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秋田県の旅・最終話、桜の角館へヽ(^o^)丿

旅行・地域
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5月3日(祝・月)憲法記念日。秋田の旅・最終日。
この日の朝もホテルサンルーラルの屋上で朝日を待ちました。午前4:30に受付へ行き、当直の方に屋上を開けてもらいました。昨日とは違い、東の空には厚い雲はなく、朝日を見ることが出来そうです。
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ホテルサンルーラル大潟の屋上で朝陽を撮った後、ひと風呂浴びてから朝食。最終日はどこへ行くべきか、考えあぐねていました。秋田駅から奥羽本線に乗って1時間ほどの象潟(きさかた)へ行き、九十九島でも見ようかと考えていましたが、前日、第一タクシーの中西さんからこの時期に行っても田んぼに水を張っていないので仕方がないとのアドバイスを受けました。
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 5月に入ってから晴天が続いたため、角館の枝垂れ桜が見ごろになっているとの情報を得ました。1回の旅で同じ場所に3回も行くのは初めてでしたが、折角なので、再々度、桜を求めて角館へと足を延ばしました。
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(兵庫ケンイチ/わすれない~約束~)


「憲法は、革命うあクーデターの決算書である」
 こんな言葉がありますが、たしかにいずれの国でも、一国の政治的支配体制が変革をすると、新しい支配体制の意向を受けた、法的総括として憲法がつくられます。
 明治憲法も、明治維新を成し遂げた明治政府の意向を入れた憲法です。
 戦後の「平和憲法」と称される現行日本国憲法も、昭和22年(1947年)5月3日に施工されました。
 当時の吉田茂首相は「われわれ国民の自由な総意によって確定された・・・・」と談話の中で強調していますが、それはタテマエ論であって、実際は新しい政治体制の支配者、アメリカ占領軍の意向を尊重してつくられたものです。
 現在、憲法“第9条”が問題になっていますが、マッカーサー司令部が最初に示した草案は、次のようなものでした。

  国家主権の発動として戦争は廃止される。日本は、紛争解決の手段としての戦争のみならず、自国の安全を維持する手段としての戦争をも放棄する。日本は、その防衛と保全とを、今や世界を動かしつつある崇高なる理想を委ねる。
 日本が陸・海・空軍を維持する機能は将来共に許可されることがなく、日本軍に交戦権が与えられることもない。

この起草者が、実はチャールズ・ケーディス陸軍大佐でした。彼は昭和3年(1928年)に批准されたパリの不戦条約をモデルに、理想的な“第9条”を書きあげたのです。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif
あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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秋田駅から新幹線に乗って、角館へ40分。途中の大曲駅で新幹線の進行方向が逆になるのですね。九州の日豊本線の小倉みたいです。
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5月3日は連休真っ只中。気温も今までの寒さが嘘のように20 ℃を超える陽気。そして、角館は大変な人で賑わっていました。角館の枝垂れ桜は見ごろの予報、それから桧木内川のソメイヨシノは3分咲き。しかし、4月29日の状態に比べたら、桜並木は満開に近い咲きっぷりでした。056.gif
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 角館は大変な人出で、食事するところはどこも満席であり長蛇の列でした。空いているなぁと思うと、すでに食べ物は完売状態でした。私は再度、駅前の地酒屋さん「地酒のふじた」さんで試飲をしました。私のお隣に腰かけた方は盛岡から来たという方で、この角館にはよく来るとのこと。桜の咲く時期よりも、9月7~9日の角館のお祭りの方がずっと人が多いとのことでした。人口15000人の角館に40万人の人が押し寄せ、3日3晩お祭り騒ぎが続くと言います。このお祭りの見どころは、自分たちの町の山車を他の町の山車とぶつけ合い、闘うというかなり激しいお祭りだそうです。そして、その間の角館の宿泊施設は2~3年前から予約で一杯であり、なかなか取れないとのことでした。

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 そして秋田まで戻り、秋田駅前で一杯やってから、秋田空港へ向かいました。
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今回は4泊5日の秋田県の旅でした。前半は悪天候と低温でどうなってしまうのかと思いましたが、5月に入ってようやく晴れて、桜とお日様を見ることができました。
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by ryott-ryott | 2010-05-10 00:36 | 秋田県の旅 | Comments(0)

