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夕日散策・葛西臨海公園&焼肉おしきせの会・悠雅亭

旅行・地域
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 11月10日(土)、この日はアミューズトラベルのツアーで赤城山・黒檜山へ行く予定でしたが、催行中止になってしまいました。これはアミューズトラベルのツアーで、11月4日に中国河北省の万里の長城で3人の日本人が遭難死したためです。
 火曜日の夕方に同社の担当の方から電話がかかってきて、11月いっぱいのすべてのツアーについて、自粛する方針とのことでした。ただし12月以降は通常通りにツアーを催行するとのことであり、ツアー申し込みについても受け付けているとのお話でした。
 私は11月8日の歩みの会には参加できませんでしたが、おそらくは中止になってしまったのではないのでしょうか。また浦安湯屋仲間の方やよしこさんからも、浦安の特別手配のツアーも中止になったと伺いました。

 事故の翌日の月曜日、火曜日は朝も夜もアミューズの事故を伝えるニュースが報道されており、社長の他に知っているガイドさんも頭を下げている姿が放映されていました。トムラウシの時と同じように、今後、今回の事故がどうして起こってしまったのかについて、究明・検証されていくことと思いますが、観光庁の同社の立ち入り検査を行ったとの報道もあり、しばらくしたら、またも営業停止処分になってしまうのではないのでしょうか。私が常日頃アミューズの参加基準はとてもいい加減だと指摘し、その考えは変わることはないと思いますが、トムラウシの時の社長は辞任したものの会長として留まっており、社長のイスを一部の人間が私物化しているということを聞くと、会社の体質は2009年の時と変わっていないのではないでしょうか。
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 さて、11月10日は赤城山に行けなくなってしまったこともあり、急遽、私たちの山行およびおしきせ仲間でもあるミウラッチ三浦さんのお見舞いに行くことにしました。三浦さんは健康診断で胃にガンが見つかり、つい先日、胃袋を5分の4も切除する手術を受けたばかりでした。三浦さんには剱岳登攀の時、剣沢小屋でお会いした以来になりますが、その時も胃の調子がよくなかったそうです。しかし、今回の手術で快方へ向かっているようで、安心しました。あと2週間ほど入院しなければならないそうですが、早くよくなって、また山行やおしきせの会でご一緒できる日をお待ちしています。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 明治5年(1872年)11月9日、明治新政府はこの日、西欧にならって、旧暦を廃止し、新暦(太陽暦)を採用することを布告しました。

 明治5年(1872年)12月3日を明治6年(1873年)1月1日にするというのですから、国民はびっくりしました。その年の大みそかがなくなってしまったのです。借金とりは青くなり、借金をした者はほっと一息という、思いがけない悲喜劇に大騒ぎでした。

 太陽暦は、正確にはグレゴリオ暦といいます。大昔、エジプト人が星占いから1年は365日であることを知り、さらに、4年に1度は1日分をたして366日にすることも、ユリウス・カエサルの時代にはわかっていました。これがユリウス歴です。
1582年、ローマ法皇グレゴリオ13世によって、さらにずれの少ない、現在使われている太陽暦が定められました。これがグレゴリオ暦です。

 ところで、日本の暦には、新暦になっても「大安」「仏滅」のたぐいが載っています。これは、江戸時代にはなかったもので、明治の改暦の際、民間で自由に暦の印刷・出版ができるようになり、頭のいい業者のアイディアでつけられたものが、販売競争でどの暦にもつけられるようになったのが真相です。暦業者、易占業者、婚姻事業業者などに、上手に利用されてきたのです。

