新台に置き、鐘鼓を打って時を知らせた『日本書紀』の故事に基づいて、大正9年(1919年)に、生活改善同盟の提唱で設けられたものです。

 国民が時間を尊重し、正確な時間の観念を普及し、生活の合理化、改善をはかるのが目的でした。日本ではじめてつくられた水時計(漏刻)というのは、水槽に水を張り、その水槽に小さな孔をあけ、漏れた水によって時を計ったものです。時間を尊重し、正確な時間の観念を普及するためにつくられた「時の記念日」も、制定以来60有余年も過ぎたのに、土地による「○○時間」と称するものが依然として残っています。

 「少年老い易く、学成り難し、一寸の光陰、軽んべからず」昔、旧制中学の漢文の時間に習った言葉が懐かしく思い出されます。

 時計でもう一つ思い出すのは、「時計の塔」のことです。ヨーロッパを歩くと、噴水、彫刻と並んで、立派な「時計塔」がたくさん目につきます。ウィーンやロンドンの議事録、コペンハーゲンやマンチェスターの市庁舎、ロンドン、パリ、バーゼル、ヘルシンキの駅舎、ベネチアのサン・マルコの大聖堂をはじめ、教会にある「時計塔」・・・・・日本から行くとうらやましく思います。

 札幌の「時計台」も有名ですが、やはりあの時代、欧米の模倣として作られたものでしょう。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 6月10日(月)は休暇を取って、歩みの会で鹿俣山(かのまたやま)に行ってきました。今日は玉原(たんばら)湿原を横切り、スキー場を通って、鹿俣山へと登ります。
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 玉原湿原駐車場のレストハウス。
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 レストハウスで売っていた日本酒「尾瀬の雫」。しかしながら、戻ってきた時にはレストハウスは閉店になってしまいました。
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 レストハウス前の花壇にオダマキが咲いていました。栽培種です。
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 いつものように準備体操から始まります。この方の柔軟性は健在でした。038.gif
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 大人数でいよいよ出発です。
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 玉原湿原に入る前の車道でエビネチドリが咲いていました。
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 ブナの湧水を汲む千田ガイド。
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 玉原湿原に入っていきます。
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 オゼダイゼキ、灯台草とも言うそうです。
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 モウセンゴケ。
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 ブナ林の中を進んでいきます。
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 マイヅルソウ。マイヅルソウは2枚葉でないと花をつけないそうです。
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 チゴユリ。
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 はせやんが好きなコバイケイソウ。
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 朴の木の葉。朴葉焼きが食べたくなりました。
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 ユキザサ。
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 ラショウモンカズラ。この名前の「ラショウモン」は「羅生門」で、渡辺綱が切り落とした鬼の腕に形が似ていることに由来しています。
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 ギンリョウソウ。
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 夏ゼミの抜け殻がたくさんありました。
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 ブナ平で昼食となりました。今日のお弁当はダルマ弁当でした。038.gif
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 昼食後、ブナ平で記念撮影。024.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 ブナ地蔵。よく見るとお地蔵様に見えるようです。
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 トチノキの花が咲いていました。
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 スキー場を横切って行きます。
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 スキー場で記念撮影。
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 玉原湖が見えます。
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 ミドリユキザサ。
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 エンレイソウ。
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 サンカヨウの白い花が咲いていました。
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 1枚葉のマイヅルソウ。1枚葉は花を付けません。
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 14時09分鹿俣山の山頂に到着。標高1637 m。
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 頂上で記念撮影。倉持さんのブログからもらいました。
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 下山を開始。
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 下山途中から見た上州武尊山。
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 夏ゼミ。
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 ウワミズザクラ。
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 クリンソウが鮮やかでした。
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 下山後の入浴は、望郷の湯でした。今回もバスの中で大宴会をして、東京まで戻ってきました。038.gif 
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地




 
次回は猫魔岳&磐梯山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-06-23 16:49 | 歩みの会・鹿俣山

歩みの会・花の百名山、高鈴山を行く

旅行・地域
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 前回、浦安・上野特配グループの名称として「りょうあしの会」という名称を考え、提案したということを書きましたが、甲州高尾山のバスの中で参加者全員に拒絶されたということを伝えられました。残念ながら、「りょうあしの会」という名称はお蔵入りということになります。全員一致で採択された特配グループの名前は「山歩の会」(さんぽのかい)だそうです。

 また「りょうあしの会」という名称は、ハンディキャップを持った人たちを蔑視していると言いがかりをつけられました。今の時代は、両足が揃っていない人、片目だけの人、片腕だけの人などハンディキャップを持った人たちも普通の健常者と同じように山歩きを楽しむことができることを考えると、「りょうあしの会」はそぐわない名称だというのです。

 前回も書きましたが、「りょうあしの会」という名称は、「登」の豆の上の文字「はつがしら」が「両足でしっかり立って登っていく」「はねる」という意味を持っており、「発展」「発達」「発育」「発起」「発想」「発願」など前進・希望をあらわす言葉につながっていくことから、考えました。ハンディキャップを持った人たちを蔑視した意図は微塵もありませんし、「山歩の会」のように他の山歩きサークルの名前を模倣して、適当に考えたわけではありません。

 「山歩の会」という名称は、他にもたくさんあることを知らないのでしょうか。私は他のグループ名の模倣した「山歩の会」という無教養な名称には反対であり、そんな名称にするならば、名前などないほうがましです。どうしても「山歩の会」にするのであれば、副会長として運営のお手伝いをすることをお断りすることもお伝えしました。「山歩の会」への会費を払うことも、会員になるつもりもありません。会員以外は山には連れて行かないというのであれば、それでも結構です。「おしきせの会」も今後やるつもりはありません。

 「りょうあしの会」という名称がハンディキャップを持った人を蔑視していると言いがかりをつけてくる人こそ、ハンディキャップを持った人たちを蔑視している証拠です。



(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

 
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   沖の暗いのに白帆が見える あれは紀の国みかん船・・・・・・

 この歌で知られる紀伊国屋文左衛門が、荒天続きの海をおそれず、紀州から江戸まで、正月用のみかん船を漕ぎ出し、莫大な利益を挙げた男であることはご承知のとおりです。

 彼は、そのみかん船で得た利益を資本にして、江戸で材木屋を開業しました。“火事と喧嘩は江戸の華”といわれた時代です。火災のあとの材木の需要は推して知るべしです。たちまちのうちに巨万の富を築き、“紀文”の名は江戸市中に広まりました。商売人はとしては天性の資質をもっていたのでしょう。読みといい、度胸といい、すぐれた商才の持ち主でした。上役にとりいる術も心得ていました。将軍綱吉のお気に入りの老中柳沢吉保にも可愛がられ、いつの間にか幕府の御用商人にもなりました。

 元禄10年(1697年)、上野寛永寺の造営工事の権利に手をだし、当時これで50万両は儲けただろうと噂されました。新井白石は『折たく柴の記』のなかで、悪徳御用商人として、彼を避難しています。

 「紀文大臣」といわれ、不夜城を誇る吉原を買い切ったり、あるいは節分の豆まきには、豆のかわりに小判をまいて、みんなに拾わせたりという伝説のたぐいは、たくさんあります。

