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いい歳りょうちゃん、九州の日本百名山完全踏破、南国の百名山を行く

登山
旅行・地域
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 11月30日(土)~12月2日(月)、トラベルギャラリーで韓国岳・高千穂峰・開聞岳に行ってきました。まず初日は飛行機で鹿児島空港まで行き、霧島山に登りました。JALの搭乗口の近くには握り寿司のカウンターがありました。結構美味しそうなものもたくさん売っており、カレー、そば、ラーメンしかないANAの搭乗口とはエライ違いです。ANAにも見習ってもらいたいです。037.gif
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 天気もよく飛行機の中からは富士山、北アルプス、南アルプスが見えました。写真は南アルプスのようです。
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 鹿児島空港には足湯がありました。
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 鹿児島空港から霧島が冠雪していることがわかりました。ここ数日、寒気が入って高い山には雪が降ったようです。霧島山は鹿児島県と宮崎県の火山一帯を指しており、標高が最も高い場所が日本百名山として選ばれています。また山頂から遠く韓国を望めるというウワサから韓国岳という別名もついています。実際には韓国を見ることはできません。日本百名山で名前に「山」と「岳」の2つが付けられているのはこの霧島くらいでしょう。
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 バスの中で羽田空港のJALのほうで買ったお昼ご飯を食べて、これから日本百名山の霧島山に登ります。
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 登山道の両側には雪がしっかりと残っています。
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 登っていくに従い、雪も増えて、ついに軽アイゼンを付けるようにとの指示がありました。
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 軽アイゼンを装着した場所から見た白鳥山と白紫池、六観音御池。大阪から来たおばさんのお一人が軽アイゼンを自分で装着することができず、ガイドさんと添乗員さんに手伝ってもらって10分以上もかかって、ようやく軽アイゼンをつけることができました。その間、他の人たちは待たされていたわけですが、暑がりのいい歳、りょうちゃんもさすがに寒く感じ、中間着を着てしまいました。痩せている他の人たちはもっと寒く感じたにちがいありません。もし荒天時に10分以上も待たされていたら、いい歳、りょうちゃん以外の脂肪のない人たちはおそらく低体温症で死んでしまっていたことでしょう。軽アイゼンに限らず、身につけるものは自分の手で速やかに装着できるようにしておかなければならないと思いました。他人に付けてもらうような人は山に登る資格はありません。な~んて。041.gif
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 木が真っ白に雪化粧しています。
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 五合目から見た白鳥山方面。
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 五合目から見た山頂方面。人が降りてくるのが見えました。
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 霧島山五合目。天気もよく、多くの人が登山を楽しんでいました。
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 7合目を過ぎて、有名な大浪池が見えました。
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 山頂が間近に迫ったところで、あんなに天気がよかったのに、空は鈍色の雲に覆われてしまいました。
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 大浪池の表面が風でさざ波がたっています。そのくらい風があり、寒い登山でした。
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 山頂にたくさん人が集まっています。
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 山頂で記念撮影。いい歳、りょうちゃん、日本百名山75座目になりました。この霧島山登頂で九州の日本百名山はすべて山頂を踏破したことになります。曇って展望もないので写真撮影後はさっさと下山しました。今年の登山は「展望なしのさっさと下山」がとても多かったと思います。
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 エビの尻尾。これだけを見ていると「雪の富士山に来ています!」と言ってもわかりません。
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 皮肉なことに下山を開始すると日が差してきました。今年は下山をすると日が差してくるパターンもたくさん経験しました。
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 正面に見えるのは硫黄山。
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 登山口まで降りてきました。ピストン往復で所要時間は3時間15分でした。
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 今日の宿は「ホテル霧島キャッスル」でした。トラベルギャラリーにしてはいいほうです。
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 玄関にはいも焼酎がたくさん置いてありました。夕飯後は男性陣の部屋にガイドさんと添乗員さんが来て、国分酒造の焼酎を飲みました。本来ならば、倉持さんが添乗員としてくる予定でしたが、ガイド研修を受講するため、池田さんが添乗員として同行しました。倉持さんは60歳を目前にしてガイドの資格取得を目指しているようです。この池田さんという方は、たった一人でいわくつきの場所に行くことがお好きなようであり、武田信玄が花魁(おいらん)たちを淵に沈めたという花魁淵に行ったときに、花魁の幽霊たちに手足をつかまれたという体験談や、ご自宅に赤い着物を着た女性の幽霊が出てたために、同じ赤い着物を買ってきて燃やして、その灰を川に流して供養したところ、幽霊が出なくなったという、いわゆる怪談をお話してくださいました。倉持さんではこのような怪談を話してくれることはなかったでしょう。038.gif
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 気球のゴンドラに人間が乗り、気象観測の機器をつめこんで、人類初の高層気象の観測に成功したのは、1784年11月30日のことでした。アメリカ人医師ジェフリーズ博士が、ロンドンの広場から飛揚したものです。高空の気圧、気温、湿度、風速など、高層気象の観測が、世界各国とも、この気球を利用するようになったのは、このとき以来です。

