カテゴリ:八幡平、岩手山、早池峰山( 1 )

いにしえの奥羽伝説を訪ね歩いて、八幡平を行く

旅行・地域
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 10月の3連休、10月6日(土)~8日(月)はアミューズの特配で東北3座(八幡平、岩手山、早池峰山)へ行ってきました。先週の甲斐駒ケ岳までで日本百名山47座目まで重ねてきたので、今回無事に3座とも登頂できれば、百名山の半分の50座目まで到達することができます。
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 初日の10月6日(土)は八幡平(はちまんたい)に登ります。午前7時30分に赤煉瓦の駅舎にリニューアルされたばかりの東京駅が集合場所です。改札を出て、駅舎の写真を何枚か撮りました。
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 待ち合わせ場所の銀の鈴に行くと、栗駒山ツアーに出かける千田さんがいました。
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 また今年、小豆島でご一緒した小室さんに会いました。小室さんは千田さんたちと栗駒山へ行かれるそうです。038.gif
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 東京駅の売店は午前7時00分に開店します。八幡平で食べる行動食を買いました。
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 午前7時56分のはやて103号に乗って盛岡に向かいます。特配に参加するのは剱岳登攀を不合格にされた剱岳トライアルの小川山以来です。今回の参加者は11名、ガイドの石原さんと倉持さんを加えて、総勢13名でした。午前11時4分に盛岡駅に到着しました。盛岡駅前では産地直売のグリーンフェスタをやっていました。
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 盛岡駅前からバスに乗って、八幡平の登山口へと向かいます。八幡平の登山口までは1時間30分かかるので、バスの中での昼食となりました。写真は本日配られた鮭親子弁当です。アミューズトラベルのお弁当としては今までにない大変に豪華なものでした。明日以降のお弁当はもう期待できません。037.gif
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 12時55分、茶臼岳の登山口から茶臼岳を経由して、八幡平の山頂(標高1614 m)へと向かいます。
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 八幡平の地は、源氏の棟梁、八幡太郎源義家が陸奥の豪族・安部一族を追討するために立ち寄った場所であり、その時に八つの旗(「幡」)を立てた湿原(「平」)から「八幡平」という名前が付けられたそうです。山歩きというよりは大半が湿原・沼のほとりを歩いているといったほうが正確だと思います。
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 今日の天気は曇りで風も少しあったため、とても涼しく、八幡平も紅葉に彩られていました。
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 目の前に見えるのは茶臼岳です。標高1578 mです。
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 避難小屋の茶臼小屋。
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 中は結構きれいにしてあります。今日、泊る方がいるようでした。
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 茶臼岳の山頂です。
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 茶臼岳の山頂からの風景。
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(第88回安曇野歌声喫茶/ねがい)

ねがい(作詞:広島市立大州中学校3年生有志、作曲:たかだりゅうじ)

もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルでなく
本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
君は戦うことを やめるだろう

もしもこの地上に 響き合うものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに とらわれないで
人は自由の歌を 歌うだろう

もしもこの足元に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう

もしもひとつだけ 願いが叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
この願いかなうまで 私たちは
歩み続けることを やめないだろう

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 大阪落語界の代表者といえば、故人では二代目桂春団治によどめをさすでしょう。春団治の本名は岩井藤吉、明治11年(1878年)大阪で生まれました。28歳のとき桂文哉に入門、続いて桂文団治になりました。

春団治の芸風は、陽気で天衣無縫、古い落語の型に満足せず、独創的な関西落語を創りました。したがって、チャランポランの春団治とか、無茶団治とか、落語通、先輩落語家からはひんしゅくをかいました。

しかし、人気は鰻のぼりで、吉本興業の一枚看板として、大正末期から昭和のはじめにかけて、“笑いの王様”として、関西喜劇界の大スターとして君臨しました。

実生活の面でもエピソードが多く、特に女性関係は有名でした。後年は、妻子を捨てて医療品問屋の未亡人といい仲になり、とうとう入り婿になって話題を呼びました。ですから高座にあがると、“後家殺し!”と声がかかって、ますます人気に拍車がかかったといいます。

晩年は借金がかさみ、漫才の人気に押され、病気がちな生活を送り、胃ガンのために昭和9年(1934年)10月6日、57歳でこの世を去りました。息を引きとるとき、さすが落語家らしく、「これでワシもイガン免職や」とオチををつけたといいますから立派なものです。

長谷川幸延の名作『桂春団治』は、松竹新喜劇の渋谷天外の春団治役から現在の藤山寛美に受け継がれ、松竹新喜劇の当たり狂言として、ときどき上演されています。こんな魅力のある、型破りな落語家は、このさき生れてこないのではないでしょうか。