 だが、このような政商のたどる宿命はいつの世も同じです。老中柳沢吉保の失脚とともに、彼の事業は裏目、裏目に回転し、一代で築いた財産は、一代で失う結果になってしましました。零落の一途をたどった彼は、享保19年(1734年)4月24日、深川八幡の小さな家で、ひっそりと66歳の生涯を閉じたといいます。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 4月24日(水)休暇を取って、歩みの会に参加しました。今日は茨城県にある花の百名山・高鈴山へ行ってきました。朝7時に新宿西口に集合し、かすかべ観光のバスで目的地に向かいます。「歩みの会」の山行はこの4月からトラベルギャラリーで行われるようになりました。
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 この日の天候は雨の予報。最初は薄曇りでしたが、徐々に雲が厚くなり、バスが御岩山神社の駐車場に到着した頃には、ポツン、ポツンと雨が降りだしました。写真は準備体操の様子です。
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 御岩山神社の駐車場にはミズバショウが咲いていました。
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 午前9時48分、御岩山神社の境内を通って、高鈴山から助川山へと歩き出しました。
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 しゃくなげの花。
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 ヤマブキが咲いていました。
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 「森の巨人たち100選」に選ばれている「御岩山の三本杉」。樹齢500年。
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 御岩山神社の仁王像。
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 お地蔵様。
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 マムシグサ。
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 タチスボスミレ。
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 いよいよ山道に入っていきます。
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 トオゴクサバノオ。東国鯖の尾、種が鯖の尾っぽのように見えるそうです。
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 タネツケバナ。種漬花、水田の雑草として知られており、時として水に浸かっていることから、この名前が付いたようです。
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 ここから勾配を登っていきます。
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 イワウチワがありました。山に行けば見飽きるぐらい咲いているイワカガミとのちがいは、イワカガミのほうが花が小さく、一株に花を複数つけるのに対して、イワウチワは一株に一輪しか花がつきません。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 キブシの実。キブシの実にはタンニンがおおく含まれており、黒い染料が採れるところから、昔はお歯黒に使われました。
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 シキミ(樒)の花。植物全体に毒があり、とくに実にはアニサチンという神経毒が含まれており、法律で栽培することが禁じられています。有毒な実であることから、「悪しき実」から「シキミ」と名付けられたそうです。
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 雨足が強くなってきたので、雨具の上下を着用しました。
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 野中ちゃんとあいちゃん。037.gif
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 雨具を着て、再び歩き始めます。
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 御岩山の山頂から少し下がったところに、イワウチワが咲いているというので、みんなで順番に見に行きました。
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 イワウチワの花。
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 馬酔木(アシビ)も咲いていました。
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 御岩山でイワウチワを見たあとは、賑やかにお昼を食べました。ゼンマイが芽を出していました。
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 昼食後の記念撮影。左からあいちゃん、浅場会長、野中ちゃん、新房ちゃん。野中ちゃんは会長とツーショットで撮ってもらいたかったようですが、いつも邪魔されてしまいます。037.gif
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 毬子さんと記念撮影。
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 高鈴山山頂。
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 オオシマザクラが咲いていました。
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 高鈴山の山頂で記念撮影。左から浅場会長、新房ちゃん、鈴木けいちゃん。
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 森さんと毬子さん。
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 左から和田ちゃん、塚ちゃん、会計の染谷さん。
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 雨の中、助川山を目指して出発。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


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 金山百体観音。
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 おむすび池。1991年3月にこの一体は山火事になったそうです。
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 林道を歩き続けて、14時28分、助川山の山頂に到達しました。
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 雨風で寒かったので、助川山の山頂で記念撮影をさっさと済ませて、下山しました。
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 上溝桜。「上溝桜」と書いて、ウワミズザクラと読みます。兵藤さんに教えてもらいました。花の蜜が多く、虫がたくさんたかっているそうです。今日は雨が幸いして、虫はたかっていませんでした。
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 山の神神社に無事に下山できたことをお礼しました。
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 ヒメオドリコソウ。
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 入浴を済ませて、新宿まで戻ってきました。今回はコンビニに寄ってくれなかったため、お酒とおつまみを調達することができず、しずかにバスの中で寝てました。コンビニに寄らないなら、早く言ってもらいたいものです。次回の歩みの会は6月10日(月)の鹿俣山~玉原高原に参加する予定です。
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次回は雪山・至仏山の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2013-04-30 13:28 | 歩みの会・高鈴山~助川山

春を迎えに、陽だまりハイク、歩みの会・古賀志山を行く

旅行・地域
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 3月9日(土)~10日(日)は山旅クラブで雪山の日光白根山に行く予定でしたが、家の都合で行けなくなってしまいました。ごめんなさい。3月の第2週くらいから、花粉症の症状がひどく、3月17日(日)のあづみ野歌声喫茶へ出かけることも取りやめにしました。040.gif
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 現在、東急大井町線の高架下は耐震強化工事をしており、高架下にあったお店はすべて立ち退きを強いられたようです。最後まで立ち退かなかった「福万食堂」も昨年末をもって営業終了したとの貼り紙がされていました。
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 東急社員による立ち退きの悪いうわさはたくさん聞きました。立ち退き料130万円で立ち退きを迫り、「これでは新しい住居も探せない」と立ち退きできないことを懇願する住民に一切取り合わなかったという話を聞きました。
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 写真は高架下の福万食堂で、昔は歩道の右側にも小さな商店街があり、店が軒を連ねていました。第一京浜から大井町にかけて、道路を繋いでおり、その商店街もなくなって20年近く経ち、ようやく道路が出来つつあります。この道路は私が小学生のことから大地震が起こったときのための避難道路としてつくる話がありました。それから40年以上経った今でもまだ完成していません。
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 写真は昭和3年(1928年)頃の大井町駅付近の大井町線高架(郷土出版社「目で見る品川区の100年」p.75から引用)。高架下は何もありません。
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 昭和28年(1953年)頃の大井町駅西口広場(郷土出版社「目で見る品川区の100年」p.141から引用)。現在イトーヨーカ堂が建っている場所に居住地域が見えます。この居住地域は昭和38年(1963年)に解体されています。
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 また荏原第三中学校は大間窪小学校と合併し、小中一貫の「豊葉の杜学園」という名前で、今年の4月からスタートするそうです。豊葉の「豊」は豊町、「葉」は二葉町から取り、「ほうよう」と読みます。新しい校舎で勉強できる子どもたちは羨ましい限りです。038.gif
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 大間窪小学校正門、昭和28年(1953年)(品川WEB写真館から引用)。
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 上空から撮影した大間窪小学校、昭和29年(1954年)(品川WEB写真館から引用)。
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 荏原第三中学校校舎、昭和22年(1947年)(品川WEB写真館から引用)。
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 荏原第三中学校朝礼の風景、昭和47年(1972年)(品川WEB写真館から引用)。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 武田勝頼は、父信玄の「3、4年は父の死を秘し、国内の備えを堅めよ」という遺言に背き、老練な家老たちの諫言もきかず、父の死後10ヵ月にして、早くも美濃、駿河に攻め入りました。

 幸いこのときは勝利をおさめましたが、その余勢をかって、天正3年(1575年)5月、こんどは三河長篠城を攻めました。しかし、前回と違い今回は決定的な大敗北を喫しました。
 勝頼はこの戦いで、信玄以来歴戦の有力な武将の大半を戦死させ、無敗を誇った虎の子の武田騎馬隊を壊滅させてしまいました。信長の技術革新の戦略、3000挺呈の鉄砲という新兵器の前に、もろくも崩れ去ってしまったのです。
 一族、家臣どもの多くは、勝頼に見切りをつけて、次々と斜陽の武田家を離れていきました、

 巻き返しをはかろうとしても、もはやかつての武田軍団の姿はなく、結局、天正10年(1582年)3月11日、木曾義昌との戦に敗れ、天目山で自刃してしまいました。享年36歳でした。

 名門甲斐の武田家を、父信玄死後10年にして滅亡させてしまった勝頼は、いつも暗愚の2代目という歴史的評価を与えられておりますが、なかにはこれと反対の説を唱える学者がいます。
 つまり、勝頼は、若き日の信長と同じような気性を持ち、軍事的には非凡な才をもった武将であった。

 信玄の遺言といわれるものは、家臣団の老臣たちの作である。したがって、あのとき信玄が死んでも、そのまま上洛を続ければ、信長も浅井、朝倉との戦いで苦戦をしていたときだけに、勝頼が天下をとることができたであろうという見解です。