 気象衛星が打ち上げられ、雲の流れがテレビの画面でみられるような世の中になっても、“ラジオゾンデ”と呼ばれる、係留気球による、定点・定時の無線電波による無人気象情報の送信は、現在でも絶え間なく続けられています。では、このへんで私たちの生活に役立っている気球の歴史をふりかえってみましょう。

 世界最初の熱気球は、1783年11月、フランスのモンゴルフィエ兄弟の手によってベルサイユの広場からあげられました。人間のかわりに、アヒル、ヒツジなど小動物を吊り籠に入れて実験しましたが、無事成功しました。それから1ヵ月後、同じフランス人ピアートル・ド・ロージュ(2年後気球の事故で死亡します)が、この兄弟の気球を使って大空にあがりました。翌年、水素気球ができました。

 1785年1月7日、ジャン・ピエール・ブランシャール(フランス人)と、ジョン・ジェフリーズ(アメリカ人)博士の二人が水素気球を使ってドーバー海峡の横断に成功しました。1870年、プロイセン・フランス戦争中には、包囲されたパリから、内務大臣ガンベッタが、気球で脱出する一幕もあって話題になりました。

 最近、熱気球は若者のスポーツとして愛好され、国際大会が開催されるほど発展しています。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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 2日目、12月1日(日)は高千穂峰に登りました。午前7時30分にホテルを出発し、バスで登山口に向かいました。高千穂峰は坂本龍馬が妻お龍さんと新婚旅行で登山した山です。山頂には龍馬とお龍が引き抜いたという青銅の剣が祀られています。
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 この登山口から山頂を目指します。
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 ムラサキシキブ。
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 山頂まで火山灰のザレ場が延々と続きます。火山灰が靴の中に入ってしまうのでスパッツを付けての登山となりました。昨日軽アイゼンを自分で着けられなかったおばちゃんはスパッツは着けることができたようです。041.gif
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 このザレ場はうまく足を置かないと、ズルズルと後退し、とても登りにくい山でした。雪山よりはだいぶマシではあります。
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 火山灰のザレ場ではなく、なるべく岩場を選んで登ります。
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 お鉢のフチまで登り、高千穂峰の山頂が見えました。
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 お鉢の中。落ちたら、アリ地獄のように這い上がれないと思います。
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 他の登山者もザレ場を次々と登ってきて、中高年の私たちを抜かしていきました。
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 昔、この場所に霧島神宮があったそうです。大噴火により炎上し、現在の場所に移転しました。
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 もう少しで山頂です。
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 山頂に到着。坂本龍馬夫妻が引き抜いたとされる青銅の剣は周囲に柵が設けられており、近づくことができませんでした。
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 風が強かったので、記念撮影後はまたもやさっさと下山しました。
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 下山時にお鉢全体が見えました。
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 約3分の1のお鉢めぐりをして馬の背を歩いて、お鉢のフチに向かいます。
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 写真に写っている向こうの山並みの黒い部分は雲の影です。
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 お鉢のフチまで戻ってきました。
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 ここから一気に火山灰のザレ場を駆け下りていきます。スパッツの本領発揮です。かかとから踏み込むとザクザクと火山灰の上を滑り出し、もう止まることはありません。30分分かけて登った火山灰のザレ場を8分で駆け下りてしまいました。池田さんによると、富士山の須走は世界遺産に指定されてから立ち入り禁止になってしまったそうです。これからは、須走を体験するには高千穂峰まで来るしか方法はありません。
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 霧島神宮古宮跡。
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 近くのホテルでお昼ご飯を食べたあと、霧島神宮に立ち寄りました。紅葉が見事でした。
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 御朱印をもらいました。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(あづみ野うたごえ喫茶/あの素晴らしい愛をもう一度)