 江戸時代の学者、伊勢貞文という人は、随筆に、「吉日、凶日、日に吉凶はなきことなり。吉日に悪事をすれば刑罰免かれがたし、凶日に善事を行えば褒賞せらる。・・・・」と書いています。“大安”も“仏滅”もなく、毎日が心のもち方一つで「日々是好日」のはずなのです。でも、改めるのは難しいですね。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 山に行かないと、このブログで報告する内容はほとんどありませんが、お見舞いのあと、私は葛西臨海公園に久しぶりに行きました。この日はとても天気がよく、葛西臨海公園で富士山の横に沈む夕日を見ることができるのではないかと思ったからです。結論から言うと、丸く赤い夕日を見ることはできませんでした。あんなに天気が良かったにもかかわらず、西の空には雲があり、太陽は丸く赤い夕日になる前に雲の中に沈んで行きました。058.gif
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 葛西臨海公園駅前の噴水。太陽に照らされて輝いています。
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 たくさんの人が夕暮れ散歩を楽しんでいました。
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 海の向こうにうっすらと房総半島が見えました。
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 凧あげをしていました。
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 黄昏の中でささやくふたり。
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 黄昏の中の乙女。
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 この太陽がもう少し沈むと丸く赤い夕日になります。しかし、雲の中に沈んでしまいました。
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 夕暮れの中、富士山があぶり出されるように見えてきました。
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 東京ゲートブリッジも見えます。
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 あぶりだされた富士山を浜辺で多くの人が眺めていました。
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 東京地酒祭りが開催されていました。
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 一杯味見をしました。037.gif
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 紺碧の空にライトアップされた大観覧車。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 今日はお見舞いに行く他に、森ちゃんが美味しい焼肉店に連れてってくれると言うので、新浦安・堀江の悠雅亭に行ってきました。私よりも遅い時間にお見舞いに行ったよしこさん、あやちゃんたちと駅で合流し、噂の焼肉店へとタクシーで向かいました。
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 悠雅亭の前で記念撮影。よしこさんは前日は倒れそうなほど具合が悪かったそうですが、すっかり元気になり、お見舞いと今回の焼肉おしきせに参加することになりました。上からマリコさんにお会いするのは3月に行った亀戸ホルモン以来です。そして、このお店には森ちゃんのご子息がアルバイトとして働いており、上からマリコさんの面影が伺えるイケメン、22歳でした。そのイケメンぶりに、浦安湯屋の黄昏女性陣はご自分の年齢を忘れて大騒ぎでした。ご自身の年齢をよく考えてくださいね。037.gif
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 本日のおすすめメニュー。「二秒上ロース」とは片面2秒ずつあぶるだけ食べる上ロースです。2秒ずつあぶっただけではほとんど生食同様ですが、生でも食べられるくらい鮮度の高いお肉です。森ちゃんは普通は生で食べるとおっしゃっていました。食べるのに夢中で、写真を撮り忘れました。037.gif
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 上カルビ。
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 ハラミ。柔らかく、とても美味しいです。
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 野菜も食べなければなりません。
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 ゴルフ帰りの森ちゃんも合流。ご機嫌なよしこさん。
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 カルビクッパ。
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 チーズチジミ。チーズが入っているチジミです。普通のチジミもオーダーしましたが、皆さんはチーズチジミのほうがいいとおっしゃっていました。
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 テグタンクッパ。その他にもホルモンのマルチョウ、ギャラ(牛の胃袋)を食べました。ミウラッチが胃袋を5分の4も切除したお見舞いの帰りに、私たちは牛の胃袋を食べてしまいました。037.gif次回は年末くらいにおしきせの会で会うことを約束して、皆さんとお別れしました。038.gif
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 いい歳、りょうちゃんの今後の予定です。山旅クラブとアミューズを交互に入れていますが、アミューズが12月以降、本当に催行できるのかはわかりません。

 11月17日(土) 同窓会&ボジョレー試飲会
    23日(祝・金)~24日(土) 荒船山・茂来山(山旅クラブ)
 12月 1日(土) 明神ヶ岳・明星ヶ岳(アミューズ)
     8日(土) 日和田山トレーニング(山旅クラブ)
    15日(土)~16日(日) 霧島・韓国岳~開聞岳(アミューズ)
    24日(月) 谷川岳雪上講習(山旅クラブ)
  1月 5日(土)~6日(日) 雪山・伯耆大山(アミューズ)  



新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
 次回は荒船山・茂来山へ行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-11-11 21:10 | 焼肉おしきせ・悠雅亭 | Comments(0)