 勝頼の才能を家臣たちが見抜けなくて、失したためというのですが、どうでしょうか。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 3月9日(土)の夕方は花粉の嵐の中、再び幕張海浜公園に夕日を見に出かけました。058.gif
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 夕日が沈んでくると、富士山が炙り出されてきますが、この日は春霞で富士山を見ることができませんでした。
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 今回は夕日を見に来ている人たちを入れて撮ってみました。
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 実際には堤防の上でこのように人が夕日を見ていました。
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 夕日を見に行った帰りに、久しぶりに勇才さんに行きました。
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 勇才さんからはまたもや木曜スペシャル的なお話しを聞くことができました。先日、ロシアで隕石が落下し、周辺の建物の窓ガラスなどが破損したというニュースがありました。その時に隕石をUFOが追跡し、隕石が落下寸前にUFOからミサイルが発射されて隕石を破壊したと言うのです。YouTubeの動画にはっきり写っているとおっしゃっていましたが、私は見つけることができませんでした。もし隕石がUFOに破壊されなかったら、地球の被害は甚大となり、それを食い止めるために銀河連合なる宇宙人の集団が隕石を撃墜したとおっしゃっていました。
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 また自民党に政権交代し、現在株価も上がって、景気回復の兆しが見えているような錯覚になっていますが、必ずその反動が来るともおっしゃっていました。かつて消費税増税を絶対にやらないといっていた野田佳彦が、民主党のトップになると消費税を上げることに方向転換したのは、影の首相と呼ばれる財務省前事務次官の勝栄二郎が民主党議員を買収したためだと言います。増税することに成功した勝栄二郎はその後IT会社の社長に天下り、増税成功のご褒美にIT関連事業に500億円の予算が計上されました。前年度の予算は5800万円と比較すると桁外れで、こういうことを平気でやっている自民党は今に大きな失敗をすると勇才さんはおっしゃっていました。
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 のれそれ。穴子の稚魚。ニンニクの芽を擦りおろした酢味噌で食べました。
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 ミンク鯨。
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 毛ガニ。
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 白子焼き。
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 白子のグラタン。
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 あさりのペスカトーレ。
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 三色丼。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 3月11日(月)は休暇を取って、歩みの会で古賀志山に行ってきました。今回は24名が参加で、先週蔵王でご一緒しました兵藤さんが歩みの会にテスト入団として参加しました。蔵王と同じく、ガイドは白砂さん、添乗員は倉持さんでした。038.gif
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 新宿を7時15分に出発し、9時30分には古賀志山の駐車場に到着しました。杉が真っ赤な花粉をつけています。誰か焼きはらってください。037.gif
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 出発前にいつもの準備体操をします。倉持さんは、相変わらず体が柔らかいです。038.gif
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 赤川ダムから見た古賀志山です。
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 ここは自転車レースのJapan Cupのコースにもなっているそうです。
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 空は雲一つない青空です。058.gif
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 いよいよ登山口から登山開始です。9時57分。北コースから登り、古賀志山山頂、御岳を経由して、南コースを下山する予定です。
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 26名の大行列で進みます。038.gif
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 歩くこと約30分、斜度が上がって行きます。
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 古賀志山の稜線に出る手前の登り、両側が崖になっている岩場を登ります。10時54分。
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 この岩場を登りきったところで小休止、みんなでお饅頭を食べました。
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 この急登を登れば、古賀志山の山頂に辿り着きます。
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 午前11時37分。古賀志山の頂上に到着しました。標高583 m。
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 記念撮影後、お昼ご飯を食べました。ほかの登山者の方から、「大勢なのに静かですね」と言われました。食べているときは皆さん静かです。037.gif
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 山頂からの田園風景。
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 古賀志山の山頂からは、男体山は木に阻まれてよく見えません。昼食を済ませて、男体山がよく見える御岳のピークに向かいました。
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 御岳のピークに行くためには、ちょっとした岩場を越えていきます。巻道もあり、巻道を行ったグループのほうが早く御岳に到着しました。
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 はしごもありました。
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 御岳に到着。12時26分。御岳から見た日光の峰々。
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 昨年登った雄大な男体山。男体山の左に見える白いピークは赤城山だそうです。地元の人が教えてくれました。
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 古賀志山の山塊の向こうには鶏頂山があり、その右側に茶臼岳が見えました。
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 真ん中の三角のピークは皇海山だそうです。この写真は兵藤さんにもらいました。
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 御岳のピークは歩みの会で大賑わいです。024.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地



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 風景を十分に楽しみ、下山を開始しました。12時38分。
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 先ほど登ったはしごを降りて、分岐まで戻ると、あとは単調な下りになります。
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 林道歩きもありました。林道では地面がコンクリートであり、スギ花粉で一気に目がかゆくなりました。
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 地面が土であると割合に花粉症は平気です。
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 赤川ダムの展望台で記念撮影。13時50分。
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 赤川ダムのところまで戻ってきました。赤川ダム越しに見た古賀志山を再び撮影。
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 サンピアで入浴を済ませ、ビールで一杯。昨年、歩みの会でお天気山に来た時に立ち寄った入浴施設です。068.gif
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 バスでお蕎麦屋さんまで移動し、鹿沼名物のニラそばを食べました。
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 バスの車窓から見た男体山、兵藤さんから写真をもらいました。いつものようにバスの中で乾杯をしながら新宿まで戻ってきました。今回歩みの会にテスト入団した兵藤さんは、帰りのバスの中で歩みの会への入会が満場一致で承認されました。038.gif038.gif
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来週、赤岳に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2013-03-16 22:07 | 歩みの会・古賀志山

歩みの会、福笑いの新年山行、新春の筑波山を行く

旅行・地域
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 いつも載せている冒頭の写真は、2011年の元旦、東京都城南島海浜公園で撮影しました初日の出です。前回2013年の初日の出は見ることができず、1月2日に水平線から上がる日の出を見ることができましたが、2011年の元旦にまさる日の出はなかなか見ることができないと思います。今後もしばらくは2011年元旦の写真を冒頭に使います。058.gif
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 さて1月5~6日は山旅クラブで観音山&新年会に参加する予定でしたが、直前に家で取り込みごとがあり、残念ながらキャンセルしました。12月29日から1月6日までの9連休ではありましたが、休みというものはあっという間に終わってしまいます。休みの最後に、映画「妖怪人間ベム」を見に行きました。
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 映画のストーリーは書きませんが、テレビで宣伝されているほど感動的な映画ではありませんでした。「妖怪人間ベム」は私が子どもの時にアニメとしてテレビで放映されており、テレビアニメのほうがはるかに出来がいいと思います。今から40数年前のことです。
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 現在の実写版では妖怪人間ベムたちが悪い人間と闘う構図になっていますが、40年前の番組では悪い妖怪から人間たちをまもるという構成になっていました。そして人間になることを望んでいた彼らは、人間になる方法を見出すことができますが、自分たちが人間になってしまうと悪い妖怪から人間を守ることができなくなるため、人間になることをあきらめるという最終回でした。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 1月10日は、大阪今宮戎(えびす)神社の祭礼で、一般に”十日戎”といって大変な賑わいをみせます。

 昔は、道頓堀にある戎橋が参道の入口で、そのあたりから参拝客が延々と続いていたといわれます。今はその面影はありませんが、それでも神社近くの参道の両側には、びっしりと出店が並び、参拝客で賑わっています。

 東京は暮れの縁起物として「酉の市」で熊手が売られますが、大阪は新年の縁起物として、この「戎さん(えべっさん)」(大阪ではこう呼びます)で笹が売られます。
 “商売繁盛、笹もってこい!”の掛け声が示すように、笹につけられた「吉兆の小宝」が、その年の運を招くのだと信じられているからです。

 いかにも大阪らしい雰囲気を感じさせる、新春を寿ぐ伝統行事です。その“十日戎”の夜、大阪の下町の生活を愛し、それを作品に描きつづけた一人の作家が死にました。織田作之助です。彼は大正2年(1913年)10月26日、大阪天王寺区上汐町に生まれました。