秋田県の旅・第4話 男鹿半島に空のパレットを観ましたヽ(^o^)丿

旅行・地域
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5月2日(日)の日の出の時刻は、東京では4:40くらいであったと記憶しています。ホテルサンルーラル大潟は屋上を開放しており、屋上での写真撮影はOKとのこと。しかし開放時間は9:00~18:00であり、日の出も日の入りも時刻が外れているため、ホテルの従業員の方に朝4:30に開けてほしいとお願いしたところ、快く承知してくれました。朝4:30にロビーの受付へ行き、当直の方に屋上を開けていただきました。ただ、この日は東側に厚い雲があり、日の出は撮影できませんでした。072.gif
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朝食後、ホテル周辺を散歩しました。朝陽の中、菜の花がどこまでも続いていました。056.gif
今日はいよいよ男鹿半島へ行って、夕景を撮る予定です。空を見上げると陽射しはあるのですが、遠く海の方は白く霞んでいました。

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男鹿半島は男鹿線で男鹿駅までしか鉄道が通っていないため、ホテルから地元大潟村の第一タクシーをチャーターして、男鹿半島一周と最後夕方に入道崎に行ってもらうことにしました。大潟村のタクシー会社は第一タクシーしかなく、第一タクシーの社長・中西さんが案内してくれました。
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最初は寒風山(標高355 m)へ向かいました。寒風山は遠くから見るとなだらかな丘に見えますが、火山であり、火山岩がごろごろしているため樹木は生えておらず、枯れ芝が広がっています。1年に1度、山焼きをして枯れ芝を焼き払うそうですが、今年は天気が悪く、山焼きは出来なかったとのこと。そして、枯れ芝の中には山菜が自生しており、地元の方が山菜を取りによく入っているそうです。ただし、山の中にはマムシも多くいるため、むやみに入らないほうがよいと言われました。

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(まんが日本史主題歌/サーカス「風のメルヘン」)

パリのルーブル美術館へ行くと日本人観光客で賑わう場所があります。ひとつはミロの「ビーナス」像、もう一つはレオナルド・ダ・ビンチの「モナ・リザ」の絵です。
この二つの作品は、戦後日仏文化交流運動の行事として、別々に日本にやってきました。会場の東京国立博物館の混雑はものずごく、多くの怪我人がでる騒ぎも起きました。

「モナ・リザ」のモナは貴婦人の意味があり、リザは女性の名前です。最近ではイエスの情婦である説がありますが、昔はダ・ビンチの友人フランチェスコ・デル・ジョコンドのリザ夫人であったといわれています。
しかし、研究者たちは、この肖像画のモデルは、当時のフィレンツェの支配者ジュリアーノ・デ・メディッチの愛人フランカビラ公妃か、マントバ侯妃のイザベラ・デステのどちらかであると発表しています。

ダ・ビンチはルネッサンスを代表する画家で「モナ・リザ」、「最後の晩餐」、「受胎告知」など、すぐれた作品を残しています。驚いたことに、彼は単なる画家だけでは終わらずに、彫刻家、建築家、音楽家、詩人、哲学者、生物学者、数学者、軍事技術家としても一流の業績を残しており、多彩な顔を持っています。

彼は1452年、イタリアのフィレンツェの西、ビンチ村に生まれ、幼くして天才の名をほしいままにし、数学・物理などの学問、音楽、特に絵画に秀でていました。
青年期は主にフィレンツェやミラノの諸都市で活躍し、晩年はフランソワ1世の保護を受けて、フランスのアンボワーズのクルー館で余生を過ごし、1519年5月2日、67歳でこの世を去りました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)



(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif
あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに


真山(しんざん)神社
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お薬師如来様
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お神輿、右は正徳4年(1714年)に作られたものです
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鬼がひっくり返したという「逆さ杉」
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男鹿半島と言えば、なまはげが有名です。なまはげは動物と同じように1匹、2匹と数えるそうです。そして、伝説ではなくて、本当にいたという説もあります。昔、ロシアの難破船が漂着して、毛むくじゃらのロシア人が日本の山中に住み、その土地の日本人から鬼として恐れられていたという話もありました。027.gif
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このなまはげ像は博多人形だそうです。
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今日の最終目標は夕刻に海岸で夕景を写真に撮ることです。タクシーの中西さんがおっしゃるには、やはり入道崎灯台の下の海岸で撮影するのが一番よいとのことでした。入道﨑で夕景を撮るべく、海岸に降りて、どこでお日様を撮ろうかとしばし散策しました。入道崎灯台がある丘から、海岸へ降りて行くには3つほど階段がありますが、かなり勇気が必要でした。071.gif
それでも、何とか写真を撮り場所のあたりをつけておき、再び、灯台のある丘へ昇って戻りました。