皆既月食の夜の亀戸を行く、亀戸ホルモンおしきせの会ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 このブログの中でも何回かご紹介し、大井町のじゃんけんぽんで知り合いになった岡田パパさんが11月27日(日)に47歳の若さで亡くなりました。くも膜下出血で1週間昏睡状態が続き、天国に旅立ちました。先週の日曜日に私もお通夜に参列し、お別れをしてきました。岡田パパさんのお人柄もあり、たくさんの方がお別れに来ていました。この私のブログもいつも見ていただき、じゃんけんぽんで会うたびに笑ってくれました。岡田パパさんの冥福をお祈りいたします。写真は在りし日の岡田パパさん。
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 そのお通夜の席でたいへんに興味深い話を聞きましたので紹介したいと思います。その話をしてくれたのは日本易学センター日本易学協会の鑑定修士である高井武山という人です。いわゆる占い師さんです。日本では人相や手相を見て、その人の過去や未来、その人の性質を見定めることは「占い」の領域を出ることはありませんが、もともと手相を見て占うことは西洋の占星術から発展したものであり、約3000年の歴史があるそうです。欧米では手相術は科学者や医者が熱心に研究しており、手相を見て未来予測をすることを怪しむ人はまずいないそうです。あのドイツの有名な哲学者カントでさえ「手は人間の外なる頭脳だ。」と言わしめています。このことは手相術が決して子供だましの占いではないことを示していると言います。
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 では右と左の手相のどちらで占うのか。右と左がまったく同じ手相になることはありません。男性は右、女性は左で占うのが一般的なようですが、通常は自分のきき手で占いをします。右利きの人は右手、左利きの人は左手、男女に区別はありません。高井さんは私の手相を見て、今まで結婚する機会は何回かあったと言っていました。しかし、本人が積極的にその機会をものにしようとする姿勢がなければ、折角のチャンスを逸して、果たせないそうです。
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 また手相と同様に人相も重要であり、危険な凶相というものがあるそうです。顔の法令線の終点が口の口角に来ている場合、死を意味する凶相でその人は長くないといいます。このブログでも紹介したことがありますが危険人物であるかどうか歯並びを見ることによって長く付き合うことができる人物かどうか判断できるそうです。歯並びが悪い人はまず例外なく悪い人、性格に難がある人が多いです。ハリウッド映画で悪人や怪物のメイクで、歯並びを悪くした特殊メイクをするのは、そういう経験則に裏うちされているからです。特に女性の場合、乱杭歯になっている人は人生において夫を何人も変えるといわれています。ですから男性諸氏は顔がいくら可愛くても乱杭歯の女性を選んではいけないわけです。
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それでは自分が歯並びがよくない場合、どうしたらいいのか。歯並びを矯正することです。歯並びを矯正したから、その人の本質が変わるわけではありませんが、歯並びが悪いことによってもたらされる凶運を回避することができる可能性があり、矯正しないよりは矯正した方がマシとのことです。日本の芸能界でも小柳ルミ子や沢尻エリカが八重歯を矯正したのは悪い歯並びが凶相であったからでしょう。
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 そして高井さんは最後に「身代わり札」を常に身に付けておくことによって災いを回避でき、チャンスがあれば良縁に恵まれることもあるかもしれないと教えてくれました。「身代わり札」は川崎大師や巣鴨のとげぬき地蔵で有名な高岩寺で売っているというので、早速、今日巣鴨のとげぬき地蔵へ買いに行きました。「身代わり札」1つ300円です。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう



(岩崎宏美/思秋期)

(第89回安曇野歌声喫茶/思秋期)

思秋期(作詞:阿久悠、作曲:三木たかし、歌:岩崎宏美)

足音もなく 行き過ぎた
季節をひとり 見送って
はらはら涙あふれる 私十八
無口だけれど あたたかい
心を持った あのひとの
別れの言葉抱きしめ やがて十九に
心ゆれる秋になって 涙もろい私
青春はこわれもの 愛しても傷つき
青春は忘れもの 過ぎてから気がつく

ふとしたことで はじめての
くちづけをした あのひとは
ごめんといった それきり
声もかけない
卒業式の まえの日に
心を告げに 来たひとは
私に悩む顔見て 肩をすぼめた
誰も彼も 通り過ぎて
二度とここへ 来ない
青春はこわれもの 愛しても傷つき
青春は忘れもの 過ぎてから気がつく

ひとりで紅茶 のみながら
絵葉書なんか 書いている
お元気ですか みなさん
いつか逢いましょう

無-邪-気な 春の語らいや
はなやぐ 夏のいたずらや
笑いころげたあれこれ 思う秋の日

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 わが国の代表的な漬物として知られる“たくあん(沢庵)づけ”は、江戸時代、臨済宗の名僧沢庵が、保存食品として「貯え漬け」として教えたものが、いつの間にか「沢庵づけ」として全国に普及するようになったといわれています。

沢庵は、天正元年(1573年)、但馬(兵庫県)出石(いずし)に生まれ、10歳のとき仏門に入って、大徳寺の春屋宗園(しゅんおくそうえん)、南宗寺の一凍紹滴(いっとうしょうてき)に師事し、沢庵という道号をもらいました。37歳のとき、後陽成天皇の勅命によって、大徳寺154世の住持(管長)に就任しました。

 寛永4年(1627年)、幕府は諸宗取締まりの法度違反として、突如、これで勅許されていた、紫衣の着用を禁止しました。“紫衣事件”です。沢庵はその不当をなじって抗弁書を幕府に出しましたが、かえって幕府を怒らせ、江戸下向を命ぜられ、そののち出羽国(山形県)上山に流罪となりました。現在、上山温泉の中心地近くには、沢庵が配流中住んでいた“春雨庵”が残されています。

 沢庵は、2代将軍秀忠の死による大赦で、3年にして江戸に帰ることを許されました。3代将軍家光は、将軍家剣術指南役・柳生宗矩の推挙で、彼を人生の師として迎え、彼のために品川東海寺を建てて、そこに住まわせました。