 大阪府立高津中学から三高に学び、はじめ一級上の森本薫を目標に劇作家を志しましたが、戯曲の評価が芳しくなく、たまたまスタンダールの『赤と黒』を読み、主人公ジュリアン・ソレルの境遇や心情に共鳴、本格的に小説を書くようになりました。

 昭和15年(1940年)に発表した『夫婦善哉』が改造社の第1回文芸推薦作品になって、一躍新進作家として注目されるようになりました。

 戦後は坂口安吾、太宰治と並びデカダンの無頼派と称される流行作家となり、東京に出て読売新聞に『土曜夫人』を連載中、喀血して入院、昭和22年(1947年)のこの日、東京病院で亡くなりました。34歳でした。墓は大阪の楞厳寺(りょうごんじ)にあります。
 
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 9連休の年末年始休みが終了し、1月10日(木)は休暇を取って、久しぶりに「歩みの会」に参加しました。この日は新年山行で筑波山に行ってきました。歩みの会では、今までアミューズトラベルで山行を行ってきましたが、昨年末にそのアミューズがなくなり、今後の山行がどうなってしまうのか大変に心配していました。ジョイフル観光で企画提案型の山行を引き受けてくれることが決まり、今後も今まで通りに参考ができることになったと浅場会長がおっしゃっていました。歩みの会に同行してくれるガイドと添乗員も今まで通り白砂さんと倉持さんです。その白砂さんは今年の3月にトラベルギャラリーというツアー会社に移籍されるとおっしゃっていました。
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 いつものように新宿西口に集合。午前7時15分に24名を乗せたバスが出発しました。これから筑波山へと向かいます。
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 朝焼けの中の東京スカイツリー。
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 釣鐘もなか。歩みの会では朝からバスの中でいろいろなお菓子、食べ物が配られます。038.gif
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 バスを乗ること約2時間で大鳥居の前に到着しました。午前9時15分。
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 ストレッチを済ませて、まずは筑波山神社で初詣のお参りをしました。
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 筑波山は江戸城の鬼門の方角に当たるため、徳川家光により多くの社堂伽藍が造営され、宝物が寄進されました。現在ある日枝神社、春日神社、厳島神社、御神橋も家光が寄進したものです。写真は日枝神社の「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿です。三猿といえば、日光東照宮のものが有名ですが、筑波山神社は東照宮が作られる3年前に造営されており、筑波山神社の造営に関わった大工が、東照宮の建築も行ったと言われています。
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 つくば市指定の天然記念物、標本木の「マルバクス(丸葉楠)」。日本の植物学者、牧野富太郎に名付けられました。
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 今日は白雲橋コースから女体山山頂を目指し、男体山山頂を経由して、薬王院コースから下山する予定です。
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 最初の休憩。考えれば、ちょうど1年前の小豆島ツアーで歩みの会のみなさんとご一緒できたのがきっかけで、歩みの会に最年少で入会させてもらい、その後、剱岳に連れて行ってくれたトミー富澤さんを紹介していただきました。038.gif
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 浅場会長はFacebookでいい歳、りょうちゃんのお友達になってくれています。038.gif
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 この場所から女体山の山頂が見えます。こうやって見ると、結構険しそうに見えます。
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 弁慶七戻りの石門。
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 高天ヶ原。ここから奇岩群が連続します。
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 母の胎内潜り。
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 陰陽石。
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 国割り石。
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 出船入船。
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 裏面大黒岩。
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 女体山の山頂まで岩場が続きます。結構滑ります。
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 大仏岩の下を通ります。
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 大仏岩。
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 もうすぐ頂上です。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度


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 女体山の山頂に到着。標高877 m。12時19分。
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 山頂から見た関東平野。
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 女体山の山頂で記念撮影。
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 2年前に来た時はここは凍結していました。その翌週、あの東日本大震災が起こりました。
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 御幸ケ原で昼食を食べました。
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 御幸ケ原で野鳥観察しているグループがいました。ジョウビタキでしょうか。
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 御幸ケ原から見た加波山、関東百名山だそうです。
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 日光男体山も見えます。
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 筑波山の男体山で記念撮影。標高871 m。13時30分。
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 男体山から見た関東平野。
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 遠くに東京スカイツリーが見えます。
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 帰りは薬王院コースを下山していきました。この階段は800段近くあります。
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 15時過ぎに登山口に降りてきました。写真はバスの車窓から見た筑波山の女体山です。
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 下山後は「あけの元気館」で入浴。
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 入浴後は、もちろんビールで一杯。なんと大洗のマグロが売られていました。1パック700円です。038.gif
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 そして夕飯は「鴨亭」まで移動して、鴨鍋を戴きました。
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 夕飯後はお年玉商品をかけて、顔ジャンケンをして大抽選会が行われました。024.gif
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 皆さん商品が当たって、ニコニコ顔です。024.gif
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 いい歳、りょうちゃんも珍しく顔ジャンケンに勝ち残り、素敵な商品を戴きました。有難うございます。038.gif
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 帰りのバスの中で、ビールと日本酒を飲みながら新宿まで戻ってきました。歩みの会には昨年の7月「八間山」以来の参加でしたが、相変わらず笑いの絶えない楽しい山行でした。次回は3月11日(月)の古賀志山に休暇が取れたら参加する予定ですので、皆さんどうぞよろしくお願いします。038.gif



新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は浅間隠山・鼻曲山の報告をします。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2013-01-16 22:58 | 歩みの会・新年山行、筑波山

歩みの会、ニッコウキスゲ咲く八間山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 先週の8月4日(土)~6日(月)は北海道の幌尻岳に行ってきました。その模様は後日報告します。いい歳、りょうちゃんの山歩きの予定は以下の通りです。飯豊山、塩見岳、歩みの会は休暇が取れれば、行く予定です。

 8月11日(土)~13日(月)  空木岳(あの小沢さんと一緒です)。
 8月17日(金)~19日(日)  鏡平から行く笠ヶ岳
 8月24日(金)~25日(土)  夜行・雨飾山
 8月30日(木)~9月2日(日)剱岳~立山縦走(山旅クラブ個人ガイド)
 9月 8日(土)~11日(火)  飯豊本山 (休暇が取れれば)
 9月15日(土)~17日(月・祝)氷河公園から行く槍ケ岳(山旅くらぶ)
 9月21日(金)~23日(日)  塩見岳 (休暇が取れれば)
 9月28日(金)~30日(日)  甲斐駒ケ岳・仙丈ヶ岳(山旅クラブ)
 10月6日(土)~8日(月・祝) 東北3座(岩手山、早池峰山、八幡平)(上野・浦安特配)
 10月13日(土)~14日(日) 巻機山か赤岳のどちらか
 10月15日(月)      歩みの会・甲子山 (休暇が取れれば)
 10月19日(金)~21日(日) 初心者のための山歩き教室・鳳凰三山
 10月27日(土)~28日(日) 伊吹山・恵那山
 11月 3日(土)      同窓会
 11月10日(土)      赤城山・黒檜山
 11月17日(土)      同窓会

 先日の8月9日、大井町湯屋の帰りに「じゃんけんぽん」に立ち寄ったところ、モノマネタレントのツートン青木さんが来店していました。じゃんけんぽんにたまに来店することは聞いていましたが、この日、会うことができました。038.gif
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 今日のお勧め038.gif
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 南極の氷でつくられた日本酒です。069.gif
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 さて越後駒ケ岳登山の翌日7月23日(月)は歩みの会で群馬県吾妻郡にある八間山に行ってきました。越後駒ケ岳からの連登になるため、行くべきか迷いましたが、折角休暇を取ることができ、歩みの会には4月以来しばらく参加できていなかったため、行くことにしました。024.gif
 歩みの会も新宿駅西口に集合します。この日のガイドさんは白砂さんと石原さんでした。途中立ち寄った日本酒の販売所。
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 11時30分に野反湖に到着しました。ここでお弁当を食べました。
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 準備体操をしていよいよ出発です。
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 野反湖畔にはたくさんのニッコウキスゲが咲いていました。しばらくは湖畔のニッコウキスゲなど花の観賞をしました。
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 クルマユリ。
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 ニッコウキスゲ。黄色が鮮やかです。
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 イブキトラノオ。
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 ハクサンフウロ。
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 トウゲブキ。
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 アザミ。
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 カラマツソウ。
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 花を十分に鑑賞した後、登山口へ。
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 しかし数分も登らないうちに、地元の小学生が植えたというコマクサの群落がありました。再度、コマクサの観賞会になりました。
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 コマクサ。
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 ウスユキソウも咲いていました。
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 この花はなんでしたっけ。037.gif
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 コマクサを十分に鑑賞した後、再び登山開始。夏休みともあって、家族連れがたくさん来ていました。
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 イカイワの肩で小休憩。ここでみんなでお饅頭を食べました。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 “吹けばとぶよな将棋の駒に・・・・・・・・”