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そして、男鹿半島にある水族館GAOにも寄りました。水族館“GAO”の名称は男鹿(OGA)を逆さに読んでGAOとしたそうです。なんとも簡潔なネーミング。連休中とあってGAOの中はかなりの人で賑わっていました。最初は入るつもりはなかったのですが、夕刻まで時間があるため、駆け足で水族館の中をまわりました。
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この水槽は40 cmの厚みのアクリル板で出来ています。
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鰰(ハタハタ)の標本。
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白クマの豪太くん、白クマというよりもドロクマです。037.gif
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男鹿温泉郷の近くを通り、ゴジラ岩を観に行きました。ゴジラ岩の近くではたくさんの釣り人が海の波と格闘しながら釣りをしていました。数回に1度は大きな波が岩の上まで押し寄せてくるため、釣り人は釣り道具を波にさらわれないように配慮しながら釣りをしなければならないそうです。私の目の前でも波をかぶっている釣り人がいました。私には、恐ろしくて、とても真似ができません。
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ゴジラ岩、ここで夕景を撮影する方もいらっしゃるようです。
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寒風山、なまはげ館、GAO、ゴジラ岩を経由して、夕方、17:30、最終目的地の入道崎に再びやって来ました。東京での日の入りは18:23くらいでしたが、入道崎のお店で聞くと、日の入り時刻は18:35とのこと、約10分遅くなっていました。さきほどまで西側の空には何やら怪しい雲が垂れこめて来ましたが、その雲も徐々に薄くなっていき、この調子ならば、何とか夕陽を撮ることが出来そうでした。昼間、あたりをつけておいた撮影場所にカメラと三脚を持って再び降りて行きました。そこには青い空と雲と夕陽があり、空のパレットが広がっているようでした。058.gif058.gif058.gif
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一通り、太陽が見えなくなるまで写真を撮って、灯台のある丘に上がって来ました。太陽が沈むと、気温が一気に下がったことがわかりました。夕闇の中、入道崎に別れを告げて、ホテルサンルーラル大潟へと戻って来ました。
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朝の10:00から19:40過ぎまで案内してくれたタクシーの中西さんとも、ここでお別れ。今日、周ったもらったところ以外にも男鹿半島には見てないところがまだまだたくさんあること、それから五能線で海岸沿いに北上するのも風景がよく、写真を撮るには最高であることを教えてもらいました。五能線での旅を是非検討してみたいと思います。
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To be continued.

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by ryott-ryott | 2010-05-09 10:32 | 秋田県の旅 | Comments(0)

美の守護神、辰子姫伝説との邂逅ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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4月30日(金)の夜のニュースで、東京・銀座にある歌舞伎座が老朽化で改修工事に入るため、4月の公演を最後にして「閉場式」が行われている報道がありました。リニューアルは3年後。その「閉場式」で200人の歌舞伎役者が「お手を拝借」の掛け声で1本締めを行っていました。柏手1回ではなく、「タタタン タタタン タタタンタン」の3クラップ 3クラップ 4クラップでした。なぜ、1クラップだけの偽物1本締めが、さも本物の1本締めかのようにまかり通っているのか、不思議です。大井町湯屋にいる差配師がニセ1本締めをするのはあの男に教養がないので構わないのですが、それを他の人に強要する姿勢は恥を知るべきです。
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田沢湖畔に辰子姫像が立っています。伝説の辰子姫を祀った御座石神社から5 km湖沿いに行ったところ、ちょうど神社の対岸にあたります。御座石神社のすぐ前は急に深くなっているため、辰子姫像は対岸に建てられたそうです。004.gif
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 絶世の美女であった辰子姫はその美貌を永遠のものにするため、観音様に百日参りしました。ついに百日間のお参りを成し遂げた後に観音さまから「湧きでる泉の水を飲めば、その美しさは永遠に自分のものになる。」とのお告げを受けます。そして、急いでその泉に行き、水を飲みましたが、激しいのどの渇きにおそわれて、飲んでも飲んでものどの渇きが癒えません。気が付くと、美しいかった辰子姫は巨大な龍へと身を変えていました。辰子姫はそのまま田沢湖の主になったという伝説です。