あの素晴らしい愛をもう一度(作詞:北山修、作曲:加藤和彦、歌:dicot)

夜が
命かけてと誓った日から
素敵な思い出残してきたのに
あの時同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄をうたった空は
なんにも変わってないけれど
あの時ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野にぽつんといるよ
涙が知らずにあふれてくるのさ
あの時風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

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 最終日、12月2日(月)は日本百名山の開聞岳に登ります。いい歳、りょうちゃんは2010年11月に3座目に既に登っているため、百名山の数の更新はありません。写真はホテルのベレンダから見た錦江湾で、対岸の大隅半島から朝日がまさに昇ろうとしていました。鹿児島の日の出時刻は東京に比べると遅くなります。
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 3年前と同じく、ツアブキの花がたくさん咲いていました。そして朝日を見て、今日もいい天気だと誰もが信じていましたが、登山口のふれあい広場に到着した途端、大粒の雨が降りだしました。降り止む様子もなく、ザックの奥深くにしまっていた雨具を取り出しました。開聞岳は既に登っているので、バスでお留守番をしようかと思いました。041.gif
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 雨雲で開聞岳山頂部は全く見えません。
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 ふれあい広場の登山口は2合目になります。
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 ガイドさんによると開聞岳のある指宿市の年間の平均気温は19 ℃だそうで、雨具を来て登っていると熱くて熱中症になるかと思いました。5合目まで登ってきた時に雨が止んできたので、雨具を脱いでしまいました。写真は5合目から見た長崎鼻です。
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 7合目を過ぎると、足元は岩場が多くなってきます。
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 8合目をすぎたあたりから見た風景。開聞岳は周回しながら登っていくため5合目とは全く景色が違います。
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 9合目の手前で唯一の梯子とロープが出てきます。
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 登山口から登り始めて約3時間30分、山頂に到着しました。いい歳、りょうちゃん、2回目の開聞岳登頂になりました。同じ日本百名山に登ったのは、谷川岳、筑波山、剱岳、剣山と今回の開聞岳が5回目なので、通算で数えると日本百名山は80回目になりました。
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 山頂から見た池田湖。オオウナギが生息しています。
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 山頂から見た長崎鼻。開聞岳の山頂は半分が樹林があるため、180°の展望しか得られません。
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 山頂でお弁当を食べて、さっさと下山です。
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 ところどころ紅葉がありましたが、ほとんどは常緑樹です。
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 仙人洞。
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 得体の知れないキノコがたくさんありました。食べることはできないでしょう。037.gif
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 13時40分に登山口に戻ってきました。
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 すっかり雨も上がり、朝見ることができなかった開聞岳全容をふれあい広場から見ることができました。
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 近くの「レジャーセンターかいもん」で入浴を済ませました。330円。しかしながらシャンプーなどの備え付けはなく、風呂から上がっても缶ピールの販売もありませんでした。068.gif
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 「レジャーセンターかいもん」の前の砂浜から見た開聞岳。
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 池田湖から見た開聞岳。
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 これで2013年の山行はすべて終了しました。今年登った日本百名山は2回目も含めて全部で26座、日本百名山以外の山は12の山頂を踏みました。出かけて行って山頂を踏むことができなかったのは蔵王と鼻曲山の2つだけで、まあ上出来の1年だったと思います。これもすべてトミーさん、倉持さん、白砂さん、歩みの会、一緒に山行を共にした皆さんのおかげです。来年もどうぞよろしくお願いします。それでは皆さん、よいお年をお迎えください。038.gif038.gif038.gif060.gif