 映画、演劇、演歌『王将』のモデルとして広く知られる坂田三吉は、明治3年(1870年)、堺市の貧乏長屋に生まれ、親ゆずりの雪駄職人から専門の棋士になり、その実力と奇行で、すっかり有名になりました。

 三吉は、独学で将棋を勉強しただけに棋譜も読めません。あるとき記録係が棋譜を見せたら「なんや、英語で書いたるやないか」と、不思議そうな顔をしたといいます。

 大正10年(1921年)1月、十二世名人小野五兵が亡くなったあと、次期名人に関根金次郎の名があがりました。関西の実力者であった三吉は、猛然と反対しました。
 それは2年前の大正8年(1919年)、上京して関東棋界の代表者といわれる関根と対戦して勝っているからです。“わいは天下一の将棋さしや、わいが名人や”といってききません。

 しかし、人格、技量から関根金次郎に軍配が上がり、関根が名人に就任しました。
 大正14年(1925年)3月12日のことでした。三吉はただちに「関西名人」を宣言しましたが、将棋連盟から除名処分を受け、新聞にも出されず、収入は減り、生活は窮乏するばかりでした。

 昭和12年2月、見かねた某新聞社がオープン戦と称して木村義雄名人と対戦させましたが、三吉は無惨にも負けてしまいました。三吉68歳、木村35歳の若さでした。

 やがて棋界から引退を表明し、不遇な生涯をおくった坂田三吉は、昭和21年(1946年)7月23日、大阪でひっそりと亡くなりました。享年77歳でした。

 先年、将棋の駒を形どった王将碑が、後援者の手によって豊中市服部公園墓地に建てられました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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八間山は標高1934 m。頂上まではほぼ直登になります。登山口から頂上までは約90分の短い山登りですが、前日の越後駒ケ岳の疲れが残っているためか、この直登が結構大変に感じました。
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 アミューズから送られてきた頂上での集合写真。
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 集合写真を取った後は、休憩を取り、いつものように記念撮影をしました。
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 歩みの会の皆さんと記念撮影。
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 石原さんと記念撮影。
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 野中ちゃんも石原さんと記念撮影。
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 白砂さん、石原さんと記念撮影。白砂さんはあまり足があがりません。037.gif
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 皆さん、ほがらかに記念撮影。038.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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天気は今一つで、頂上からの展望は望めませんでしたが、頂上で山の空気を存分に楽しみ、下山を開始しました。
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 銀龍草。
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 マイヅル草の実、秋になると赤くなります。
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 約90分で下山しました。
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 夏空が広がっていました。
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 長英の湯には歩みの会以外のお客さんは誰もいませんでした。貸し切り状態で入浴し、いつものようにバスの中で日本酒を皆さんと飲みながら新宿まで戻ってきました。
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
次回は幌尻岳の報告をします。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-08-11 12:41 | 歩みの会・八間山

歩みの会 桃の花咲く大栃山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 ブログのほうがなかなか実態に追いついておりません。近況をお話しておくと、大栃山の翌週は久しぶりにアミューズの初心者クラスに参加し、妙義山中間道へ行ってきました。そして今週GWの連休初日と2日目は大台ケ原と大峰山へ行ってきました。それぞれの写真はすでになんでもトライアスロンの掲示板Facebookには掲載しました。Facebookは「いい歳 りょうちゃん」で登録しており、公開にしていますので、誰でも見ることができます。

今後の予定は以下の通りです。
5月 4日か5日 「めざせ剣岳」乾徳山(お天気次第)
5月12日~13日 雪山・立山(雄山、大汝山)
5月19日    天城山周遊
5月27日は同窓会が予定されており山は休み
6月 2日~3日 「めざせ剣岳」小川山
6月17日    日帰りトレーニング 男体山
6月23日    浦安歩みの会・磐梯山
6月30日    げんだま会(大学研究室の同窓会)
7月14日~16日 白馬岳
7月23日    歩みの会・八間山(月曜日なので休暇が取れれば参加予定)

 お饅頭をスタッフバッグに入れて準備万端。038.gif
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 さて4月16日(月曜日)は歩みの会で山梨県の大栃山に行ってきました。平日なのでもちろん休暇をとりました。今回の歩みの会は、正会員としてはじめての参加になります。会長の浅場さんから歩みの会のバッチ、山小屋で使うLEDランプ、山行き記録帳、会則、今後の予定を授与されました。024.gif
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 待ち合わせは新宿安田生命ビル前、午前7時30分出発。今日のガイドさんは白砂さんでなく、千田さんでした。白砂さんはウズベキスタンへ行っていたそうです。サブは辻さんでした。
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 談合坂SAの桜。056.gif
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 新宿を出発し、約2時間ほどで登山口のバス停前に到着。
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 いつものように準備体操。辻さんが「倉持さんはタコのように体が柔らかい。」と言っていました。037.gif
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 大栃山の中にはほとんど花が咲いていません。登山口入り口にいくつか草花が咲いており、千田さんから説明がありました。
 仏の座の花。
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 踊り子草。
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 この花は何でしょうか、忘れてしまいました。
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 白梅。
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 キブシ。漢字で書くと「木五倍子」。文字数が合いません。
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 猫柳。
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 沢を渡って、いよいよ登山開始。本当ならば今日は大栃山を縦走する予定でしたが、大栃山の頂上から小栃山、花鳥山にかけて、先日4月3日の爆弾低気圧の影響で木が倒れたままになっており、縦走は時間がかかりすぎるとの判断からピストンになりました。
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 大栃山は単調な登りが続きます。
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 一か所だけ道が崩れて、幅が狭くなっている場所がありました。でも大したことはありません。
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 鳶巣峠(とびすとうげ)でお昼休憩をとりました。
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 お昼ご飯をみんなで賑やかに食べました。後ろでバナナを食べているのが浅場会長。マリコさんが会長に向かって、「コソ泥みたい。」だと酷いことを言っていました。041.gif
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 青木さんと新房ちゃん。038.gif
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 藤子ちゃん。038.gif
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 サブガイドの辻さん。038.gif
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 ミルクティーをつくる倉持さん。038.gif
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 お地蔵さんかと思ったら、よく見ると天狗さんでした。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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“Boys, be ambitious!”(青年よ大志を抱け!)この言葉は、明治10年(1877年)4月16日の朝、明治政府の要請で、北海道札幌農学校(現・北大農学部)の教頭として来日したウィリアム・クラーク博士が、アメリカに帰国する際、見送りにきた学生たちに向かって、最後の別れの挨拶をしたときの結びの一句です。

 よく“青雲の志”といわれますが、青年時代の志は高く大きくもつべきものです。

 江戸時代、この“大志”を抱き、初志を貫徹した3人の青年僧がいました。
 京都と大阪を流れる淀川の船にのり合わせた3人の青年僧が、たまたま話に興じ、それぞれ自分の志を述べ、その実現を誓って別れました。

 一人の志は、焼けた大仏殿を再建することでした。一人は曹洞宗の法脈の乱れを正し、宗統の復活をはかることでした。もう一人は、一切経の翻訳を完成することでした。
 それから幾星霜・・・・・・・