 沢庵は、家光の厚遇に甘えることなく、禅の道を極め、ある人が極彩色の秘画に賛を乞うと、ためらうことなく「色即是空、空即是色、柳はみどり、花はくれなゐ」と書いたり、いくつかの逸話を残して、正保2年(1645年)12月11日、73歳の生涯を閉じました。
 沢庵の遺偈(ゆいげ)(遺言)は、“夢”の一時でした。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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12月10日土曜日は皆既月食が観察されました。23時6分に皆既が始まりました。私も何とか撮影しようとしましたが光が弱く、なかなかうまく撮ることができませんでした。皆既月食は月全体に地球の影が投影されて、隠れてしまう現象ですが、月が真っ暗になってしまうわけではありません。ご覧になった方はわかったと思いますが、オレンジ色に光っています。これは地球を周りこんだ太陽の光が月に到達するためで、朝焼けや夕焼けが赤くなるのと同じ原理です。写真に撮った皆既月食の月です。うまく撮れませんでした。072.gif
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そして夕方は葛西臨海公園へ夕陽と満月を見に行きました。日没は16時28分、月の出16時11分でした。058.gif

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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(坂本スミ子/夜が明けて)

夜が明けて(作詞:なかにし礼、作曲:筒美京平、歌:坂本スミ子)

夜が明けて 手さぐりをしてみた
ぬけがらのとなりには 誰もいない
目をあけて 部屋のなか見てみた
陽がもれる窓のそば 誰もいない
夢を追いかけて
ひとりふかす たばこのけむり
白い 白い
夜が明けて 夢をみたまくらに
あの人のかみの毛が ひとつのこる
テーブルの 灰皿の中には
あのひとのすいがらが ひとつのこる
あせたくちびるを
かんでひいた ルージュの赤が
つらい つらい

われた手鏡に
語りかける おんなの朝は
ひとり ひとり

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 12月10日は皆既月食ショーの前に亀戸ホルモンにじゃんけんぽんのトントンさん、春さんに連れて行ってもらいました。このお店は試飲会の常連客である整体師の岩崎先生がよく行くお店だそうです。肉は柔らかく、久しぶりにおいしい焼き肉を食べました。トントンさん、春さん、龍平ちゃん、そしていい歳、りょうちゃん、みんな食べに食べ、大満足でした。038.gif038.gif038.gif
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店の前には七輪が置いてあります。
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トントンさんが焼き係、次つぎとみんなさんの胃袋におさめられて行きました。
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ユッケ。
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野菜も食べなきゃ。
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箸やすめのチジミです。胃袋は休まりません。037.gif
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龍平ちゃんと春さん。
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ウルテ。のどぼとけだそうです。
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爆弾ホルモン。納豆と卵黄と煮込んだホルモンを混ぜていただきます。
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岩崎先生と春さん。何ですか、この手は!トントンさん、怒ってください。037.gif
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マルチョウ。大腸で脂肪が多く、甘みがあります。岩崎先生の一押しのメニューです。
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コムタンスープ黒。黒は焼きネギが入っています。
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先生は〆に冷麺を食べて、寒がっていました。私はコムタンスープを飲んだら、暑くて暑くて、半袖で行けばよかったと思いました。037.gif
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 どれもおいしかったのですが、なかでも「レンガマックス」というメニューがありました。この肉は横隔膜で、見た目、レンガのような肉なのですが、とても柔らかくホルモンとは思えないおいしさでした。038.gif038.gif038.gif038.gif038.gif
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 英樹ちゃんとみきちゃんも来る予定でしたが、直前に痛風の発作が出たそうで、お店に来ることができませんでした。こんなにおいしい肉を食べることができなくて、本当に気の毒です。このレンガマックス、あまりにもおいしかったのでおかわりしました。037.gif038.gif037.gif038.gif037.gif
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十分に食べて、お腹が満たされた私たちは、皆既月食で欠けていく満月を見ながら家路に着きました。072.gif038.gif
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18日、第90回あづみ野歌声喫茶に行ってきます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2011-12-11 23:06 | 皆既月食 | Comments(0)