新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 

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by ryott-ryott | 2013-12-15 11:26 | 霧島山・高千穂峰・開聞岳

いい歳、りょうちゃん、開聞岳周辺散策ヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 南国の旅のつづきを書く前に、土曜日はじゃんけんぽんでボジョレーヌーボーの試飲会がありました。今年の解禁日は11月19日(金)でしたが、私が飛び石連休に鹿児島へ行くことを予定していたので、トントンさん、春さんが試飲会を27日(土)に延ばしてくれました。
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 今回の試飲会には皆さん、ご予定があったようであり、大井町湯屋チームは私だけでした。春さんが、第一三共製薬の世捨て人チームのテーブルに席を用意してくれました。
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 普通にしていても変顔なのに、もうすこし写真写りを考えてもらいたいものです。
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 春さんたちが通う整体の先生ご夫妻ともご一緒しました。整体の先生と聞いていたので、かなりの年配者かと思っていましたが、かなり若い方でした。私が通っている整体の先生も私よりは年下でした。しかし、私より年上に見えます。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 世界的に権威のある「ノーベル賞」は、ダイナマイトを発明したスウェーデン人のアルフレッド・ノーベルがそのダイナマイトによって得た巨万の富を財源に、彼の遺言によって設けられた賞です。
 物理学部門、化学部門、生理学並びに医学部門、文学部門、国際親善並びに平和部門、経済学部門の6つの分野で、日本でも湯川秀樹、川端康成、佐藤栄作、朝永振一郎、福井謙一、江崎玲於奈の6人が受賞しています(その後、利根川進、大江健三郎、白川英樹、野依良治、小柴昌俊、田中耕一、下村修、南部陽一郎、鈴木章、根岸英一の10人が受賞)。
 この「ノーベル賞」が設けられた背後にはこんなエピソードがあります。
 1888年4月12日に、彼の兄ルードウィヒ・ノーベルが亡くなりました。どう間違ったのか、フランスのある新聞が、弟である彼の死亡記事をのせ、追悼文までのせました。
 ダイナマイト発見の大きな功績を称えながらも、そのダイナマイトが戦争の凶器として猛威をふるい、世界の人類はその悲しみに沈んでいる。彼はその悲しみをよそに莫大な利益を挙げた、いわば「死の商人」であった。と・・・・・・
 自分の死亡記事を読んでノーベルはびっくりしました。同時に自分のことを世間では「死の商人」とみられていることを知って、大変ショックでした。
 彼は理想主義者で、技術の進歩が平和をもたらすと信じていました。世間はそう思っていなかったのです。
 彼は1895年11月27日、63歳で亡くなるまで独身でした。財産を譲る人がなかったことも幸いし、「人類に貢献した人にこの財産をわけ与えたい」という彼の遺志で、この賞が生まれました。
 日本でも「死の商人」に近い、あこぎな金儲けをして財産を残した人はたくさんいます。彼らにもこの逸話を教えてあげたいと思うのですが・・・・・。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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 11月21日(日)、開聞岳の登下山を無事に終えて、開聞岳展望台へ戻ってきたのは下山開始後2時間30分の13時30分でした。ホテルへの送迎バスは近くのゴルフ場から出ていると言われていました。近くと言っても、歩いて30分ほどかかりました。途中、とぼとぼ歩いている私を見た地元の人が道に迷ったのかと声をかけてくれました。
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 ゴルフ場に14時00分に到着。しかし、送迎バスの発車時刻は15時50分であり、まだ2時間近くありました。そう言えば、出発前にホテルからは15時50分までにゴルフ場まで戻って来てくださいと言われておりました。すぐにホテルに電話をして、送迎バスの予約をキャンセルし、ゴルフ場でタクシーを呼んで、ホテルに帰ることにしました。
折角なので運転手さんにお願いして開聞岳全景が見えるところに寄ってもらうことにしました。まずは開聞岳の麓にあるトカラ馬がいる公園に行きました。ここはかつてはレストランなどがあり、「新婚さん、いらっしゃい」の収録も行われたことがあり、たくさんの観光客が訪れていたそうですが、バブル崩壊後に経営が破たんし、建物・公園を管理するだけになっているそうです。