 第一の青年僧はのちの公慶上人といわれた人で、幕府から大勧進の許可をもらい、全国を行脚して喜捨を求め、みごとにあの大仏殿を再建しました。

 第二の青年僧は道元禅師です。同じく幕府から一師印証の定書を受け、今日の曹洞宗大本山永平寺を中心とする宗統の復活をはかりました。

 第三の専念僧はのちの鉄眼和尚です。日本ではじめてのの一切経の翻刻をするため浄財を集めましたが、度重なる飢饉を見逃すことができず、二度にわたりその浄財を救済金として拠出し、三度目の募金でようやくこの大事業を完成させました。

 三者三様に、青年時代の大志を果たすことができたのです。いつの時代でも“青年よ大志を抱け!”は真理です。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 賑やかなお昼を済ませて、最後の勾配を登りきると大栃山の頂上に辿り着きます。
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 今日の朝は青空が覗いていたのですが、登るころにはすっかり曇り空になってしまい、展望もあきらめていましたが、ほんの一瞬、かすかに富士山の稜線を見ることができました。しかしすぐに雲の中に隠れてしまいました。
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 百名山以外でも頂上で倉持さんと記念撮影。038.gif
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 歩みの会の皆さんと記念撮影。038.gif
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 野中ちゃんと青木さん。038.gif
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 頂上から見た麓の様子。曇りなので霞んでいます。
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 本来の予定では、この道を下って行く予定でしたが、ご覧の通り、木で塞がれています。
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 頂上で一通り記念撮影をして、下山を開始。もと来た道を降りていきました。038.gif
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 先ほど崩れて道幅が崩れているところも当然通過。写真で見ると平坦に見えて、高度感がわかりません。
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 沢で靴を洗って、バスに向かいます。
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 途中、甲斐犬の子犬が追いかけてきました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 下山後、しばしの間、里に咲いている桃の花の花見をしました。
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 正面に見える頂上が平らの山が今登って来た大栃山です。
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 桃の花摘みをしていました。この花摘みを行わないと大きな実が成らないそうです。038.gif
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 菜の花も咲いていました。
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 白い花はスモモの花です。
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 この白と桃色の混ざった花も桃の花で「源平桃」といわれています。「西に平家の赤い旗、東に源氏に白い旗」といわれるように、源平の戦の色分けから現在の紅白戦につながっています。
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 入浴後、ビールで一杯。
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 山梨のB1グランプリ優勝の甲州とりもつ煮を食べて帰って来ました。帰りのバスの中で歩みの会への入会の挨拶をさせていただきました。歩みの会の皆さん、今後ともどうぞ宜しくお願いします。次回は7月23日の八間山に休暇が取れれば、参加する予定です。024.gif
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次回、妙義山中間道の報告をします。060.gif





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by ryott-ryott | 2012-04-30 15:22 | 桃の花咲く大栃山

「歩みの会」とともに、春を迎えに羽賀場山・お天気山縦走ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 3月13日(火曜日)、この日は休暇を取って、「歩みの会」にはじめて参加しました。「歩みの会」の方とはアミューズの淡路島・小豆島ツアーでご一緒し、写真ファイルをやり取りさせていただいたのが縁で、今回「歩みの会」に参加させていただくことになりました。038.gif
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 今日、「歩みの会」の皆さんとともに挑む山は栃木県鹿沼市の羽賀場山・お天気山です。「お天気山」とは何とものんびりした名前で、陽だまりハイクぐらいだろうと舐めきっての参加でしたが、その名前からは想像もできない手強い山でした。
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 「歩みの会」もアミューズの特配で新宿出発になります。朝7時5分に新宿駅西口安田生命ビル前に集合、ガイドは浦安の母、倉持さんと白砂さんでした。038.gif
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 空は抜けるような青空で陽だまりハイクには絶好のお天気です。目的地には2時間ほどで到着しました。地面には蕗のとうが顔を出していました。056.gif
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 長安寺の参道を上がって、お寺の前で準備体操になります。
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 倉持さんの柔軟性はここでも健在。038.gif
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 そしてお寺の裏手からいよいよ羽賀場山・お天気山を目指して登山開始になりました。
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 私たちの出発をピンクねこやなぎがお見送り。056.gif
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 いきなりの急登になります。歩みの会16名、倉持さん、白砂ガイド、いい歳、りょうちゃんの総勢19名。9時46分。
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 まだまだ登ります。
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 鉄塔のところで休憩、餃子ルプスで持っていくはずだったお饅頭を「歩みの会」の皆さんに配り、たいへん喜んでいただきました。鉄塔がなければ日光の山々がきれいに写真におさまるのですが、展望は今一つでした。
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 しばらくすると雪がちらちらと山道の上に現れてきました。
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 雪の急登を登ると雪のない下り。
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 そしてこの岩場の急登。この急登を登りきっても羽賀場山の山頂にはまだ辿り着くことはできません。羽賀場山・お天気山縦走は急登のアップダウンの繰り返しで、雪道あり、岩場ありの手強い山道であることがようやくわかりました。
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 時刻は12:00、登山を開始して2時間14分で最初のピーク、羽賀場山山頂に到着しました。標高774 mです。ここでお昼ご飯を食べることになりました。頂上といっても、樹林帯のため展望はききません。
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 いつもの特配ミルクティー。
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 一等三角点があります。
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 「歩みの会」のマリコさんと一緒に記念撮影。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 歴史で名高い「川中島の合戦」は、都合5回も行われていました。

①天文22年(1553年)10月
②天文24年(1555年) 4月
③弘治 3年(1557年) 8年
④永禄 4年(1561年) 9月
⑤永禄 7年(1564年) 8月

“竜虎相撃つ”といわれたこの合戦、引き分けの形になっていますが、実際にはどちらに軍配があげられるでしょうか。この合戦の古い記録『河中島五箇度合戦記』によりますと、戦術的には上杉謙信の判定勝ちと書いてあります。

 謙信無念の心境をよんだ次の漢詩はご存知でしょう。

  鞭声粛粛夜過河(べんせいしゅくしゅくよるかわをわたる)
  暁見千兵擁大牙(あかつきにみるせんぺいのたいがをようするを)
  遺恨十年磨一剣(いこんじゅうねんいっけんをみがく)
  流星光底逸長蛇(りゅうせいこうていちょうだをいっす)

 謙信は古風な一面をもつ武将だっただけに、生涯のライバルであった信玄の死を聞いたとき、思わず落涙し、「英雄とはこの人をいうなり。関東の弓矢をとる柱を失いたり」と、瞑目したまま暫く頭を上げなかったといいます。

 宗教心の強い人で、剃髪して不識庵謙信を名のってから、生涯独身で不犯の戒律を守り通しました。今でいう「まじめ人間」だったのでしょう。
 天正6年(1578年)3月13日、上洛を目指して出陣する朝、春日山城で脳卒中で亡くなりました。49歳。

  我一期栄一盃酒(わがいちごのさかえいちごのさけ)
  四十九年一瞬間(しじゅうくねんいっしゅんのかん)
  生不知死亦不知(せいしをしらずしもまたしらず)
  歳月只是如夢中(さいげつただこれむちゅうのごとし)

 謙信の辞世の句として伝えられるものです。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 お昼を羽賀場山で済ませて、次のピーク、お天気山を目指します。
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 折角、登ってきたのに、この雪の急登の下りを降りていきます。
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 降りて来た道を見返すと、どこを通ってきたか全くわかりません。おそらくこの縦走路はひとりでは迷ってしまい、とても歩けないと思いました。
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 降りたらまた登りになります。
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 ここが頂上かと思ったらお天気山頂上はまだ先です。
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 再びアップダウン。
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 お天気山の頂上の標高は777 mですが、お天気山のピークの前にも標高777 mがあります。写真がその場所です。
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 この擬似ピークからお天気山のピークまで気持ちのいい尾根道を歩いて行くのかと思いましたが、なかなか簡単には頂上に辿り着かせてくれません。再びアップダウン。
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 ここがお天気山までの最後の難関。幅30 cmほどの巻道で、片側は切れています。落ちてしまったら、最期です。
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 15時34分、登山を開始して、5時間と48分でお天気山の頂上に辿り着くことができました。
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 羽賀場山では展望は臨めませんでしたが、お天気山の頂上からは6月に行く男体山を見ることができました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