いい歳、りょうちゃんの東京夕日レポート(^o^)丿

旅行・地域
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 今週は日曜日から晴れ間の少ない1週間になりそうですが、先週は気温も高く、おおむね晴天の1週間でありました。金曜日に久しぶりに勤め帰りに葛西臨海公園まで行き、夕日の写真を撮って来ました。058.gif
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 また5月のGW最終日は東京タワーからの夕景、その翌日9日は勤め帰りに豊洲での夕景を撮影して来ました。5月20日の葛西臨海公園も含めて、東京夕陽スポットをまとめてレポートします。058.gif038.gif
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 5月8日(日)は神楽坂に高校のときの担任の先生の回顧展を見に行ったことはすでに報告しました。その帰りに東京タワーへ行き、夕方、展望台から夕景を見てきました。東京タワーはJR浜松町駅から増上寺の方へ向かって徒歩で20分程度でしょうか。夕日を見に行くことは、その日の15時くらいの空を見て決めます。朝に雲ひとつない晴天でも、夕方ににわかに掻き曇り、夕陽が見えないことは何度も経験しています。また「あきらめないことも大切」で、この曇り空では夕陽が見ることはできないだろうと思っていても、日の入り直前に雲が切れて、夕陽が見れることもあります。基本的に「あきらめは禁物」なのです。018.gif
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2011年5月8日東京タワー特別展望台(250 m)から撮影。058.gif
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 太陽が沈む位置は当然ながら、季節によって移動します。東京タワーや六本木ヒルズのスカイデッキから見る夕陽はほぼ季節に寄らず、見ることができます。六本木ヒルズではカバンなどはロッカーに入れて、必要最小限のものしかスカイデッキに持ち込めません。三脚ももちろん持ち込むことはできません。しかしながら東京タワーと六本木ヒルズスカイデッキの高見から見た夕陽はいずれも同じ風景だというのが私の感想です。018.gif
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 2010年12月4日六本木ヒルズスカイデッキから撮影。058.gif
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 夕陽を見るには、空が大きく見える位置、地平線や水平線を見下ろす位置でなく、ほぼ同じくらいの高さでみることが綺麗な夕陽を見るポイントです。東京近郊で勤め帰りにすぐに見に行くことができるスポットは、豊洲、お台場海浜公園、葛西臨海公園の3つでしょう。季節によっても違います。これから夏至に向かって太陽の沈む位置は北側へ寄って来ます。5月9日は豊洲に行きました。豊洲駅から徒歩で約10分、ららぽーと豊洲の中庭の広場から真正面に晴海大橋、その向こうにレインボーブリッジが見えます。その中庭から晴海トリトンと晴海ビュータワーの間に、ビルの中に沈む夕陽を見ることができますが、ビルの高さがあるため、夕陽として撮るには太陽が明るすぎます。豊洲の場合は太陽の沈む位置が南側へ寄る冬に撮影すれば、きれいな夕陽を撮ることができると思います。冬に豊洲からレインボーブリッジの方に沈む夕陽をそのうち撮りに行きたいと思います。018.gif
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2011年5月9日豊洲・ららぽーと豊洲の中庭広場から撮影。058.gif
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 これからの季節で夕陽がきれいの撮ることができるのは、お台場海浜公園の方ではないでしょうか。お台場海浜公園は豊洲とは逆に南側にビルがあるので、太陽が北側に寄る5月以降、夏至を通過して8月くらいまではビルの合間に沈みゆく太陽を見ることができます。
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 2010年5月17日お台場海浜公園から撮影。058.gif
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 2010年7月20日お台場海浜公園から撮影。058.gif
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(中島みゆき/宙船)

宙船(作詞、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロに進んでいるのか
流されてまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこは船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

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 福井の永平寺は、曹洞宗の大本山です。ここでは毎年5月23日から6月12日まで「眼蔵会」が開かれます。開祖道元禅師の書かれた『正法眼蔵』(しょうほうげんぞう)を講讃する法会です。
 
 開祖道元は正治2年(1200年)4月2日に生まれました。道元の父は、内大臣久我通親(くがみちちか)、母は関白藤原基房(もとふさ)の娘です。道元3歳のとき父を、8歳のときに母を失いました。この母の死が、幼な心にも出家を決意させたのでしょう。道元はこう述べています。「即ち高雄寺にて香烟の上るのを見て、生滅無常を悟り、それより発心す。」(『伝承録』)

 両親を失った道元は、13歳のとき伯父の養家先を出、比叡山にいた良顕法眼のもとに走り、その世話で般若谷の千光房に入山します。臨済宗の開祖になった栄西禅師の指導を受けましたが、道元は天台教学にあきたりず、24歳の春、仲間数人とともに中国に渡ります。
 中国では長翁山の如浄禅師について、臨済宗の本義を学びます。やがて日本に帰り、有名な『正法眼蔵』を書き上げ、“禅”の修行に励みます。

 「仏道をならうというは、自己をならうなり。自己をならうというは、自己をわするるなり。自己をわするるというは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるというは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり・・・・・」(『正法眼蔵』より)
“身心脱落”それが禅であり、その修業が座禅です。“只管打坐”(しかんたざ)ともいいます。

 道元は率先垂範“只管打坐”に徹し、建長5年(1253年)8月28日、53歳で遷化しました。仏性伝東国師、承陽大師号を下賜されました。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(映画「岳」予告編)