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 開聞岳山頂にあった御神体を祀る枚聞(ひらきき)神社。樹齢800年のクスノキがあり、その幹の分かれ目から桜の木が生えています。当然ですが、春になるとクスノキに桜の花が咲くそうです。
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 開聞岳は池田湖側から見た山容と、南側の海から見た山容を比べると、海から見た開聞岳のほうがはるかにきれいだとおっしゃっていました。開聞岳を紹介しているガイドブックに載っている写真はこのアングルで撮影している写真が多いそうです。
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 九州一の淡水湖、池田湖。
 
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 池田湖にはイッシー伝説があり、こんなウナギが生息しています。現在ではこの大ウナギは天然記念物に指定されており、捕獲が禁じられていますが、かつては取って食べていたそうです。話を聞く限りでは、おいしくないそうです。
 またイッシーの正体は大ウナギだと考えている人も多いようですが、大ウナギは夜行性であり、昼間に目撃されていることから、大ウナギ以外の巨大生物だと主張する方もいます。イッシーは騒がれた9年前には数多く目撃されましたが、その後、目撃されなくなっています。

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 最後に長崎鼻へ寄ってもらい、そこからの開聞岳も見ました。
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 夕陽も見えました。
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 ホテルに帰る途中、東の空には十六夜(いざよい)の月が昇って来ていました。

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To be continued.
つぎの南国の旅は出水の鶴を訪ねました。

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指宿駅の近くにあるお店「さつま味」を紹介してもらいました。
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きびなごの刺身
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黒豚
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白子の唐揚げ
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自然薯
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月日貝(つきひがい)
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by ryott-ryott | 2010-11-30 01:41 | 南国・鹿児島の旅

いい歳、りょうちゃん、開聞岳にチャレンジするヽ(^o^)丿

旅行・地域
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 大井町湯屋に二股温泉のお湯が入るとの宣伝がありましたが、壁に炭酸カルシウム97 %の石が入った籠に湯を通すというものでした。私が茨城県へ出張に行くときによく利用するホテルテラスザガーデンの浴場と同じものでした。
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 今回、南国の旅で泊まった宿は指宿いわさきホテルです。大浴場のほかに砂むし温泉があり、温泉で温められている砂の上に横たわり、首から下の体全体に砂をかけてもらう蒸し風呂のようなものです。あいにく写真はありませんが、11月21日は月を見ながら室外での砂むし温泉に入りました。しかし体重は減りませんでした。
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 最初は砂場に温泉か温めた水を流しているのかと思いましたが、砂場の下から温泉が湧いており、砂が温められているとの説明を受けました。砂むし温泉の温度は刻一刻と変化しています。これは海の潮の干満に影響されるためです。潮が満ちてくると、砂の下の温泉が持ち上げられて、砂の温度が高くなります。その逆に潮が引いて行くと、温泉も降下するため砂の温度も下がります。私は潮が引いたときの砂むし温泉がちょうどよいと感じました。満潮時は熱くて、お尻が火傷するのではないかと思い、15分も入っていられませんでした。
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 大隅半島の向こう側から昇る朝陽がとてもきれいでした。

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(やしきたかじん/東京)