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 お天気山山頂で写真を撮り、しばし休憩した後、下山を開始。ここからはアップダウンはなく、ひたすら下っていきますが、急こう配の下りになります。ロープが何カ所かあり、間隔をあけて、慎重に降りていきます。
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 木の根が岩を裂いていました。
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17時17分、登山を開始して7時間31分でようやく里まで降りてくることができました。
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今日、縦走して来た羽賀場山・お天気山の全貌です。
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予定時刻をだいぶ過ぎてしまったのではないかと思いましたが、倉持さんに聞くと時間通りだったそうです。浦安特配ではおそらくこの時刻では入浴は取りやめになるところですが、「歩みの会」ではどんなに遅くなっても入浴・夕飯はとると会長がおっしゃっていました。その言葉通り、温泉に向かい、入浴後ににらそばをいただきました。
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帰りのバスでは持っていった日本酒を「歩みの会」の皆さんで喜んで飲んでいただきました。その後、バスの中でいい歳、りょうちゃんの「歩みの会」入会を許諾するかどうかの審議が始まりました。お饅頭を配ったことが功を奏したのか、参加者全員の賛成を戴き、年会費2000円をすぐに会計係の染谷さんに納めて、晴れて「歩みの会」の正会員にしていただきました。「歩みの会」の平均年齢は65歳だそうですが、いい歳、りょうちゃんが入会して、平均年齢は少し若返ったでしょうか。次回の「歩みの会」は4月16日(月曜日)、桃の花咲く大栃山が予定されています。休暇が取れたら是非とも参加したいと思っています。038.gif
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by ryott-ryott | 2012-03-19 23:15 | 羽賀場山・お天気山縦走

南北朝の間で揺れた星ヶ城山を行くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 掲示板「なんでもトライアスロン」Facebookのほうにはほぼタイムリーに写真を投稿していますが、最近はFacebookで遊んでしまっているため、ますますブログが実態に追い着いていません。小豆島の報告の前にまずは近況報告です。
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 そのFacebookですが、お友達になっていただいた方が今オンラインでつながっていることを知ることができます。オンラインでつながっているお友達とはチャットでき、最近はKick POPさんとよくチャットをしています。038.gif
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 そして昨日の2月4日立春の日は城南島海浜公園で日の出を見た後、夕方は大井町湯屋仲間のエルビー山岸さんの新居へお招きいただきました。058.gif
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 山岸さんの奥様には4~5年ぶりにお会いしました。お料理はどれもプロ級の腕前で、山岸家でまたもや食べ過ぎ、飲み過ぎてしまいました。山岸さんがなかなか痩せられないといつも話している理由がわかりました。こんなに美味しいお料理を作ってもらっていたら、痩せている暇はないと思います。
写真は引っ越し祝いに持って行った「鎧せんべい」です。038.gif
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 そして山岸さんの奥様は、私のことをリリコと呼んでいます。これは以前に大井町湯屋の方からトマトの苗をもらったことがあり、そのトマトは「リリコ」という名前の品種で、私が皆さんに「リリコ」を使って、「リリコのトマトカレー」をつくって差し上げたことがあり、それ以来、私のことをリリコと呼んでくれています。037.gif
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 エルビーさんはお酒にやられて寝てしまいましたが、奥様はお酒にも強く、私がおいとまするまで全く変わりませんでしたね。私も最後はお宅で少し寝てしまいました。美味しいお料理とお酒とおもてなし、本当に有難うございました。038.gif
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上品な山芋の煮もの。ゆずのよい香りが食欲をそそります。
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棒棒鶏。生姜とねぎの入った胡麻だれがとてもよく合っていました。
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肉巻おにぎり。ごぼうの牛肉巻も戴きましたが、牛肉が美味しくてすぐ食べてしまい、写真を撮り忘れました。
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牡蠣ごはん。どの料理もおいしいのですが、この牡蠣ごはんは一流店の味でした。
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目が覚めたエルビー山岸さん。
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 さてアミューズトラベル新春登山2日目は小豆島の最高峰、星ヶ城山(標高817 m)へ登りました。写真はホテルの朝ご飯です。総勢25名で賑やかな朝ご飯でした。
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 朝食を済ませて、朝7時にホテルを出発。バスで登山口へ。この日は1日目よりもさらに雲の多い一日となりました。よしこさんと帰りのフェリーで小豆島に沈む夕陽を見れるのではないかと話していましたがまぼろしとなりそうな空模様です。
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 この星ヶ城山の山容は、前日の諭鶴羽山とはちがって、奇岩が目立ちます。カメが登っているように見えます。
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 山の壁面に石像が彫られている寺がありました。
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 松茸岩の前で記念撮影。瀬戸内海も望めますが、対岸は見えませんでした。晴れていれば、関西空港も見えるそうです。
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 9時過ぎに寒霞渓ロープウェイの駅前に到着。ここから三笠山を越えて、本丸の星ヶ城山へ向かいます。ここで残念ながら「歩みの会」の西村さんが頂上へ行くことを断念され、私たちが星が城山へ行って戻ってくるのを待つことになりました。しかし、私たちを待っている間に西村さんがお土産物屋さんのレストランに話をつけてくれて、お昼御飯のお弁当をレストランの中で食べることができました。気温の低い屋外で食べなくで済み、全員、暖かい建物の中で楽しいお昼ご飯になりました。038.gif038.gif038.gif
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 星ヶ城山の頂上に向かう途中、斜面の急なアップダウンがありました。
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 星ヶ城山はその名の通り、かつては城があったそうです。時は室町時代の初めまで遡ります。ご承知の通り、後醍醐天皇が布いた「建武の新政」に不満を持つ勢力、足利尊氏が後醍醐天皇を廃し、持明院統の光明天皇を擁立して、室町幕府が成立しました。そのときに後醍醐天皇は京都を脱出し、吉野山にこもり、自らが正統の天皇であることを主張し、京都には北朝、吉野には南朝が出現し、以後60年間、南北朝時代が続きます。この南朝側についた斎藤家が小豆島に築いたのが星ヶ城です。今はその城はありませんが、写真の祠はその時代につくられたそうです。
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その祠の前で「歩みの会」の皆さんと記念撮影となりました。
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星ヶ城神社。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 1月15日は、「成人の日」です。「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます日」として昭和23年(1948年)に制定されました。

 1月15日で思い出すのは、昭和14年(1939年)のこの日です。“史上最強”といわれた名横綱双葉山が、春場所4日目、70連勝を前に、西前頭二枚目安芸の海に負けてしまった日です。
 まだプロ野球は草創期で、スポーツといえば大相撲が国民最高の人気を博している時代です。当時は場所数も少なく、69連勝するのにも3年有余の歳月がかかっています。100勝は大丈夫と思っていただけに、この一敗は大ニュースで、新聞各社は競って号外を出すほどの熱狂ぶりでした。

 彼は技だけでなく、人間的にも立派でした。それはいつも「木鶏」たるべく努力をしていたからです。
 「木鶏」とは木彫りのニワトリです。昔、中国の闘鶏を飼育する名人が、国王から強い闘鶏の飼育を頼まれたときの話です。

 10日たつと国王は「もういいか」とたずねてきました。「まだいけません。カラ元気の最中です。」また10日たちました。「まだです。相手を見ると興奮します」、次の10日目「まだいけません。なんだこいつがとカサにかかるとこがあります」国王はしびれをきらしてさらに10日待ちました。
 「もういいでしょう。相手が挑戦してきても一向に平気です。ちょっとみると木彫の鶏のようで、その徳は完全です。どんな鶏だって、あの鶏にかかっていく鶏はおりません」こう答えたといいます。