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4月30日(金)旅の2日は、田沢湖畔の辰子姫を祀っている御座石神社をお参りし、そして辰子姫像との邂逅。八津のカタクリの花を観に行きました。
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カタクリの花は栗の木の下に自生しています。栗のいがが地面に落ちて、それがカタクリのよい栄養になるようです。そして、この八津の「西木村」という名前は名産の「栗」を2つに分解して「西」と「木」で「西木村」にしたと教えてもらいました。027.gif
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天気が悪かったのでカタクリの花もうなだれていました。日差しがあるとカタクリの花は上を見て、自生している地面が全面、鮮やかな紫色になるそうです。056.gif



(まんが日本昔話「八郎潟の八郎」)

一世の美人達子姫は、其の昔院内に住んでいたが、長者の寵愛に、己が美貌をいつまでも保ち不老不死の祈願を観音さまにこめた。

百日の満願の日に、遂に龍身と化して、田沢湖に永遠の湖神となったと伝えられているが、其の辰子姫がまだ湖の主にならない頃は、親孝行なとても働らき娘であった。
 山へよく青物など取りに行き、院内岳を越えて遠く御座石の辺りに来た。そして相内潟には自然石だが、鏡にように磨かれた不思議な岩が立っている。そこへ毎日のように来た。
 鏡など無い時代のこと、辰子姫はその唯一の鏡岩に向かって髪を結い自分の容姿を整え、ねんごろに化粧をした。
 また潟頭にはこんこんと湧くきれいな泉があって、そこにはおいしい雑魚が棲んでいたから、それを昼食のかてとしたと伝えられる。

 龍神になる位の辰子姫であるからそれは普通の姫ではなかったであろう。その鏡石には或は辰子姫でなければ写らなかったかもしれない。
 神秘をこめた鏡石、今尚古色蒼然苔蒸したまま、辰子姫の美しい容貌を秘める如く、湖畔の辺り、相内潟の山中に遺っているのである。
(御座石神社「辰子姫伝記」より)



(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif
あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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カタクリの花を見た後、秋田内陸線にでも乗ってみようかと思っていましたが、内陸線は約2~3時間に1本しか運行しておらず、ちょうど行ってしまったところでした。再び、角館へ。今日は武家屋敷ではなく、商人の通りの方へ行ってみました。
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味噌醸造を行っている安藤家。この安藤家では約150年間、味噌、醤油、漬物を作っています。蔵座敷には5月人形が飾ってあり、漬物の試食、味噌汁・出汁の試飲では一杯やりたくなりました。037.gif
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この日の角館も雨が降ったかと思うと、陽が差し込んできたり、猫の目のようなお天気でした。そして、昨日に比べると桜は若干開いた気がします。もう少しです。056.gif

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本拠地である田沢湖への帰り路、まだ時間があったので地酒屋さんで試飲させていただきました。この試飲は1杯200円~300円のお勘定をお支払いするのですが、1合の杯に半分はゆうに入れてくれるのです。そして、余りのおいしさに5杯も飲んでしまいました。今まで呑んだことのない銘柄が多く、お店の方が言うには、なかなか東京には出周っていないとのことでした。こちらのお店に電話かFAXすれば、いつでも注文を受け付けるとのことです。
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行く先々で新しいお酒に出会うため、キリがありませんでした。
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To be continued.

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by ryott-ryott | 2010-05-06 00:32 | 秋田県の旅 | Comments(0)

いい歳、りょうちゃん、雨の角館散策ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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秋田新幹線「こまち号」に乗って出発
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雨の角館、桜も泣いています。
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4月29日(祝・木)秋田県の天気予報は雨でした。東京は晴れ、秋田・角館は果たして桜は咲いているだろうか。朝陽・夕陽を拝めるだろうか。天気予報がはずれてくれればという思いを抱いて、秋田・角館へ出発しました。
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今回の旅の出発は珍しく新幹線に乗りました。角館へは東京から3時間16分。途中、仙台までは日差しはあったのですが、盛岡から雨。ここ盛岡で、後ろの車両を切り離して、秋田へと向かいます。空は分厚い雲に覆われて、雨足はますます強まるばかり。山の中を「こまち号」が進んでいきますが、ところどころに残雪がありました。

西宮家
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目的地・角館に着いた時には、かなりの雨量。風も強く、観光客のほとんどは駅舎内で雨宿り。角館駅のコインロッカーもすでに一つも空きはなく、駅前のホテルで荷物を預かってもらい、雨の角館散策を開始しました。