あの太陽が、この世界を照らし続けるように。
(作詞、作曲:小渕健太郎)
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どんな悲しみにも ひとつの意味を注ぐように
世界中の夜に 朝を連れてくる太陽
ぼくは彷徨ってた 生きる意味を探して
君に出逢うまでの僕じゃ あの壁は越せない

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため
ぼくに生きる意味をくれた その微笑み

人ごみに紛れて 逃げ出すのは容易くとも
一人きりの夜に 孤独から逃げ出せない
ガラス玉のような心を抱え生きてる
落とすたびに砕け散った 涙を忘れない

転がりながら辿り着いた 今がいつも君だけの頂上
心のままに生きてゆけば 時には人はぶつかり合うけれど
その魂に刻まれた模様はきっと 美しきヒビとなる

どんな命も輝いてる
あの太陽が、この世界を照らし続けるように

この手は君を守るため この瞳は君を探すため
こころは君を愛すため この命は君と生きるため

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 東京近郊から勤め帰りに日没前に間に合うように見に行くことはなかなか難しいですが、休日に少しだけ足を伸ばしていくことができる場所としては千葉県では幕張海浜公園、稲毛海岸、神奈川県では多摩川だと思います。
 このブログの中でも紹介しましたが、12月31日のその年最後の日没を稲毛海岸に見に行きました。東京湾に沈む夕陽を見ることができます。
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 2010年12月31日稲毛海岸から撮影。
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 多摩川の土手を大師大橋から川崎方面に向かって歩いて行くと、多摩川越しに川崎の街の中に沈む夕陽を見ることができます。ただし送電線がたくさん張りめぐらされているので、送電に太陽がかからない場所を探すことがネックになります。018.gif
 2010年5月16日多摩川土手から撮影。
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 2010年8月22日逗子・立石海岸から撮影。058.gif
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 2011年1月30日鎌倉・七里ヶ浜から撮影。
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(小柳ルミ子/星の砂)

星の砂(作詞:関口宏、作曲:出門英、歌:小柳ルミ子) 060.gif


二度と出来ない恋を捨てあなた遠く
離ればなれになってゆくの 今つらいわ

嫁ぐ日岬にひとりたたずみ君住む島に
別れを告げる
凪いで凪いでまぶしいサンゴの島が
にじんで落ちて 星の砂

過ぎし日 二人は海辺に遊び
変わらぬ愛を 夕陽に祈る
いつかいつか 二人は運命にさかれ
私は遠く 石垣へ

髪にかざした ブーゲンビリア
そえぬ運命に赤く咲く
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい 星の砂

ルルル・・・・・ルルル・・・・・
ルルルル・・・・・

風よ吹け 波よ打て
それであなたにつぐなえるならば
海よ海に流れがあるならば
届けてほしい この想い
届けてほしい この想い

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 そして、季節にあまり影響されずに見ることができるのが葛西臨海公園でしょう。当然ですが季節により太陽の沈む位置は南北に移動しますが、その季節ごとの沈みゆく太陽を見ることができます。058.gif
 2009年12月8日葛西臨海公園から撮影。
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 2010年12月5日葛西臨海公園から撮影。
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 この時は雲が多くて撮影できるかどうかわかりませんでしたが、その雲があったおかげで燃えるような夕陽が撮れました。058.gif
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 2011年2月22日葛西臨海公園から撮影。058.gif
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 2011年5月20日葛西臨海公園から撮影。
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 この日は海側からでなく、観覧者側から撮りました。
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 観覧車の向こう側に太陽がありますが、観覧車の構造物の鉄骨よりも前にあるように見ます。
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 駐車場から見た夕陽。海側だとアーチ状に見える鉄橋が太陽の右側に見えます。

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by ryott-ryott | 2011-05-23 14:18 | 太陽散歩 | Comments(0)