 相手が立ってから受けつ立つ、横綱相撲の秘密もここにあったのです。横綱在位7年半。引退後年寄時津風として活躍。昭和43年(1968年)、56歳で逝去。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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寒霞渓。
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寒霞渓からの眺め。
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この輪に皿を通すと幸せになるそうです。
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寒霞渓でも記念撮影。
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烏帽子岩
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皆さん、無事に下山しましたが、下山道のあちらこちらに猿の落し物があり、「歩みの会」の方も犠牲者が出ました。
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屏風岩
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

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星ヶ城山を下山し、二十四の瞳映画村へ。「歩みの会」のお孫さんは高峰秀子を知らないそうです。
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 フェリーに乗って、姫路港へ。
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 やはり、この曇り空でフェリーの上から夕陽を見ることはできませんでした。仕方ないので日の丸を撮りました。
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 伊丹空港でよしこさんと、とんかつを食べて、飛行機に乗りました。私たちが乗った飛行機は最終便で、伊丹空港のほとんどのお土産物屋さんは閉店していました。羽田空港で「歩みの会」の皆さんともお別れです。私は3月13日(火)、「歩みの会」で行くお天気山~羽賀場山(栃木県鹿沼市)に参加するべく休暇申請をしました。またお会いできる日を楽しみにしています。038.gif
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次回は鬼怒川温泉道中記を報告します060.gif

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by ryott-ryott | 2012-02-05 15:20 | 淡路島と小豆島の最高峰に登る

淡路島・諭鶴羽山を「歩みの会」と歩くヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 ブログがなかなか実態に追いつきません。先週は大井町湯屋仲間の晴れ男さん夫妻、おばあちゃんの般若阿部ちゃんと鬼怒川温泉に出かけてきました。最近、阿部ちゃんは面と向かって「おばあちゃん」と言っても怒らなくなりました。その模様はまた後日報告します。024.gif
 羽田空港で缶みそ汁が売られていました。
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 そして、今週と来週は久しぶりに山には行かず、おしきせ週間になりそうです。まず今週末、日曜日はじゃんけんぽんのトントンさん、はるさんと再び亀戸ホルモンへ横隔膜「レンガマックス」を食べに行きます。そして来週はやはり大井町湯屋仲間のエルビー山岸さんの新居に引っ越しお祝いに伺います。よしこさんの知り合いのおじさんや、てらりんさんから「食べすぎだ!」とまた叱られるでしょう。037.gif
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 さてアミューズトラベルのツアーで淡路島と小豆島へ行って来たので報告します。淡路島も小豆島も島で最高峰の山に登って来ました。038.gif
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 羽田空港上空は曇っており、日の出を見ることができませんでしたが、飛行機の窓からは富士山を見ることができました。058.gif
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 1日目は羽田空港から伊丹空港へ行き、そこからバスで淡路島へ渡り、黒岩水仙郷、そして淡路島最高峰の諭鶴羽山(標高608 m)へと向かいます。いつもアミューズトラベルのツアーでは、倉持さんの特配でないと、いい歳、りょうちゃんが断トツの最年少なのですが、今回は25歳のお嬢さんが参加していました。
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そして伊丹空港に着いた時に参加者のおひとりから声をかけられました。お話を伺うと「歩みの会」という山歩きの会で月に1回、倉持さんと白砂さんの案内で山に出かけており、今回の淡路島と小豆島はお孫さんと一緒に参加したとおっしゃっていました。25歳のお嬢さんはその方のお孫さんでした。「歩みの会」からは8名の方が参加し、お孫さん以外のベテラン7名はすでに日本百名山を完登しているとのことでした。038.gif
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 淡路島&小豆島ツアー参加者は女性21名、男性2名、ガイド2名の総勢25名。ガイドさんは関西の神浦ガイド、添乗員はおなじみの辻さんでした。038.gif
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 たこ焼き明太ソースがけ
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 焼き栗マスコット
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 バスの車窓から。電波塔が立っている山が今日登る諭鶴羽山です。
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 まずは淡路島にわたり、黒岩水仙郷で水仙を見学しました。056.gif
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 沼島(ぬしま)
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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「一国を維持するのは、決して二、三の英雄の力にあらず、実に一国を組織する教育あり、知識あり、品行ある人民の力に拠らざるべからず。これらの人民は、一国の良心とも謂うべき人々なり・・・・・・」(「同志社大学設立の趣旨書」より)

 京都に、キリスト教の精神を柱とする同志社大学を創立したのは新島襄です。彼は官学に対する私学として、在野の教育社としては福沢諭吉に並ぶ人だと思います。

 彼は天保14年(1843年)1月14日、群馬安中藩の下級武士の子として生まれました。16歳のとき海軍伝習所に入って蘭学を学びましたが、海外留学を夢みて脱藩。函館港から米国船に乗り込み、国禁を犯して米国に密航しました。アーモスト大学、アンドバ神学校を卒業しましたが、彼が学んだことは、“欧米文化の根底には、常にキリスト教の精神がある”ということでした。

 明治4年(1871年)、岩倉具視一行が、渡米の機会に、政府公認の留学生となり、岩倉の案内役として渡欧し、ヨーロッパの教育制度を視察してきました。明治8年(1875年)、彼は日本にキリスト教主義の学校を創立すべく帰国し、ただちに同志社を結成し、同志社英学校、同志社女学校を開設しました。

 明治21年(1888年)、同志社大学をつくるため、再び渡米し、資金募集にあたりましたが、志半ばにして病にたおれ、明治23年(1890年)1月23日、48歳で亡くなりました。
 しかし、その門下からは、徳富蘇峰、徳富蘆花、安部磯雄、山川均、馬場恒吾など、日本の思想、文化に影響を与えた、数多い人材が輩出しました。やはり新島襄の薫陶が生きていたのでしょう。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 諭鶴羽山の登山口は黒岩水仙郷からバスで5分ぐらいのところです。標高608 mですがほぼ海抜0 mからの登山になります。諭鶴羽山は麓から頂上近くの諭鶴羽神社まで、十八丁から一丁の目印として18体のお地蔵様が道標として立っています。
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 江戸時代は諭鶴羽山にはお寺があり、信仰の山だったそうです。立っているお地蔵さまはその名残で、江戸時代のものがそのまま残っています。
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 諭鶴羽神社、しかしまだ頂上ではありません。
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 諭鶴羽神社でお神酒を戴きました。そしてお参りして、今やいい歳、りょうちゃんにとっては無駄かもしれない「縁結び」のお守りを買いました。しかし、辻さんが「縁結び」とは必ずしも“結婚”のことだけではなく、人と人との出会いすべてが「縁」であるので、山登りで知り合えたこともひとつの「縁結び」だとおっしゃっていました。
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 諭鶴羽山の頂上を目指して、再び出発。
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 この電波塔を過ぎると、諭鶴羽山の頂上。
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 諭鶴羽山の頂上で、「歩みの会」の方々と記念撮影。061.gif
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

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諭鶴羽ダムを目指して下山を開始。ここも目印としてお地蔵様が立っていました。最後は二十八丁までになります。
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諭鶴羽ダムに到着。ここからバスに乗って、フェリー乗り場に向かいました。
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サービスエリア前で見た夕陽。058.gif
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バスの車窓から見た夕陽。058.gif
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フェリーに乗って、小豆島の土庄港へ。フェリーの中で記念撮影。
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ビールを飲み干す、よしこさん。
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ガイドの辻さんともう一人の男性客の小室さん。
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ホテルには19時30分に着きました。そのまま大急ぎで夕飯を食べました。「歩みの会」の先輩方から百名山のことを教えていただき、楽しい宴となりました。038.gif
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明日は星ヶ城山に登ります。060.gif

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by ryott-ryott | 2012-01-28 09:30 | 淡路島と小豆島の最高峰に登る