(ロッテ Fits CM秋田・奈良編)

 昭和天皇裕仁は、明治34年(1901年)4月29日に誕生されました。
 昭和64年(1989年)で88歳、歴代天皇では最長の在位記録を持ちます。神武天皇の建国から数えますと124代目の天皇になりますが、激動の昭和史を生きてきた主人公として、その感慨はひとしおものでしょう。
 「天皇誕生日」に行われる皇居での一般参賀も、年々増加の傾向にありました。
 陛下に対する国民の親近感、またご高齢にもかかわらず、国事に精励されているお姿を見て、そのご労苦に対する感謝の気持ちが参賀客の増加につながっていたかもしれません。
 
終戦直後、陛下は日本占領の連合国総司令官マッカーサー元帥のところを訪ねられたことがありました。元帥は『回想録』でこう書いています。
「・・・・・『私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたと代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねしました。』
 私は大きい感動にゆさぶられた。死をともなうほどの責任。それも私の知り尽くしている諸事情に照らしても、明らかに天皇に帰すべきでない責任を引受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。
 私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じた。」

 マッカーサー元帥は、この会談の印象がよほど強烈だったのでしょう。ただちにトルーマン大統領と米国政府に対し、天皇を戦争犯罪人から除外することを提言し、事実その通りになりました。
 天皇の人柄を表すひとつのエピソードです。
(「小学館一日一話人物歳時記」より)



(五木ひろし/契り/映画「大日本帝国」)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif
あなたは誰と 契りますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに


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こんな枝垂れ桜を観たかった、絵葉書です。037.gif
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 雨が降っているにもかかわらず、角館はかなりの人出でした。かなり前からこの連休を目がけて、来ているのでしょう。その時点では天気を知るよしもないから、仕方がありません。そして枝垂れ桜は3分咲き。ソメイヨシノはまだまだの状態でした。昨年の4月29日時点では桜はすべて散っていたそうですが、今年は一転して、開花はかなり遅れていました。
 毎年、こぶしの花が咲くのを見てから、畑の種まき、田植えの準備などを始めるそうですが、今年はまだ、そのこぶしの花が咲いていないとのこと。角館で4月末にまだ桜が咲いていないのは30年ぶりの珍事であり、日照時間は例年の約3分の2以下。駒が岳のような高い山に雪が残っているのは普通ですが、里の山(まわりの低い山)にまで雪が残っているのも見たことがないとおっしゃっていました。


ステンレス鋼アート
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 私はすぐに武家屋敷の方へ向かいましたが、枝垂れ桜の花はまだ固い蕾がほとんどでした。桧木内川のソメイヨシノは全く咲いていませんでした。仕方がないので、西宮家で桜の角館の絵ハガキを買ってしまいました。037.gif

『解体新書』
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佐藤一斎先生の『言志録』
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 川のそばの地酒屋で試飲をいくつかして、樺細工の伝承館へ行くころに幸いに雨が上がり、陽が差してきました。
 有名な青柳家・石黒家などの武家屋敷を見学しました。平賀源内に師事した小田野直武が描いた『解体新書』の挿絵や安藤広重の東海道五十三次の浮世絵を見たあと、桜が咲いていなかったので、刺巻湿原のミズバショウを見て、今回の第一本拠地の田沢湖レイクサイドホテルへと向かいました。
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 ホテルのすぐ目の前は紺碧の田沢湖が広がっていました。晴れた日にはホテルの前から田沢湖畔に沈む夕陽を見ることが出来るそうです。しかし、今回の旅では田沢湖では1回も朝陽も夕陽も見ることはできませんでした。そして、かなり寒く、ホテル内ではガスストーブを焚いていました。角館に比べると気温は3 ℃は低く、当然ながら桜はまだまだ咲いていませんでした。田沢湖も雨、しかし雲の流れが速く、ときどき日差しが差してきて、その時を見計らって外へ行くとまた雨が降ってくるという猫の目のような空模様でした

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この空模様を見る限り、今日の夕景、明朝の朝陽の撮影は断念せざるを得ませんでした。明日、晴れることを祈って、お神酒を一杯やりました。最近はお天気を祈ることばかりです。058.gif037.gif

To be continued.

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by ryott-ryott | 2010-05-05 09:35 | 秋田県の旅 | Comments(2)