(小学館「一日一話人物歳時記」より)


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 八幡平は茶臼岳よりも標高はわずかに36 m高く、大源太森、八幡沼を経由して行きます。写真は大源太森の頂上、元気なお姉さんが写っています。037.gif038.gif
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 大源太森からの風景。向こうに見えるのは八幡沼です。
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 大源太森から八幡沼へは湿原地帯を歩いていきます。
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 山歩きで喜びを隠せないすみお姉ちゃん、とてもりょうちゃんより年上とは思えません。038.gif
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 八幡沼のほとりの陵雲荘に着きました。ここも避難小屋です。先ほどの茶臼小屋と同じく、中はきれいでした。中をのぞくと、誰か寝ているようでした。
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 展望台に人がたたずんでいます。
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 展望台から見た八幡沼。
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 この池は深さが22 mもあるそうです。
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(掘六平/わさびの花の咲く頃)

(あづみ野うたごえ喫茶/わさびの花の咲く頃)

わさびの花の咲く頃(作詞、作曲:掘六平)

わさびの花は 白い十字架
初夏の風に 笑ってなびく
まだ雪のこる アルプスの
すそ野は田植えの 今盛りなり
こんなところさ 俺たちの村

腰の痛さに ふっと顔上げりゃ
いやにぼんやり 有明山よ
雪に浮き出す 蝶ヶ岳
小腹すいたぞ もうお茶の頃
こんなところさ 俺たちの村

初夏の長日も やがては暮れる
あちらこちらは 夕餉の明かり
泥にまみれて 汚れちゃ居るが
うちに帰れば おしきせもある
こんなところさ 俺たちの村



(中島みゆき/荒野より)

荒野より(作詞:中島みゆき、作曲:中島みゆき、歌:中島みゆき)

夜が
望みは何かと訊かれたら君がこの星に居てくれることだ
力は何かと訊かれたら君を想えば立ち直れることだ

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

朝陽の昇らぬ日は来ても君の声を疑う日はないだろう
誓いは嵐にちぎれても君の声を忘れる日はないだろう

僕は歌っているだろう君と歌っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は生きているだろう君と生きているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない

僕は走っているだろう君と走っているだろう
あいだにどんな距離があっても
僕は笑っているだろう君と笑っているだろう
あいだにどんな時が流れても

荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない
荒野より君に告ぐ僕の為に立ち停まるな
荒野より君を呼ぶ後悔など何もない


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 八幡沼を通過し、八幡平の頂上へと辿り着きました。16時23分、八幡平の頂上に着きました。展望台があるはずですが、工事中で撤去されていました。
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 仕方がなく、頂上の標識手前の地図の前で集合写真、記念撮影を撮りました。お隣りはいつも元気なすみお姉ちゃん。いい歳、りょうちゃん、日本百名山48座目になりました。038.gif
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 ガイドの石原さん、倉持さんと一緒に記念撮影。
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 途中、メガネ池など湖沼のわきを通り、駐車場へと出てきました。写真はメガネ池で、湖面に木が写っています。
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 今日泊まる宿は八幡平ライジングサンというホテルで、アミューズトラベルのツアーで泊る宿としてはやはり大変に立派です。038.gif
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 夕飯をいただき、明日の岩手山登山に備えます。私は長野県から参加されたお姉さんと一緒に一杯やりましたが、驚いたことに私以外の男性陣は誰一人お酒を飲んでいませんでした。どこか具合でも悪かったのでしょうか。037.gif
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新橋二丁目七番地
作詞:田久保真見、作曲:杉本眞人、歌:あさみちゆき


うすい座布団 一枚で
地べたに座って 四十年
時が流れて 人が流れる
濁流うねる この都会(まち)で
流されまいと 流されまいと
小石のように うずくまる
靴を磨けば こころも晴れる
今日も元気に がんばって
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

こんな私に 出来たのは
一生懸命 生きること
秋の夕暮れ ひとつため息
赤チン色の 赤ちょうちん
一杯飲めば 一杯飲めば
人間なんて 立ち直る
靴の汚れは 心の汚れ
夢も磨けば また光る
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地

明日はきっと 明日はきっと
いいことあるさ 大丈夫
つらい気持は 靴みりゃわかる
今日もあなたは がんばった
雨の日も 風の日も
新橋二丁目 七番地


 
東北3座の旅はまだまだ続きます。060.gif060.gif

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by ryott-ryott | 2012-10-09 20:12 | 八幡平、岩手山、早池峰山