いい歳、りょうちゃんの初日の出スポット巡りヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 先日床屋に行き、いつもの通りに散髪をお願いしたら、頭の後ろ側に白髪のかたまりが2つあると指摘されました。私はすぐにその白髪の一団を抜くようにお願いしましたが、チャコちゃん(床屋さん)は「抜いたら、その部分、髪なくなっちゃうよ。」と言って抜いてくれません。鏡で見せてもらったら、確かに五百円玉大の白髪のかたまりが2つ後頭部にありました。チャコちゃんは、白髪が生えている毛根はもう白髪しか生えず、毛根も弱っているので抜いてはダメだというのです。その話は以前にも聞いていたので、それから科学は進歩していないのかと思いました。チャコちゃんはあまりにも気になるようだったら、染めたらどうかと、サンプルを見せてくれました。ただし染めると髪が傷むそうです。その話も以前聞きました。髪の毛の世界はまだまだ科学が進歩していないようです。次回、1月に白髪の面積が五百円玉2つから拡大していたら、染めることを検討すると答えて床屋を後にしました。
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そして12月25日(土)クリスマスは2010年最後の大暴れアクアをやりました。大きな水しぶきのクリスマスツリーをうち立てたかったのですが、やはり足がだんだん上がらなくなってきており、正面の床を洗う程度の小さな樅の木となりました。
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 結構自信があった有馬記念は10番ではなく、ゼロを取った1番の馬が勝ってしまいました。レースが終わってから気がつきましたが、今日の第55回有馬記念も第77回日本ダービーも1枠の馬が勝ち、4枠の馬が2着でした。出目で買えばよかったわけです。競馬はもうやめます。
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 この飛び石連休では遠出はせずに近場の初日の出スポット探索をしていました。
12月23日(木)天皇誕生日は朝から掃除をし、湯屋へは行かずに、また葛西臨海公園に夕景を撮りに行きました。この日は先日に葛西臨海公園に行った時と違って、雲が少なく、富士山を見ることができ、沈む太陽は紅いというよりは黄色い感じでした。
雲が少なければ空気中の水蒸気が少なくなるので、赤の波長の光に他の光も混ざって来るため、オレンジから黄色へとシフトして行くのだと思います。

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 この日も葛西臨海公園で黄色からオレンジの夕陽が撮れました。葛西臨海公園と相性がよく、狙って行けば夕陽を高い確率で撮ることが出来ています。たぶん12月の気候もあるのでしょう。西風が強く吹けば、雲も流れて富士山と夕陽がきれいに見える日が多いのだと思います。葛西臨海公園から対岸の房総半島が見えました。有馬記念も狙って取れれば、言うことなかったのですが、わざわざ永六輔のように遠くに行く必要もありません。

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 そして、葛西臨海公園から帰って来ると、じゃんけんぽんのトントンさんから電話があり、ゼームス坂の「いっぽ」にいますとの連絡があり、すぐに向かいました。041.gif
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 「いっぽ」さんは昔、「じゃんけんぽん」の下の階に鉄板焼きのお店を構えていましたが、その後、JR大井町駅の踏切を渡ったところへお寿司屋さんとして移転をしました。今はその場所に「いっぽ」さんと違うお店の「春鮨」さんが入っており、「いっぽ」さんのメンバーの行方はわからないままでした。ゼームス坂の「いっぽ」さんは、鉄板焼き屋、お寿司屋さんで働いていた出口さんが、ふたたび鉄板焼き屋さんとして9月に開店したお店です。
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 鉄板焼き以外にも、おつまみとお酒が用意してあり、月曜日が定休日です。もんじゃ焼きもあり、私が通勤している月島のもんじゃ焼きと比べると、おいしい上に値段が半額でした。じゃんけんぽんが営業していない土曜日・日曜日にでも行きますか。
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イタリアンもんじゃとカルボナーラもんじゃはフランスパンがほしくなりました。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 大正15年(1926年)12月25日、クリスマスの日の午前1時25分、かねて病気療養中の大正天皇は、48歳の若さで崩御されました。
 この日の朝「東京日日新聞」(現「毎日新聞」)は、天皇の崩御を知らせるとともに、新元号が“光文”に決まったことを伝えました。

 大スクープ、大特ダネです。驚いたのは政府関係者でした。摂政であった裕仁親王(昭和天皇)が即位され、それが終わったところで新元号を発表する手はずになっていました。その秘密がもれては政府の面子が立ちません。
 あわてて緊急秘密会を開いて、もう一つの候補であった「昭和」を選ぶことにしました。
 気の毒だったのは「東京日日新聞」です。せっかくの大特ダネが一瞬にして“世紀の大誤報”になってしまったのです。”光文”の元号も幻の元号で終わりました。

 当時、黒田藩編纂所に勤務していた中島利一郎が、こんな証言をしています。「新しく来るべき新天皇の時代は、”文”を主体にした文化国家でなければならない。したがって、それにふさわしい名前を考えろといわれて探したのが“光文”です。漢代の詩人皇甫蔚の『文錦賦』にある「閲披風前 光文燦然 百花互選 五色相宣」からとりました。」(川辺信蔵『書かれざる特種』サンデー毎日臨時増刊号・昭和32・2・15)

 「昭和」の典拠は『書経』の尭典にある「百姓昭明ニシテ、万邦ヲ協和ス」の一句からとったものです。「昭」は光明、「和」は平和を意味します。
 その「昭和」もいつしか60年を過ぎました。光明と平和は、本当に訪れたのでしょうか。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 現在勤めている職場の正月休みは昨年までの職場と違って短いため、遠出はせずに大井町近傍で初日の出を拝もうと考えています。前回、葛西臨海公園の他に大田区・京浜島のつばさ公園を紹介しましたが、もっといいところがありました。おなじく大田区の城南島海浜公園のオートキャンプ場です。オートキャンプ場の前から東京湾から昇る朝日を真正面で見ることが出来ます。南側には羽田空港があり、東京湾には船が行き交い、タイミングが良ければ、飛行機と船と朝日の共演を見ることが出来ます。
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 城南島海浜公園へは大森駅からバスも出ており、帰りも大森駅や大井町駅東口へ戻るバスが走っています。あとは元日の朝、雲ひとつない快晴になってくれることを願うばかりです。2011年1月1日東京の日の出の時刻は、午前6時50分3秒です。