東京(作詞:及川眠子、作曲:川上明彦、歌:やしきたかじん) 060.gif

あんたとなら
いつ死んでもかまわへん
わすれないで
そんな女いたことを

見上げた空さえも
冷たい色やけど
あたしが本気で惚れたひと
そう生まれた街やから

いとしさも 憎しみも
すべてすべて ぎゅっと抱きしめ
祈るように 今日も灯が
ともる東京

夢だけ見て
生きてるようなあんたやった
いつかあたし
待つことにも慣れてたよ
くすんだ風のなか
肩よせ暮らしたね
誰にも似てへんひとやけど
本物の愛をくれた

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

痛いほど好きなのに
なんでなんで別れたんやろ
いまもまだ 胸の奥
揺れる東京

悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけど
かけがえのないひとに
逢えた東京

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 “一休さん”は頓知のきく小坊主として、子どもの世界でも漫画やテレビでおなじみです。
 一休の諱(いみな)は宗純といい、後小松天皇の子ともいわれますが、京都に生まれました。6歳のとき、安国寺という禅寺に入り修行しましたが、20歳のころには悟りを開くことができないのを悲観して、琵琶湖に身を投げたこともあります。

 一休はその後、華叟宗曇(かそうしゅうどん)という名僧に師事して悟りを開き、81歳のとき、勅命で、天下に名高い京都の大徳寺の第46代の住職となり、紫衣を賜りました。『自戒集』のほか、詩集『狂雲集』などの著作もあり、文明13年(1481年)11月21日、87歳で亡くなりました。

 頓知と奇行は有名ですが、彼らしい逸話があります。「一休の遺言状」です。一休和尚は臨終のとき、遺言しました。
「この遺言状は、自分が死んでもすぐに開けてはならぬ。本堂の仏壇の中に大切にしまっておき、百年二百年の後の世の中で、一山興亡という一大事が生じ、衆知を集めてもその結論がでない危急の際に限って読むがよい。そうすれば、その大事件の解決方法がたちどころにわかるだろう。」

 その後、長年にわたって遺言状は開封されずにいましたが、ついにあるとき、大徳寺本山の浮沈にかかわる大問題が起きました。山内の名僧智識が集まって鳩首協議をしましたがよい知恵がでません。
 そのときだれかが一休の遺言状を思い出し、早速開けてみました。
 「ナルヨウニナル、シンパイスルナ」これが全文です。満座は思わず、アッといいました。いかにも一休和尚らしい話です。最善を尽くせば、あとは新しい道が開けるという話です。
(小学館「一日一話人物歳時記」より)

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(五木ひろし/契り)

契り(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし、歌:五木ひろし)060.gif

あなたは誰と ちぎりますか
永遠の心を 結びますか

波のうねりが岸にとどく
過去の歌をのせて
激しい想いが 砕ける涙のように
緑は今も みずみずしいか
乙女はあでやかか
人の心は鴎のように
真白だろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

朝の光が海を染める
生きる夢に満ちて
まぶしい願いが きらめくいのちのように
流れは今も 清らかだろうか
子どもはほがらかか
人はいつでも桜のように
ほほえむだろうか
愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