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by ryott-ryott | 2010-12-26 21:57 | 太陽散歩 | Comments(0)

いい歳、りょうちゃんの夕焼け散歩ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 先週、六本木ヒルズ展望台スカイデッキへ行き、夕景を撮影したことを報告しました。その翌日もぬけるような青空が広がり、葛西臨海公園へ行き、燃えるような太陽が西の空へ沈んでいくところを撮影できました。
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 9月、10月、11月と遠出をしても、夕景に関しては満足いく写真を1枚も撮影できませんでしたが、ここ葛西臨海公園との相性は抜群のようです。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 アマデウス・モーツァルトは、音楽史上不滅の光彩を放つ大作曲家ですが、惜しいことに35歳で、短くも華麗な生涯を終わりました。
 彼の幼少時代は“神童”としてヨーロッパ各地に招待され、宮廷や貴族の人たちに、その豊かな音楽的才能をもてはやされました。

 オーストリアの王女、のちのフランス革命で非業の死を遂げた、あのマリー・アントアネットは、彼を弟のように可愛がったといわれます。
 14歳でローマ法皇から「黄金拍車の騎士」という名誉ある位を授けられ、十字勲章をももらいました。華やかで幸福な前半の人生でした。

 ところが、20歳を過ぎたころから、運命の歯車は逆にまわりはじめ、故郷の実力者ザルツブルグの大司教と意見が合わず、母とともにパリに出ましたが、職もなく、母も亡くしてしまいました。
 25歳になってウィーンに移り、歌劇『魔弾の射手』の作曲家ウェーバーの姪と結婚しましたが、うまくいかず、生活のためにたくさんの作曲をしましたが報われず、次第に健康を害していきました。

 1791年7月、貴族の使者と称する灰色のマントを着た男が訪れ、死者の霊をなぐさめる“レクイエム”(鎮魂歌)の作曲を依頼していきました。
 彼は自らの死を予感し、熱心に作曲しましたが、完成を待たず、その年の12月5日に死去しました。

 昔から、彼の才能をねたんだ宮廷音楽家アントニオ・サリエリが、“毒殺”したとの噂が高く、それをテーマに、ピーター・シェファーが製作した、舞台劇とその映画化『アマデウス』が全世界の話題をさらいました。
 彼は歌劇『魔笛』『フィガロの結婚』など、626曲の名曲を残しました。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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今週は忘年会週間でした。水曜日と金曜日は勤め先2か所の忘年会に参加。とくに金曜日は店で寝てしまい、気が付いたら朝4時30分。始発の電車で帰りました。日の出までまだ時間があり、空を見ると雲ひとつないので、つばさ公園まで行って朝陽を見ました。
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羽田空港越しに東京湾から昇る朝陽を見ることが出来ました。わざわざ遠くに行かなくても東京のこんな場所できれいな朝陽を見ることが出来ることに驚きました。
初日の出は東京でスポット探しをすることにしましょうか。

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そして、今週末の12月18日は富士登山でお世話になったアミューズトラベルの企画で東京最高峰の山・雲取山に行くことにしました。
今年後半から富士山を皮切りに、9つの山へ行き、雲取山で10回目になります。
立山はバスとケーブルカーで、鳥海山は8合目までの展望台だったので、自分の足で昇るのは8回目です。大井町湯屋仲間からは結局、よしこさんと私だけの参加で、般若の阿部ちゃんなど他の方々は高齢を理由に今回見送ることにしたようです。

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8月28日・29日  富士山 3776 m
9月19日     立山  2450 m
9月24日      月山 1984 m 、湯殿山 1500 m
9月25日     鳥海山 2236 m
9月 26日      羽黒山 414 m
11月 3日     達磨山 982 m 、金冠山 816 m
11月21日     開聞岳  924 m

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アウトドアショップの店員さんが2年前に行った時は、頂上付近はガチガチに凍っていたそうです。やはり軽アイゼンを用意しなければいけないようです。アウトドアショップでは綿でないインナー、長袖シャツ、冬用登山用ズボンそして開聞岳でなくしてしまった磁石を買いました。雲取山ではなくさないようにしたいと思います。
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by ryott-ryott | 2010-12-12 23:10 | 太陽散歩 | Comments(0)