愛するひとよ 美しく
愛するひとよ すこやかに

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南国の旅、2日目は開聞岳に挑戦しました。標高924 m。錦江湾の入り口にたたずむ開聞岳は、きれいな円錐状の山で薩摩富士とも呼ばれるとおり、富士山のように美しい山です。海外から日本に航海する船にとっては、この開聞岳がよい目印になっており、以前は「海門岳」と書かれていた時代もありました。かつてフランシスコ・ザビエルもこの開聞岳を目印に航海し、鹿児島市の祇園の洲海岸、現在、石橋記念公園があるところに上陸したと言われています。
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この日はとてもいい天気。ホテルの庭で大隅半島から昇る朝陽を拝み、朝7:20ホテルの送迎バスで開聞岳展望台のある2.5合目の登山道入り口へ向かいました。開聞岳に登山するために県外からに訪れる人も多く、とても流行っていると聞きましたが、送迎バスに乗っているのは私ひとりだけでした。
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バスに乗ること約30分、展望台の先にある登山道入り口前に到着しました。簡単なストレッチを行って、入口に置いてあった台帳に、登山開始時刻、氏名、住所を書き込み、いよいよ登山開始、午前7:50。開聞岳の登山道は頂上までカタツムリの貝のようにらせん状になっています。ホテルからの送迎バスには私ひとりしか乗っていませんでしたが、たくさんの方が登山道を往来していました。早い人は午前4時に登って、頂上でご来光を見て、下山するという登山者もいて、午前8時30分くらいに下山する数人の方とすれ違いました。
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7:50 登山道入り口 2.5合目。
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登山道に入るといきなり、こんな道。よく晴れているのに山道は薄暗かったです。
結構、岩が多いです。
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8:20 4合目を過ぎると階段がありました。
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8:40 5合目からは長崎鼻と竹山が見えました。
この前後で下山する人たちとすれ違いました。
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9:20 7合目から岩も大きく、多くなり、傾斜がきつくなりました。
   そして何人もの年配登山者に追い抜かれて行きました。041.gif
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登山道に大きな穴があり、足場に気を使いながら登りました。開聞岳が噴火した時に溶岩で洞窟がせり上がり、仙人洞と呼ばれています。昔、山伏たちがこのほら穴に入って修行したと言われています。しかし入ってしまったら、二度と出ることができないと思います。042.gif
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8合目からさらに険しくなり、9合目から枕崎方面の海岸線を眺めることができました。
時刻のチェックを忘れていました。
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そして、こんなところにハシゴとロープが。
しかし、ハシゴがかけてあったため安心して登ることが出来ました。

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このあとも頂上まで、かなりの傾斜があり、しかも岩場の山道が濡れているため、滑ります。そんな山道を、さきほど私を追い抜いて行った年配者集団がスイスイと下山して来ました。私がこんなに足場を気にしながら登っているのに、年配者たちはそんなことに気を取られるといった様子はなく、流れるように下りて行きました。滑落してもいいと思いながら下山しているのでしょうか、そんなベテランの年配登山者の方たちに「あと少しなので頑張ってください。」と声をかけられました。
山登りのよいところは、行き交う人たちと挨拶を交わしながら、時には自分と同じペースで登っている人たちと話をしながら登山することで少しホッとし、険しい道が続く苦しさが半減することではないでしょうか。
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10:30 登山開始から2時間40分。ようやく山頂に到着。三角点922 m、標高924 m。
持って行った焼き芋とたい焼きを食べながらしばしの休憩。
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北側に池田湖が見えました、そして長崎鼻、竹山。枕崎方面。桜島からの噴煙と、中国からの黄砂の影響で景色は霞んでいましたが、天空は雲ひとつない青空でした。
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30分ほど、写真を撮りながら休憩したあと、枚聞(ひらきき)神社ご神体に無事登頂できたことへのお礼と、これから無事に下山できることをお願いして、11:00に下山開始。

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急な斜面と山道が滑るため、下山は登りよりも気を使いました。写真を撮る余裕はありませんでした。下山でも何人もの人に追い抜かれて行きました。しかし、肝心なのは自分のペースを守ることだと言い聞かせながら、下山を続けました。ハシゴ、急な岩場の山道、仙人洞を通過して、7合目まで戻ってきたあたりから、安心して下山できる山道になりました。
先ほど、私を追い抜いて行った若者のひとりがペースを落とした年配者をサポートしながら下山していました。私もその二人と一緒に下山を続けました。そのおばあちゃんは「男の人ふたりと一緒に下りることが出来て、何とも心強い。」と言ってくれました。私もお二人と一緒に下山できて、安心して、楽しく、登山口まで戻って来ることが出来ました。

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13:30。登山時に記入した台帳に下山時刻を書き入れて、開聞岳挑戦は無事に完了。
 開門岳展望台のまわりには、つわぶきの花がたくさん咲いていました。

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To be continued.
南国の旅はまだまだ続きます。

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by ryott-ryott | 2010-11-28 11:27 | 南国・鹿児島の旅